六話

「作戦など無いぞ」


『ハァッ?』


 典晶と文也の声が被った。


「そちらの目は節穴か?」


 八意は両手の人差し指を帽子の一つ目にもって行く。目を見開いて、良く周りを見ろと言っているのだろう。


「此処にあるのはなんぞや」


「パソコン……タブレットPC」


「後は、アクセサリとサプライ……」


「ん、それだけじゃ」


「………で? これが幽霊から宝魂石を取るのと、どう関係してくるんだ?」


「ぬし等はバカか? 関係あるわけなかろう」


 思わず膝を付きそうになった典晶だが、溜息を吐きだしただけで何とか踏み止まった。


「ちょっと! 八意、協力してくれるんじゃないのか?」


 典晶の問いに、イナリもコンッと援護射撃をしてくれる。しかし、腕を組んだ八意は斜めにこちらを睨め上げてくる。


「まあ、無い事も無いが……。そもそも、そちらは何を期待していたのじゃ? アマノイワドを見た瞬間、ヤバイと感じなんだか?」


『全開感じた』


 再び典晶と文也の声が被る。


「ぶっちゃけ言うと、RPGゲームのように気の利く武器やらアイテムはウチには無い。あるのは新旧のPCとアクセサリ、サプライ、それと愛くるしい店員兼店長の八意ちゃんだけじゃ」


「可愛いだけじゃダメなんだよ、八意ちゃん。コイツに知恵かアイテムを授けてくれ」


「可愛いだけじゃダメか? 人間界じゃ、それで許されることも多々あると聞くがのぅ……」


 八意は口笛を吹くように口を尖らせる。こちらの要求など聞く耳を持たない。そんな様子だ。


「儂は可愛いだけの『れでぃー』じゃ。許しておくれ」


「まあ、可愛ければ大半のことは許してもらえる」


 だらしなく目尻を下げる文也の腕を典晶は取った。文也と視線を合わせ、コクリと頷く。


「オイ、文也! 子供に変なことを教えるな! 可愛くてもダメな物はダメな事もある! 子供にはちゃんと教えてあげないと!」


「……ああ、そうだったな。八意ちゃんはまだまだ子供だから」


 膝を折って視線を合わせる文也は、ニコニコと笑うと八意の肩をポンポンと叩いた。その仕草で、八意の目に軽い怒りが宿る。


「そうだよな、子供なんだから、出来ないことも沢山ある。天孫降臨の時も人選ミスってたけど、まあ、仕方ないよね。神様でも子供なんだから」


 帽子の一つ目が真っ赤に染まった。八意は頬を膨らませて、典晶をキッと睨み付けてくる。


「なんじゃとー! もう一度言ってみろ! 儂は子供ではない! 天孫降臨だって、儂一人の独断では無いぞ! 皆で決めたのじゃ! いや、誰も行きたがらなかったから、最終的にはくじ引きだったか? 何はともあれ、天菩比神(あめのほひのかみ)がまさか大国主に寝返るとは思ってもみなかったわい! あれは、明らかに儂等に対する当てつけじゃ! 無理矢理行かせた結果がああなったのじゃ!」


 ブンブンと両手を振る様は、まさに子供だ。


「んじゃ、次の天若日子(あめのわかひこ)は?」


「ヤツこそ計算違いじゃ……」


 悔しそうに八意は唇を噛み締める。


「高天原に嫁がいるというのに、人間界に行った瞬間、大国主の娘、下照比売(したてるひめ)の色香にコロリとやられおって。確かに、こっちにいた嫁は……それは、まあ……美人とは言い難いが……。ホラ、良く人の子が口にするじゃろう。美人は三日で飽きるが醜女(ブス)は三日で慣れると」

「天若日子は三日所か八年経っても飽きなかったみたいだけどな」


「そうなのじゃ! やはり、余程夜伽のテクが凄かったのかのぅ。一時期、その話で高天原は大賑わいじゃ。天照大神も『なになに? どんな夜伽のテクだったか、誰か聞いてきてよ!』と、皆にせがんでいたくらいじゃからのぅ」


「天照でさえその軽いノリか」


 文也がぼやくが、典晶は肘で彼の脇腹を小突く。


「まあ、八意も失敗続きだったわけだしな。やっぱり子供には荷が重かったか」


「ちょっっっっと! 待てぇぇぇ! 子供子供と、何度も儂を馬鹿にするな! こう見えても立派な『れでぃー』じゃ! お赤飯だって、遙か昔に炊いてもらったのじゃぞ!」


「お赤飯って、神様に初潮とかってあるのか?」


 文也が意見をイナリに求める。イナリは答えたくないのか、プイッとそっぽを向く。


「んじゃ、何か役立つ物があるのか?」


「良いじゃろう、そこまで言うのなら、貴様等のド肝を抜くツールをくれてやる! 今回は歌蝶姉様達の顔を立て、タダで良いぞ!」


 作戦成功。典晶と文也はニンマリと笑うと、ハイタッチをした。


「………ん? 儂、もしかして乗せられたか?」


 小首を傾げる八意だったが、典晶が「で? どんなツールなの?」と考える暇を与えず尋ねる。


「そち、スマホを持っておるか?」


「ああ、一応……」


 八意は典晶のスマホを奪うように受け取ると、フムフムと何度か頷いた。


「よしよし、これならばいける。待っておれ!今からこのスマホに凄いアプリを組み込んでやる!」


 そういって、八意は番台に置いてあったタブレットを手に取った。


「これから典晶に渡すのは、ソウルビジョンと呼ばれるアプリじゃ。Windows、Android、iOS、どのバージョンもあるぞ。このソウルビジョンがあれば、カメラを通して幽霊を見る事ができるし、話をすることもできる。宝魂石を集めるのもグッと楽になるじゃろう」


 ソウルビジョンというアプリが何処まで信用できるか分からないが、神様の中でも取り分け頭脳派の八意が作ったものなのだ、ここは素直に期待すべきなのだろう。幽霊の見えない典晶達は、ソウルビジョンに頼るしかないのだ。


「折角じゃ、OSの方も最新のヤツに変えて置いてやる」


「え? アンドロイドって、新しいバージョン出てたっけ? それ、最新機種なんだけどな」


 典晶は八意の手元を頭越しに覗く。八意は慣れた手つきでタブレットとスマホを繋ぎ、スマホにアプリをインストールしていく。


「アンドロイドじゃない。アマノイドじゃ」


「ア、アマノイド? それって、完全にパクリじゃ……!」


「馬鹿者! 神様がパクる分けなかろう! 天岩戸と天真名井(あまのまない)と呼ばれる井戸を掛けて、アマノイドと読むのじゃ! それに、儂達の方が発表するの数日早かったし……」


 ゴニョゴニョと口の中で呟く八意。


 不意に心配になった典晶は無駄に高い天井を仰ぐ。


「とりあえず、これでOKじゃ。アマノイドとアンドロイド、見た目、操作性はほぼ変わらん」


「そこまで行くと、返却不可の海賊版だな」


 呟く文也の言葉を無視した八意は、スマホの画面を弄りながら「なんじゃ!」と声を上げる。


「そち、ツイッターもラインもやっていないのか?」


「ああ……やってないけど。文也はやってるよな?」


「俺は友達と彼女に誘われてな」


「折角じゃ、儂がそちのアカウントを取ってやる。なに、友人のいないであろうお主を、儂がフォローしてやる」


『はぁ?』


 これには典晶だけでなく文也も声を上げた。


「神様なのに、ツイッターやってるの?」


「儂だけではないぞ。天照大神だってやっておる。皆への宴会の指示や、慰安旅行の日時の決定などは、フェースブックやラインで届く」


「まさに、『神降臨ナウ』だな」


「ああ……」


 唖然とする典晶は、八意からスマホを受け取ると、ソウルビジョンというアプリの説明を簡単に受けた。雲を掴むような半信半疑の説明だったが、もしそれが本当だったら大変役に立つだろう。


「じゃ、交差点だな。依頼主は半年前に交通事故で亡くなった山崎晴海だ」


 メモ帳を見た文也は次の目的地を告げた。

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