第22話;緊急事態

 ホテルの従業員が話した事を、博史は少し考え込んだ後、2人に説明した。


「えっ!?それじゃ私達、帰れなくなったんですか?」

「どうしたら良いんですか?」

「とりあえずは、このまま待ってみるしかないよ。政府も何らかの対応をするはずだから、ひょっとすると数時間には、空港占拠は解除されるかも知れない。出発の便は遅れるかも知れないけれど必ず帰国出来るはずだから、もう少し見守っていよう。」


 2人を安心させたい博史だが、こんな返事では適わない。分かっているが、他に言葉がなかった。


「………。」


 南と美緒は不安そうに、遠くから響き届くデモ隊の叫び声を聞いていた。まだ暴動に発展していないが昨日よりも規模が大きく、緊迫した雰囲気は大きくなっていた。


「ここで、じっとしてるのが一番だよ。直ぐに政府が対応して、問題は解決されるよ。」


 博史が安心させようとするが、それでも2人は不安を取り除く事が出来なかった。


 やがてリムジンバスが戻って来た。1時間前に出発したバスが空港に行かず、引き返して来たのだ。

 同時に、バスに乗っていた観光客はホテルへと向かった。博史は彼らの動きを察し、南と美緒を連れて、急いでホテルへと引き返した。


 フロントは、なだれ込んで来た出戻り客の対応に慌てた。帰国出来なくなった彼らは、延長滞在を求めたのだ。

 博史も急いで、寝床を確保しようと詰め寄った。


 ホテルの対応は迅速だった。出来るだけの人を部屋に戻し、彼らが抱える問題と不安を解消しようと努力した。

 空港が閉鎖されたとすれば、今日、この国に訪れる予定の海外客の足も止まる。そう読んだホテルは利用客が大幅に減る事も予測し、空港占拠が解除されるまで、宿泊していた部屋を待機の場として提供したのだ。


 博史達も、どうにか部屋を確保出来た。但し南と美緒が使っていた部屋は国内利用客が宿泊するとの事で、博史が使っていた部屋に3人で押し込む形になった。

 占拠が解除されるのは時間の問題だと考えた博史はホテルの提案を受け入れ、3人は部屋で待機する事にした。


 部屋に戻って荷物を置くと、博史は早速テレビをつけた。言葉は理解出来なかったが、それでも映像からは、デモと各地での占拠の様子が伺えた。

 南と美緒も、その様子を深刻な顔で見ていた。昨日のような暴力の衝突はまだないものの、各地を占拠している人々の数と、その勢いに固唾を飲んだ。

 この部屋も大通りに接した場所にあり、窓際からは、デモ隊の大声が聞こえた。


 テレビを見ながら1時間ほどの時間を潰していた3人の下に、フロントから電話が来た。このデモは、長期化する見通しとの事だ。

 部屋に従業員が訪れたので、博史は美緒に助けを借りて状況を把握しようとした。

 デモ隊の要求は地方都市活性化の確約だったのだが政府との交渉は決裂し、それがデモや占拠の長期化を予想させた。


 この結果にホテル側の対応は引き続き迅速で、3人でこの部屋を利用するなら、宿泊費は取らないと提案してきた。

 ホテル側も必死だ。海外客からの収益が大きいこの国やホテルでは、彼らの信用が第一なのだ。博史が会社絡みで常連である事も効いたのかも知れない。


「ホテルのご好意に甘えよう。だけど、早ければ今晩にでも空港に迎えるはずだよ。」

「……。」


 博史は不安がる2人に了承を得て、好意に甘える事にした。

 暫くして、ホテルから1つのエキストラベッドと3人分の洗面用具が提供された。

 南と美緒は洗面用具を受け取りながら、もしかすると今日は勿論の事、このままずっと帰国出来ないのではないか?と言う不安に駆られた。

 ただただデモの長期化に怯えた。このような経験は初めてなのだ。


 ベッドは南と美緒が使用する事にし、博史はソファーで寝る事にした。

 待機中、食事などの費用は博史が支払う。彼は今後もこの国に出張で来る予定があり、長期滞在も経験していたので、銀行に口座を作っていた。

 南と美緒はこの国の通貨をほぼ使い切ったが、イースト・Jの通貨は所有している。しかし博史は、それを使う事を許さなかった。万が一の為に、取って置くようにと指示したのだ。

 そう指示した博史は早速ホテルに設置されたATMに向かい、ある程度の現金を引き出した。最悪の場合、数日の間はここに宿泊するかも知れないのだ。外に出ては危険な可能性もある。デモの発起は経済的な理由に因るものと知っている博史は、ATMや銀行が襲撃されたり、他の利用客に全ての金が取り出されたりする前に、現金を確保して置きたかった。

 だが何よりも願う事は、博史やホテルの推測が、全く的外れなものとして終わる事だ。



 夕方頃には、ホテルから更なるサービスが与えられた。飲料水と、保存が利いて非常食にもなる食品を、毎日提供すると言う。デモが、いよいよ長期化する兆しを見せたのだ。

 それを察した博史は2人に携帯電話を差し出し、家族へ連絡する事を指示した。どう考えも、今日の帰国はあり得ない。デモは既に、海外にも知られているはずだ。家族が心配しているのだ。

 案の定、2人が連絡を入れると家族は歓喜し、安堵の溜息をついた。しかし、状況が変わらない事に不安は増した。美緒は状況を正しく伝え、無事である事を知らせたが、南は声を震わせたので、両親の心配は一際だった。

 そこで博史は美緒に電話を代わるように指示し、南の家族を安心させて欲しいと頼んだ。彼が代わる事は難しい。美緒と2人だけで旅行に行ったと思っている南の両親に、男である自分の声を聞かせる事は、別の意味で心配させる事にもなる。何よりも、自分がウエスト・Jの人間である事が、電話を代われない一番の理由であった。

 美緒は、娘同様にうろたえる南の両親をどうにか安心させた。毎日の電話を欠かさない事を求められ、それを了解する事で電話を終える事が出来た。


 夕食は、博史がコンビニで調達した。他にも即席麺やスナック菓子を買い揃え、今後の事態に備えた。部屋のトイレは女性が使い、博史はわざわざロビーにあるトイレを利用した。シャワーの際も、夜は女性が、博史は朝に使う事にした。

 ただ、就寝の際は微妙な空気が流れた。だから博史は、寝る時だけソファーを玄関まで移動させた。



 次の日の朝、ホテルで朝食は取れなかったが、裏通りには屋台が並び始めたので、3人はそこで朝食を取る事にした。

 大通りには多くのテントが張られ、デモに参加する人々が寝泊りする姿が確認出来た。テントにいる人々の顔は穏やかであり、街並みも落ち着き始めている。幸いな事に、暴動が起こる様子はない。彼らはあくまで自分達の主張を訴えるだけであり、暴動は望んで起こしたものではなかったのだ。

 しかし、デモの長期化は決定的だ。


 ここで、まだ誰も知らない事実が1つ。暴動のきっかけとなった火炎瓶は、デモ隊が投げ込んだ物ではない。彼らはあくまで非暴力を遂行しようとしていた。

 火炎瓶を投げ込んだのは、政府側の人間だ。デモ隊に、工作員が混じり込んでいるのだ。メディアを通じて大々的に、しかも海外にまで報道されたこの騒動の原因を、政府はデモ隊の理不尽な要求にあると捉えさせたかった。凶悪な行為をデモ隊が行っていると、だから暴動まで起こしたと、メディアを通して世界に印象付けたかったのだ。

 実際、デモの大義名分は地方都市側にある。この国の実情が知られれば、政府は国際世論から非難を受け、大きな打撃を受ける事になる。観光客からの収益だけでなく、海外の資産家や企業の投資にも大きく依存するこの国にとって、対外的なイメージは重要なのだ。だから政府は、騒動は地方側の無理な要求と凶暴なデモ行為により起こったものだとし、それを世界にアピールする必要があったのだ。政府は浅はかな策略を立て、今回のような行為に及んだのである。

 それはまるで、何処かの国を見ているようだ。平和な民間地域に突然落ち、赤子の命を奪ったあの爆弾は、今でも誰が投下した爆弾なのか分からずにいる。



 朝食を終えた3人はホテルに戻り、続けてテレビでデモの状況を伺った。朝食も、いつもなら舌鼓を打つはずが、ただただ空腹を満たす為に詰め込んだ。

 この日からウエスト・Jの衛星放送でもデモの様子を伝え始めたので、3人は現地放送局とウエスト・Jの報道番組、そして、ホテルからの連絡を待ちながら、部屋に閉じ篭る生活を送り始めた。


 このような日が、2日も続いた。今日は大晦日だ。

 この2日間、食事は博史が調達しに出向き、洗濯は、一定の量ならホテルが対応してくれるとの事、女性の下着はホテルに任せ、2人の衣類と博史の全ての衣類は、博史がコインランドリーで済ませていた。

 しかしそれ以外の時間はずっと部屋に篭り、デモの様子を伺う事に集中した。


 博史達は、常に緊張した状態に置かれている。もしテレビで暴動が起きた事を確認出来たとしたなら、それは目の前で行われている暴動かも知れない。部屋に閉じ篭っている限り被害はないだろうが、外出する時は、万全の確認をしなければならなかった。

 相変わらずデモは続いており、しかし暴動が起こる気配もなければ、それでも撤退する気配もなかった。



 そして遂に、新年を迎えた。めでたい日であるにも関わらず、3人はそれを感じる事も出来ないまま、昨日までと同じ様子だった。

 博史は気を確かに持っていたが、美緒と南はそろそろ精神的に参っていた。時には屋上へ上がり、外の空気を吸って運動もしたが、それすらも気が重い。家族に電話をする時だけが癒しになり、そしてまた、悲しくなる理由でもあった。

 南は美奈にも連絡を取り、当面の間はバイトを続けて欲しいと伝えた。美奈のバイト期間は終わり、また、店も年末年始の休みに入った。数日後には歳初めの営業を開始するが、それまでに帰られないかも知れないので美奈にお願いをしたのだ。


「南さん、帰って来れるんですよね?お姉ちゃんも無事なんですよね?」


 美奈は願いを聞き入れると同時に、不安に駆られて涙を流した。

 泣き出した美奈に代わって母親が受話器を取り、南の安否を確認すると共に、美奈には自分から言い聞かせると話した。

 美奈もそうだったが、家族の声も日に日に元気がなくなっており、2人に家族の心配が重く圧し掛かった。その度に博史は勇気づけたが、それでも2人の元気は取り戻せなかった。



「今日は少し、表に出て息抜きしようか?」


 博史は、元旦は流石にデモ隊や機動隊も問題を起こさないだろうと判断した。外も、すっかり暗くなっていた。提案に怯えた2人も、少し気分を変えようと外に出る事にした。

 食欲が恐ろしいのか、あの匂いが恐ろしいのか…。3人が向かった先は、例の食堂だ。


 外は正月であるにも関わらず、その賑わいや、若しくは静けさが見当たらない。デモに参加してテント暮らしをする人々もいつもと同じ様子であり、周囲には新年を祝う看板なども見当たらず、何処か物足りない空気が漂っていた。

 この国は、太陽暦や陰暦も利用するのだが、基本的には独自の暦があり、それを元に休日を定めている。今日は太陽暦の元旦ではあるが、この国の人達にとってそれは世界的な休日であり、余り縁がないものだと考えている。

 その為、例の食堂は今日も営業しており、3人は久し振りに全ての不安を忘れて食事を楽しんだ。



 食事も終わり、そろそろ席を立とうとしたその時、大通りがやけに騒がしくなり始めた。

 デモ隊が、大きな叫び声を上げた。蝉の合唱よりも低い声で広く伝わり、店の中にいる博史達にまで聞こえる声だった。

 騒がしさに気付いた他の客が、外に出て大通りの様子を確認する。そして慌てたように店に戻り、3人が理解出来ない言葉で叫んだ。

 その声に、店中の客や店員達が慌て始めた。不穏な空気を感じた博史は立ち上がり、2人にさっさと店を出ようと誘った。


『パリンッ!』


 次の瞬間、近くで窓ガラスが割れる音が聞こえ、多くの悲鳴と轟音が聞こえた。


 博史は感じた。


(暴動だ!デモ隊が、暴徒と化したんだ!)


「急いで店を出よう!裏通りまで逃げるんだ!」


 店の人間は、店じまいをしようと必死だった。博史は会計を済ませようとするが、店の人間は気が気でないのでテーブルに代金を置き、2人を店の外へと導いた。

 辺りは暗くなっていたので大通りの動きは把握出来ないが、だからと言って通りに出る事は危険だ。博史は一目散に裏通りを目指し、そこからホテルへ戻る事にした。


 その時デモ隊は、操られたように暴動を起こしていた。誰が投げたか分からない火炎瓶が、多くの店舗へ放り込まれた。

 そして、誰が引率したのか…突然暴動を起こし、ホテルとは逆方向へと動き出した。



 無事にホテルに到着した3人はロビーに向かい、従業員に状況を尋ねた。だが、係達も一体何が起きたのか分からないと言う。

 仕方なく3人は部屋に戻り、そこで暫く考えた博史は、1つの案を練った。


それは、この国からの脱出である。

悪い予感が走った。このまま滞在していては、帰国出来ないどころか、何らかの被害に遭ってしまう。ならばデモが深刻化する前に、さっさと脱出するべきだと考えたのだ。

 ここから車を4時間ほど走らせると、隣国との国境に出る。そこから出国を試み、隣国を利用して帰国しようと計画を立てたのだ。


 博史は、不安がる南を1人残して美緒とロビーに向かい、隣国までのルートを確認しようと、係の人間を呼びつけた。

 係の人間は、数日前に同じ方法で帰国した旅行者がいたと言い、国境には、7時間で到着出来ると教えてくれた。4時間と言う時間は高速道路を利用した際の所要時間であり、しかしその高速道路はデモ隊に因って封鎖されているので一般道を利用しなければならず、その為、7時間ほどの時間が掛かると言う。


 また、車はホテルで手配出来ると言い、後は隣国に入国をしてからの、帰国ルートを調べれば済んだ。

 ルートは難しいものではなかった。ロビーのパソコンで調べた結果、隣国の国境沿いの街から空港までの長距離バスが出ており、5時間ほどの所要時間で到着する直通便があるとの事。


「………。」


 そこで博史はもう1つの調べものをし…2人の帰国は可能だと判断した。そして、帰国ルートとその方法を美緒に伝えた。

 美緒は、博史の説明を受けて当惑した。彼が立てた計画は、余りにも心苦しいものだったのだ。


「迷ってる暇はないよ。美緒ちゃんの協力が必要なんだ。気を、強く持って欲しい。」

「……。」


 どうにか美緒を説得した博史は早速、彼女の家族へ連絡を入れさせた。時差の為、イースト・Jは既に深夜を過ぎていたが、家族は電話に出てくれた。

 美緒に連絡を取らせたのは、隣国の空港からイースト・Jまでのエアチケットを確保させる為だ。出来るなら直接話したかったが、南の時と同じく、自分が男であり、ウエスト・Jの人間である事を知れば両親が心配すると思った。

 だが実は、美緒はとっくの昔に博史の話や彼の事情を家族に話した事があり、直接の会話も問題ないと言う。美緒は南の手前、その事を博史に伝える事が出来なかった。

 博史は安心もしたが、少し怯えてもいた。


 先ず、美緒が父親に連絡を入れ、博史と電話を代わった。

 博史が最初に耳にした言葉は、『ありがとう』だった。それを聞いて安心した彼は計画を父親に伝え、父親はそれを了解した。

 チケットを購入さえ出来れば、メールでの受け取りが可能なので問題はない。万が一を考えてオープンで購入して欲しいと言う願いも、父親は快く了解してくれた。片道だけのオープンチケットとなると高額になってしまうが、この国の状況を知る父親は即答を返した。

 南とは母親同士が知り合いなので、彼女の分のチケットは、母親が南の両親に伝えるとの事だ。父親は、仮に南の家族がチケットを購入出来ない事情があったとしても、その分を負担するとまで言ってくれた。

 博史は彼の理解と協力に大きく感謝し、そして自分の存在は、くれぐれも南の両親には伝えないようにとお願いした。

 父親は少しの抵抗を感じながら、博史の意思を尊重する事にした。


「明日また、ご連絡を差し上げます。ありがとうございました。」

「娘と南ちゃんを、よろしく頼む。」


 2人は全ての段取りを確認し、南が待つ部屋に戻った。


 1人で部屋に残った南は不安に駆られていた。気を紛らわそうとして見たテレビには、各地で多くの暴動が起こったと言う報道が流れていた。部屋に戻った博史も報道を見て、尚更の事、計画を遂行しなければならないと考えた。

 1人待たされた事に文句を言い出す南に、2人は今回の計画を説明した。南は、そこまでするのは大げさだと考えたが、博史の深刻な表情を見て震え始めた。



 翌日、美緒は実家に連絡を入れ、チケットの手配が完了したかどうかの確認をした。

電話は父親が取り、全ての手配が完了した事を伝えてくれた。

 次に南が実家に電話すると、全ての事情を知った母親から、『本当にそうしなければならないのか?そこまで旅行先の状況は酷いのか?帰国の計画は安全なのか?』と質問を続けられた。

 昨日よりも落ち着いた南は、どうにか母親を落ち着かせて電話を終えた。


 早速、博史と美緒はロビーでパソコンを開き、先ずは、チケットが発行されたかどうかの確認をした。

 メールに届いたチケットにパスポート番号や名前の綴りに間違いはないかを確認した後、隣国の空港から美緒達が利用する空港までの便を確認した。幸いな事に直行便が毎日2便、朝と夕方に飛んでおり、空港で待たされる事はない。また、国境沿いの街から空港へ向かうバスも、2時間に1本のペースで運行されている。


 隣国は裕福な国で、勝手を知らない海外観光客にも便利が良い。国境と空港を繋ぐバスも、主に隣国の人間が利用している。国境沿いの街は安い買い物をしようと訪れる隣国の人間で溢れており、そこまで辿り着く事が出来れば、帰国までの安全は確保されているのだ。


 美緒の父親は、明日から利用出来るチケットを準備してくれた。便の変更は、美緒が慣れているので問題ない。

 そこまでを確認した2人は、ホテルに車の手配を要請した。すると偶然、同じ方法で隣国に向かう外国客がいると言う。明日の朝一番、ハイヤーなどではなく、ホテルの大型乗用車を利用し、従業員が国境沿いまで案内してくれると言うのだ。


 これで、全ての準備が終了した。2人は安堵の溜息をつき、南が残る部屋へ向かった。

 ただ、心配は残る。この都市を出るまでは、暴動に充分気を付けなければならないのだ。



「博史さん…。本当に、これで良いんですか?」

「大丈夫。ここにいるよりも、早く隣の国から帰った方が良い。」

「……。」

「気を、強く持って欲しい。南ちゃんには、美緒ちゃんの力が必要なんだ。」


 部屋に戻る途中、美緒は博史を立ち止まらせ、今回の計画を本当に進めて良いのかの再確認をした。

 博史は迷う事なく、それで良いと返事をした。

 美緒は少し躊躇したが博史を信じ、彼に従う事にした。


 その日の晩は緊張感を抜く為、そして本当に最後の夜になるだろうと考え、屋上のレストランでの食事を楽しんだ。

 レストランには準備出来ないメニューが多くなっており、ここを訪れる客も少なかった。


 難儀な帰国にはなるものの、無事に帰る事が出来そうなので、その日の食事は楽しく済ませる事が出来た。

 しかしただ1人、美緒だけは楽しそうな表情の下に、やり切れない感情を隠していた。



 明日は朝一番に出発する為、早く寝る事にした。

 南は眠る事が出来たが、博史と、そして美緒はずっと眠る事が出来ずに明日の事を考えていた。


「博史さん…。」

「…?美緒ちゃん、まだ眠れない?明日は早いから、もう寝なきゃ…。」

「……明日…本当に博史さんが立てた計画で帰国するんですか?…私は…」

「それしか方法がない。今は、国に帰る事だけを考えよう。後の事は問題ないさ。」

「…………。」


 美緒は、未だに明日の計画に気が進まなかった。

 そんな美緒を前に、博史には既に固い決心があった。


(デモ隊が、完全に暴徒に化すのは時間の問題だ…。明日の計画は、必ず成功しなければならない……。)

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