第3話 魔王の息子クロヴィス


 「ぃよォう、勇者様」

「勇者? …ひ、比叡、こいつ一体何を!?」

「皇国は昔に一度、勇者って呼ばれる人を召喚した事があるの。もしかすると…」

「その通りよォ、妖精のお嬢ちゃん」


 明らかに魔族の風貌だ。割れた腹筋を見せ付けながら、男は巨大な蝙蝠の様な翼を羽ばたかせつつ、段ボールの感触に戸惑いながら着地した。


 「な、何だァ。この感触は初めてだぜ。見た事もねぇ風貌の船が、どう言う訳か異邦者の旗を掲げてるからよ、挨拶しに来たんだよ」

「だからって大船団で近づかなくても。アンタ飛べるんだろ」

「まっ、そいつァ正論だ。普通の挨拶ならな」


 この場合の『挨拶』とは、もしかすると物騒い意味なんだろうか。例えば攻撃して来たり、俺と殺し合えみたいな事を言われたりするんだろうか。そんな事を考えていると、男は船を見渡しながら「けったいな船だぜ」と呟いた。


 「この船、随分スピードが出てるじゃねぇか。帆も出してないし、どういう魔法を使ってるのか気になるな」

「魔法…この場合、どう解釈すべきなんだろうな」


 俺は少し勿体ぶった話し方をしながら「着いて来い、お前の知りたい答えを教えてやる」と余裕ぶった演技をして、男を誘う。何だか比叡が「危ないよ」と止めに入るが相手が魔族なら『不思議な事は魔法だろう』と思い込んでいるとすれば、見せた所で大丈夫だろうと考えているので、制止に応じない。


 「こいつが船の動力だ」

「んー、ゴブリン共の機械文明を積んでるたァ、流石の俺も予想外よ。お前、魔族側に着くつもりなのか?」

「そんな意図、全くないぞ。俺は今日初めてこの世界に来たんだ。魔物が居たりゴブリンってのが居たり、って情報はどれもこれも今日になって初めて聞く情報だ」

「ならゴブリンの機械文明じゃねぇのか!?」

「お前からすれば異世界の文明だ」


 嘘…だろ、と物凄くショックを受けた男。それを見かねたのか、後からやって来た似た様な種族と思われる女性が数名、我が船に乗船して「クロヴィス様、お気を確かにして下さい」と男を支えた。


 「お前、このお方に一体何をした!!」

「説明したんだよ、この船が異世界の文明の力で進んでる…って事をな」


 心底鬱陶しそうに刀身を腕で払う。その時「刃に触れなければ怪我はしない」と思っていた俺の腕が振れた瞬間、ゾクッとしたので「これが魔力か」と思いながら、突き出された剣を払い自己紹介する。


 「俺はジン。今、皇国に向かっているが…クロヴィスが俺に言った様に、俺も冒険者として皇国に挨拶しに行くんだ」

「っはん。別に皇国が全人類を統べるって訳でもねぇのに」

「ま、一応異世界人となると、変な身分になる訳で」


 「さっきからクロヴィス様に馴れ馴れしく!」

「だー、黙ってろ。お前らが喋ると話が進まねぇだろうが」

「申し訳ありません」


 「クロヴィス、俺達への用は挨拶だけか?」

「応。勇者でもない限り、魔王国と人類には異世界条約がある。異邦人は原則的に中立的立場として取り扱い、本人の意思を覗いて取り扱いに注意するべし…ってな」

「まー、その条約を護ってるのは皇国だけだけどね」


 比叡がうんざりした様子で段ボール通路から降下して来る。


 「皇国に挨拶しに行くんなら、その後で魔王国にも挨拶しに来いよ。お前がこっち側に造って宣言しない限り、異世界の人間は中立として扱わないとならねぇから、強制的に連れていく事が出来ねぇ。でも異世界の文明があれば、皇国を黙らせる事が出来るかも知れねぇし、親父…魔王陛下への手土産にもならァな」


 何だか変な話になって来たぞ。この分だと皇国へ誘った比叡の事も、怪しみたくなって来る。


 「クロヴィス達はこの海域で何を?」

「皇国へ最終通告って奴だ。要求を飲まねぇってんなら、こっちは戦争おっぱじめる準備万端だぜ、ってなァ」

「もう戦いは始まってるじゃない!」

「あの連中は下っ端の下っ端。威力偵察が仕事って訳だ」


 威力偵察で既に被害が出てる、と比叡が抗議するがクロヴィスは「はいはい」と聞き流すだけ。彼の周りに居る付き人か護衛なのか、そんな人達は「魔族と人間では強さからして違う」と言い放った。つまり、戦闘力の違いから戦いの規模の認識の仕方が、両者で決定的に違っていると言いたいのだろう。


 「じゃあなジン。異邦者が来た以上、最終通告は一時中止だ」


 そう言って飛び立ったクロヴィスは、周囲の女性に何か告げた後「ジンのお陰で皇国は延命出来たんだぜ」と比叡に言い放ちながら、自分の船団へと帰って行った。



 魔王軍と別れた翌朝、比叡が朝日が昇り始めた頃から元気だった。


 「見て見てジン、皇国軍の海洋警備船団だよ!」

「つまり海軍…それとも海上保安庁なのか?」

「んー、海軍は海の軍隊だよね。じゃああの人達は海軍で合ってると思うよ!」


 取り合えず船団が近づいて来たので、モーターを停止させると「比叡殿!」と女騎士が数十mの距離を人っ跳びして、渡し船もなしに警備船から乗り移って来た。


 大凡人間の身体能力ではないが、飛び移る前に魔方陣を展開していたのが見えたので、身体強化系の魔法でも使ったのだろう。それにしても他所の船に行き成り飛び移るのはマナーとか、その辺が気になる所だが。


 「比叡殿、まさか二日で皇国の海に到達なされるとは、夢にも思わなかったぞ。見た事もない不審な船が見えたので、警備船団の兵士が揃って心配していたのだが…」

「異邦者の旗は見えたでしょ、レイア」

「見えたから驚いたのだ」


 女騎士レイアは比叡に会えて嬉しいのか、興奮冷め止まぬ様子で喜びながら船を見渡して、俺を見つけて漸く正気に戻った。


 「し、失礼致しました。異邦者の前で仲間に会えたとは言え…」

「レイアさん…だっけか。異邦者のジンだ。余りかたっ苦しくせんでくれ」

「そう言って頂けると、有り難いです。しかし何かお詫びをしなければ」

「だったら船の牽引を頼む。俺の船、足は速いんだが舵取りが苦手でな」

「は、はぁ」


 旋回出来ない訳じゃないんだが、左右のモーターを手作業で停止させるのは、海に落ちたりする危険があるし、何より面倒だ。この点は早急に解決しなければならないだろうが、どうやって解決すれば良いのか考えが思い浮かばない。


 レイアの方は「旋回が苦手」と言われて首を傾げている。船速に優れている船ならば、ある程度の予想は出来るだろうが、流石に他の船の牽引を要求する程、この船の旋回力が低いとは、中々想像できない様だ。


 俺も付いていく分には大丈夫だとは思っているが、機敏な動きは出来ないので、結構困り所としては大きいと感じている。


 「帆を使えば舵取りも楽になるかもね」

「重労働である事に変わらんし、作業面では大差ないだろうけどな。実際の旋回力は期待できそうだ」


 「全船に通達ッ、異邦者の船を牽引し帰港する!」


 来た時と同じ様に自分の船に飛び移りながらレイアが指示すると、ッハと大勢の男が同時に返事をする声が聞こえた。牽引用のアンカーがついたロープを麻紐に引っ掛けて「こっちは準備できたぞ!」と両手を振りながら伝えると、レイアが「牽引準備完了ッ、全船航行を再開せよ!」と迫力のある声で指示を出し、先程と同じ返事が返って来てから、船団が動き出す。


 どの船も帆の力で推進しているらしく、船団のほぼ全ての船に牽引して貰っている為か、中々の快速性を感じて思わず「おおっ」と声を出してしまった。角材部分に立って居るのでプラ版に隠れて前は見えないが、ペットボトル側へ移動する為の通路があるので、横の景色は見える。


 「わーっ、はっやーい!!」


 ペットボトル側と船を繋ぐプラ版で作った通路で比叡が声を出して喜ぶ。はしゃぐ姿に可愛いなと思いつつ、船の頂上へ移動して高い所から景色を眺める事にした。



 「港が見えたぞォオオオオオオオオオオ!!!」


 レイアの乗っている船から男衆の声がして、段ボールブリッジで昼寝をしていた俺は、頭上の麻紐にドップリ掛かった、固まった状態のボンドのお陰で丁度良く出来ていた日陰から、背伸びと欠伸をしながら前方を確認し易い段ボール通路へ移動した。


 「ジン、港だよー。どーこー!?」

「上だ、右側に居るぞ!」

「おーい」

「そっちは左だ!?」


 そんな漫才をやりながら、未知の土地への上陸の準備を二人で進めて、到着と同時に準備が完了した俺達は、船をロープで固定して港に降り立ってから、ある重大な事を忘れていた事に気づいた。


 「やっべぇ、船っつったら錨じゃん。錨をつけ忘れてたわ」

「ロープで固定出来るから良いけど、これは港のない所に上陸できないかもね」

「車輪と錨は追加しておくべきだな」


 休暇は三日間。取り合えず皇国って国があるよ~、と言う比叡の誘いに三日間しか居世界に滞在できない事を告げ、比叡を通して皇国側に通達してあるので、勇者として崇められた挙句、長期間の滞在を余儀なくされる事は無いらしい。


 魔王国については何処にあるかも分からない国である以上、三日間で辿り着けないと判断し、レイアに事情を話しながら港を案内して貰っていると、船員から「皇国からの使いを出せば、魔王も納得するだろう」と提案してくれた。


 「しかし召喚の砦から一日で皇国の海域に進入するとは、恐ろしい船速だな。ジン殿はどの様にして、あの様な素晴らしい船を手に入れたのだ?」

「ありゃ未完成でな、名前もないんだ。序に言うと入手ってより、元々子供の頃に手掛けた奴を、船として航行出来る様に手直ししたんだ」

「何と、船大工であったか!!」

「それは誤解だ、こっちも事情があってな」


 「未完成ってぇっと、ジンさん。これからどんな感じに性能が強化されるんだ?」

「教えてくれよ。その事情って奴も含めてさ!!」


 船員達も興味津々な様子で話し掛けて来る。やっぱり『召喚の砦』と呼ばれる、この世界の玄関口の島から皇国へ辿り着くには、予想以上の距離があるらしい。そんな遠い所から一日で海域に辿り着き、今日の内に法皇様に挨拶できそうなので、最初の冒険としては中々良い出だしだと思う。


 そんなワクワクを胸に宿しながら連れて来られたのは宿だ。警備船団の船員達は行きつけの様な状態らしく、宿の旦那さんが「おっす、帰って来たな」とレイアたちに挨拶していた。


 「お、新顔…じゃねぇな。比叡ちゃんが一緒って事はァ…旦那を見つけたんだな」

「ぶっ飛ばしましょうか!?」


 恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして炎の魔法を準備する比叡。流石に拙いと思ったがレイアが「何時ものあれか」みたいな顔をしているので、船員の方を確認すると同じ様な顔をして「旦那も馬鹿だねぇ」と呆れ返ってはいるが、それ以上何か行動しようとはしない。


 「異邦者のジンだ」

「ほほう、異邦者をゲットしたか」

「そのネタ、余り続け過ぎると死ぬぞ」


 比叡と俺じゃ外見年齢が違う。こいつは女子高生レベルの見た目だし、俺はおっさん。比叡の年齢も分からないし、もし妖精としてはお子様だとしたら、手出しした時点でロリコンと呼ばれてしまうし、逆に婆である可能性も否定できない。どう足掻いても手出しできない訳だ。…まあ、宿の旦那の態度からして、適正年齢なのかもしれないが。


 だが、流石に結婚には年を取り過ぎた。それに気になる事がある。

結婚したばかりの嫁に「病弱な自分に気遣うのは疲れるだろうと」と言われて、それを聞いた一方的に向こうの両親に「仕事もあるし別れた方が良い」と離婚させられて以降、何度連絡を取ろうとしても、連絡先が分からず音信不通だ。俺目線で言えば完全に行方不明で、何があったのかも分からん。


 彼女が生きているのか、誰かと再婚したのか。それが分からん以上、例え比叡に言い寄られたとしても、受け入れるには気になり過ぎる。


 「部屋は?」

「二人部屋が一つ空いてる」

「なら其処で良いだろ」


 まあ、豪華の部屋でも良かったと言えば良かった。何せ宿泊費用は皇国が負担してくれる、と比叡が自慢していたので、この世界の通貨を持ち合わせていない俺には有り難い話だ。が、どこぞの知事みたいな問題沙汰になるのは御免被る。取り合えず二人部屋なら出費は嵩まないだろう、と即決して案内して貰う。


 「此処が比叡ちゃんと異邦者様の部屋だ」

「へぇ、それなりに広いな」


 デカいベッドが一つあるだけで、それ以外の寝具が無い事に比叡が「私達、そういう関係じゃないのに」と文句を言うが、出費が抑えられるなら部屋を変える必要はないので、変更なしを宣言。比叡は項垂れているので、勝手に荷物を下ろす。


 「法皇様の使いはこの宿に来るんだよな、比叡」

「うぇ~…? うん、来るよ。此処なら警備船団の人も沢山居るし、警備の観点から言って隙は無いからね。まっ、外国の王族とか政治的な相手は普通、もっと高級のホテルとかだったりするんだけど、実は異邦者が来る事、今の所連絡した皇国だけなんだよね」


 「だから魔王軍に見つかっちゃって、困っちゃうよ」と付け足しながら項垂れに復帰する比叡。そんな風にしてたら、玄関のある一階から誰かが上がってくる足音が聞こえて来るので、ドアに意識を集中して耳を澄ます。


 「法皇様の使いの者です。異邦者様のお向かいに上がりました!」

「ふぇー、来たの~?」

「行くぞ」


 不貞腐れてるのかと思ったら、比叡の奴ねてるじゃねぇか。呆れながら比叡を引っ張り起こし、ノックした使い人に軽く挨拶しながら廊下に出ようとすると「髪の毛が滅茶苦茶だ!」と今更髪形を気にする始末だ。


 「い、いえ。時間はあります、50分なら待てます」

「すまない。そんなに待たせない筈だから」


 そう言ってベッドの上に比叡を正座させ、俺は椅子に座る。確か比叡の荷物の櫛やブラシが有った筈だ…、と荷物袋に手を突っ込むと「勝手に手出ししないで」と言うので「手出しされたくなけりゃ、前もって準備しやがれ」と髪形を手早く整えようと櫛を髪の毛に当てる。


 「髪質はサラサラか。うっし、そんなに時間は掛からないな」

「上手だねジン」

「病院で昔、病弱な嫁の髪を整えてたから、この程度は楽勝だ。あいつの髪は比叡みたいにサラサラじゃなくて、硬かったから苦労したよ」

「結婚してたの!?」

「昔の話だ」


 そう言って最後の仕上げにブラシを手に取った時だった。ぐああ、と使いの人の悲鳴が聴こえ、ドアがドンと揺れた。微かに届く血の匂いにハッとして、椅子を蹴り倒しながらドアを開けると、血だらけになりながら使いの人が倒れて来たので、慌てて抱き留めると、それに続いて入ろうとした不審者が「異邦者、ついて来て貰――うごっ!?」と言葉半ばに比叡の炎の魔法で爆発し、倒れてしまった。


 「何だこの状況」


 若干理解の追い付かない俺は、そんな言葉を捻り出すのが精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る