第12話;迷い

 3人は、宴会を楽しんでいた。食後もお酒とおつまみで盛り上がり、多くの会話を交わした。

 麗那が、自家製の果実酒を出してくれた。イースト・J、そして、ウエスト・Jでも古くから飲まれる酒だ。


 美緒はまだ、時々暗い表情を見せたが、その度に麗那に注意された。南も麗那を手伝い、美緒が下を向く度に彼女の手を叩いた。

 その優しさに慣れない美緒だったが、やがて心の固さを失い、笑う事が出来ていた。


 麗那は、しつこくない程度にもう1度語った。


「戦争は、皆を変えてしまうんだ。誰も正気を保てなくなる。でも、それに気付いて反省してるなら、その人はもう、戦争から解放されるべきなんだよ。美緒ちゃん、家族の人は…充分に反省してるさ。だからもう、殻に閉じ篭る必要はないんだよ?」


 美緒は勇気を貰った。しかし麗那の言葉を、実行出来るかどうか自信がない。香の事もある。世間の人は、まだ自分を責めるかも知れない。

 しかし、少なくとも一緒にいる2人には、隠さない自分を出せると確信した。


「私、もっと国際的な人になります!世界をもっと、この目で見てみたいです!」

「おや、それはどう言う意味だい?」

「もっと世界を知れたら、もっと色んな事が見える気がするんです。」


 美緒は、2つの事を思い浮かべた。

 1つは…将来の仕事。今は、具体的な話は出来ない。それがどんな職業なのか分からない。

 もう1つは、世界を知る事。世界で起こっている色んな事を知る事で2つの国を見つめ直し、その時初めて、自分が立つべき場所が分かる気がした。

 そこに立てた暁には、誰に対しても、自分の存在を堂々と示せるはずだと思えた。


「世界を知るのは良い事だよ。まだ若いんだ。人生、これからだよ。」

「はい!」

「……。」


 南は、また取り残された気持ちになった。戦争を知らない自分、そして美緒とは違って、はっきりとした将来の設定がない自分…。

 ここでの仕事は、充分に満足している。そうして暮らして行く事も、1つの人生だと思っている。だが、美緒が思う夢の大きさに、足場を失った気がした。


 そしてふと、博史の事を思い出した。美緒が家族の生い立ちを隠したがった気持ちと、博史が自分の下を去った理由は同じだ。


 南は、麗那が作った果実酒が好きになった。アルコール度はビールよりも高いのだが飲みやすく、自分の酒量も知らないままにその酒を楽しんだ。

 いや、芽生えた劣等感が酒を飲ませた。南は、身近に感じる人々が、自分から遠い所に行ってしまった…若しくは彼らが、最初から遠い何処かにいたように思えて、それが悲しかった。




 次の日、南は自分の部屋ではない場所で目を覚ました。麗那の寝室だ。

 それに驚き起き上がったのだが、頭が痛い。どうやら、酒が過ぎたようだ。


「起きたかい?昨日は、ちょっと無理をしたようだね?」

「あっ、麗那さん!」


 南が急いで立ち上がる。頭に、更なる激痛が走った。


「あぁ、まだ無理をしちゃいけない。横になってな。家には、美緒ちゃんが連絡をしてくれたよ。」

「…私…寝ちゃったんですか?」

「ほほほっ、どうやらそのようだね?」


 側に美緒の姿はなかった。彼女はキチンと家に帰ったようだ。南には記憶が全くない。

 時計を見ると、…既に営業時間を過ぎていた。


「遅刻!」

「はっはっはっ!遅刻と言ったって南ちゃんは、もう店に来ているけどね?」


 麗那は南をからかった。

 南は頬を赤らめたが、よくよく考えると麗那もここにいる。


「今日は、店を休もう。臨時休業だ。」


 麗那はそう言うと南の隣りに座り、頭の方向を合わせて寝転がった。


「済みません。私、飲み過ぎました。直ぐに仕事の準備します!」

「いいよ、いいよ。実は、私もちょっと飲みすぎてね。まだ頭が痛いんだ。」


 そう言うと麗那は頭を押さえ、仰向けになった。


 少し落ち着いた南は、自分の服装が気になった。昨日の服を着ていたが靴下は脱がされ、ベルトは緩められていた。本当に記憶がなく、麗那に申し訳なさ過ぎて堪らなかった。

 それを見て笑った麗那は立ち上がり、台所に向かった。足取りはしっかりとしていた。


「今、朝御飯作るから。そこで休んでな。」

「あっ、私手伝います!」

「良いから。そこで休んでなって。二日酔いの時は、無理をしちゃいけないよ?」


 そして朝食の準備を始めた。彼女に、酔いが残った様子はない。

 それに気付かない南は言われるがままに、布団の上でじっとしていた。


 食事の準備は始まったばかりなので、南は部屋を見回した。寝室のようだが、それにしては広い。

 麗那は1人暮らしなので、応接間を寝室として使っている。その広い部屋の壁一面には、多くの写真が貼られていた。

 南は立ち上がり、写真を眺めた。若い頃の麗那の姿が、そこにあった。そしてそれよりも若い、幼い頃の麗那の写真も飾られていた。よちよち歩きの子供が真ん中に座り、後ろには彼女の両親、そして祖父母と思われる人達が並んでいた。


「さぁ、準備が出来たよ。こっちへ来な。」


 麗那が準備を終え、南を呼び出した。

 台所には例の匂いが残っていたが、テーブルには、それを打ち消すかのような、暖かな湯気を立てるスープが準備されていた。

 この料理も、南が口にするのは初めてだ。


「お酒が残った次の日の朝は、これが一番なのさ。さぁ、食事をしようかね。」

「済みません…。ありがとうございます。」


 南は、臨時休業と朝食に恐縮した。だがスープを一口飲むと、恐縮した気持ちは消え去った。野菜と白身魚で作られたスープは淡白な味わいで、酔って疲れた体と胃を、一瞬で楽にしてくれた。


「どうだい?美味しいかい?」

「物凄く美味しいです!麗那さんって、料理の達人なんですね!?」

「褒められて嬉しいね。何でも美味しいって言ってくれるから、光栄だよ。」

「お世辞じゃなくて、本当に美味しいです!」


 南は元気と笑顔を取り戻し、目の前のスープを全て飲み干した。


「南ちゃん。今日のお昼、ちょっと時間良いかね?」


 食後、麗那は南の都合を尋ねた。

 本当なら、今頃はバイトに励んでいた。南に予定などない。どんな用事があるか知らないが、南は構わないと返した。


「その前に、家に電話をしな。お母さんも心配してるだろうから。」


 南はそう言われ、実家に連絡を入れる事にした。

 実家では、呆れた声の母親が電話を取った。

 美緒は、借りていた自転車に乗って南の家に戻り、それを母親に返して自分の家に帰ったと言う。南の母親が心配すると思い、食事の際に撮った写真を見せ、安心もさせてくれた。

 写真は、麗那、南、そして美緒の3人で撮ったものだった。

 写真を見ただけで安心した母親だったが、美緒からも漂う例の匂いに、尚更の事安心したようだ。だが、お酒に酔って帰って来なかった南に呆れていた。


「…麗那さんには、ちゃんとお礼を言うのよ?」


 南は叱られた後、もう少しだけ麗那の家にいる事を伝えた。麗那にシャワーを浴びるようにと促され、それに甘えた。

 着替えも準備された。南がシャワーを浴びている間に麗那が買い物を済ませ、そして服は、麗那のお下がりを与えた。

 南は下着代を払おうとしたが、麗那に断られた。そして、準備された服も貰う事になった。麗那は最初からそのつもりでいた。


 その服は、麗那が10代の頃に着ていた、大切なものだ。

 残念ながら南は背が低いので、背が高い麗那が20代に着ていた服はサイズが合わない。与えられたその服は少し大きいだけで、着る事に問題はなかった。


 服は、淡い青色をしたワンピースだった。首元と腰のラインが細めに仕上がり、背中には特徴的な刺繍が入っているもので、麗那の祖父が彼の妻、つまり麗那の祖母に贈った、祖母の故郷の民族衣装をモチーフにしたワンピースだった。

 背中の刺繍には、綺麗な花模様があしらわれていた。麗那はこの服を受け取った時から、花を好きだったのかも知れない。小さな白い花が、たくさんあしらわれたデザインだ。


「少し大きいけど、お似合いだよ。」

「本当に、貰っても良いんですか?」

「南ちゃんが気に入ったなら…。ちょっと、普段着としては目立ち過ぎるかね?」

「そんな事ないです。そうだ!私、この服着て働きます。」

「あぁ、それは良いアイデアかも知れないね。」


 南は服が気に入った。少し大き目なので首と腰のラインが綺麗に見えない事は残念だが、背中の刺繍が好きになった。



 少し休もうとなり、2人は寝室に戻った。

 麗那は布団を直して座布団を取り出し、それに座ると壁に飾られた写真を眺め始めた。


 昨日、南が眠ってしまった後、麗那は美緒と会話を交わしていた。


「美緒ちゃんには、南ちゃんのような友達が必要なんだよ。」


 麗那が南に伝えた話は、壁に飾られた写真と関係があった。


「あの写真はね…昔、私がイースト・Jに来る前に撮ったものなんだ。」


 麗那は、先ほど南が見ていた家族写真を指差した。そこには南が着ているものと同じ服を来た、年配の女性が写っていた。


「これは、大切な服じゃないんですか?」


 察した南は恐縮した。


「大切な服だからこそ、誰かに着てもらった方が良いんだよ。」


 遠慮する南に、麗那はそう返した。

 祖母の代から着用されていた服…。南が受け取った今でも状態は良い。

 背が高い麗那は少しの間しか着る事が出来なかったが、南は働いている間、この服を着てくれると言う。その姿を見られる事が嬉しかった。


 しかし、美緒が聞いた話はこれではなかった。


「この写真の人達はね…皆、思い出になってしまったよ…。」


 麗那は立ち上がって壁に向い、数枚の写真を壁から外した。

 南は、麗那が祖父の故郷で撮った写真、麗那が大きくなり、1つの国だった頃のイースト・Jで撮った写真などを見せてもらった。

 友人の写真はここにはない。寝室に飾られた写真は、既に他界した人々との記念写真ばかりだ。


「私達も…戦争で大変な時に、祖国を裏切ってイースト・Jに来た人間なんだよ。」


 美緒に伝え、そして、南にも伝えたかった話はこれだった。


「私が幼い頃にね…この国に渡って来たのさ。その時の記憶は残っていない。でも物心ついた時から、祖父と祖母が泣いていたのを覚えているよ。」


 移住後も祖国の状況を知る事が出来た祖父母は、変わり果て姿を見て涙していた。そして知人や親友、肉親までをも裏切って移住した自分達を後悔し、責めもしていた。

 彼女達がここに移住出来た理由は、麗那の母親がイースト・Jの人間であった事と、経済的な余裕があったからだ。他の人間は、移住したくても出来なかった。

 周囲の人々が羨ましがり、それが憎しみに変わった事を知りながらも、祖父母は移住を決意した。断腸の思いでの移住であった。


「だから私は、美緒ちゃんの気持ちが良く分かる。私も当時は、祖父母が背負った苦しみを、一緒になって感じていたよ。自分も悪い人間なんだって…思っていた。けど、ここで内戦が始まった時…家族が取った行動は、間違っていなかった事を知ったよ。あの時は、事業も悪い方向に進んでいてね。戦争と移住のせいで、財産はなくなっていた。でももしあの時、お金があったら私達の家族は、間違いなくここを出て別の国に移住していたよ。戦争の悲惨さは、私が良く知っている。」

「……。」

「でも美緒ちゃんは、ひょっとしたら私よりも重い何かを背負っているかも知れない。あの子は、ただ移住して来ただけじゃなく、お祖父さんがたくさんの人を殺してしまったんだから…。私は、祖国に後ろめたい気持ちがあったけど、このイースト・Jじゃ、誰も私達の事を知らなかった。けど美緒ちゃんは、ウエスト・Jからだけじゃなく、この国の人達からも憎まれていると考えているよ。」

「…………。」

「私は、あの子に元気を出すように伝えたよ。そうやって生きて行くべきなんだよ。けど、それが分からない心ない人達が、美緒ちゃんを苦しめるかも知れない。あの子はまだ学生だけど、世間に出たらそんな人は、思っている以上に多かったりもするんだ。あの子は…これからも悩まされ、苦しみ続けるのかも知れないね。だからその時は、どうか南ちゃんが助けておくれ。支えておくれ。」

「……。」


 いつもは強く、そして優しい態度で接してくれる麗那が、今日は少し弱音を吐いている気がした。


「麗那さん…。」


 南は、昨日から心に引っ掛かっている事を伝えた。


「私…何も知らないんです…。戦争の事…博史さんや美緒、そして麗那さんの気持ちは分かる気がします。けど私は、皆の本当の気持ちが理解出来ないまま、戦争の背景を知らないままです…。そんな私が、美緒を助けてあげる事が出来るんでしょうか?何も知らない私が美緒を助けるだなんて、余りにも軽い気がして…。」


 麗那は、南が話したい事を分かっていた。

 努力している人間が、努力していない人間に褒められたとしても、それは嘘にしかならない。努力していない人は、努力した人の事を分かったつもりで話し、まるで自分が苦労したかのように振舞う。それは、努力をせずに得た優越感だ。虚勢にしかならない。

 それと一緒で、戦争を知らない南が美緒の気持ちを分かると言ったところで、美緒にはそれが嘘か、若しくは軽々し過ぎる言葉にしか聞こえないと南は考えた。


 南は、香の事も思い出していた。もしあの時、彼女の心にある苦しみを本当に理解出来ていたのなら、あの日のような事は起こらなかったかも知れない。もっと違う言い方も出来ただろうし、彼女の慰め方も知っていたかも知れない。

 何も知らない雛が純粋で単純な気持ちで、香を責め立てた事も間違いではないかも知れない。だけど自分はキチンと物事を理解し、彼らの苦しみを知った上で接したい。

 ひょっとしたら博史の気持ちも、実は何も理解出来ていないかも知れないと思った。


「南ちゃんは…本当に良い子だね?」


 麗那は、そんな南を健気だと思った。

 しかし、それと同時に彼女は迷った。南がもっと、美緒や博史に親身になれるように、色んな事を教えようかと思った。だが彼女が戦争の背景を理解した時、今までと違った感情が生まれるかも知れない。知らぬが仏…そんな諺もあるように、過去を知った事で、南がウエスト・Jを憎み始めたりするかも知れない事が怖かった。


「南ちゃんは、今のままで良いのよ。そのままの、優しい子でいておくれ。」


 麗那は勇気が持てなかった。南の思想を左右してしまうかも知れない責任を、背負い切れなかったのだ。それに今のままでも、南は人の悲しさや苦しみを理解していると思った。だから、それだけで充分なのだと考えた。


 2人は昼食も一緒に取った。南が、どうしても礼をしたいと言うので、麗那は仕方なく外へ出て、南が勧める洋食屋へ入った。

 そこはこじんまりした店で、騒がしい場所ではなかった。南のお気に入りで、よく利用する食堂だ。

 南は、友達と食事をする時は場所を選ばなかったが、自分1人や地元で食事をする時は、小さな個人経営の店を選んだ。綺麗なインテリアや広々とした店よりも、小さくまとまり、アットホームな店を好んだ。だから南は、麗那の店で働く事を決めたのだ。


 2人は南が勧める料理を食べて店に戻り、明日の準備と大掃除をする事で、今日一日を過す事にした。

 大掃除はせめてもの恩返しと、南が行ったものだ。



 日が暮れる前に大掃除は終わり、南は家に戻った。

 母親に叱られる前に、南は麗那から貰った素敵な服を自慢した。

 母親はそれを見ると怒る事を忘れ、服を褒めた。


 そして部屋に戻った南は早速パソコンを立ち上げ、博史にメールを書き始めた。

 だが、メールは進まなかった。鍋料理の写真を添付し、その自慢をし終わった後、次の写真に戸惑った。

 写真は南が酔ってしまう前に、3人で撮り直したものだ。麗那と美緒を紹介したかった。

 しかし、遠い場所にいる博史を含め、4人の縁を繋げたいと思う反面、その役割を果たそうとする自分が、輪の中にいないと感じた。


 写真を載せ、書きたい言葉は決まっていた。鍋料理の達人と一番の親友だと紹介した後、彼女達も戦争に苦しんだ人で、それでも今を懸命に生きている事、そして美緒は博史と同じように、祖父の過去に苦しんでいた事。それを博史に伝える事で、彼の気持ちが少しでも楽になると考えた。

 だが南には、彼らのような経験がないのだ。


「……。」


 南は少しの間考え、結局、鍋料理の達人と一番の親友だと紹介するだけにした。

 その代わりに、博史に1つの質問をした。それも勇気が必要だったが、尋ねない訳にも行かない。

 南は、道を指し示してくれる人を探していた。



『私は、内戦の事をよく知りません。博史さんの苦しみも、イースト・Jの人達の悲しみや暗い過去も、自分にはありません。そんな私に、博史さんと話し合う資格があるでしょうか?

友達には、戦争で苦しんだ人もいます。その人達と向き合い、彼女達の話を聞いたり、助けてあげたりする資格はあるのでしょうか?私が、博史さんや他の人と同じ立場で話をする時、キチンと戦争の話を知っているべきではないかと思います。』


 香の事も頭を過ぎった。だが香の問題は、博史には伝える事が出来ない。彼の胸を痛めるだけなのだ。


 南は送信ボタンをクリックする前に文章を読み直し、それでも勇気を出してボタンを押した。

 そしてパソコンをさっさと閉じ、今送ったメールを、少しだけ後悔した。



 次の日、博史から早速の返信が来た。2通のメールが送られた。

 1通目は鍋料理の写真を前に、信じなかった事を謝罪する内容で、アップされた写真だけを見ても美味しさが伝わると言う返事だった。

 博史もこの時、続けて書きたかった言葉があったが、何も残せなかった。


 『いつか麗那さんの家で、一緒に鍋料理をご馳走になりたいね?』


 …書いては消し、書いては消した言葉だった。


 そして2通目は、質問に対するメールだった。


『南ちゃんへ


 僕は、南ちゃんの優しさに励まされています。君はとても良い子で、妹が出来たみたいで嬉しくもあります。

 南ちゃんが内戦や過去を知ろうとするのは、悪い事ではないと思います。同じ間違いは繰り返してはいけない。だから、過去から学ぶのは良い事だと思います。


 でも、正直僕は怖いです。いつか南ちゃんから、僕の事を怖いとか、憎いとか言われないかと心配です。

 南ちゃんが何かを知る事でマイナスの感情を持ったとしても、僕を許してくれたように、戦争の過去や、僕のお祖父さんのような人を知った時、それを憎まず、許してあげて下さい。


 僕は、南ちゃんに救われました。

 お祖父さんが行った事は、決して忘れてはならない…。けど、過ぎ去った過去だと、今はそう思えるようになりました。

 今の南ちゃんのままでも、僕はメールを続けたいし、南ちゃんが戦争の事を知ってからも、僕は変わらず南ちゃんと知り合いでいたい。


 南ちゃんは、自分が進みたいと思う道を進んで下さい。』


 博史から寄越された返信は、道標になるものではなかった。

 ただ1つ分かった事は、昨日のように、麗那が美緒に接した時のように、自分も博史の重みを、少しは取り除いてあげる事が出来ていたと言う事だ。

 そこには満足出来た南だった。だから博史に対しても、美緒や他の人にも、今のままの自分で良いのでは?と考えた。


「……。」


 だが南には1つ、大きく引っ掛かる事がある。香の事だ。彼女の怒りや悲しみは、とても今の南には取り除いてあげられるものではない。


 南は…再び迷い始めた。

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