六話

「大丈夫。きっと、那由多さんが何とかしてくれる」

 典晶は自分に言い聞かせるように言った。那由多を拠り所にしなければ、典晶は平静を保てそうになかった。今、こうして目の前に寝ている理亜が、直に凶霊と同化してしまうなど、考えたくもなかった。その思いは美穂子も同じなのだろう。彼女は目を赤く染め、理亜の髪を優しく整えていた。

「とりあえず、那由多さんを待とうぜ」

 文也の言葉に典晶達は頷いた。何もせず、ずっと病室にいるのも気まずいので、典晶達は病院と併設されている喫茶店で時間を潰そうと病室を出ようとした。その時、ハロとイナリが同時に振り返った。

 病室に肌を引っ掻くようなピリリとした感覚が瞬時に広がる。

「ん?」

 何事かと振り返った典晶は、ベッドの上に立ち上がった理亜の姿を見た。彼女は俯き、両手をだらりとぶら下げている。なんと、彼女の足はベッドから数センチの高さに浮かんでいた。まるで幽鬼のような理亜の姿に、典晶はゾッとした。

 機械仕掛けの人形のように、理亜の顔が動いた。こちらに向いて上げた顔は、人間とはかけ離れたものだった。顔は土色に染まり、目の周りだけ真っ青な隈取りがされている。さらに、目は真っ赤に血走っており、口からは緑色の胃液を垂らしていた。

「下がれ!」

 イナリが叫ぶのと、理亜が吠えるのがほぼ同時だった。


 アアアアァァァァァァーーーーー!


 病室の窓ガラスが割れ、典晶と文也の体は見えない車に跳ねられたように吹き飛ばされる。典晶と文也は病室からはじき飛ばされ、廊下の壁に強かに背中を打ち付けた。

「典晶!」

 理亜の攻撃を防いだイナリは、慌てて病室から出てくる。ハロもどうして良いか分からず、病室から出てしまった。

「理亜ちゃん!」

 唯一病室に残された美穂子。彼女が叫ぶと、理亜は口から大量の吐瀉物を吐き出した。

「コロシテヤル……コロシテヤル……!」

 体を痙攣させた理亜は、美穂子に向かって右手を突き出す。美穂子の体が見えない糸に引っ張られるように、理亜の手に吸い寄せられた。

「美穂子!」

 典晶は立ち上がった。美穂子に駆け寄ろうとする典晶を、イナリが制した。

「待て! 危険だ!」

 典晶はイナリを突き飛ばすように病室に入った。

 瘴気が渦巻いているようだった。黒い風が部屋中に吹き荒れ、布団やシーツ、カーテンを巻き上げていた。

「助けて……!」

 理亜の小さく細い手が、美穂子の首を掴んで持ち上げていた。美穂子は苦しそうに顔を真っ赤にし、首を掴む理亜の手を必死に解こうとしていたが、手はびくともしなかった。

「コロス……オレヲコロシタヨウニ……ミンナコロス……」

 理亜が、理亜に取り付いている黒井真琴の凶霊がニヤリと笑った。次の瞬間、理亜の体は割れた窓ガラスから外に消えていた。

 止める事はできなかった。ただ、典晶は立っているだけだった。

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