第19話/ジョンやめて!


 パソコン画面に向かい、キーボードを叩き続けて一時間になる。

 人間の集中力には限界があるのを知っている。その限度は一時間だ。個人差があっても集中力は一時間を過ぎれば切れ始める。

 なので人の持てる集中力は分散する方が得策だ。

 オレはキーボードから手を放し、一呼吸置いた。吐く息は二酸化炭素の量が倍になっているかもしれない。肺に新鮮な空気が欲しい。

「こーら社畜くん、仕事の手を止めるんじゃありません!」

 すかさず仕事ちゃんがオレの休息に文句を言い出す。

「少しぐらい休ませてくれたっていいじゃないか。煮詰まった仕事に煮詰まった結果は出ない。出るのはクソ仕様の書類だけだ。ミスを減らすためにはリフレッシュが必要だ。肩でも揉んでくれりゃぁいいんだよ」

 肩どころか眼も重い。ついでに空気も頭も重いと言っておきたい。

「じゃあ頭の中をリセットできる簡単なクイズを出そうかな」

「ほう、そいつは面白そうだな」

 考えるフリをして長い時間休めるかもしれない。

「ちなみに正解にたどり着けるまで仕事には戻っちゃダメね。休憩時間は削れるけど仕事のノルマは削れないからよろしく」

「ちょ! そんな無慈悲な‼」


――外にも聞こえるほど大きな声で「いやぁぁああああ!!! ジョンやめてぇぇえええええ!」という女性の悲鳴の後、発砲音がしました。

――部屋に警備員が行くと女性が死んでいて、傍らには血の付いた銃が落ちていました。銃に指紋はありませんでした。

――部屋にカギはかかっておらず、女性の恋人の名前はジョンでした。

――隣人の話しだと、ジョンと女性は借金とケンカが絶えず離婚寸前だったそうです。

――その日は、物が投げられたりする音や倒れる音がして、そのあと悲鳴と発砲があった。

――肝心の恋人のジョンは現場付近にはいませんでした。遠い仕事場で同時間に監視カメラに写っています。


「では、女性を殺した犯人は誰でしょう?」

 仕事ちゃんの話を聞いて、答えはすぐ予想がついた。

「以外と簡単だな。もっと難しいのが来ると思ったよ」

「へぇ、言ってくれるじゃない。今の説明だけで答えがわかったの?」

「補助の説明無しに、そのクイズを解決しようとしたら一つの予想される答えがある……だが、その前にこのクイズの犯人候補は誰かわかるか?」

 指を一本立てる。

「一人目、ジョン。でも同時刻仕事をしていてアリバイがある」

 指を二本立てる。そういや最近爪切ってないことに気付いた。

「二人目、部屋に入った警備員。一番最初に入った人物が犯人ならいくらでもアリバイが作れる。鍵はかかってなかったと嘘も言える。だが、女性は「ジョン」と名称を言ったと隣人も保証している」

 指を三本立てる。腕時計をついでに見ると13時を指していた。

「三人目、隣人。鍵のかかってない部屋だったなら殺傷後、隣に逃げ込むこともできる。私情が関わる余地もあるだろう。警備員と同じで「ジョン」ではない」

 四本目の指を立てず、手を下げる。

「さて、ここまで話して犯人候補は誰でしょう?」

 愚問だ。愚問中の愚問をオレは仕事ちゃんに返した。

「クイズを出しているのは……私の方だけど?」

「ああそうだクイズを出しているのは仕事ちゃんの方だろう。だがこちらにも質問する権利はある。質問をしよう。クイズの説明の中で、一つおかしな説明があったんだ。オレはそこについて教えてもらいたい」


 ――なぜ、銃に血が付いているんだ?


「へぇ、そこに気付いてくれたか! いい着眼点だね!」

 なぜか嬉しそうに仕事ちゃんは言った。いや、顔はニヤけている。まるでチャシェ猫がアリスと出会ったかのように、ニヤけ顔をしている。

「ああん、もう少し君の考えを教えてほしい。あとちょっとでいいからさ!」

「オーケー、では聞こう。銃ってのは飛び道具だ。ナイフや包丁のような刃物じゃない。遠くから撃てるものだ。どうしてそんな接近して撃つ必要のない物を近距離で、返り血が付くほどの距離で撃ったんだ? それとも、女性が死んだ時の血溜まりが付いたのか?」

「つまりッ! 君はッ‼ 何が言いたいんだい!?」

 オレは改めて、四本目の指を彼女に突き出した。

「このクイズの犯人、四番目の候補は死んだ彼女自身。殺害者は女性。自殺をしたというのがオレの答えだ」

 それ以外に役者がいるとしたら、最低な答えとしてジョンの双子三つ子説ぐらいしか出ない。

「ああ……いいねぇ……すごくいいねぇ!」

 彼女は両手を上にあげて、大きく丸を作った。

「大正解だよ! その通り。罪を着せる為に彼女は他殺を演出したのさ」

 仕事ちゃんは片手で銃を真似るとひたいに押し当て、バーンと疑似自殺を見せた。

「はあ、よかった。クイズ正解の景品は何かあるのか?」

「うんうん、正解にたどり着いた社畜くんには、特別プレゼントを用意しましょう!」

「ほう、そいつは期待できるな! で何が手に入るんだ?」

「それは……わ、た、し、☆」

「………………つまり?」

「仕事です☆」

「や、め、て、☆」

「ざーんねん! お仕事プラスコースでーす!」

「そんなんだったらクイズ正解したくなかったぁああああああああ!!!」

 結局、オレは仕事が増えるだけで、リラックスもリフレッシュもなにもなかったのでしたとさ……。

 世の中ってクソだな。


――Fin――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る