第13話 いざ職業紹介事業所へ

「やべぇ……なんか緊張してきた……」

地図が指し示している住所が正しいのなら、俺が今から行く場所はこのビルの中だということになる。

 俺は勇気を振り絞ってビルの中に入り、エレベーターの上昇ボタンを押す。正直、ビルに入るのなんて就職活動以来の体験だ。

 お昼を過ぎていると云うこともあり、エレベーターはすんなりと1階に到着し、他の階に止まること無く、まっすぐに目的階へと運んでくれた。

 エレベーターから降りると、ご親切にも民間職業紹介事業所の場所を示す看板が置いてあった。俺はその看板が指し示す方向へと向かい、扉を開ける。すると、『御用の方はこの電話をお取り下さい』と書いてあったので、その指示に従い、俺は電話を取る。

 すると、受話器からプルルルという電話独特のあの音が聞こえてきた。なるほど、受話器を取れば受付かどこかに勝手に繋がるようになってるんだな……。と妙に感心しながら、受付と繋がった電話に俺が来たことを伝えてその場に待った。


***


 しばらくすると、女性の係の人が出てきて個室に案内された。俺は案内されるがままに誘導され席に座る。すると係の人は開口早々

「何か質問したいことはありますか?」

と聞いてきた。いや、まぁ……なんというか随分ストレートな質問だな。と感じた。確かに一番効率的な質問方法だが、もう少しパンフレットの事を説明するとかした方が良いと思うのだけど……。と思うが、正直一度目を通した事のあるパンフレットについてもう一度説明されても時間の無駄だと思う。こういう効率的な方法は嫌いでは無い。ちなみに余談ではあるが、先日の退職勧告をされた後、会社にパンフレットが届いて俺に渡されたので、一応目は通している。

「ではまず1つ目。御社のパンフレットを見る限り、40代より上の人が多く利用していると云う事ですが、私のような20代の職業募集は来ているのでしょうか?」

そう、パンフレットを見る限り、この相談所は40代50代でも安心して再就職出来ることを謳っていた。故に40代、50代の人向けの求人しか来ていないのでは無いか? と疑った訳である。

「そうですねー。簡単に言うと、来ている。というよりは売り込む。の方に近いです」

「売り込む?」

人材を、って認識でいいのか?

「そうです。ハローワークですと、元からある求人に対して利用者が申し込みをしますが、弊社では逆に企業様に人材を売り込んで行きます」

「つまり、『私』という人物を企業に売り込む。という認識で良いのでしょうか?」

「そうです、そうなります」

そうなると、40代だろうと50代だろうと20代だろうと年令による優劣は無いというわけか。むしろ若い分、俺の方が有利に働くな。

「じゃあ次の質問いいですか?」

「はい、どうぞ」

と、許可を貰ったので一番聞きたかった事を質問する。

「精神障害者の方で、ここを利用している方、又利用して就職先が決まった方はいらっしゃいますか?」

そう、俺は普通の相談者とは違うのだ。障害持ち。この事を忘れてはならない。

「そうですねぇ……」

とここで初めて、係の人は言葉を詰まらせた。顔は笑顔を保っているが、明らかに動揺していることが分かる。

「障害者という観点で見るなら、身体障害者の方がこの施設を利用して無事に就職先を決めた方ならいらっしゃいます」

「つまり、精神障害者の実績が無いということなのでしょうか?」

これは正直予想外だ。会社からの紹介ということもあって、てっきり精神障害者の求人もいっぱい取ってきているものかと思っていたが……。

「そうですね……ここの事業所では実績は無いですが、東京の方ですと実績もありますので、全く無いというわけでは無いですよ」

うーむ……そうなのか……東京の方で実績があると言っても、それは就職先がたくさんある東京だしなぁ……。ここら辺では殆ど無いと判断するのが妥当だろう。しかし、ここの利用を断って、ハロワだけで探すというのもかなりきつい。せっかく専門的な知識と資格も持っているのだから、マッサージ師になるのはもったいないような気がする。

「他に聞きたいことは無いですか?」

「いえ……特には……もう無いです」

と返事をする。一番聞きたかったのは精神障害者の利用者がいるかどうかだ。それが居ないのは正直予想外であった。しかし、ここを利用しないという選択肢は当時の俺には無かった訳で……。俺は煮え切らない感情を胸にしまいつつ、その事業所を後にし、帰路についた。


**


 今考えれば、その選択は大きな間違いだったのかもしれない。当時の俺は転職について無知過ぎた。職業紹介事業所に関してもだ。2016年の5月にKADOKAWA(DOWANGO)が提供しているサービス「ニコニコ生放送」にて、「ブラック企業の生き方」という番組があった。その番組内で出演者が転職した経緯を話す際に、

「第二新卒に特化した職業紹介事業所を利用して転職した」

という発言があった。対する俺が利用しようとしている事業所は人員整理に伴い、定年間近で会社をクビになった人達が主に利用していく事業所である。その2つの事業所を比較すると、俺が利用するべき事業所は当然前者の「第二新卒特化」の方だった。しかし、最初にも書いたが当時は無知だったのだ。職業紹介事業所がたくさんあることを知らなかったし、相談に行った事業所のネームバリューが大きかったこともあり、考える事を放棄していたのだ。そこで考えることを放棄せず、きちんと調べ、会社に「第二新卒に特化した事業所を紹介してくれ」と言うことが出来たなら、俺の未来はほんの少しだけ変わっていたのかもしれない。と、今ふと考える。

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