五話

「そうよ。代行者ってよりも、皆からは社長って言われているわね」


「社長?」


「そう、社長。副業で銀行や証券会社をやっているのよ。私たち天使は」


「銀行?」


 これには美穂子も驚いたようで、「マジなの?」と何度も呟いている。


「緩いな……ゆるゆるじゃないか……」


「典晶、文也、そんなことを言うな。私たちは天使が経営している銀行を利用しているんだ。金利も良いし、証券会社はかなり評判が良い」


「そそ、私たちの能力を使って、儲かりそうな株を狙い撃ちできるからね」


「ただし、住宅ローンなどの審査はかなり辛口だけどな」


「そりゃそうよ。もし返済が滞ったら、ウリエル様が乗り込んでいくからね」


 エレベーターが来た。ハロは鼻歌交じりに乗り込む。ハロの背中を見て、典晶達も続いた。


「美穂子、理亜の見舞いをして、どうするつもりだ? 我々は、美穂子の体から凶霊を出す手段を持たないのだぞ?」


「とりあえず、理亜ちゃんを守れれば良いんだけど。ハロさんもイナリちゃんも、倒せなくても押さえつけることくらいはできるんでしょう?」


「……一応、な……」


 イナリは歯切れが悪そうに答える。変わってハロはあっけらかんとして「私、そういう細かい事は苦手なのよね」と、肩をすくめる。


「那由多さんが来るまで、寝ててくれれば良いんだけど……」


 言葉のニュアンスから、イナリもハロも、殺すことは可能だが押さえつけるのは難しい、そう言っているように思える。事実、凶霊を滅ぼす最も効果的且つ単純な方法は、宿主である理亜ごと凶霊を葬る事だ。これは、なんとしても那由多が来るのを待つしか無い。二人が戦わずに済むのが、何よりも良いのだ。


 典晶達はエレベーターを下りた。休日と言うこともあり、入院患者の検診もないのだろう。病棟は静かで落ち着いた雰囲気だった。


「こっちみたいね」


 エレベーターホールにある地図を見た美穂子は、先頭に立って歩く。狐であるイナリは匂いがきついのだろうか、口元を押さえて眉根に皺を寄せていた。


 理亜の病室は五二七号室で南向きの個室だった。ノックの後、美穂子とイナリ、ハロは入っていくが、典晶と文也は廊下で顔を見合わせた。


「個室とは言え、女の子の病室に入って良いのかな?」


「う~ん………」


 正直、気まずい物がある。仮に、理亜が寝ていたとしても、典晶も文也も顔を知っている程度の知り合いだ。寝顔を見られては気分が良くないだろう。それに、典晶達も理亜の寝顔を見るのは、少し気恥ずかしい感じもする。


「二人とも、何やってるのよ?」


 機微な男心を理解しない美穂子が、入り口で立ち尽くす男性陣に向けて大きく手を振る。典晶は文也と頷き合い、「お邪魔します」と、小さく言って病室に入った。


 狭い病室だった。入り口のすぐ右手にトイレがあり、その隣に小さな洋服がけ、カーテンがあり、その向こうにはベッドが置かれている。


「寝てる……?」


 誰に確認するともなく、典晶は呟いた。


 理亜は寝ていた。死人のように顔は真っ青で、手には点滴が繋がっていた。


「寝てるわね。お医者さんが言うには、何処にも異常は見られないって言うけど」


 美穂子はイナリとハロに確認する。


 ハロは口元に手をやると、難しそうに唸る。


「やばいわね……。凶霊がまだこの子の中にいるわ。それも、この子の魂とより深く同化しようとしている」


「どうにもならないんですか?」


「一番手っ取り早い方法はあるんだけどね……」


 ハロはイナリを見るが、イナリは口を真一文字に閉じて首を横に振る。


「だとするとと、やっぱり那由多が来るまで待つしか無いわね。と言っても、彼だけでどうにかできるかも怪しいけど」


「どういうことですか?」


「典晶君達は、那由多がどうやって敵を倒すか知ってる?」


 典晶は頷く。以前、イナリにデヴァナガライの事を聞いたからだ。だが、文也と美穂子は「知らない」と答える。


「那由多は、契約した神や悪魔を纏って戦うんだけどね。纏う神達の種類によって、様々な効果を得るのよ。だけど、那由多が契約している中に、凶霊と人の魂を分離させるような力を持った悪魔や神はいなかったはず……」


「でも、那由多さんはどうにかできるって言っていたんだろう?」


 文也は尋ねる。


「そう言っていたけど……」


 やはり、ハロは納得がいかない表情を浮かべる。

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