第5話;検索

「あ~、もう!何処行ってたのよ!?」


 戻って来た南と美緒は、痺れを切らした雛に怒られた。表情は沈んでいた。雛に怒られた事が理由ではない。


 搭乗時間になり、4人は飛行機に乗り込んだ。

 機内放送が流れ飛行機が動き始めると、席に設置されたモニターには世界地図が映り、現在地と目的地までの経路が示された。


「……。」


 南は地図に触れ、彼女が戻るイースト・Jと…そして、博史が戻るウエスト・Jの場所を確認した。隣同士の両国の、その距離は驚くほどに近かった。


 博史が何処に住んでいるかは知らないが、南が住む場所はイースト・Jの中心地域で、聞かされた話によると車を利用して10時間、飛行機では1時間少々でウエスト・Jとの国境まで行ける。

 その近さを改めて知り、博史が、この国よりも近い場所にいる事を悟った。

 また、ウエスト・Jと隣接していない側の国境に行くには、場所によっては車で10時間以上も掛かる。自分の国の何処かへ行くより、ウエスト・Jが近いのだ。


 南は、この国から自分の国までの距離と、自分の国からウエスト・Jまでの距離を指で測っていた。


「……。」


 隣で見ていた美緒は南の手を握り、もう、博史の事は忘れるようにと説得した。



 40年以上も前に分断された2つの国…。

 それより少し前の時代には、内戦でお互いを虐殺し合っていた。南も、そんな事は学校の授業で散々聞かされている。

 だが、それ以上昔にまで遡ると2つの国は、1つの国として仲良く暮らしていたはずだ。


 深い話をした事はないが、南も家族から過去の話を聞かされていた。

 両親は終戦前後に生まれ、内戦終了直後の混乱した時代に幼少期や青年期を送ったと聞かされている。祖父母からは、まだ国が1つだった頃の、平和だった頃の話…そして、思い出したくもない戦争の話を聞かされた。

 ウエスト・Jに対する南の見解は、決して良いものとは言えない。だからと言って、ウエスト・Jを悪いとも思えない。

 南は、2つの国の歴史に関心がないのだ。


 今現在でも国交がない両国は、領土問題や離散家族などの問題を抱えており、冷戦状態でもある事から、スパイ、侵略などの噂も絶えない。

 ニュースでは連日のように両国間の問題が報道され、ウエスト・Jに対する悪い印象を与えられていた。それでも南は、何処か知らないの国の話のように捉えていた。



 フライトスケジュールは、現地を夕方5時頃に飛び立ち、3時間ほどのフライトで済んだのだが時差の為2時間時計が進み、晩10時頃の到着となっている。


(ウエスト・Jとは…確か、時差もなかったはず…。)


 ウエスト・Jとイースト・Jは、東西の幅だけで見るとほぼ真二つに分断されており、1つの国だった頃は、ちょうど国境地域で時間の基準を取っていたので時差がない。


 いくら美緒に考える事を止めろと言われても、博史とウエスト・Jの事を思わない訳にはいかなかった。フライトの間、南は、終始暗い顔をしていた。

 それを横で見ている美緒の心境も複雑だった。

 雛と香はまだ、空港で博史に出会った事も、そして彼がウエスト・Jの人間であった事も知らない。それを口に出すには、余りにも両国の関係と背景が複雑過ぎた。



 やがて飛行機は目的地に到着し、彼女達はそれぞれの帰路に発った。

 雛と香は、お互い離れた場所に住んでいるのだが、それでも同じ帰路を取った。雛が、香の家で世話になるらしい。

 雛は実家暮らしだが、香は地方出身で、1人暮らしをしている。また、空港からは香の家が一番近い事と、遅い時間であった事も理由に、雛は香の家に転がり込む事にしたのだ。

 まぁ、恐らく…早い時間に到着したとしても、雛は香の家に転がり込んだあろう…。


「それじゃ~ね~。また会おうね!?今日はお疲れ!ありがと!」


 雛が南と美緒に手を振り、2人分の荷物を持った香と共に、彼女の家の近所に向かうバスへと足を運ぶ。

 南と美緒はそれを見送ると鉄道に向かい、急行列車に乗り込んだ。



 列車の座席にはフリーペーパーが並べられ、利用した空港からアクセス出来る旅先の紹介がされていた。

 南と美緒はそれを手に取り、卒業旅行の思い出話よりも、次の機会にはここに行きたいあそこに行きたいと盛り上がった。

 美緒が、南の気分を紛らわす為にそうした。勿論、実際にもっと色んな場所へ友達と行きたいと言う思いはあるが、ずっと塞ぎ込んでいる南を元気付けようと、少しオーバーに会話をしていた。


 それも束の間、美緒と別れて自分の家に向った南は、また物思いに考え始めた。


 ウエスト・J…。果たしてそれは、どんな国なのだろう…?世間が言うように、本当に悪い国なのだろうか…?博史の優しさを思うと、世間話が嘘に聞こえる。

 彼はその国の何処で、どのように暮らしているのだろうか…?南は、そればかりが気になった。


 旅行の初日で迷子になり、助けてくれたのは博史だった。正面口で恥じらいも忘れ、自分の言葉が理解出来る人を探していた南の前を、多くの人が通り過ぎ、多くの人が可笑しな人だと視線を向けた。その中で、やっと言葉を理解し、助けてくれたのが彼だったのだ。

 同じ言葉を話し、同じ物を食べて美味しいと思えた。短い間だったが、素晴らしい時間も過した。

 それが、自分の国…博史も同じ言語を使う国に戻った瞬間から2人の縁は、繋ぐにも繋ぎようのないものへと変わってしまった。もう、彼とは連絡を取る事すら出来ず、自分の国では、彼に会う事も出来ないのだ。


 南はまだ幼く、歴史や世界情勢などには殆ど関心がない。自分の国の事ですら知らない。両親や祖父母から昔話を聞かされたが、他人事のように捕らえていたし、戦争の成り行きなども知らない。

 あんなに遠くの国で会えたのに、もっと近い距離にいる2人を内戦が引き離している事を、どうしても理解出来なかった。




 次の日、南はアルバイト探しを放棄した。昨日までの疲れも溜まっているので、ゆっくりと休む事にしたのだ。


 午後になって、携帯電話に香からのメールが届いた。雛が出て行った後、律儀な香は早速、撮影した卒業旅行の思い出をファイリングし、それをファイル保存サイトにアップしたと言う。

 南は香にメールを返し、早速パソコンを立ち上げて写真ファイルをダウンロードした。

 雛のソロ写真が目立ったが、そこでは出発前の空港から始まり、数日後の夜の空港までの、全ての思い出が詰まった写真が確認出来た。


「……。」


 南は、初日の昼食後から次の日の朝まで自分の姿が写真に収まっていない事を確認して、少し考えた。

 大切な思い出は、勿論、4人で撮った写真に残されているが、貴重な経験をした思い出は、数え切れないほどの写真の中に一切記録されていない。



 その日の晩、南は美緒から連絡をもらった。

 美緒の趣味は海外旅行だけでなく、今後の自分の為にもと、世界中で友達を作っていた。ただ、彼らとは実際に会った事はなく、チャットやブログなどを通して親睦を深めている。

 美緒は、南も利用しているサイトに旅行の写真をアップしたと言う。

 南は電話を片手にパソコンを開き、美緒のページを開いた。流暢ではない英語を使って、アップした料理や歴史的建造物、少し変わったお土産、ファッションなどや、あの国に対する感想が書き綴られていた。


「凄いね、美緒。ページを更新したばっかなのに、もう、誰かからコメントが来てる。」

「へへ。このブログはスマートフォンとも連動していて、新しいページをアップすると、友達になってくれた人に直ぐに連絡が届くの。」

「世界中に、美緒の友達やファンがいるんだね?」

「ははは。ファンはいないよ。いち早く私のページを見て、コメントくれただけだよ。」

「この…コメントくれた人は…何処の国の人?」

「あっ、この人?実は、よく分かんない。私も聞いた事がない国の人。」

「へ~。そんな人からも連絡が来たり、友達になれたりするんだ。」

「そうだよ。今は国際的な時代なんだよ。こうやって交流を深めて、いつか一緒に仕事したり、その国に行った時に出会ったり、お世話になったりするの。」

「流石だね?世界を飛び交うキャリアウーマンになる日は近いね!?」

「へへ、ありがと。この人も私みたいに、色んな国に友達がいるみたい。コメントにある彼の名前、クリックしてみてよ。彼のブログにジャンプ出来るから。彼へのコメントや、友達リストの数が凄いの。私より、もっと色んな人と会話しているよ。」

「へ~。」


 2人はそんな会話をしながら、昨日まで時間を思い出しては共有した。

 そして南は、美緒の人脈やブログに関心を持った。電話を終えても、彼女は美緒のブログを閲覧した。


 ブログを楽しんだ後、美緒が言っていた海外の知り合いが気になったので、名前をクリックしてみた。

 彼のブログは英語と、それではない、英語にも似た文字で書かれていた。そして友達リストには世界中の多くの人が名前を連ねており、美緒の名前を探す事が大変なくらいだった。

 南はリストからランダムに誰かを選び、その人のブログにジャンプした。

 それを何回か繰り返しながら、世界中には色んな人がいると知らされた。


 そして数回のジャンプ後、何処の国の誰だか分からない人の友達リストから…とある人物を見つけた名前は南達の国で使用する文字で表示されており、どうやら、同じイースト・Jの人間のようだ。

 美緒から始まり、世界中を駆け回って繋がり続ける人の縁が、自分の国の誰かに繋がっている。南には、それが不思議だった。

 そしてその人物が誰なのかが気になり、彼の名前をクリックした。


「…えっ…?嘘……。」


 ジャンプした先のブログを覗いて驚いた。ブログの持ち主は、同じ言葉を使いながらも違う国……ウエスト・Jに在住する人間のブログだったのだ。

 ブログには自己紹介ページがあり、そこでプロフィールを公開出来る。国籍や学歴、趣味やブログを始めた目的を公開する事で、友達の輪を広げていくのだ。


 南は急いで美緒に電話を掛け、今の事態を説明した。

 美緒は興奮する南とは違い、淡々とその理由を話した。


「あり得るんじゃない?このブログは世界中で利用されてるから、ウエスト・Jの人と知り合う事が出来るかも…。幾つかの国はこのサイトを禁止にしてるけど、ウエスト・Jでは利用されてるみたいだね?」

「……。」


 説明を聞いた南は黙り込んだ。


 暫く続いた沈黙に、電話の向こうにいる美緒が怪しんだ。


「南…まさか…?」

「美緒…。このサービスを使えば…博史さんと会えるのかな?」


 博史の住所も知らなければ、連絡先も知らない。彼が、このブログのアカウントを持っているかも分からない。

 分かった事は、ウエスト・Jでもこのブログは利用されており、その気になれば、ウエスト・Jの人間とも知り合いになれると言う事だけだ。




 次の日、求人雑誌を買ってバイト探しに没頭するつもりだった南は、どうにかして博史の事が分からないものかと、インターネットで検索を続けていた。

 気が乗らない美緒だったが、南のしつこさに負けて検索のコツを教えていた。

 また同時に、それは無謀過ぎる挑戦だとの警告も告げていた。

 それでも南は、どうしても彼の居場所や連絡先を知りたがった。


 朝早くから食パン片手に、彼に関する手掛かりを探した。

 しかし当然ながら、何も見つかりはしない。元々、ウエスト・Jに関しては知らない事ばかりだし、知っていたとしても、それが博史と関係するか分からない。

 何よりも博史が、このブログを利用しているのかどうかも分からないのだ。


「あ~、全然分かんない!」


 昼食も取ったところで、依然と何の情報も得られない南は癇癪を起こした。美緒の警告通り、何のヒントも得られない。

 ただ、それでも諦めなかったのは、ウエスト・Jもこのブログを広く利用している事を知ったからだ。博史は見つからないものの、ウエスト・Jでアカウントを持っている人を多く見つけた。それは南にとって、驚くべき事実だった。


 夕方になり、いい加減疲れた南は、ベッドで横になっていた。少し頭を冷やし、美緒の言葉に従おうともした。今回の人探しは、余りにも手掛かりがない。


 南は気を紛らわせようと、柔軟運動を行っていた。

 そんな彼女に、香が電話を掛けて来た。昨日の写真の他に、まだ送っていない写真が見つかったのでメールで送ったと言う。

 写真は10枚にも満たない枚数だったが、それをわざわざ送り、連絡までしてくるところが香らしい。

 礼は言ったが、もう、パソコンと対面する事に疲れた南は送られたメールを、明日確認する事にした。




 夕食の時間になり、家族が食卓に着く。南は一人っ子なので母親と2人、仕事から早く帰って来た時には父親の3人で食事を取っている。今日は父親の帰りが遅いので、母親と2人で食卓を囲む事になった。

 卒業旅行を終えた南に、母親が将来の事を尋ねる。仕事しろと強要はしないものの、経験として、色んな事にチャレンジするようにと伝えた。


 南がなりたいものは売り子さんだ。接客をし、人とのコミュニケーションが取れる仕事がしたい。

 大学まで出て、わざわざ売り子になる必要は…?と思われるが、そもそも大学自体、惰性で入学したようなものだった。努力をせずとも成績が良く、苦労する事なく大学に進めた。

 美緒のような夢がある訳でもなく、だから大学に入ってからの成績は良くなかった。


 それでも、甘えたり怠けたりする人生は南自身が望んでいない。

 母親にはバイトで経験を積むつもりだと伝え、食事を終えた南はテレビをつけた。


 この時間帯に、決まって見られるものがある。ニュース番組と、そこで流れる西側の話題だ。

 今日も例外なく、東側のテレビでは西側を警戒する報道が流れていた。


「ウエスト・Jって、そんなに危険な国なのかな…?」

「どうしたの?突然…。」


 家族での会話に、南が漏らした話題は慣れなかった。初めてとも言える話題だった。


「うん…?何となくさ…。お母さんも、戦争で苦労したの?」


 46年前、この国の内戦は、1つの国が2つになる事で終了した。

 南の母親は若く、20代前半に南を生んだ。彼女は、内戦が終了した頃に産声を上げた。戦時中の体験はないものの、戦後の動乱や冷戦危機を幼い頃に体験した。


「ウエスト・Jは悪い国よ。あんな国とは、関係を持ちたくないわね。」

「……。」


 何気に母親の印象を尋ねてみたが、淡々とした口調で返された言葉に、南は口を閉じてしまった。母親の表情も固くなった。


「お父さんは、もっとウエスト・Jが嫌いよ。」


 その言葉が、『父親には、ウエスト・Jの話題を持ち込むな』と言う意味に聞こえた。


 父親は30代半ばの頃に南を授かり、現在は50代だ。この頃の人は幼かったが故に戦争には参加しなかったものの、内戦中に幼少期を過しており、肉親や知り合いの多くが戦死した事を、実体験として知っている。母親曰く、父親はとても仲が良かった親戚の兄を失っており、西側に敵対心を持っているとの事だ。


 それを知った南の顔色は曇った。他人事だと思っていたテレビの向こうの世界が、学校や周囲から漠然と耳にしていた話が、身近に寄って来たのだ。

 これまで無関係だと思っていた事は、実は、家庭に持ち込まれていないだけだったのだ。


(博史さんも…他のウエスト・Jの人のように、冷酷で残忍な人間なのかな…?)


 そんな考えも過ぎる。

 だが、彼から受けた親切を考えると、とてもそんな人間には思えない。


 …南はまだ、人を変えてしまう程の狂気を知らないのだ。




 父親の顔を見る事もなく眠りに着き、次の日の朝を迎えた南は重たい瞼を擦りながら、朝の身支度と食事を済ませた。

 そして、昨晩母親に伝えた事を実行しようと求人誌を購入した。


 彼女の希望は、花屋かベーカリーショップの売り子だ。人とコミュニケーションが取れるなら何でも良いのだが、欲を言えばその2つが女性らしく、素敵だと憧れる仕事だ。


「あった!」


 自宅から自転車で30分までを範囲とし、希望と合致する3件の店舗を見つけた。

 早速連絡して面接の約束を取り、履歴書も作成した。

 面接は、全て明後日以降となった。今日と明日は予定がない。

 一段落着いた南は博史探しでも再開しようと決め、しかしそれよりも先に、香が送ってくれた数枚の写真を確認すべくパソコンを開いた。



(これだ…。)


 そこで、博史探しのヒントになる写真を見つけた。香には感謝の言葉しか浮かばない。

 彼女が送ってくれた写真は、例の食堂の前で撮ったものだった。入店には抵抗を感じた香だが、最終日に店を訪れた時、何となくカメラを向けて正面写真を撮っておいたのだ。

 博史を西側の何かと関連付けようとしたが、むしろあの国、あの食堂、あのメニューが結びつけてくれるのかも知れない。


 先ずは、例の鍋料理の名前を調べる。

 訪れた国の名前と『鍋料理』を検索に掛けると、あっさりと知る事が出来た。あの国の代表料理であり、世界的にも有名なメニューでもあった。

 南の国でも扱う料理店は存在し、それを確認した南は、是非、美緒を連れて訪れようと決めた。


 だが、料理の名前が分かったところで博史には辿り着けない。南は美緒にメールを送り、助けを求めた。

 しかし、美緒からの返事がない。時計を見ると、既に深夜を過ぎていた。


 次の日の朝、美緒からメールが返って来た。ホテルの名前と料理名、そして国の名前を入力してみろとの指示だった。

 それに従い、先ずはホテルに関連する情報が確認出来た。少しずつ博史に近づいている事を実感した南は必死になった。

 その内、例の食堂が載ったブログを見つけた。幸いにも、南が理解出来る言葉、つまりイースト・Jの言葉で書かれていた。

 タイトルは『初挑戦の名物料理』。記事は、見覚えがある店の正面写真から始まっていた。南はその写真に、興奮を覚えざるを得なかった。


『親友に薦められて入った店。昼間は営業しておらず、夕方から朝方に掛けてオープンする店。どうやら、飲酒後の腹ごなしには持って来いのメニューのようである。』


 記事の内容に、南は微笑んだ。その言葉が本当なら、酒もろくに飲めない2人が、鍋料理を楽しんでいたのだ。

 鍋料理や店内の様子などもアップされており、懐かしさが込み上げ、腹も減って来る。本当に癖になる料理で、南は口に唾を溜まった唾を飲み込みながら記事を読み続けた。

 最後にアップした日付けが印されており、2年ほど前に書かれた記事のようだ。


「えっ???」


 そしてコメント欄に、見覚えがある名前を発見した。


『どうだ?美味しかったろ?俺が勧めた料理は?』

『ああ、最高だった。本当に美味かったよ。あぁ、もう1度食べたいな…。』

『俺は、これからも食べ続ける。あの国に訪れる度に、この料理を食べに行くんだ。』

『お前は羨ましいよ。しょっちゅうあの国に出張に行ってるもんな?』

『しょっちゅうじゃないけど、でも、これからそうなるかも。羨ましいだろ?』


 コメントには、ほぼリアルタイムで会話している2人のやり取りが確認出来た。南が、あり得ない可能性に期待と不安を覚えながら、コメントを書いた主の名前をクリックする。

 しかし残念ながらコメント主のブログには『No Image』とだけ表示され、写真は載っていなかった。だが見覚えのある名前が、アカウントの持ち主だ。


「博史…さん…?」


 南はドキドキしたまま、震える指でマウスを動かし、ブログにアップされた記事を閲覧した。内容は読まずに、顔写真があるかどうかの確認を急いだ。

 彼は無精者で、ブログの更新は数ヶ月に1回程度だった。


 結局、彼の写真は見つからなかった。

 南は戸惑った。このブログの持ち主は、本当にあの博史なのか…?

 確証はないものの、分かる範囲では、出来過ぎた話のように博史だと思える記事もある。彼が、食堂で話していた話題が書かれているのだ。そして何よりも、ブログの持ち主の出身地と国籍は、ウエスト・Jなのだ。


「……。」


 断定出来ない南だが、少しでも彼に近づけた事を喜び、勇気を出してコメントを残す事にした。


「私の事…覚えてますか??」

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