激突

 魔王国と聖王国を真ふたつに切り裂く、長大な湖がある。おそらく、巨大な断層に水がたまったものであろうその湖は、日本でいえばおよそひと県ぶんの長さに渡って両王国間の行き来をさえぎる天然の要害ようがいとなっている。

 そのほとりに、山脈に囲まれた土地には珍しく、わずかな──といっても、人の身にとっては充分すぎるほど広い──平野があった。


 その平野で、両王国の戦士たちが対峙し、決戦の時を待っていた。


「はぁ~、まずい。これはまずい。なんでキャンプに来ただけなのに、戦争なんてしなければならないんだ」


 人間同士の戦争とは勝手が違うのだろう。思ったより、騎乗している者の割合が少ない。そりゃ、魔獣やら岩の巨人やらがいる軍隊相手に、馬に乗って隊列を組んだところで、どこまで効果があるかっていう話だしな。シャンヴィロンみたいに馬より速く走れるやつもいるし。

 その代わり、数少ない騎乗している者たちには人馬一体の守りの魔法がかけられているらしく、まるで一個の生物として戦う精鋭中の精鋭なのだと、マヒナが言っていた。


「すみませ~ん! 魔族たちは私が責任を持って抑えますんでぇ! 何とか、今日のところはお引き取り願えませんかぁ~!?」


 大声を張り上げるが、果たして聞こえているかどうか。と、


ごとを。わしは“魔王の時代を終わらせる”と予言されし聖王。その好機を前におめおめと軍を引けるか」


 あ、聞こえたみたい。

 あちらの王様は取り立てて声をはりあげているわけではないのに、オレにまでよく聞こえる。あれが、キースペリの言っていたシンリュート王の授かった聖爵せいしゃく“王者の声”ってやつか。あれで人心を掌握し、権力を一手に握ったとかなんとか。あの声を得るために王が払った代償は、誰も知らないらしいが。


「そこをなんとかぁ~! 戦わずに済む道は、ないのでしょうかぁ~!」

「……語るに値せぬ。全軍、進め」


 げぇっ! まずい! ゆっくりとだが、もう進軍してきてしまった。

 とりあえず、威嚇射撃いかくしゃげきでもして歩みを止めようと思ったオレは、例のアメナメタを腰だめに構え──、放つ。

 2つの太陽よりなお明るい、白色の閃光。

 誰ひとり傷つけぬよう注意して、軍の真上あたりを狙った光線は、だが、敵軍の間近に迫った途端、不思議な魔方陣にはばまれ、その角度を変えてはるか上空に消えていった。


「はぁっ!?」

 当たらないって分かってただろうし、わざわざ跳ね返さなくてもいいだろ! あれじゃ、威嚇どころか、魔王の一撃ですら恐れるに足らず、と士気を上げるだけの結果になっちゃってないか……?


 隣に控えていたマカンナが声を上げる。

「あれが昨日もご説明申し上げた、聖王国の魔導砲撃隊ですわ。あれらの軍用魔法が生み出されたおかげで、個としての力はいまだ我らが上回ってはいるものの、ここ数百年来、魔族と人間の力関係は逆転しておりますの。あれほどの障壁は、わたくしも初めて見ましたわ」


「例のあれですか、石がどうとかいう」


「ええ。古代の地層から採掘される、高純度の魔力塊──秘輝石ひきせき。我らにとっては濃度が高すぎて、使うことも吸収することもできないのですが、人間どもはその石から魔力を抽出し、魔法を使う技術を編み出しました」


「魔法……ね」

 すっかり忘れていたけど、初めて魔法というものを間近で見てしまった。氷燦名ひさなの氷とは違って、呪文やら予備動作が必要らしいが……、ファンタジーだなぁ。


 そんなアホな感想を抱いている間に、敵の前衛が走り始めた。オレは後ろに控える魔族たちに、決して手を出さないよう厳命し、撃滅のつるぎを抜き放つ。


 一番槍はもちろん、オレを苦しめた聖騎士、シャンヴィロンだった。

 やつの短刀と、オレの剣がぶつかり、耳障りな金属音を奏でた。


   ◆   ◆   ◆


 私は魔王城の食堂みたいな部屋で、ママや幸四郎こうしろう、マヒナちゃんと一緒に、パパの無事を祈っていた。


「ねーちゃん、おちつけって。父ちゃんならだいじょうぶだって。あんなにつぇーんだし」

 幸四郎がのほほんとした口調で言う。


「あんたねぇ。パパ、昨日やられた腕もまだ痛むって言ってたんだよ。私たちが襲われたような騎士によってたかって攻撃されたら、パパだって無事じゃ済まないかもしれないじゃん」


「し、心配はございませんよ、氷燦名さま。我ら魔族も、魔王陛下がご降臨されて以来、力を取り戻しておりますので。盾となって戦いましょうぞ」


 と、ふと、マヒナちゃんの慰めに、疑問が口をついて出る。

「……ねぇ、そういえばさ。魔王が降臨すると魔力が戻るって、マヒナちゃん前にも言ってたよね。あの目がひとつしかない魔族も、魔王城に力を吸われてるって言ってた。どうして力が減ったり増えたりするんだろう」


「……さて? 言われてみれば。私はそのようなものだと聞かされて育ちましたから、詳しくは知らないのですが」


 その、マヒナちゃんの返事を聞くとはなしに聞きながら、私の頭の中ではいくつかのパズルのピースが組み立てられつつあった。


「多分……、さ。この魔王城そのものが、私たちを──、“魔王”を召喚するための、装置なんじゃないかな。普段は魔力を吸いとり続けて、魔力が溜まったら、その力で異世界から魔王を呼び出す……」


 うん。多分、そういうことなんだろう。口に出しながら、すべてのピースが噛み合っていくような感覚があった。──もし、私たちを呼び出したのがこの魔王城なら、私たちが元の世界に戻るヒントも、この城の中のどこかにあるかも知れない。


「ねぇ、幸四郎! 私たちを召喚した部屋か、装置って、このお城のどこかにあったりする? そういうの、あんた分かる?」


「しょうかん? しょうかんって、なに?」


 と、思わぬ壁にぶつかる。

 そうか。召喚っていう概念をこいつにどう説明したら……。


「え~っとね。私たちを呼び出すために使ったお部屋っていうか、どっかに、私たちの世界と繋がってるお部屋があったりしない? ううん。それがなくても、どこか、魔力が溜め込まれている部屋でもいい」


 すると、幸四郎が目をつぶってその場をうろうろし始める。


「ヒーちゃんも、コーちゃんも、何のお話をしていルノ~?」

 ママはなんだかよくわかってない感じ。

 その時、幸四郎が目を見開き、嬉しそうな顔をした。


「あった! めっちゃつえー力が集まってる部屋がある! ん~、でも、そこにはすぐには行けない。かくされてるっていうか、なんか、色々な部屋をとおらないと行けないようになってる」

「それだ!」


 私は喜びのあまり、幸四郎に抱きつき、持ち上げた。幸四郎が「おろせ~!」と叫んでも、私はしばらくその場をくるくる回り続けた。


   ◆   ◆   ◆


 シャンヴィロンの攻撃をいなしながら、群がる聖騎士たちを蹴り飛ばす。一向に数が減らないばかりか、すでに聖騎士たちの一部は魔族軍の一部と接触、戦いが始まってしまっている。


「ぐっ、くのっ! 何とか戦いにならないようにしてんのに!」

 と、シャンヴィロンが凄まじいバックステップで、オレから距離を取った。何かあるのかと辺りを見渡すと、敵陣右側の50人ほどの集団が半身はんみに構え、こちらに一斉に杖を突きつけたのが見えた。


対魔・魔力砲アンチデモニック・キャノン!』

 彼らがそう叫んだ瞬間──、先ほどオレが見せたのと同じぐらい巨大な閃光の矢が、こちらに向かって一直線に発射された!


「んなっ!」

 オレの光線が威嚇だったのと違い、こっちは明らかにオレと、後ろの魔族たちを狙っている。

 避けるわけにはいかない。後ろの魔族に当たってしまう。あれほどの魔法、喰らえばただでは済まないだろう。


「ぬ、ぬおおおおっ!」

 両腕を広げて、閃光の矢を抱きとめる。

 じりじりと肉が焦げ、全身に電撃が流れたような衝撃が襲い続ける。あまりの痛みに気が遠くなりそうだ。両脚がみしりと、地面にめり込んだ。


「んぎ、んぎぎぎぎ!」

 少しでも気を抜けば、オレはこの光弾ごと魔族の集団に叩きつけられる。表面に触れただけでこのダメージだ。着弾の衝撃で内部の途方もないエネルギーが解放されでもしたら、オレだって無事で済むかどうか。

 全身が引き裂かれそうな痛みの中、オレは両手で、凄まじい破壊のエネルギーをつかむ。


「だあっらっしゃああああ!」

 光弾を上空に放り投げ、右の拳をグーの形に突き出す。オレの右手から伸びた光線が光弾に突き刺さった、瞬間──、大地が揺れるほどの大爆発! 耳をつんざく轟音と、閃光。光が消えてしばらくは、世界が暗くなったのではないかという錯覚に襲われた。


「ひっ、ひっ、ひぃ~っ」

 今ので一気に疲れた。ひと息つきたい……。守備中の野球選手みたいに、両手を両ひざに置いて、肩で息をする。


 だが、敵はオレを休ませてはくれないらしい。

 オレより上背も肩幅もある巨漢──以前見たバイストとかいう騎士が、どすんどすん音を立てて迫ってくる。


「んげっ!」

 完全に油断していたせいで、バイストのタックルをまともにくらい、一直線にすっ飛ぶ。


 猛スピードでかっ飛びながら、どこか他人事のような感覚で、

(あー、これ、アニメとかでよく見るシー……)

 と、そんなことを思う間もなく、オレは巨岩に叩きつけられた!

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