第12話 退職勧告

「そうですか……」

それは1月も終わりを迎えようかという時期だった。中々退職に関しての通告が無く、もしかしたらこのまま来年も普通に会社で働けるのでは無いのかと期待していた矢先の出来事だった。

「まー、ここで事務的な業務ばかりやって何のスキルも磨かないよりは、どこか貴方に合う職場を見つけて、そこで貴方に合うスキルを上げていった方がいいと思いますよ」

と人事の人。俺は知っている。口ではキレイ事を並べているが、一刻も早く厄介払いがしたいだけだという事を。

 また、俺が今退職した場合、特典が3つ受けられるという説明を受けた。

 1つ目は、退職理由が会社都合になること。これは退職後の失業保険給付金が貰える期間と金額に影響してくる物である。例えば、勤続日数が10年未満で自己都合退職なら給付期間は90日となるが、これが会社都合だと最大120日まで伸びる可能性がある。また自己都合退職なら、初めの給付金が貰えるまで約4ヶ月かかるが、会社都合なら、最初の月から貰える(審査に少しの期間を要すので、初めの月は満額貰えない)。私の場合は障害者なので、無条件で給付日数は300日となる。故に失業保険給付金の金額の面ではどちらでも構わないのだが、支給開始期間が会社都合の方が早くなるため、こちらの方が少しお得となる。

 2つ目は、民間の職業紹介事業所を紹介するとの事である。ここでは書かずに省略していたのだが、2週間に1回のペースで人事や部長との軽い面談は行っていたのだ。その時に、「ハローワークでの求人はマッサージ師の募集しか無い」と何度も報告していたため、人事は次の就職先を見つけることは困難と判断したのだろう。故の助け舟だそうだ。また、料金は会社が持ってくれるとの事。

 3つ目は、退職金を少々。本来ならば勤続日数が少ないため貰えないのだが、今回は特別に出すとの事だった。

 ほぼ新入社員の俺にそこまでするのかが分からなかった。普通に会社都合の退職にしてあげますね。と言って退職をそそのかすだけでも良いはずだ。それなのになぜ、ここまで特典をつけるのかが分からなかった。

「あのー……すみません。何でほぼ新入社員の私にこんなに特典をつけてくれるんですか?」

どう考えても理由が思いつかなかったので聞いてみた。何も馬鹿正直に答えてくれるとは思っていない。言葉尻になにかヒントでも掴めればいいなと思っての判断だ。

「私達としても、真下さんをクビにするのは本当に心苦しい。なので少しでも援助ができればと思っての判断です」

と言われた。ぶっちゃけクビにするのが心苦しいのなら、クビにするなよ。と思うが、口には出さない。今の発言を聞いても、正直理由は分からない。が、よほど俺を会社に置いておきたくないということは理解できる。

「ちなみに私が辞めないと言ったら、どういう対応を取られますか?」

話をしている限り、辞める辞めないの選択権はまだ俺にある。なので辞めないという判断をする事も可能だろう。

「そうですねー……」

と言って人事の人は苦笑する。この質問は想定外だったようだ。

「任せられる仕事が殆どないので、昇給がほとんど望めない草むしりをやって貰うことになりますね。そしてある程度の時期が来たら会社都合で退職してもらう事になるかもしれません」

「その会社都合の退職には今回の特典が付きますか?」

「つかないですね」

と人事。今の会話から推理するに会社側としては、俺の早期退職を望んでいるようにも伺える。理由は分からないが。どういう過程を辿るにしても、結果として退職という部分に収束するのなら、今辞める方が得なのではないだろうか。しかしそう思わせる事が会社の目的なのだろう。発言の裏を読みたいが、中々難しい……。

「民間の職業紹介所の実績ってどんな感じなのですか?」

発言の裏を読み取ることが出来ないので、俺はサラッと話題を変えた。もしかしたらこちらからヒントが何か得られるかもしれない。

「そうですね……。私から説明するより、そちらに直接赴いて話を聞いてみてはいかがですか? 勤務時間中で構いませんから」

「えっ!? 勤務時間中で良いんですか?」

嘘だろ……。勤務時間中に業務以外の事をしても許されるのかよ……。よほど俺を退職の流れに持って行きたいらしいな……。

「えぇ、構いません。いいですよね。部長」

「はい、大丈夫です」

と人事の人は部長にも了承を得る。いや……部長も了承したら、俺はもう行くしか無くなる訳で……。

「分かりました。では直接向こうに行って話を聞いてみて、この案を飲むか決めます。それでよろしいでしょうか?」

「はい、分かりました。でしたら日時が決まり次第、社内のメールのほうで連絡します」

「はい、よろしくお願いします」

と一応悩んでいるふりをしながら会話を進めたが、正直俺の中で答えは分かっていた。これはもう、退職するしか無いんだな、と。

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