シンリュート国王
「きゃあああっ!」
氷燦名が悲鳴を上げるのを、どこか遠くで聞いていた。
「な、なにを。ご乱心召されたか、国王……!」
シンリュート王が、自分を刺した近衛隊長に向かって「王」と呼びかける。近衛隊長──いや、あちらが本物の“王”なのだろう──は、哀れな老人に冷たく告げた。
「もうよい、大臣。キサマは失敗したのだ」
オレは1歩下がって、脇腹に刺さった剣を抜いた。
「う、っぐ、ハァッ」
その場に尻もちをついて、脇腹を抑える。子供たちやマヒナがオレの周りに駆け寄ってきた。
「わ、私の発案は、ログル公も支持されておられるのですよ!」
息も絶え絶えに、大臣と呼ばれた男が言う。
「ふむ、そのログル公じゃが、今朝、急な病で亡くなったと、先ほど報せが届いておったがな」
「なっ! こ、殺したのですか? なんと、恐ろしいことを……!」
「何を勘違いしておる? わしはただ、亡くなった、と言ったまで。神の定めし
「お、王よ……。私はただ、このシンリュートのさらなる繁栄のために、力を尽くしてきたまで。それを、このようなご無体を……」
「シンリュートの繁栄じゃと? 己の私腹を肥やすための間違いであろう。魔族すらをも支配下に置き、その威を借りて玉座にまで手をかけようと。そのような下らぬ妄想の書かれた
そう言って、王は大臣の腹から生えた剣を
臓物が傷口から引きずり出され、ぶちんと音を立てて切れる。
「いやあぁぁっ!」
急速に血圧が失われ、とっくに意識を失っていてもおかしくなかったが──、大臣は最期の力をふりしぼり、国王に向かって
「おのれ、国王……。死にかけの狂人が……! 魔族
「信仰に見返りを求めるか、この愚か者めが。じゃが、そんな愚か者でも影武者として少しは役に立ってくれた。やはり、新たな魔王はこの世界や、“魔法”について、まだ詳しくはない様子。今ならば、たやすく討ち取れよう。──最後にひとときでも国王気分が味わえたのじゃ。わしに感謝することじゃな」
冷たい目で死にゆく男を見下ろす王に、オレは声を張り上げた。
「あ、あなたが本当のシンリュート国王ですか? わ、私は戦を望みません。なんとか、平和裏にカタをつけることは出来ませんでしょうか」
「愚問よの。我は神なる竜ゼニスターに信仰を捧げし聖王。貴様ら
その言葉を聞き、氷燦名が何かを感じたようにパッと顔を上げた。
「パパっ、後ろ!」
気配を感じ、体をそらす。
幾瞬遅れて、凶悪な鉤爪がオレの首元で空を掻いた。氷燦名が気づいていなかったら、今ごろオレの首はない。
子供たちを突き放し、ひとつ目の魔族と対峙する。マヒナに渡された撃滅のつるぎを抜き放ち、驚異的な迅さでせまる鉤爪の一撃を、なんとか防いだ。
「ま、魔王陛下になんたる無礼!」
「マヒナッ! オレのことはいい! 子供たちを守らせろ!」
背後のマヒナに命じ、オレは全力で鉤爪を押し返す。お互い1歩も動けぬ伯仲のつばぜり合い。と、ひとつ目の魔族が背後に向かって叫ぶ。
「いまだ、シンリュート王! やれ!」
「
中庭を見下ろす
「我が身、我が命は、神に捧げております。──神なる竜よ、我に
瞬間、中庭の敷き瓦が音を立ててはがれた。下から、槍のように突き出してきたのは金色の
ジューリンの指揮棒を振るような動きに合わせて、アナコンダ並の太さに
ひとつ目の魔族がオレにしか聞こえないほどの声でつぶやく。
「すまねぇな。妻と子供が、人間なんだ」
「!」
と、足から急激に力が抜けていく感覚。
早送りでもしたかのように、ひとつ目の魔族の体は急速に干からび、しおれ、まるでミイラのような骨と皮だけの姿になった。
「お、おい、あんた! 大丈夫か?!」
「父ちゃんっ!」
「おまえらも手伝えって! ──え?」
幸四郎の声になんとか首を回すと、背後で魔族たちがつらそうに膝をついているのが見えた。
「ハム千代! しっかり! お願い!」
氷燦名の悲鳴が聞こえる。
(ま、まずい。おそらくこれ、魔力を吸い取るとか、そういう感じのやつだ。オレはまだ平気だが、氷燦名と幸四郎も、このままじゃじきに……!)
ジューリンのやつ! 何が
と、本物のシンリュート王がつるぎをかざし、ゆっくりと近づいてきた。
「あっけなかったな……。まぁ、貴様にしてみれば、召喚されたばかりで意味も分からずに殺されるのは不条理だろうとは思うが。魔王とは、ただ存在するだけで膨大な魔力の流れを生み出し、すべての魔族を活性化させる、いわば心臓のようなもの。我ら人間の安全のために、生かしてはおけぬ」
「ひ、人と魔族が共存する道はないのですか。もし、私に魔族を統括する権限があるのなら、人に迷惑をかけぬよう厳命すると誓います!」
「たかが1日も魔族を抑えておけず、このような騒ぎを起こしたとあっては、まるで説得力がないな」
何も言い返せずぐぬぬとなっていたが──、王の顔のある1点にオレは釘づけになった。右目の上に、特徴的な形の
「な、なぁ、あんた……その
「──わしの生まれつきの
王が夕暮れのなか、
その輝きを見て、我に返る。
「く、ぬおおおおっ!」
こめかみの血管が切れそうなぐらい、全身に力をこめるが、金色の束縛はまったくちぎれる気配はない。
頭上より迫る脅威に、一瞬身を固くする。
だが──、
「こ、これは、なんとしたことだ!? お、王! 魔族らが、続々と立ち上がっております!」
ジューリンの焦った声が響いた。
「チッ!」
王が天威のつるぎを振り下ろす。
瞬間、首と手足のない、岩の鎧のような姿の魔族が間に割って入り、王の刃を防いだ。刃に触れた瞬間、魔族はざらざらと細かな
氷燦名が声を上げた。
「タイルのすき間から
ハム魔ちゃんとかおかっぱのおじさんとか、父ちゃん聞いてないからよく分からんが──、言わんとすることは大体分かった。多分、オレが馬車で通ってきた道路の下にも、びっしり
「パパっ! 今のうちに、何とか抜け出して!」
「ふんぬああああああ!!!」
全身に力を込める。魔族たちもオレの周りに群がり、
「あああ・あああっ!」
全身の筋肉が膨張し、オレを封じていた蔓を弾き飛ばす。瞬間、王がオレの心臓めがけてまっすぐに剣を突き出してきた!
「パパっ!」
「とーちゃん!」
オレは両腕をクロスさせ、王の剣を防いでいた。しかし、王はそのまま心臓を串刺しにしようと力を込める。その切っ先が、オレの胸板を薄く裂いた。
「むっ!」
が、王は脅威の脚力で後方へ跳び──、と、同時の閃光。
無数の炎弾が、王のいたあたりに降り注ぐ。
「ママっ!」
氷燦名が、空の一点を指していた。
そこにいたのは、魔獣にまたがる我が妻クロジンデ。それから、翼を持つ魔族たちだった。
「パーパさん、逃げテ! 町の外に、味方がいるカラ!」
「パパ! 乗って!」
クロジンデの言葉に、氷燦名がいち早く反応する。氷燦名は氷の円盤に魔族たちを乗せていた。
一瞬、
体勢を立て直した王の剣が再び迫る。
間一髪、撃滅のつるぎで弾き返し、オレは氷の円盤に飛び乗った。
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