拾っちゃいました
ソラ
第1話 飛ぶ鳥、風と花
朝、カーテンの隙間から差し込む陽の光の眩しさで目を覚ます。布団の中で転がって頭上の時計を見ると、七時。登校時間にはまだ早いけれど、いつも通りの時間だ。ふぁぁ、と欠伸を一つ落とし、起き上がろうとしたその時だった。
「んー……ふーくん、おかわり……」
「ごふっ」
意識のはっきりしない声と共に大きな布越しにいきなり腕が伸びてきて、俺の頬に突き刺さって鈍い音が鳴る。じんじんと痛む頬を摩っていると、不本意ながら徐々に頭が覚醒していく。またか……と思いながら大きな布を捲ると、腕の主は人の顔を殴ったことなど露知らず、布団をはだけさせながら幸せそうに涎を垂らして惰眠を貪っていた。ベッドの上に無造作に散らばる綺麗な黒髪、長い睫毛。化粧をしなくても整った顔立ち、白い肌。元々小さな人だけど、丸まっているせいか更に小さく見えた。女性、というよりは少女と言った方がしっくりくる。この人の名前は、
そんなことはさておき、飛鳥さん今日九時からバイトだって言ってたっけ。まぁ、起こすにはまだ早い。さっさと準備してしまおう。そう結論付けて、俺は布団から出るのだった。
顔を洗って歯を磨きつつ、洗濯物を洗濯機に入れて回し始める。さっぱりしたところで布団を畳んでちゃぶ台を出し、台所に移動。さて、今日の朝飯は何にするかな。そういや食パンの賞味期限が近かったっけ。晩飯のサラダも残ってたはずだし、それでいいや。軽く頷いてフライパンにソーセージを置いて火にかけた。片手で軽くそれを揺すりつつ、機を見てトースターに食パンを投入。
自分で言うのも何だが、俺は少し変わっているらしい。一人暮らしの学生は皆こんなもんだと思っていたのだが、ある日友達が泊まりに来た時、これを見て「お前ちょっとおかしいよ」と軽く引き気味に言われた。どうやら世間一般の男子高生の一人暮らしでは自炊などほぼ皆無、洗濯は学校から帰ってから、掃除なんて一月に一回すれば良いほうらしい。俺からすればそっちの方がおかしい、と言いたくなる。
朝食を二人分ちゃぶ台に並べて準備が出来たところで、再び部屋を分断している大きな布を捲る。飛鳥さんは依然として気持ち良さそうに寝息を立てていた。初めの方は仮にも思春期の男子高生の隣でこんな無防備に寝るなよと思ったりだとか、寝間着の半袖短パンから覗くその白い肌にどぎまぎしたりなんてこともあったけれど、今となっては「放っておいたら昼まで寝てそうだな、この人」なんてことを真顔で考えている辺り慣れとは怖いものである。
「飛鳥さん、今日九時からバイトでしょう?そろそろ起きないと」
「んー……ふーくんそれ最後の一切れ……なんでたべたの……」
ベッドの上の彼女を揺すると、寝ているとは思えないほど切実な表情でそんな寝言が飛んできた。夢の中の俺、それはやっちゃいけない。飛鳥さんはコンビニのシュークリームでもない限り機嫌を直さないんだぞ。そんなことを思いながら時計を見るとそこそこいい時間になっていた。まだやらなければいけないことは残ってる。ふぅ、と溜息を吐き、最終手段に出る。
「飛鳥さん、今日は飛鳥さんの好きないちごジャムのパンですよー」
言い終わるか言い終わらないかという一瞬で、飛鳥さんはガバッと上半身を起こす。寝癖でぴょんぴょん跳ねる髪もそのまま、彼女は俺に向かってにへらと顔を緩めて笑みを浮かべた。
「おはよう、ふーくん!」
「おはようございます、飛鳥さん。朝飯出来てますよ」
「わーい!顔洗ってくる!」
いつも通り大袈裟なリアクションと共に跳ね起きてぱたぱたとリビングを出て行く姿に、俺も苦笑して立ち上がる。
さて、これが俺と飛鳥さんの日常の1コマである。
俺がこの人と出会ったのも、こうして謎の同棲生活を始めたのもほんの一ヶ月前なのだが――そこはまた、後々話していきたいと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます