5話

 ドン、と床を突く音が心臓を跳ね上げる。


 一向に埒の明かない問答の中、どうにかして男の虚ろを突けないかと頭を巡らせているが、唯一の出入り口の前を陣取られてはなかなか容易くはない。ひとつ、彼を移動させうる何かを、思いつかなければいけないのに、これがうまく行かなかった。ひたすら問答を続けていたとしても、男がトイレに向かうことはなさそうに思えた。そんな間の抜けた場面は、このビデオには似つかわしくない。


 言葉の端々、声の抑揚、どれを取っても、男には人間味が感じられなかった。

 それこそ映像の中の人間を見ているような、どこか自分とは違う、遠いところにいる存在。


「私の恋人は殺された。スナッフマンと名付けられた亡者に。信じられなかった。まだ、私から逃げたのだと思っていたほうが幸せだった。友人に動画の存在を知らされ、見てすぐに彼女だとわかった。吐きながらも、そこに彼女がいることが嬉しくもあって、滅茶苦茶な状態だった。辛かった。どうして彼女が、どうしてこんなむごい殺され方を、なぜ、なんで。


 何度も考えた。でも答えなどない。少なからず、誰も教えてなどくれない。警察は足踏み状態。犯人は満足したのか昨年末から動きもしない。彼女だけが殺され、私だけが悲しみに暮れている。いつまでも。いつまでも、だ」


「それで」言葉を挟んでも、男は苛立つ様子もなかった。「それで殺す側になれば、自分の恋人が殺された理由がわかる……、と思ったわけですか」


 それならば、最低限この男にとっては、私の死は意味のあるものになるのだろうか。ただ、私の求めるものとは異なる。


「違う」


 しかし厳然と、男は言った。模倣しているとも、成り切っているとも違う。

 私は一体、何のために殺されようとしているのだろうか。


 この逃げ場のない檻に閉じ込められ、追い詰められ、男の身の上話を聞かされ、しかし殺される理由だけが未だに不鮮明なのである。


「どうして私が選ばれたんですか。どうして私を殺すんですか。私である理由は、一体なんなんですか」


 問いかけると、男は静かに立ち上がった。

 擦りガラス越しに、扉を開けようと手を掛けた気配を感じる。

 私は力いっぱい踏ん張り、開けさせまいと粘る。


 理由も意味もないままに死ぬことは出来ない。もはや避けられないのだとしても、せめてそれだけは。


「開けてくれ」

「一体、どうして」


 ドン、と背中に衝撃を受けた。

 包丁を逆手に持ち、柄を強く打ち付けてきたらしい。


 老朽化の激しい擦りガラスは、五打目にして砕け、私は結局、理由もわからぬまま、首を、絞められた。


「ごめんよ。君は悪くない。ただ、私のためだけに、死んでくれ」

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