聖騎士
オレはだだっ広い城内を、
「なぁなぁ! 父ちゃん! どこ行くんだ?!」
「とにかく、どこか、氷燦名を寝かせられるところを……」
そう思ってあちこちの扉を開けて回るのだが、この辺りは
「ベッド、さがしてんのか~?」
「そ、そうだ! 見つかったか?」
幸四郎の発言に、一瞬期待する。だが、
「な~い!」
と、ひたすら楽しそうな声に、脱力。
「あのなぁ、コーシ。姉ちゃんが倒れて、心配だろ?」
「でもな、あんなあんな、ベッドならな、こっちにある!」
「えっ!?」
なぜ知っているのかと考える前に、幸四郎は近くの階段を駆け下りた。慌ててついていくと、幸四郎が大きな声で、
「ベッドのおへや!」と叫ぶ。
──いつの間にか、階段に赤い
(なんだ……?)
わけの分からぬまま階段を降り切ると、そこは先ほどとは打って変わって内装が充実した、
「氷燦名! とにかく、ここでゆっくり……」
飾り棚の上にあった水差しをつかみ、ひと口含む。
(多分……、大丈夫)
おかしな味や匂いはない。先ほどまで地下にあった城なのに、誰が
「氷燦名、水だ。飲め」
今はそんなことは言っていられない。取っ手をつかみ、ガラス製の水差しの口を氷燦名の口元に運ぶ。
「んっく」
口元からこぼれた水が、氷燦名の胸元を少しだけ濡らした。
──小さくせき込み、氷燦名が目を覚ます。
「おぉ、起きたか」
ほっとして、オレはついその場にへたり込んでしまった。膝立ちのオレと、ベッドで体を起こした氷燦名の目線の高さが同じになる。
その氷燦名は──、めちゃくちゃ怒っていた。
「もう……なんなの」
「そ、そりゃ、オレにもよく……」
「なんで、私、人間じゃないの。ずっと、魔族だったの? なんで、私にもあんな力が使えたの? ──ここはどこ? あのマヒナとかいう子はなんなの? 答えて。答えてよ、パパ!」
いや、怒ってるんじゃない。氷燦名は──、傷ついてる。
この状況に混乱し、驚き、そして、
「私ね、魔族なの。だから、ほら。見て。こうやって、氷を自由に動かせる」
氷燦名が人差し指を立てると、その指先に巨大な雪の結晶のようなものが現れた。
父ちゃんには全く実感がわかないが、子供たちはとっくに、自分が使えるようになった奇妙な力を自覚していたのだ。それが、混乱に
「私たちが魔族だから、騎士が
オレは──、動けなかった。一言も、口に出せなかった。何を言っても、
と、ふいに肩に重みを感じる。
「クロジンデ……」
振り返ると、クロジンデがオレの肩に手を置いていた。
クロジンデがひとつ
オレは意を決し──、氷燦名を抱きしめた。
「ごめんな。頼りない父ちゃんでごめんな。今一体どうなってるのか、ここがなんなのか、なんとか調べて、帰る手がかりを見つけてみせるからな」
すると、幸四郎がベッドに飛び乗って、オレと氷燦名に手を回した。クロジンデもオレの背中に体を預ける。
「……コーシも、帰りたいか?」
「んー? あんな、ケイタのことは、ちょっとしんぱい! あいつ、おれがいないと、上級生にいじめられっから! ……でも、おれがいなくても、ケイタのことはハルヒロがまもってくれるはずだから、だいじょうぶ!」
幸四郎の笑顔のおかげで、少し気持ちが軽くなる。
氷燦名にとってもそれは同じだったみたいで、幸四郎の頭をパシンとはたいたかと思うと、幸四郎をぎゅっと抱きしめた。──その1発は余計だと思うが、幸四郎はされるがままになっている。
「とにかく! 魔族と人間は、別に仲が悪いわけじゃないらしい。なら、平和的に解決する方法もあるだろう。今、騎士がこの城に来ているらしいし、塔を折っちまったことに関しては謝ろう。わざとではなかったし、こちらに害意はないと分かってもらえれば、戦いは避けられるはずだ」
そう言って、立ち上がる。すると、氷燦名が心配げにオレの顔を見上げた。
「騎士さんは、今どうしてるの?」
「ん? 今はマヒナさんに、相手をしてもらってる」
「──え?」
氷燦名の顔が急に
「マヒナちゃんに、相手をしてって、お願いしたの?」
「そ、そうだが」
と、答えるやいなや、氷燦名が前方に手をかざした。部屋の中央にきらきらと白く輝く光の粒が凝縮し──、それは薄い
「……すごいな、どうやってやるんだ? それ」
ちょっと羨ましい父ちゃんである。だが、そんな間の抜けた感想は、鏡に映った像を見た瞬間にかき消えた。
「ねぇ、パパ! マヒナちゃんが!」
「戦ってる?」
あんのバカ!
オレが「相手をしておいて」と頼んだのを、「撃退して来い」という命令だと勘違いしたらしい。
鏡の中では、全身を鋼の鎧で覆った騎士が、マヒナと切り結んでいた。
これはマズい。非っ常~にマズい。
戦いは避けなければならないが、今ここでマヒナがあの騎士を殺すなりして、こちらに敵意があると思われてしまったら……。聖王国とかいう、いかにもお堅そうな名前の国と、一戦交える羽目にもなりかねん。
「あ、でも……」
止めにいこうとして1歩を踏み出し、そこで、オレは動けなくなった。
「ねぇ、パパ! 早く止めないと、戦争になっちゃうかもよ!?」
氷燦名が叫ぶ。だが──、
「いや、それはそうなんだがな──、この城、無駄に広くて」
やつら一体、どこで戦っているのか。
「もう!」
すると氷燦名は、猫のようにしなやかな動きでベッドから飛び降りた。
「幸四郎! この部屋。この鏡に映ってる部屋に、連れてってくれる?」
「オッケー!」
それからオレに向き直って、
「パパ、パパも来て。ママはここで待ってて。すぐ戻ってくるから!」
と、オレの手を引いた。
「い、いや、だが、お前を危ないところに連れていくわけには」
「んっもう! パパじゃ、あの2人を怪我させずに止めたりできないでしょ! 私なら、さっき幸四郎を閉じ込めたみたいにすれば、引き離せるから!」
む、むう。
確かにそうだが。
でも、あの騎士は剣を持っているんだぞ? 万が一のことがあったら──
「急ぐんだから! じゃ、私たちだけで行ってくる! 幸四郎、行くよ!」
「おう!」
オレがぐずぐずしていたら、2人は手を取って部屋から駆け出して行った。
「あ、待って! オレも行くから──!」
っと。
「マヒナがいるおへや!」
廊下に出るなり、すぐさま幸四郎が階段に向かって叫んだ。
子供たちは階段を勢いよく駆け下りていく。
オレも2人に続いて階段を下りていくと、階段の赤い絨毯はいつの間にか消え、代わりに両はじの柱には
階段の一番下まで駆け下りると、そこはギリ、サッカーができるかも知れないぐらいの、だだっ広い大広間だった。
天井近くではマヒナが悠然と飛翔しており、赤毛を短く刈りそろえた騎士を、ふんぞりかえって見下ろしている。
怪我をしているのだろう。騎士は右腕を抑え、肩で息をしている。マヒナも多少負傷しているようだが、形勢は明らかにマヒナが圧倒していた。
騎士はというと、整った目鼻立ちに、やや垂れ気味の、切れ長の目。まぁ、イケメンの部類であろう。額から一筋の血を流し、マヒナを憎々しげに睨みつけている。
と、その時、マヒナがオレたちに気づいた。
──その鼻の穴が、少し膨らんだ気がした。
おそらくは、手柄をアピールする絶好のチャンスだと思ったのだろう。マヒナはひときわ高く舞い上がり、赤毛の騎士に向かって急降下した。
「だ、ダメだ! 止まれぇ──!」
「マヒナちゃん、やめてぇ──!」
「うおお、いっけー!」
伊坂家3人の悲鳴(約1名歓声)が、大広間にこだまする。
だが、遅い。
氷燦名が力を使おうと手を振りあげるより早く、矢のような速さで、マヒナは手負いの騎士へと襲いかかり──、
両手で騎士の
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