第2話 白と黒、表と裏



 静寂。

――ぱち。

 静寂。

――ぱち。


「……いや、ちょっと待って下さい。さっきのは無しです」

「えぇ!?ずるいよふーくん!せっかく角取ったのに!」

「いや、ちょっと手が盛大に滑っちゃって」


 もうしょうがないなーと飛鳥さんは呆れ顔、に見せかけた隠し切れていないドヤ顔で白色の石を取る。何だかんだ我が儘を聞いてくれる大人、なんかではない。これは精神的余裕の表れである。自分が圧倒的に有利な状況だから聞き入れてくれただけだ。

 以前この白と黒の石で盤面を取り合うボードゲーム、所謂オセロで勝負した時は俺が圧倒的有利な状況になった瞬間、「あう、手が攣ったー!」と唐突なちゃぶ台(ただの盤だが)返し。俺の眼前には盛大にぶちまけられた白と黒の石。そしてその後はやる度に「ハンデ!ハンデ!」と駄々をこねる。つまり、大人なんかでは絶対にない。


 何故俺と飛鳥さんがこうしてオセロで遊んでいるのかというと、彼女がうちに転がり込んで一週間した頃に「ふーくんばっかり家事してて申し訳ないから何かやらせて」と飛鳥さんが申し出てきたことがきっかけだった。俺は気にしなくていいと言ったのだが、変に頑固な飛鳥さんはどうしても何か手伝うと言って聞かない。仕方ないのでたまに夕食当番や風呂掃除くらいならと思ったのだが、ただやってもらうだけでは面白くないので何かゲームでもしてその勝敗で決めよう、と提案したのだ。彼女は喜んでそれに乗り、それ以来飛鳥さんのバイトが夕方に無ければこうして夕方にある時はこうしたボードゲーム、ある時はトランプ、ある時はテレビゲームなど、様々なゲームで勝負をしている。

 別に家事は普段からやっていることだから特に苦に思ったこともない(むしろ楽しい)し、家にいる飛鳥さんが何もしなくても何ら構わないのだが、男として売られた勝負には負けたくない。いや、この見た目中学生には負けたくないのである。しかしこの人、蓋を開けてみればかなりのゲーマーだった。テレビゲームの格闘ゲームやアクションゲームなんかは何処のプロゲーマーだと突っ込みたくなるほど上手い。初心者に毛が生えた程度の俺では到底敵うはずがなかった。しかし、トランプやボードゲームでは負ける訳にはいかない。これは現役学生としての意地だ。


「ふーくん、もう待ったはなしだからね」不敵な笑みを浮かべてそう言う飛鳥さん。


 その後も飛鳥さん有利な状況でゲームは進んでいく。もう飛鳥さんはドヤ顔を隠そうともしない。くそ、絶対にこの一手でその余裕を消してやる。盤上を見据えて考えに考え、最善の手を見つけた。確信し、(無駄に)振りかぶる。これで俺が有利になる!間違いない!


――ころん。


「えっ、あっ」

「え、ここでいいの?やったー、じゃあ角取っていち、にー、さん……」

「ちょっと待ってください。今のは本当に手が滑りました。マジで」

「ふーくん、もう待ったはなしってさっき言ったよ」

「非情です!あんまりですよ!」

「勝てばいいんだよ、勝てば!」


 結局俺の抗議は聞き入れられず飛鳥さんは容赦無しに盤面を一気に白く染め上げる。一度目の嘘のツケと言うべきか、勝利の女神は俺を易々と裏切り飛鳥さんに微笑んだ。夕食と風呂掃除当番、そして敗者のレッテルは見事俺の物に。畜生、何だか無性に悔しい。



「――はぁ。で、今夜は何が良いんですか?」


 だけど、まぁ。


「んっとね、生姜焼き!」

 

 夕食、風呂掃除当番、敗者のレッテルを背負うくらいでこの途方も無いくらい明るく、無邪気で楽しそうな笑顔を見れるなら、別に負けでもそんなに悪くない、と俺は自分に呆れつつ、今日も思うのだった。

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拾っちゃいました ソラ @kou322

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