四話

「そうか、那由多さんは遅れるのか……」


「それで、もう少しで面会時間だから、私たちだけで理亜ちゃんの入院している病院に行こうって事になったの。ハロさんも合流したし、那由多さんも途中で合流してくれるらしいから」


「面会時間は午後からじゃなかったっけ?」


「もうお昼を過ぎているのよ」


「マジで? 俺、そんなに寝てたか?」


「ああ、この暑い中でよく寝られたな。なんか寝苦しそうにしてたけど?」


「暑いっていうよりも、寒かったかな。凍えるように寒い森の中を歩いていたんだよ」


「森……」


 イナリは少し伏し目がちに呟くが、その後に紡がれた文也の言葉に典晶の注意は逸れた。


「はぁ? 変な夢だな? ほら、さっさと着替えて行こうぜ。これから出れば、ちょうど面会時間に向こうに着ける」


「ああ、すぐに用意するよ。みんなは、居間でお茶でも飲んでいてよ」


 典晶は夢のことを忘れるように大きく伸びをした。




 典晶、イナリ、文也、美穂子、ハロの五人は、バスを使って病院へと向かった。


 理亜の入院する智成病院は、智成市では最も大きな病院だったが、やはり地方の総合病院と言うこともあり、空き病床は多かった。休日と言うことで外来患者を取っていないのだろう。ロビーは閑散としており、照明も必要最低限の所しか灯っていなかった。


「理亜ちゃんは五階に入院しているみたい」


 受付から小走りに駆けてきた美穂子は、典晶達を先導した。


 エレベーターに向かいながら、典晶は斜め後ろを歩くイナリを見た。昨日の夜と同じように、イナリはどことなく余所余所しい。目が合っても、彼女はニコリと微笑むだけで、すぐに視線をそらせてしまう。


 こういうことに慣れていない典晶は、イナリに話しかけるタイミングを掴めず、ただ、戸惑いだけが胸の中に蓄積されていく。


「ここが病院か~。私、初めて来たわよ。この鼻につく匂い、独特ね」


 ハロが珍しそうに病院を見渡す。


「ハロさんは、本当に天使なんですか?」


 美穂子が目を丸くしてハロを見る。確かに、今のハロは天使と言うよりも、頭のネジが二三本吹っ飛んだ外国人にしかみえない。


「そうよ。私、マジで天使なの? 信じられないでしょ?」


「言葉通りの事だとしても、ハロさんが言うと、いかがわしく感じるな」


「だな。那由多さんが堕天寸前だって言ったのは、あながち嘘じゃないのかも」


 文也の言葉に典晶は頷く。


「ちょっとちょっと~! こんな可愛らしい私を捕まえて、堕天寸前だなんて! 私は、こう見えても歴とした天使で、那由多のお目付役なの。ちゃ~んと、メタトロン様に毎日報告書だってちゃんと書いているんだから。冗談じゃないわよ、万魔殿に配置転換なんて」


 そう言って、ハロはスマホの画面をどや顔で典晶と文也に突きつける。興味深そうに、イナリと美穂子もスマホを覗き込む。


「………これが、その報告書なのか?」


 イナリが美しい眉をへの字にする。


「そうよ」


 はち切れんばかりの胸を張るハロ。典晶は、またもや期待を裏切られる事になってしまった。画面に立ち上がっているのは、使い慣れているSNSの画面で、相手はメタトロンだ。画面には簡潔に『今日もオッケー♪』と打たれているだけ。メタトロンはその報告に『OK』サインのコミカルな動くスタンプで返答してある。


「メタトロンっていったら、神の代行者って言われているよな?」


 すでに典晶の中での神様のイメージは崩壊してるが、やはり聞かずにはいられない。


 メタトロンと言ったら、元々はエノクと呼ばれる人間で、アダムの六代後の子孫とされている。三百年生きたとされる彼は、『ラジエルの書』を手にした事が切っ掛けで、天に召されたとされている。七十二の名前を持つとされるメタトロンは、神と共に歩く者、神の代行者とされ、最も偉大な天使の一人とされている。


 もっとも、それは典晶が本などで知り得た知識で、実際のメタトロンがどういう人物かは分からない。八意思兼良命や素戔嗚がアレなのだ。メタトロンも典晶の想像の遙か下をいってもおかしくはない。

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