第8話;告白

 南は、今日もバイトに精を出していた。心は躍っていた。コメントを書いて数ヶ月、やっと博史から返事が来たのだ。

 他愛ない返事だったが、それで良かった。南も他愛ないコメントを返した。ブログの持ち主は博史なのか?それが気になった。そして、返事が帰って来た。持ち主は博史だった。彼の連絡先や、今度会う約束、そんな事は二の次だ。博史とは、近い距離にいるのに会う事が出来ないのだ。

 とにかく、何らかの方法で博史と繋がりたかった。それだけで満足出来た。


「おや?南ちゃん。今日は、何か元気だね?良い事でもあったのかい?」


 麗那は、南の笑顔が気になった。いつも明るい笑顔を振りまく南ではあるが、今日は特別に元気な笑顔を見せてくれている。


「ずっと探していた人と、やっと連絡が取れたんです。それがとても嬉しくて…。」

「あぁ、そうなんだ。それは良かったね。何?初恋の人とか?」

「ははは。そんなんじゃなくて、恩人の人です。私が外国で迷子になった時、助けてくれた人なんです。」

「おや?それは大変だったね?優しい人が助けてくれたんだね?」

「はい!」


 南は麗那と笑顔を交わした。しかし彼女を見ていたら、先日の客の顔が浮かんできた。彼女の友人は戦争で、生まれたばかりの我が子を失った。

 南は顔を曇らせた。そして、香の前で起こした失敗を思い出した。博史の話は、気軽に口には出来ないのだ。


「どうしたんだい?急に暗い顔になって?」

「あ、いえ…。」

「?」

「何でもないです!」


 南は明るい表情に戻り、仕事に精を出した。



 博史へは、今朝の内にコメントを返していた。


『はい。数ヶ月前、お世話になった南です。あの時は、本当にありがとうございました。ずっと、博史さんを探していました。何のお礼も言わせてもらえないまま帰ってしまうなんて…酷いです。キチンをお礼が言いたかったんです。本当にありがとうございました。』


 『また連絡下さい』とは書けなかった。彼の気持ちも知らないままに、勝手な事は言えなかった。


 バイトを終え、家に帰った南は直ぐにパソコンを開き、博史から返事は来ていないかとブログをチェックした。

 返事は求めていなかった。彼は、イースト・Jを良く思っていないかも知れない。そう考えていた。家に戻る前までは…。

 だがもし、もう1度彼からの連絡が来たとしたら、彼はイースト・Jを悪く思っていないと言う証拠だ。少なくとも自分に対しては、悪い印象を抱いてはいないと考えた。

 だから南は、もう1度返事を待つ事にした。


 しかし残念ながら、博史からの連絡はまだない。南が急ぎ過ぎた。先日までの彼女の姿はなかった。勿論、返事が足りない事も手伝っていた。

 それでも、以前ほど待たされる事はないと思えた。


 返事がない事を確認した後、南は美緒に携帯電話でメールを送った。あのブログは、博史のもので間違いなかったと言う内容だ。

 暫くすると、美緒から電話が掛かってきた。


「あっ、南?電話大丈夫?本当に、博史さんから返事が来たんだ?」

「へへへ、そうなの。やっと連絡をくれた。やっぱりあれは、博史さんのブログで正解だったんだ。」

「…そうか…。で…?彼は何て?南の事とか…何か言ってた?」

「…ううん、何も。でも多分、あの人は怒ったりしてないと思う。怒ってたら、返事なんてくれないよ。」

「それはそうだけど…。」

「…だけど、何?」

「…ううん、何でもない。」

「美緒、何か変。」

「はは、ご免ね。で、返事はどんな内容だったの?」


 南は、簡単過ぎた返事の内容を伝えた。そして2つの国の事には触れず、もう1度コメントを残したとも伝えた。


「そうなんだ……。」


 明るい声の南とは違い、美緒の口数は減っていた。



 次の日、南は元気がなかった。次の日も、そして次の日も、ずっと南は元気が出ない日々を過した。博史からの連絡が、全く来ないのだ。

 不思議な感覚だった。最初の連絡は数ヶ月も待てたのに、1度彼から連絡を受けた南は、ほんの数日が待てないようになっていた。

 博史から、『どういたしまして。』の返事が来ないから?送り返したコメントを、彼がまだ見ていないと思うから?若しくは彼の返事が、自分の言葉を待っているかのような内容だったので返事したのに、博史からの返事は来ないから?

 …挙げられる理由は、どれも同じような内容だ。つまり南は、博史からの返事が欲しいのである。


「南ちゃん。最近、また元気がないねぇ?」


 麗那も南の事が気になった。


「あっ、済みません。そんなつもりじゃなかったんですが…。」

「何かあったのかい?」

「いいえ…。」

「どうしたの?私に話してごらんよ。」


 麗那は優しい女性である。そして南を、孫のように可愛がっている。


「…前言ってた人から、連絡が来ないんです…。」

「あの、初恋の人?」

「嫌だ、麗那さん!それは誤解ですって。そんなんじゃなくって、恩人の人です。」

「あらら、そうだったね。」


 照れた南には、少しの笑顔が戻った。


「やっと探し出した人なんですけど、あれ以来、連絡が来ないんです。」

「どうしてだろうね?1度、自分から電話でもしてみたら?」

「……。」


 麗那から、肩に力が入る言葉が口にされた。


「?どうしたんだい?電話でも出来ない事情があるのかね?せっかく出会えたんだから、その縁は大切にしないと。」

「……。そうですね。1度、連絡してみます!」


 やはり博史の事情を、彼がウエスト・Jの人間である事を教える事は難しい。南は麗那には嘘をつき、なるべく元気に振る舞おうと努めた。




「今日もお疲れ様。…南ちゃん、ちょっと…」


 バイトが終わり、家に戻ろうとする南に麗那が声を掛けた。


「今週の週末、いつもは店の定休日なんだけど、出てもらえるかね?」


 麗那が、定休日である日曜日に出勤して欲しいと言う。

 今週の日曜日は公休日だ。学生を卒業した南は、暦に無頓着になっていた。


「今週の日曜日は、終戦記念日だろ?その時は忙しくなるから、出来ればいつもより、2時間早く来てもらえれば有難いよ。手当てもキチンと出すから。」

「あっ…。」


 この週末はイースト・Jと…そしてウエスト・Jにおいて記念日だ。内戦が終了し、国が2つになった日なのだ。

 しかし、同じ記念日であっても名称は違う。イースト・Jでは終戦記念日と名付けられ、ウエスト・Jでは、独立記念日とされている。内戦は、ウエスト・Jが反旗を翻した事によって勃発したのである。

 この日は両国共々、戦争で犠牲になった魂を沈める日と定めている。しかし南には経験がなかった。家には誰かの遺影もなく、記念日とは無縁だったのだ。

 慣れない記念日に慌てた南だが、麗那のお願いを快諾した。


「いつもありがとうね。」


 麗那は店の内側からシャッターを閉め、自宅になる2階に上がった。

 南は店の脇に置いていた自転車に乗り、家に帰った。


 途中の道、南はいつも側を通り過ぎ、その度に気になっているものを目にした。自分の国の鍋料理が食べられる食堂だ。ショーケースにある蝋細工を見る度に、博史と、あの鍋料理を思い出していた。




 週末、南は約束通り、いつもより2時間早く家を出た。

 店に着くとシャッターは半開きになっており、潜ると麗那が、既に多くの花束を作っていた。彼女の友人が求めた花と似ている、真っ白な花束だった。


「あぁ、南ちゃん。朝早くからご免ね。早速、花束作るの、手伝ってくれるかね?」

「あっ、はい!」


 南は最近、花束の作り方を習っていた。麗那の方から言い寄ってきてくれたのだ。恐らく南が、教えて欲しそうな顔をしたのだろう。


 今日作る花束は、それほど難しいものではない。鎮魂を目的とした花束なので派手であったり鮮やかであったりのアレンジはなく、どれも見た目が同じの、落ち着いた色使いの花束だ。大きさは2種類あったが、どちらも麗那が作った見本を真似て作れば事は済んだ。

 花束は、合計で100個ほど準備された。

 作る事が難しい訳でもなく、時間が掛かるものでもなかった。ただ、花を求める人達は朝から来店するので、早い時間から店を開けたのだ。


「お疲れ様。それじゃ、店を開けようか?」


 全ての準備を終えた麗那は、店のシャッターを全開にした。


 100個準備した花束の内、予約が入っているものは半分以上だ。

 そして花束の値段は、いつもよりも安く設定されていた。


『人の悲しみに、お金は取りたくない。』


 麗那は南にそう教えた。彼女は花束を作る為に必要だった金額だけを受け取り、利益は求めなかった。

 南は、麗那が友人に花束をプレゼントした事を思い出した。そして麗那にとって内戦は、特別な感情や過去があるのだと察した。



 いつもより早い開店を迎えた店だが、訪れる人の足も早かった。通常の開店時間までには予約の花束は全て売りさばかれ、100個準備した花束も、残り20ほどになった。麗那はその内の2つを別の場所に保管すると、それからは、いつも店で売っている花束を作り始めた。南も麗那の側に座り、彼女の技術を学んだ。


 フラワーアレンジを学ぶ事は楽しい。そのはずの南が、また暗い顔になった。特に今日は、頭の中が複雑になる理由があった。


「いらっしゃいませ~!」


 席に座って間もなく、見覚えがある老人が訪れた。麗那の友人だ。

 南が友人の下に行こうと席を立つと麗那はそれを止め、保管していた花束を手渡した。


「お金は要らないから。」


 小さい声で南に説明し、南も言葉の意味を察して花束を受け取ると、友人のところまで小走りで向った。


「お待たせしました。」

「ありがとう。いつも心の篭った花束を準備してくれて、本当にありがとうね?」


 友人は花束を受け取り、少し曲がった腰を引きずるように家へと戻った。

 南はその姿が見えなくなるまで、背中をずっと見守っていた。



「南ちゃんほどの世代になったら…もう、戦争って言う言葉は実感がない言葉なのかね?」


 麗那が、席に戻って来た南に尋ねる。


「私達が若い頃は…戦争の真っ只中だった。南ちゃんと同じくらいの歳には、もう戦争が始まっていてね…。」


 麗那は、友人を重い眼差しで見守っていた南に語り始めた。


「あの時は、本当に大変な時期だった。周りの人が戦場に送られたり、誰かの帰りを待つ人が先に亡くなったりしてね…。」

「……。」


 ウエスト・Jの行軍は瞬く間に東側の領土を奪い、対応に遅れたイースト・Jは、領地の半分以上を奪われた経験がある。その際、この地域は戦火の前線になり、流れ弾などで多くの民間人が死亡した。


「南ちゃん…。ちょっと、来てもらえるかね?」


 話の途中で麗那は思いついたように立ち上がり、先ほどしまっておいた残りの花束を手に持ち、南を店の奥へと誘った。

 店の奥には小さな部屋があり、そこには裏出口と、2階に上がる階段、そして神棚のような物が祭られていた。

 南はずっと、それを商売繁盛を願う神棚だと思っていた。しかし麗那はそこに花束を差し出し、両手を合わせて黙祷を捧げた。


 長い黙祷の後、麗那は南の方を向き、こう説明した。


「これはね…戦争で命を失った人の為に作ったんだよ。私達は、彼らの犠牲を忘れてはならないんだ。イースト・Jの人も、そしてウエスト・Jの人も、望まない戦争をしてお互い命を奪い合ったんだから…。それは、決して忘れてはならない事。南ちゃんの時代は平和だけど、奪われた命を、戦争がどれだけ悪い事なのかだけは…覚えといてくれるかね?」

「……。」


 南は初めて、麗那も戦争の被害者なのだと告白された気がした。


「ウエスト・Jの、人も…ですか…?」


 その麗那から、気になる言葉を聞いた。ウエスト・Jの人も望まない戦争をして命を奪い、そして奪われたと話した。


「そうだよ…。ウエスト・Jの人も同じさ。彼らも、決して戦争は望んでなかったはず…。だって戦争が始まる前までは、どっちも同じ国の人だったんだから。戦争が、皆を狂わせたのさ。彼らだけが悪い訳じゃない。だから私はこの神棚で、イースト・Jで亡くなった人も、ウエスト・Jで亡くなった人も、同じように安らかに眠ってくれている事を願っているんだ。私達がそう願う事で、きっと天国では亡くなった人同士、西や東も関係なく、仲良く一緒に暮らしてると思うんだよ。」

「……。」


 南はその言葉の意味を、戦争を知らない世代の人間として重く感じた。


「麗那さんは…戦争で身内を失ったりしませんでしたか?友人の方は、子供を殺されました。それでも、ウエスト・Jを憎んでいませんか?」


 南が、かなり思い切った質問をする。彼女は最近、戦争の犠牲について考えるようになっていた。


「私は…両親を戦争で失わなかったし…結婚もしていないから、誰も失ってないよ。彼女だって子供を失いはしたけど…それがウエスト・Jのせいだったのか、イースト・Jのせいだったのかは分からない。突然、病院に爆弾が落ちてきたんだからね。あの事件は…ニュースにもならなかった。誰が子供の命を奪ったのかなんて、知る事も出来なかった。だから…誰のせいでもないのさ。ただ、戦争が悪いだけなんだ。」


 麗那は他に、友人の夫は子供を失ったショックで自殺した事、そして、自分の過去も話してくれた。

 麗那は、まだ幼い内に違う国から移住して来た女性だ。祖父の故郷、彼女と家族が住んでいた国で戦争が起こり、命の危険を感じたのでこの国にやって来たと言う。

 しかしそれから約15年後、麗那が20代半ばの頃に内戦が起きたのだ。

 祖国から移住する際に多くの財産を失った麗那の家族は内戦が起きた時、他の国に移住する余裕がなかった。

 つまり麗那は若くして、2回もの戦争を体験しているのだ。その酷い経験もあり、人生で一番華やかな時期に紛争に遭った事もあって、結婚の時期を逃していた。

 自らが結婚を望まなかったと言う理由もあった。友人は、戦争で子供を失った。それを見た麗那は、子供を授かったところで戦争が続く世の中なら、生まれた子供は不幸になるだけだと結婚を諦め、友人と共に、女手1つで生きて来たのだ。


 南は、麗那の過去にショックを受けた。優しい性格の彼女に、そんな暗い過去があった事を知る由もない。


 そして南は、さっき勇気を貰った麗那の言葉に、もう1度、念を押すような質問を投げかけた。

 彼女は、自分自身の気持ちを整理したかった。


「でも、戦争を始めたのはウエスト・Jからですよ?彼らが戦争を始めなかったら、最初っからこんな悲劇は生まれなかったんですよ?それでも…ウエスト・Jが憎くありませんか?」


 大きな勇気が必要だった。血も繋がっていない麗那の過去に触れ、終戦記念日であるこの日に、麗那や友人の気持ちを荒立てるような質問を投げ掛けた。

 全ては、自分の気持ちをはっきり、すっきりさせる為だった。


 少し興奮した南だったが、そんな彼女に麗那は優しい声で返事をくれた。


「それでも、ウエスト・Jを憎む事は出来ないね。彼らにも、それなりの事情があったんだよ。その原因は、イースト・Jにもあったはずさ。何よりも、戦争を起こそうと決めた人間は、たった一握りの権力者なんだ。彼らが始めた戦争に、ウエスト・Jの人達は、仕方なく戦争に臨んだんだと思うよ。」

「……。」


 南はまだ、いや、麗那ですら知らない事なのだが、イースト・Jは1つの国であった時から西側を差別していた。政治家達は全ての発展を東側に集中させ、西側を邪険に扱ったのだ。平等を訴える西側に対して東側はそれを無視し、窮地に追い込まれた西側は、独立宣言と共に戦争を始めたのである。

 2人がその事実を知る由もない。イースト・Jの教科書ではそのような事実を、教えるはずがないのだ。全てを西側の責任としたい東側は、その事実を隠蔽した。


 歴史は、常に権力者達の都合で捏造、歪曲されてしまう。隠された事実を知るのは、その当時を生きた人々だけだ。

 だが、時が流れるに連れてその語り部は少なくなり、やがては捏造された事柄が、事実として後世に語り継がれる…。



「麗那さん…。私…」


 南は、麗那に勇気を与えてもらった。頭の中を引っ掻き回す悩みを整理する勇気と、材料を貰えたのだ。

 だから彼女は、麗那に相談した。

 この相談は、麗那には出来ないと思っていた。近い内に、美緒にでも聞いてもらおうと考えていた。

 しかし麗那との話が終わり、この相談、いや、告白は、彼女にするべきだと考えた。


 麗那に打ち明けると決めた南だったが、いざ話す時には、やはり大きな勇気が必要だった。この相談は、麗那の胸を痛めるかも知れない。


「その人が悪いんじゃないよ。その人も被害者なんだよ。この内戦の、被害者なのさ。だから彼の言った事を理解して、受け止めてやっておくれ。彼を、決して責めないでおくれ。南ちゃんには、それが出来るから…。彼は、南ちゃんの恩人なんだろ?その時感じた優しさを、信じてあげなさい。」


 相談を受けた麗那は、目尻に涙を浮かべていた。

 そして頭の中で、色んな事を思い浮かべた。過去の事を思い出し、それでもやはりウエスト・Jを憎めない事を改めて知り、それに涙を覚えた。心優しい南の思いにも触れ、今の世代になっても戦争の傷跡が残っている現実を知り、それにも涙した。

 麗那は南を抱き締め、頭を何度も撫でてあげた。南も麗那の背中に手を回し、彼女が与えてくれる優しさを受け止めた。


「済みませ~ん!」


 店の入り口から、客の声が聞こえた。どうやら2人は、長話をしてしまったようだ。


「は~い!ただ今そちらに向います!」


 南は元気に答えた。その声には、さっきまでの暗い感じはなかった。客の声に、心の底から笑顔で答える事が出来た。




 忙しい1日が終わり、南は家へ戻った。

 そして早速パソコンの電源を入れ、メールを開いた。


 実は昨日、博史からメールが届いていた。今後、ブログではなくメールで会話をしようと提案してきたのだ。南のメールアドレスは、彼女のブログで公開されていた。

 博史はブログでのやり取りが、自分はとにかく、南に迷惑が掛かると思った。西と東の人間が会話をするなんて、あり得ない話なのだ。


 そして彼は南に送ったメールに、とある告白を残していた。

 彼が、2度も南を避けた理由であり、南が1日中、頭を悩ませた原因でもあった。


 南は返信を送り、自分の気持ちを伝えた。


『それでも、博史さんは悪くありません。あなたは優しい人だと、私は知っています。だからもう、私を避けないで下さい。いつかまたあのお店で、あの鍋料理を一緒に食べられる日が来る事を楽しみにしています。』


 そう返信を送った後、博史が寄越したメールを読み直した。そして昨日の晩に読んだのと今読むのとでは、受け入れ方が違った事を感じた。博史の告白は衝撃的な内容だったが、今はそこに、彼の苦しみと強さを感じる事が出来た。



『南ちゃんへ


 連絡ありがとう。まさか、君から連絡をもらえるとは思っていませんでした。

 『待ち侘び人』と書かれた君のブログを見た時、正直、僕は嬉しかったです。君が僕に連絡を取りたいだなんて、思ってもなかったから…。嫌われたと思っていました。


 君はもう、知っていると思います。僕は、ウエスト・Jの人間です。だからイースト・Jの君とは、話す資格がないと思っていました。


 迷子になった君を助けた時、僕は君を、ウエスト・Jの人だと思っていました。だけど君のパスポートを見た時、イースト・Jの人だと分かりました。

 僕は、その場を立ち去ろうとも思いました。だけど友達が戻って来るまでは君が困っていると思い、一緒に食事もしました。


 食事をしながら、イースト・Jの事を色々と教えてもらいました。同じ国だったのに、40年以上も分裂していると、流行や話題も変わるのだと思いました。

 僕が決して、ジジイな訳ではありません。


 その違いが、むしろイースト・Jの人とも仲良くなれるのかな?と思わせました。戦争は既に、遠い昔の事になったのだと思えたのです。

 だけど君が友達と再会した時、君には帰る場所があり、それは僕と違う場所なのだと言う事を実感しました。

 だから僕は、何も言わず君から立ち去りました。ご免なさい。


 もう1つ、君と連絡するにあたって、話しておきたい事があります。君に対する告白とも言えるし、懺悔とも言えます。

 これを読んだ後、君が僕を嫌いになっても仕方ありません。でも、これから君と連絡を取るなら、隠したくない事があります。それでも僕を嫌いにならないのなら、僕も勇気を出して、君との連絡を続けたいと思います。



 僕の祖父は、内戦で多くの人を殺しました。祖父はウエスト・Jの軍隊に所属し、地位も高かった人間です。祖父の指揮の下、多くのイースト・Jの人は命を奪われたのです。

 祖父は祖国の英雄です。でも祖父は、それを求めていた訳ではありません。祖国の為に、戦っただけなのです。


 戦争が終わると祖父は犯した過ちに苦しみ、自分を責めました。嘘ではありません。祖父は自分が犯した過ちを、後悔していました。

 僕も同じ気持ちです。戦争は、僕らの国を大きく変えてしまいました。

 僕は1つの国だった頃の、仲が良かった過去を取り戻したいと思っている反面、祖父が行った事は、決して許してもらえるものではないと思っています。ひょっとしたら僕の祖父は、南ちゃんの肉親の誰かを殺したかも知れません。知り合いの誰かを、殺したかも知れません。

 そんな祖父を持つ僕が、イースト・Jの人と知り合いになっても良いのでしょうか?』


(………。)


 博史のメールを読み直した南は、先ほど送った返信に込めた気持ちが、嘘ではない事を確認して眠りに就いた。

 

 南はその晩、夢を見た。それは博史ともう1度、あの食堂で鍋料理を食べる夢だった。

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