※水の夢 - 12 -
早く、早く。
気持ちは逸るばかりで、終業式どころではなかった。
ランドセルを置きに帰ることすらもどかしくて、そのまま病院に直行する。
嫌な予感が胸の辺りを刺激して、治まらない。
昨日、瑞貴の瞳に消えてしまうような儚さを見出したせいだろうか。
うたた寝していても構わない。でもいつもみたいに、笑って出迎えてほしい。
周りを確認する余裕もなく非常扉を潜り、足音を立てて階段を駆け上がった。
唯一灯りが点いている扉は、入って来いと誘うように室内の明かりをこぼしている。
正体不明の神が与えた禁断の果実を。この時の俊樹には真実を食す勇気は、まだなかった。
「んぅ……っ、ん」
それでも果実は甘く熟れた香りを放ち、欲を誘う。少しくらいなら、と唆された俊樹は部屋の中を覗き込んだ。しかしやはり見なければよかったと、後悔することになった。
「んっ、ん……ふ、っんー……っ」
くぐもった声の正体は想像通り瑞貴の声だった。いつも甘い声が、どろどろに溶けたチョコレートのように鼓膜に絡みつく。
瑞貴の口にはそんな甘い菓子ではなく、男の欲望が咥えられていて、ねっとりと舌を絡ませて味わっている様がこんな遠くからでも見えてしまった。
それは幼い俊樹にとって衝撃以外の何ものでもなくて、よろめいた拍子にまた扉の隙間が開く。瑞貴は仰向けになっている男とは反対の向きで覆い被さり、無防備に真っ白な肌を曝していた。彼女が男に愛撫しているのと同じように何かされているのか、時折艶かしく腰を揺らす。
男の方が扉の音で気づいたのかこちらに視線を向けた。西洋の魔物に睨まれたかのように動けなくなる。頭の中では逃げなくては、扉を閉めてしまえと思っているのに、まったく身体は云うことを聞かなかった。淫らに快楽に溺れる瑞貴から、眼が離せない。
「ん、あ……やめ、ないでぇっ……」
男の意識がこちらに向いていたためだろうか。瑞貴は切なげな声を上げて唾液と男の先走りに濡れた唇を舐めた。ぞくっと背筋を震えが駆け上る。こんなのはいつもの彼女ではないのに。
息が苦しくなる。心臓が、うるさく鳴り響いて、これがあの男にも聞こえているのではないかと思い込んでしまう。
瑞貴の誘いに男はこちらから視線を逸らして自分の上から彼女を退かせた。
シーツの上に座っている瑞貴の身体をこちらに向けて、後ろから抱きしめるような体勢を取る。控えめな大きさの乳房を震わせて、脚を閉じようとするのを遮り、子供に用を足させるように大きく脚を開かせた。
「あっ、はあ……は、あっ! ぁああ……っ!」
甘美な声が耳を抜ける。だが、俊樹はそれどころではなかった。露になった結合部に、『彼女』にあってはならない器官が、存在していたからだ。
男である自分と、同じもの。それはとても小さいが、確実に瑞貴が生物学上女性ではないことを示している。
子供ながらに同じ性別の人を愛することは少数派で、いけないことだとわかっていた。
しかし、瑞貴はどう見ても女性だ。これはいったいどう云うことなのだろう。
混乱する俊樹に、男の笑い声が届く。男は、間違いなくこちらを見て、笑っていた。
薄気味悪さに寒気を感じているとまたすぐに混乱の海に突き落とされる。その波は荒く、窒息してしまいそうだった。
「あぁ……っ!」
見なければいいものを。反射的に視線は交ぐわっている二人に向き、逃れられない現実に絶望する。
荒々しく揺さぶられている瑞貴は長い髪を払うように首を振り、嗚咽に近い声を上げていた。
「あぁ、め……だめっいやぁ……っ、あぃ、あもういっちゃ……!」
言葉は拒否しているのに、その言葉を紡ぐ声はあまりにも甘くて。俊樹は胃の辺りがむかつく嫌悪感を覚えた。
瑞貴は一際甲高い声を上げてびくっと一度総身を震わせたあと、痙攣し始める。
「ぁっ、やめぇ、むりぃ……っきもち、いのとまらないの……っ」
それでも男が動きを止めないためか声は甘く蕩けきったまま、震えが止まらない様子だった。男が揺さぶりを止めるとようやく力を失って、忙しない呼吸をしながら項垂れる。
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