第11話 ラストチャンス

「あれ……?」

10月を過ぎても、それどころか11月が終わり、12月に入っても俺への退職勧告は全く来なかった。おかしいな。と思いつつも、「自分からクビにしてくれ」というのもおかしな話なので、そこは黙っておくことにした。そして、病院で診断書を書いて貰ったり、役所で手続きをしたりして、ようやく俺の手にようやく3級の障害者手帳が届いた。

 障害者手帳が届いたらする事といえば、もちろん1つしか無い。それはハローワークに行って、障害者採用を探す事だった。障害者手帳無しでも利用することは出来るのだが、もしも企業に応募するとなると、障害者手帳取得予定と障害者手帳取得後では後者の方が採用に有利になると言われ、今までハローワークを使用する事をためらっていたのだが、もう取得したので何も怖くは無い。そう自分を奮い立たせて、俺は障害者採用枠をまとめたファイルを閲覧し始めた。

「なんじゃこりゃ……」

嘘でも大げさでも無い。そんな言葉がおもわず口から出ていた。

 まず最初に目についたのはマッサージ師の募集が多すぎること。世間は俺にマッサージ師になれとでもいうのか?

 次に目についたのは正社員募集の少なさだ。どこもアルバイトやパート、又は準社員。仮に正社員があったとしても、やっぱりこれもマッサージ師だ。やっぱり俺はマッサージ師になるしかないのか……。

 しかし、そのマッサージ師求人が多い中でも、稀に正社員で募集をかけている会社がある。その中で気になる会社を見つけた俺は早速ハローワークの係の人にお願いし、精神障害者を採用しているか聞いてもらうことにする。

 正直俺は、この求人を見つける事が出来たのは何かしらの運命だと思っていた。いや、まさか今勤務している会社の 親 会 社 が求人をしていたのだから……。ここでもし、親会社に入ることが出来たなら俺の人生は逆転満塁サヨナラホームランだろう。俺は顔の筋肉ではどうやっても抑えきれないにやけ顔を必死に誤魔化しつつ、ハローワークの人の結果を待った。


***


「え? 駄目!?」

帰って来た言葉は募集していないとの事。そう、ここで俺はハローワークを通じて現実を知る事になるのだが、障害者採用枠という採用枠を各社提出してはいるが、どの障害を採用するか、という事までは書いていないのである。要するに、問い合わせて見るまではどの障害を募集しているかは分からないという事である。

「今回募集しているのは身体障害者のみだそうで、精神障害者は募集していないという事でした」

なんと……。

「ちなみに精神障害者を採用していない理由はなにか仰られていましたか?」

「いや、そこまでは……」

とハローワークの人。俺は親会社が精神障害者を採用していない理由がかなり気になった。ちなみにその回答は半年後にきちんと得られたので、第4章辺りで触れるとしよう。

 しかし、ここで引くわけにはいかない。とりあえず、気になった会社を2社程ピックアップして、問い合わせて貰うが、それらの会社も同様に身体障害者のみの採用。くっ……マジかよ……。これは想像以上に次の就職活動は難しいかもしれない。だったら……なおさら今の会社をクビになるわけにはいかないな……。


***


 この頃になると、俺も変な法律の知識を身につけ始めていた。例えば、退職してもらう通告は1ヶ月以上前にしなければならない。とかだ。そう、時は12月。今から通告したとしても、退職は1月。これが示すものはつまり……。そう、忘年会に参加出来るということだ。忘年会に参加。つまり、マネージャーと対面できる可能性が非常に高い。このチャンスを逃せば本当に俺はクビになるだろう。ハローワークの求人を探してみて、精神障害者の採用がかなり難しい事を知ってしまったのだ。俺がクビになれば次の正社員の就職を見つける事はほぼ不可能だろう。だからこそ、俺は全力でこの忘年会に全てをかける。


***


 忘年会当日、俺は少し迷ったが、なんとか開始時間10分前に会場に到着することが出来た。

 中に入り、席に座る。マネージャーとの距離は結構遠い。3列分位後ろに座っているのか……。これは中盤以降が勝負の要となりそうだ。

 そう、俺はこの飲み会に3つの作戦と言えないような作戦を準備していた。

 1つ目はマネージャーと俺の距離が近かった場合だ。その時は普通にビールを注ぎながら、会話すればいい。

 2つ目は遠くもなく近くもない場合だ。これがパターンとして一番困るのだが、もうこれはピッチャー持って突撃するしか無いだろう。仮に前回みたいにマネージャーにビールを注ぐ人がいたら、その人にビールを注いであげればいいのだ。そこから話を広げていけば無問題。

 そして最後の3つ目。遠かった場合だ。ピッチャーを持って突撃しようにも、明らかに離れすぎてて不自然である。だが、その対策を今回は考えてきたのだ。それは新入社員巻き込み大作戦。

 今回は派遣の方が新しく5名ほど来たらしい。その歓迎会を含めての忘年会らしいのだ。別に新しい派遣の方に話しかけるのは変な事ではない。また、その姿をマネージャーに見せることによって、コミュニケーション能力が向上した事のアピールにもなる。今回はこの3つ目の作戦を実行する事にした。


***


 飲み会も中盤辺りになり、俺は行動を開始し始める。手頃な派遣社員の人の近くに行き、会話をしはじめる。どんな会話をしたかは覚えていない。確か最初は

「あ、普段別の部署にいる真下ですー」

とかいう挨拶から入った気がする。


 そして2人目の所で話していた時だった。突然、新しく入ってきた派遣の方に自己紹介をしてもらう流れになったのだ。

 そういえば、その流れを忘れていた。それが終わってから行動に起こしても良かったかもしれない。と少し反省していたら、幹事の先輩社員がいきなり俺にも自己紹介をしろと言ってきた。理由は俺が普段別の部署にいるから、改めて新しく入って来た人に顔を覚えてもらうという点でも自己紹介した方がいいんじゃ無いか、との事だった。

 確かに一理ある。いや、これはチャンスだ。自己紹介をすると云う事はマネージャーも見てくれる。故に、以前の上がり症だった俺とは変わったと云う事をアピールするチャンスである。俺は元気よく立ち上がって派遣の方の横に並んだ。


「――これからもよろしくお願いします!!」

と大きな声で挨拶をして、自己紹介の場を締めた。途中、ちょっとボケたりして幹事の人に突っ込まれながらも、何とか自己紹介を終えた。自分の中ではそりゃあもう満点だ。さて、マネージャーの反応はというと……。肉団子を鍋から取っていた。錯覚かもしれないので、もう一度確認する。やっぱり 肉 団 子 を 鍋 か ら 穴 あ き 玉 杓 子 を 用 い て 取 り 出 し て い た。

 皆が拍手をしてくれている中、俺は肉団子に負けたのか……。と落胆するが、ここで諦めてしまっては、前回と同じ結果になってしまう。まだ諦めるにはいかない。

 3人目の派遣社員は結構ノリが良かった。髪型が俺とそっくりだと云うことに気がついた俺は、このネタでマネージャーに突っ込めるんじゃないかと策を練り始めた。

 行けると確信した俺は、3人目を誘ってマネージャーに突撃する事にした。理由はなんか、マネージャーに媚売りに行きませんか? とかだったと思う。

 俺は近くにあったピッチャーを手にして、2人でマネージャーに突撃しに行った。

「マネージャー!! そっくりさんがマネージャーのビールを注ぎに参上しました!」

と告げて、マネージャーのビールを注ぐ。その発言に対してのマネージャーの反応は

「あー、どこかで見た髪型だと思ったー」

と笑いながら発言していたので、掴みは上々だと感じた。そしてそこからはもう、流れに身を任しての発言だ。しかし、決して外国人に絡まれた時のようには暴走しない。きちんと会話のキャッチボールをするように心掛ける。

「新入社員の中では一番製図ができなかったのに……」

という発言に対しては、

「いえいえ、マネージャーの教え方が上手だったので、製図検定に合格できました」

と媚を売り、

「高校は凄い、いいところ出てるんだけど……」

という発言に対しては

「いえいえ、普段からコツコツとやっていたら受かっただけです」

とADHDの特性『飽きっぽい』を打ち消すような発言をする。

 そんな感じで終盤まで何とか話し続ける事ができた。マネージャーにはコミュニケーション能力が向上したという事を恐らくアピール出来ていただろう。自己評価をつけるなら、100点中80点といったところだろうか。

 俺はやれることは殆どやったな。という充足感に包まれると同時に、自分らしくない発言を多量にしたからかは分からないが、意味不明な気持ち悪さに包まれながら、飲み会は解散となった。

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