第4話 おっさん、逃げる


 使い人を手当てした後、出された結論は「お前、早く帰れ」だった。異邦者に危害を加えようとする奴は少なく、異世界の技術や文化を取り入れる事の出来る、千載一遇のチャンスなのでどの国も誘拐を考えない奴はいない、と警備船団の乗組員達から言われて、仕方なく帰る事に。どんな手段でも使う国が隣にあるらしい。


 事態が事態なので、法皇様も「仕方ない」みたいな趣旨の手紙を速攻で送ってくれた。日本語なので翻訳魔法が掛かっているのかと思ったが、字が汚くて誤字脱字が多すぎる為、純粋に頑張って法皇様が書いてくれたんだろう。行き成り書いた異世界語にしては、若干解読を要する箇所がある程度なので称えるべきだろう。


 「今から出発するのか?」

「異邦者様、幾ら何でも他国の護衛船団が到着するには、最短で一週間は必要なんですよ。三日しか猶予が無いなんて…」

「無理と言いたいのか。悪いな、電波が届けば追加で有休を…」


 そう言ってポケットから出したスマホの画面右上にはアンテナマークが3本表示されており、がっつり通話圏内である事を示していた。


 (連絡できるじゃねぇかぁああああ!?)


 もう、心の中では「えええええええええええ!?」とか「おいいいいいい!?」とかの、突っ込みたくても驚きすぎて、言いたい事が言語化出来ない状態になってしまった。


 でも危ない所に長く居たくないし、上司に「今、異世界に居るんですが」とか言っても「お前は何を言ってるんだ。早く帰って来い」と言われるのがオチだ。それに連絡できる事を知られたら、それを口実に残って貰おうとするだろうから、余計に説明が面倒になる。


 「ジン、顔が凄いけど…大丈夫?」

「あ、ああ。何とか」


 やっべぇ…ッ、バレたら何を要求されるか分かったモンじゃない。


 「何の機械?」

「話しぶりから通信装置らしいが、その様な小さな板に複雑な術式が収まるとは…」

「んー、でもレイア。魔力も術式もないみたい」


「携帯電話って言ってな。電波って言う見えない物で遠くの人と会話できるんだ。でも流石に通話用のアンテナ、異世界にはなくて」

「成程。それでは連絡が取れない訳か」


 セーーッフ。物凄く気まずい表情で事実だけを言う作戦は成功した様だ。比叡の謎の解析能力で一瞬焦ったが、場を切り抜ける事は出来た。


 帰りは警備船団の護衛の下、航海する事になった。自慢の船速は封じられるが、丸裸より遥かにマシだ。分厚い盾を両手に構えていると考えれば、足が遅くなるのも納得できる。


 「決まりだ、急ごう」

「ジン、急ぎ過ぎ!」

「そうだジン殿。此方での食事も未だだと言うのに、昼食も取らずに出向とは慌ただしい」

「お生憎、食料は多すぎる位に積んで来た。賞味期限が迫ってたんで、この機に消費しないと無駄になる」


 警備船団の船員には悪いと思う。任務帰りで休息が取れると思いきや、まさかの緊急出動なのだから、休む暇もない。




 そんな風に大急ぎで出港した俺達の船は、最初に出迎えられた時の様に、警備船団に牽引して貰いながら、大海原を進んでいた。


 「レイアは魔法って使えるんだ」

「ああ、ハイエルフと人間のハーフだ。私の父が人間、母がハイエルフ。元々、人間の中で希少とされる『魔法使いの血筋』である我が一族が使う『身体強化魔法』とハイエルフの使う『精霊魔法』の研究を従妹がやっていて、どちらも使える私は『希少な人材』と認められ、警備船団を任されている」


 大役を任された事が嬉しいのか、二種類の魔法が使えるのが誇らしいのか、家族自慢とも呼べる話をするレイアは、とても嬉しそうで楽しげだ。正直、眩しいと思う。


 「しかし、法皇様から任務を承った時は、こんな不思議な船に乗船できる機会があるとは、全く想像できなかった。任された仕事が大任だけあって、不思議な事も向こうからやって来る様だな」

「ああ、俺も40過ぎて不思議な体験が出来るとは思わなかった」

「何、40!?」


 我が船の自慢の展望台で出発前に造った段ボールの椅子に凭れていたレイアが上体を起こして「冗談だろ!?」と声を荒げる。


 「じゃあご老体か!?」

「あー、医療が進んでなけりゃ、50が平均寿命だったりするのか」

「皇国は元々精霊関連の儀式に関して、研究を進めた先進国だ。裕福な貴族であれば70年でも80年でも生きていられる。唯、その様な術を施して貰えるのは、本当に裕福な人だけだ。下級となると貴族すら、中々術を施すだけの費用は…」


 異世界ジャンルを取り扱うネット小説には、時々『異世界は医療が進んでいないので寿命が短い』と言う風潮がある。考察なのか単純な設定なのかは作者次第だが、薬草しかない世界であれば有り得ない話ではないが、この世界に関しては魔法と言う例外的な物が存在するので、魔法の研究度合いによっては日本や北欧以上の長寿大国もあり得る。


 「で、何で俺の年齢で驚いてるんだ」

「てっきり20代後半とばかり…」

「ああ、そう云う事か。職場の連中には老けてるって言われるけどな」


 日本人は外国人から若いとか幼いと言われるらしく、30代のおばさんが小学生扱いされる事も多いと聞く。一人旅をしていると何故か頭を撫でられる、なんて話はネットを十年以上もやっていれば、何処かしらのサイトで見かける話題だ。


 「異邦者でも白人とか黒人とかで色々見た目が違うんだろうなぁ、そっち主観だと外見年齢と実年齢、真面に正解を出せるのかね」

「そう言うジン殿だって、此方の世界の住民の年齢を言い当てられるのか?」


 そう言ったレイアが「例えば私」と胸を張ったので「20…19?」と首を傾げると「18歳だ」と少し拗ねてしまった。


 「18つったら…あー、皇国って成人年齢どうなってんの?」

「15歳だな」

「15歳って偉く幼いな、おい!?」


 昔のヨーロッパではそんな感じだった、とは聞いた事があるが実際に考えてみると凄まじい話だ。家によっては中学生や高校生の見た目の奴が、戦場に駆り出されるか意気揚々と出撃して「戦だぁあ!」と戦う事もありそうだが、現代の日本では想像を絶する内容の逸話になる事は、間違いない。


 「数百年前の皇国は、成人年齢が22歳だったそうだ。だが魔物との戦いが激化するに連れて、兵士の死亡率も高まり数が足りなくなった。そうして少しずつ年齢を引き下げた結果、今の設定だと言う」

「なら決着がついたら22歳に戻るのか?」

「最早一種の文化だ、戻る事はあっても50年以上は時間を要するだろう」



 …会話を楽しんでいた俺達だが、お互い暗くなるに連れて口数が減り、最後に何を喋ったのかは、記憶が曖昧になってしまった。


 「…あー、団長。そろそろ起きて下さい」

「ん、ああ。船団の奴か」

「異邦者様、お早う御座います」


 寝ていたらしい。朝になった事を実感しながら、段ボールの椅子で欠伸をしながら背筋を伸ばすと、肩や肘からパキパキと音が鳴り出し、席を外そうと体を捻ると腰の骨がゴリゴリと鈍く鳴るので「大丈夫ななんだろうか、俺は…」と心配しつつレイアを揺さぶる。


 「ぬっ…むぅ」

「お、起きねぇ」

「船団長、起きて下さいよ!」


 こ、こいつヤベェ。レイアの体を揺さぶりながら、俺は確信した。妹だ、我が妹は朝に大変弱く『奥義・絶叫太鼓』でなければ目覚めない。耳の横で目覚まし時計が大音量で鳴ろうが、父親が「起きろぉおおおおおおおおお!!」と怒鳴ろうが、微動だにしない。


 だが『奥義・絶叫太鼓』は最低でもドラムを一つは確保する必要がある。それに奥義だけあって、やると滅茶苦茶疲れる。我が妹が毎朝目覚めない訳ではないが、学校のテストや運動会、文化祭。更に俺の職場での会議の日、デートの前日と言った何らかのイベントの前後、又は当日は今のレイアの様に眠り続ける。


 それ以前に床材の段ボールが大きな打楽器の重さに耐えられるとは、考え難いので場所的にも難題だ。


 「キスすれば良いんだよ」

「お、比叡」


 寝起きなのか、若干眠そうな低い声と顔で、そんな事を言いながら比叡が唇をレイアにくっ付ける。…此処からが予想以上だった。何せチュパチュパと妙に長い上に変な音が聞こえるし所々「ぷはあ」とか「んあっ…」とか、厭らしい感じに息継ぎをしながらキスを続ける。


 「ほっぺにチューとかじゃない、ガチのディープキスじゃねぇか…!!」

「ひ、比叡殿は幼馴染なので許される行為なんです。我々が真似しようとすると、目を覚ます代わりに殺されるんです。目的達成の為に命を差し出すなんて、任務でもない限り絶対嫌ですから、誰も実践しないんですけど…」

「何それ…」


 「ンッ…ん!?」

「んはっ…、おはよ」

「ひ、ひえっ――ま、まさか人前でキス――こ、この方法は人前では禁忌で!?」


 余程恥ずかしいのだろう、エルフ耳と言うには若干短い、尖った形の耳の先端にも赤みが到達した、顔中真っ赤な状態で非常に乙女チックな恥ずかしがり方で、比叡に抗議するレイアを見て、船団の乗組員が「やっと起きた」と呆れと安心の交わった態度で一息ついた。


 「そう言えばアンタも身体魔法を使えるのか? どうやってこっちに移動した」

「警備船団の船員には、綱渡りが得意じゃないとなれないんです。訓練してるので牽引してる間、我々は自由に移動できます」

「随分器用な連中だな」


 「――比叡殿!!」


「まだ言ってる」

「あはは、団長は恥ずかしい事があると中々忘れられない様でして…」


 「――団長、報告します。魔王軍の船団が前方に!」

「ありゃ、昨日から動いてなかったのか?」

「昨日ってまさか魔王軍から逃げ遂せたのか!?」


 逃げたってよりは相手が何処かに行ったんだけどな。でも何で魔王軍の船団が居るのか、ちょっと不思議だ。昨日遭遇したのは何かの任務中で、今日も任務が続いているのだろうか。


 「それより団長、クロヴィスが急接近中です」

「ジン殿の船の牽引を解除、我ら警備船団が足止めをしている間に『召喚の砦』へ急いで貰う。全船戦闘態勢、迎撃準備を整えよ!!」

「ん、クロヴィスなら知り合いだし、俺が話を付けようか」

「ジン殿!?」


 驚く理由は分かる。皆からしたらクロヴィスは敵の筆頭であり、下手な将軍よりも重要な奴だ。でも異邦人の取り扱いに関しては、少なくともクロヴィスは慎重な姿勢を維持しようとしていた。であれば、慎重な扱いをしないといけない俺が前に出て対話を申し込めば、クロヴィスに変化が無い限り手荒な真似は出来ないだろう。


 「悪いレイア。戦える奴を数名貸してくれ。流石の俺も防備を固めないと拙い事は分かってる。もし向こうが攻撃的だったら『召喚の砦』に向かう間、防衛戦力が必要だからな」

「そ、それは良いがジン殿の船に武装は無いぞ。一隻で大丈夫なのか?」

「脅威なのは空を飛べる奴だけだろ」

「それ殆ど全部だと思う」

「…」


 レイアの質問に答えると、今度は比叡から敵戦力について指摘された。全ての魔族や、魔族が行使する魔物が飛行可能と言う訳ではないが、船に乗る関係上、多少の異変に対処出来る様に飛行能力のある部隊編成になっているらしく、上陸部隊でもない限り魔王軍の船団は原則的に殆どの船員が飛行可能らしい。


 「大丈夫だよジン。妖精の私には精霊魔法があるから。それにクロヴィスは皇国には敵対的だけど、意外とジンには違う態度だったし」

「まあ、だからこそ対話を望んでる訳だしな」


 比叡も居るし、腹を括ろう。言い出した手前、逃げられない。


 「護衛船員をジン殿に。その人員で牽引用アンカーを取り外し、船の速力を発揮出来る状態にしろ」

「頼むぜ、人員配置出来れば旋回も楽だ」


 この世界はどう転がるか未知数だ。可能な限り手元にサイコロを近づけたいが、クロヴィスは簡単な奴じゃないだろう。クロヴィスの周りに居る配下がどんな反応を示すのかも、此方としては未知数だ。


 「…そう考えると、警備船団頼りなのは拙いかも知れんな」

「どうかした?」

「クロヴィスは『皇国と魔王国のどっちに着くか』と質問した。周りに居るのが『皇国の戦力』じゃ答えてるも同然だろう。俺にどんな考えがあるかは別として、パッと見で判断して攻撃する可能性がある」


 「ジン殿、護衛戦力は到着した。後は自慢の船速で離脱してくれ」

「クロヴィスが来る前に離脱『出来る』のか。言い訳の余地が増える」


 自分の命をどう転がせば早死にせずに済むのか、なんて普通のサラリーマンなら考える機会は無いだろうが、インターネット上の二次元文化が発達した現代日本に於いて、日本のネットユーザー程妄想に耽る奴は居ないだろう。お陰で無駄と思われていた子供の頃から行っていた、膨大な量の脳内シミュレートが役に立ちそうだ。


 「全員、指示通りに配置に付け。まずはお前だな」

「はい」


 そうやって、彼らにとって『独特な船』での配置が終わった頃、比叡が「クロヴィスが見えた」と大声で報告したので全モーター始動を指示、レバーを倒す事でモーターが作動してスクリューが動き出す。


 「ジン、皇国に着くのか」


 後方の大型モーターを始動させ、角材部分に移動した俺がモーターの稼働状況を確認しようとした瞬間、上空からクロヴィスの声が聞こえる。同時に皆が剣を抜く音も聞こえ、中には飛び掛かろうと声を張り上げる奴も居たので「俺が対話するから黙ってろ」とやや低めの声で言い放つ。生意気な後輩には便利な命令の出し方だ。


 「皇国に挨拶しに行ったら、何があったと思う。当てて見ろ」

「法皇に気に入られたんだろ。現に周りに居るのは警備船団の連中じゃねぇか」

「見た目で判断したか。正解とは程遠いな」


 僅かな沈黙。一瞬、クロヴィスの横の兵士が睨みを強めるが、俺はクロヴィス以外を眼中に収めるだけの余裕がない。


 「謁見は…中止になった。俺を殺そうとする奴が居た」

「何だと?」


 クロヴィスが眉を潜めながら着地する。様子から察するに、予想外だった様で横や後ろに控える魔族達も困惑している。


 「クロヴィス。異邦者は『異邦者の宣言』が無い限り、原則的に中立として扱われるんだったよな。その中立の異邦者を殺そうとして、何か得する事があるのか。お前の知り合いとして、純粋に意見を聞きたい」

「世の中には『中立では都合が悪い』奴も居るんだろう。異邦者の中での勇者率、つまり人類に加担する割合は、年々低くなっている。必ずしも人間である訳ではないからな」


 俺の世界には知性的な種族なんて人間しかいない。宇宙人の可能性もあるが、それと同時に更なる並行世界から異邦者が来訪している可能性もある。即座にこれだけの可能性を考えられる現代日本ネットユーザーの想像力は、我ながら恐ろしいと自画自賛する事で、この状況の圧迫感から若干現実逃避して、精神を落ち着かせる。


 「だからと言って魔王軍に着く訳でもない。ハイエルフ、ダークエルフを筆頭とする『森の番人』に加担する奴も居るし、ゴブリンやドラゴンの様な『山の住民』に知恵を貸す奴も居る。所属先は多様性を増していき、今や『異邦者を確保する事が各種族の存続を左右する』と言う、ある種の『戦略』と化してしまった」


「だとすると人間側に着いて貰おうとする事はあっても、殺そうとする理由なんてない様な」

「犯人や首謀者が人間なら『人間』と言う種族ではなく『国家』で活動する。実は数が多くて実質的な世界の支配権を握るのは人間達なんだが、これが実に種族規模での統制が取れていないんで、沢山付け入る隙が出る。


 ま、人間が犯人と決まった訳じゃない。さっきも言った様に異邦者確保は戦略の一種だ。それはつまり『如何に他者の異邦者確保を邪魔するか』と言う戦略でもある」

「今回の場合は後者である可能性が高い訳か」

「人間同士…国家同士の異邦者争奪戦の場合、お前の命は結構危険に曝される」


 これは先行きが不安だ。この世界に長居するだけ命を削る様な気がする。


 「お前の安全を確保する手段は二つある。我が魔王国に正式に所属すれば、確実な安全を提供できる。二つ目、とっととお家に帰る事だ」

「何も言わずに二つ目を選択しよう。勝手知ったる我が家の方が安心出来る」


 俺が即答した事にクロヴィスは残念そうに「そうか」と呟き、魔王軍の兵士も慰めの言葉を探すか、俺の『中立を維持する言葉』を聞いて不機嫌になるか、その様に反応が二分されていた。


 「ジン殿、賢明なご判断です」

「おいおい勇者になるとも言ってないのに、なんて楽観的な連中だ」


 そうこう言ってる内にクロヴィスが「もう良い、帰る」と言って片手をサッと挙げたので、思わず「あっ」と制止してしまった俺に「何だ」と困惑気味に微笑したクロヴィスが振り返る。


 「この海域には何かあったのか」

「ああ、その事か。悪いが『中立の異邦者』には答えられない重要な任務だ」

「そうだったか、呼び止めて悪かった」


 その言葉を最後に、俺とクロヴィスの会話は終わった。

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