十一話

 凶霊に取り憑かれた理亜の事を歌蝶や典成に相談しようとも思ったが、止めた。この一件はイナリの宝魂石獲得の延長線上にある。彼女たちが手を貸してくれるとは思えない。結局、消去法で残ったのは八意だけだった。


 相変わらず閑散としている高天原商店街。典晶と文也はアマノイワドに駆け込むと、番台に座ってうたた寝をしている八意を叩き起こした。


「なんじゃなんじゃ! 騒々しいのうぅ」


 大きなアクビをしながら、八意はこちらを見下ろす。まだ眠っていると思われる大きな帽子を被り、目尻に浮かんだ涙を人差し指でぬぐい取る。


「あのさ!」


 その日、学校で起こったことを八意に相談した。


「んで? 儂に何をしろというのじゃ?」


 胡乱な眼差しをこちらに向ける八意。典晶は言葉に詰まり、「何って……」と小さく呟くだけだった。


「凶霊に関わるなと、あれほど言ったじゃろう? 那由多が来るのが明日か。それまで、放っておくが良い」


「だけど! まだ理亜は凶霊に憑依されているんだ! 那由多さんが来るまで持たないかもしれない!」


「そうは言ってものぉ~」


 アクビを噛み殺しながら、八意は気のない眼差しを向ける。ふと、彼女の視線が動き典晶の足元に注がれた。


「所で、そのチンチクリンの生き物は何じゃ?」


「え?」


 見ると、制服を体に引っかけたイナリが立っていた。迷子の子供のように、左手は典晶のズボンを握り締めている。


「んん? この神通力の感じ。……そち、まさかイナリか?」


「そうだ! 何がおかしい!」


 甲高い子供の声で吠えるイナリ。それを見て、八意は「ぶはぁ」と笑い転げた。文字通り笑い転げた八意は番台から転がり落ちたが、まだ笑い続けている。


「フッ、フフフフフッ! そちがあのイナリとは、随分とみみっちくなったのぅ。特に、この辺りが」


 八意は両手を上に向けると、胸の辺りで上下させる。八意はイナリが体と共に胸まで小さくなったことを喜んでいるのだろう。


「無い物ねだりか、お前は? 小さい神様だな」


「ムッ! 小さいとなんじゃ! これでも儂はまだまだ成長途中なのじゃぞ! あと数百年もすれば、儂もきっとナイスバデーに」


「ならねーだろうな」


「ならないわね」


「だな」


 典晶の言葉に、イナリと文也が頷く。


「なんじゃと! 人間如きが、儂の些細な夢を否定するな!」


「夢ってのは、叶わないから夢なんだよ」


「知った風な口を……」


 ギリギリと歯ぎしりをする八意。



 邪魔するぞー!



 その時、野太い声と共に一人の男が入ってきた。


 振り返った典晶達は、夕日を逆光に立つ男を見て息を飲んだ。ドサッと、典晶と文也の手から同時にバッグが落ちた。落ちたバッグに尻尾を挟まれたイナリも、何の反応も示さなかった。


 圧倒的な存在感を放つその者の登場により、典晶達は呼吸をするのも忘れた。


「おお! 良く来たのぅ、素戔嗚(すさのお)よ!」

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