夢幻の人 - 2 -
五分もしないうちに少しずつ廊下が騒がしくなっていき、穏やかに流れていた空気が若い生徒たちの活気に色づき始めた。
「俊樹ー! おっはよっ」
真っ先に教室に入って来た女子生徒が未だ姿勢を変えていなかった彼、俊樹に明るく高い声で朝の挨拶を飛ばす。
それが緩やかだった頭痛をひどく疼かせ、ゆっくりと上がった俊樹の眉間には皺ができていた。
「……はよ」
短く挨拶を返すと、俊樹は彼女の姿を視界に入れることなくまた机に身体を預ける。無視をしなかっただけまだありがたいと思ってほしい。
「どうしたの、ってかちょっとひどくない?」
隣の席に座った女子生徒は非難めいた口調で云って俊樹の、金色で重力に逆らった毛筋が踊る頭部に視線を送った。
「俊樹ってば!」
「……わりぃ、水那。頭痛いから黙って」
俊樹の返事がないことに腹を立てた様子の女子生徒、水那が更に声量を上げて耳許で吠えると、彼はその脅威から逃れるために机の端にずるずると移動してかすれた声で謝罪を述べた。
「あ……、ごめんね、うるさくして」
ようやく彼の体調不良に気がついた水那は、先ほどまでの勢いを忘れた様子で控えめな声で告げる。それから静かに席を立って同じ列で前の方にある自分の席に戻って行った。
「俊樹、大丈夫……?」
水那の後ろで影のように気配を消していた男子生徒が本当に俊樹の隣らしく、椅子を引いて腰掛けながら心配そうに様子を窺う。
「ああ……友也、はよ」
俊樹は顔を上げることなく片手を上げて、ひらひらと弱々しく振った。
それを見た男子生徒、友也は口を開いては閉じるという謎の行動を、前方で殺気を含んだ視線を送る水那に怯えながら繰り返し、やがて口をつぐむ。
この二人のやり取りに、視界を閉ざしていた俊樹が気がづくことはなかった。
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