第一夜 嬰児籠
私、坂井舞香は不思議なこととは無縁で生きてきたとずっと思っていたが、ここまで話を書き進めてみて、どうやらその認識を改める必要があると思い始めている。そこで、山もなければ谷もない、
まだ1歳になるかならないかの頃、私はベビーベッドが大嫌いだった。ベビーベッドの柵は一人で越えることができないし、何より両親の寝ているベッドより少し離れた場所にあるので、お母さんの顔が見えない。
だから、ベビーベッドに寝かされそうになると、私は泣いて、嫌だと訴えた。おかげで日中ベビーベッドに寝かされることはほとんどなかったが、夜は必ずベビーベッドに寝かされていた。後々、母に聞くと、ダブルベッドで寝ている両親と一緒に私を寝かせて、うっかり踏みつぶしてしまうことを危惧していたのだそうだ。
例え、踏みつぶされたとしても、私は母と一緒に寝たかった。なぜなら毎晩、鬼が私のところに来るからだ。
今、思い返せばそれは祖父母の家に飾ってある般若面だった。その頃は祖父母の家に住んでいたのだ。
夜中、皆が寝静まったころ、私は目を覚ます。部屋は橙色で、時計がコチコチと音を立てている。すると、ベビーベッドの柵で四角く区切られた空間に、白い着物を着た鬼がひょい、と音もなく顔を出す。私はお母さんに助けてと必死に泣くが、私の泣き声が聞こえていないのか、私の声が出ていないのか、全く気づいてもらえない。
鬼は笑いながら、私の左腕をつかむとズルズルと私を引きずる。窓を通り、屋根に登り、庭の高いケヤキの木の上に登る。そして鬼はそこから、ガハハハハア、と笑いながら私を放り投げるのだ。
私の体はふわりと浮き、そして猛スピードで落下していく。息が詰まるような浮遊感がして、枝をすり抜け、屋根をすり抜け、なぜかベビーベッドの上に着地する。
もう来ないでください、と願っているが、橙色の豆電球の中、そいつはまた来る。
一晩に、何度も何度も投げ飛ばされ、浮遊感に酔ってしまう。私は生暖かいものを吐き出した。
すると、鬼は満足したように笑うと去っていく。
それから、しばらくして私の家族は祖父母の家を出て、東京の社宅へ引っ越した。母は夜泣きが激しい私をつれて集合住宅へ移動することを心配していたが、引っ越したその日からぱたりと夜泣きが収まり、夜中に吐き戻すこともなくなったという。
ここまで書いた後、作品のタイトルをつけるために、ベビーベッドという意味で、赤ちゃんを入れる籠、と検索したのだが、予想もしない結果が返ってきた。
昔、農作業中などに赤ん坊を入れておいた籠を
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