第10話 神ハ 全テヲ 救イマス
「あー、結局何も出来なかったな……」
と俺は会社から自宅への道をトボトボと下を向いて反省しながら歩いていた。
時は10月。障害者手帳取得と同時に会社からクビになると考えて、もうそろそろ宣告されてもおかしくない。結局何も俺は抗う事が出来なかったんだなと思いながら、見えない涙を流す。
「チョット オニイサーン」
後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえる。誰か財布か携帯電話でも落としたのか? と思いながら、自分の財布と携帯電話を確認する。よかった。両方ある。俺じゃない。
「チョット オニーサン イイデスカ?」
と俺の後ろから、それぞれの自転車に乗った外国人二人組が俺の前に追い抜いて止まる。
「はぁ……俺……ですか?」
「ソウデス ソウデス」
何で俺なんだ? というか用事は何なんだ? 何で周りには人がいっぱいいるのに俺をピンポイントで狙い撃ちしてくるんだ?
「要件は何でしょうか?」
と不機嫌感を隠す事無く質問する。
「突然デスケド、貴方ハ 神ヲ 信ジマスカ?」
とイケメンな方の外国人が俺に神を信じているかどうか聞いてくる。個人的にはそれよりも、周りの視線の方が気になってしょうがなかった。
「あー、すみません。ちょっとここだと通行人の迷惑になるので、別の場所で話しませんか?」
と俺は提案する。不思議と『逃げる』という選択肢は無かった。なんとなく、自分のコミュニケーション能力が実在する人物相手にどこまで上がったのか試したくなったのだ。
***
「で、何でしたっっけ?」
と位置を移動した俺はイケメンに切り出す。
「神ヲ シンジテイマスカ?」
「ちょっと意味が分からないです」
いきなり神を信じるとか信じないとか言われても分からない。神ならネットで見た事はあるが、この人達が言ってるのはキリストとかの事を言っているのだろうか?
「エーット ジャア 貴方ノ 大事ナ物ハ ナンデスカ?」
大事なもの……パソコンか? いや違う。俺が本当に大事な物は……。
「ネット回線……ですかね?」
「ネット回線……?」
あ、駄目だこれ通じてない。
「えーっと、インターネット回線? わかりませんか? えーっと、世界中の人と繋がる事のできる……えーっと……Network?」
と俺も上手く説明出来ていない為、カオスな空間がここに生まれつつある。
「トニカク ソノネット回線? ガ 貴方ニ トッテ 重要ダト」
「そうです、そうです」
なにが重要なのか分からないが、とりあえず肯定しておく。正直もう俺自身、知らない人と話すと云う事に限界を感じており、一刻も早く逃げ出したいのだ。
「何デ ソレガ 重要ナンデスカ?」
いや、何でって言われても、返答に困る。
「えーっと、娯楽の為……ですかね?」
ですかね? て聞かれる方も困るだろうが、俺にはその回答しか思いつかなかった。俺の答えを聞いたイケメンは少々困ったような顔をしながら
「チナミニ 私ハ 家族デ……」
と言いながら、もう一人のマッチョの方を指して、
「彼ハ ドーナツデス」
と自分達の事について説明した。マッチョは満足そうに頷いている。正直どうでもいい話だ。
「貴方ハ 今、幸セデスカ?」
とイケメンはようやく本題っぽい事を聞き始める。いや、幸せかって言われれば返す言葉は1つしか無い。
「幸せかどうかって言われたら、正直、幸せじゃないです。何で俺だけこんなに苦労しているんですか? 群発頭痛の症状を持っているだけでも、かなり不幸だと思っていたのに、最近アスペルガー症候群とADHDの症状まで出てきて……。いや、それだけなら、まだ我慢も出来ました。それに加えて会社もクビになりかけて無職寸前ですよ。一体俺が何をしたっていうんですか? この状況で幸せなんて言えますか? いいや決して俺は言えないです」
と一通り喋り終わった後、俺はハッとした。ヤバイ喋りすぎた……。会話のキャッチボールが出来ていない……。恐る恐る二人の顔を見ると、イケメンの笑顔は引きつっているし、マッチョの笑顔はどこかぎこちない。
「ソウデスカ……デシタラ、神ニ願ウナラ、ナンテ願イマスカ?」
「はい?」
と思わず聞き返した。願う? 何を? 幸せにしてくれと願えということか?
「大丈夫。神ハ 全テヲ 見テイマス。神ハ 全テヲ 救イマス」
「はぁ……神様に願う事ですか……」
正直、ここで言う内容を抑えて、無理矢理会話のキャッチボールを行う事も可能だった。けれども、エンジンのかかった舌はもう止まりそうも無い。そう、これはいい経験になるんだ、きっと……。だから全てが終わったら、帰ってじっくり反省しよう、うん……。
俺はこの瞬間、心を決めた。
「神ハ 平等デス。全テヲ――」
「平等? 笑わせないで下さいよ。平等なんてあるはずがない。仮に世界が平等なら、俺はもっと幸せに暮らしているだろうし、友達もいる。なおかつ、もっと華やかな生活を送っているでしょう。けれども実際は、退職寸前の駄目人間。そんな俺がもしも神様に願うとするならば、願いはたった1つしかない。それは神の地位を貰い、力を貰うことです」※1
「チョット意味ガ分カラナイ――」
「意味が分からないなら、簡単に説明しましょう。要するに神をぶっ殺して俺が神になるって言ってるんです。仮に神から見て、平等な世界が出来たとしましょう。ですが、そんな平等な世界が作られたとしても確実に上から見ている奴……つまり神がいる。俺は下で生きるか上で生きるかと聞かれたら、俺は上で生きる人間になりたい。なので神の寝首を掻いてでも、俺は上の世界の人間になりたいんです。グヘヘヘヘ」※1
言い切った。自分の言いたいことを言い切った。最後に何かグヘヘヘって笑ってしまったけど、とにかく自分の言いたいことを言い切った俺は見事な充足感に包まれていた。そんな充足感に包まれながら、2人を見ると、彼らの顔に一応笑顔は残っているのだが、目が完全に死んでいるように俺には見えた。
「ソウデスカ……。ソレト、今週ノ土曜日ニ ココデ 礼拝ヲ 行ッテ イマスノデ 宜シケレバ オ越シ下サイ」
と事務的な言葉を述べながら、イケメンははがきサイズの紙を渡してくる。そこには教会の地図と日時が記されてあった。
「あ、はい……」
と魂がどこかに飛んで行ったような返事をしながら、俺は後悔の念に悩まされていた。
「ソレデハ アリガトウゴザイマシター」
「ゴザイマシター」
と俺に声をかけ、2人は自転車で去っていく。俺は今になって体中が恥ずかしさに支配され自転車に乗っていた彼らを追い抜いてまっすぐ家に直行した後、枕に顔を埋めながら、今日会話のキャッチボールが出来なかった事を何度も何度も反省しながら、アスペルガー症候群は簡単に改善出来ないことを悟ったのだ。
※1 本来ならばこれらの文章に何回も「えーっと」という単語と『どもり』が含まれておりますが、読みやすさ重視の為、それらを全て省きました。言っている内容はほぼあっています。グヘヘヘもきちんとあの時に言ってました。今思い返しても死にたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます