第8話



4月16日朝

この日休みのゆいかは、朝9時過ぎまで眠っていた。

ピンポ〜ン…

ゆ「ん〜誰だろ…休みなのに…」

ガチャ



藤代「大澤さん!」

ゆ「藤代さん!どうしたんですか⁉︎

藤代「ちょっと〜見たわよ〜これ!」

藤代の手には、茨城新聞の記事。

そう、今日は笠間カントリーの記事が掲載される日だった。

藤代「驚いたわよ〜大澤さん!しかもこれ、あなたの写真こんなに大きく載ってて〜」

記事には3枚写真があり、一枚目は河合、二枚目はゆいか、三枚目は河合とゆいかのツーショットだ。写真のサイズは3枚とも5cm四方くらいあり、かなり大きい。

ゆ「やだ〜写真大きいですね、これ笑」

藤代「新聞に載るなら事前に教えてくれればいいのに〜…あ、これ差し入れ!笠間のこしひかり食べてちょうだい!」藤代は10kgの米袋をドサッとゆいか宅に置くと、急いでどこかへ行ってしまった

ゆ「ふ、藤代さーん!」





その日、ゆいかのもとにはたくさんのラインが来た。

特に、登山サークルの3人からの反応は早く



10時すぎには、網代ほのかから

「ゆいかちゃ〜ん、何やのこれ〜⁉︎めっちゃ写真きれいで賢いこと言うてるや〜ん!ゆいかちゃん仕事でめっちゃすごいことしとるんやね!」

12時すぎには、大島えりから

「ゆいかさん、びっくりした!うちの銀行の支店で、このインテリ美人は誰だ!って話題になってるよ!また会って話しましょ〜」

そのわずか数分後、千葉しおりから

「ゆいかさんはただの人ではないって前から思ってたけど…この記事を読んで改めてそう思ったよ。自分が出るCM作っちゃうなんて凄すぎ!そのCM見たいなあ〜」



ゆ「ふふ、みんな驚いてるのね」

ゆいかは嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気持ちだ。



夜、あきらから電話が

あ「ゆいか〜あんなに大きい記事になってるじゃないか〜反響が凄いだろう?」

ゆ「うん、茨城の友達何人から驚きのラインが来てたわ」

あ「おれ、職場で思わず言いそうになっちゃったよ、この人私の友達です〜って」

ゆ「はは、友達なら言ってもいいんじゃない笑?」

あ「あまり深くきかれると困るから笑」

ゆ「そう?」



翌日、ゴルフ場に出社すると

ゆ「おはようございます」

キャディ「ゆいかちゃん、新聞見たわよ〜」

ゆ「ありがとうございます!」

受付スタッフ「大澤さん、新聞見たよ〜うちのこと語ってたねえ〜」

ゆ「ふふふ、つい力が入っちゃって」

河合「みんなおはよう!」

一同「あ、社長。おはようございます!」

河合「大澤くん、昨日の新聞のことだけど、反響が凄いねえ〜昨日お客様から私や君への電話が鳴りっぱなしで、みんな対応するのが大変だったよ」

ゆ(横にいる数人の受付スタッフを見て)「すみません、対応していただいて」

河合「いいや、そのほとんどがご予約の電話だったんだ。一時的なものとはいえ、十分効果があったんだな!君も何か反応は感じたか?」

ゆ「はい、茨城の友人からはたくさんメールがありました」

河合「そうかあ、そうだ、昨日この記事を私が何枚かコピーしたんだ。それを一つあげよう。君のご両親にお見せしたらいい、さぞ喜ばれることだろう」

ゆ「ありがとうございます!」

河合「ご両親には、またいつでもいらしてください、と伝えてくれ。頼んだよ」

ゆ「はい!」





4月20日、水戸駅前

一本すくっと立つケヤキの木が、街頭に照らされている。



石毛由美は待ち合わせ時間の30分前に着いていた。

7時前

ゆ「石毛さん」

石毛「大澤さん!わざわざ笠間からありがとうございます」

ゆ「いいんですよ、そんな頭下げなくて。さあ、行きましょう」



ゆいかと石毛は、ゆいか行きつけのイタリアンレストラン・トラットリアに向かう。

石毛「わあ、すごくお洒落なところですね」

ゆ「会社の人とも来ますし、プライベートの友達とも来るんですよ」

石毛「大澤さん、タメ口で話してください」

ゆ「あ、それじゃあいいかしら…?」

石毛「ところで、記事の反応はどうでしたか?」

ゆ「もう〜凄かった!今週末の予約は先週末の2倍だし、3ヶ月先まで満員になってるわ」

石毛「いや〜それはよかったです」

ゆ「うちのこと取材してくれて本当にありがとう!中野さんにも、そうお伝えしてね」



石毛は常総市出身で立教大学でジャーナリズムを学ぶ。在学中に米国留学を経験し卒業後、茨城新聞社に入社した。年齢はゆいかより2歳下だ。

ゆいかと石毛は、仕事のこと、趣味のこと、恋愛のことなど、多くのことを話し、会話が盛り上がった。

会がお開きになるころには、2人は下の名前で呼び合うようになっていた。



ゆ「由美ちゃん、今日は楽しかったわ。またお食事しましょうね」

石毛「ゆいかさん、ありがとうございました。今度よければドライブ行きましょう」

ゆ「いいわねえ〜」

石毛「私の故郷、常総を案内しますよ〜」

ゆ「うん、じゃあ気をつけて!またね」



時計を見ると11時半、終電まであと5分。ゆいかは改札へと急いだ。



電車へ乗り込み、携帯を見るとたけひこからラインが来ていた。

「ゆいか、今どこにいるの?おれ、内原のイオンに車停めてるから、このライン見たら連絡ちょうだい」

発信時間を見ると、午後8時ごろだ。

ゆいかはすかさず返信する。

「今水戸駅。内原で降りるわ、少しだけ待ってて」



7分後

た「ゆいか!」

ゆ「たけちゃ〜ん」

た「また飲んでたの〜?」

ゆ「うん、ビールとワインを少しね」

た「今日はこないだほどは酔ってないね」

ゆ「そこまで飲んでないから」

た「まあ、とりあえず行こう」

2人を乗せたミニクーパーは、内原駅をあとにする。



た「ゆいか、こっちは今ちょうど桜が満開なんだね」

ゆ「そうね、東京より10日くらい遅い感じかしら」

た「この辺でいちばんの桜の名所って、どこだろう?」

ゆ「桜山公園、千波湖、それくらいかな」

た「明日ちょっと行ってみるか?」

ゆ「うん!」



翌日、2人は偕楽園近くの桜山公園に来ていた。

た「わあ〜ちょうど満開だなあ〜」

ゆ「きれい〜しばらくここで見てたいわ」

桜山公園は茨城一の桜の名所だけあって、山全体が盛り上がるかのように桜の花が咲き乱れる。

た「ここ、夜桜もやってるのかなあ?」

ゆ「やってるわよ…ほらほら、あそこに夜桜ライトアップは10時までって書いてる」

た「夜桜の時間にまた来ない?」

ゆ「いいわよ。それじゃあ今から大洗にいかない?」

た「いいよ」

ゆ「ミニちゃん(ミニクーパー)私が運転してもいい?」

た「おう、存分に動かしてくれ」たけひこはゆいかにミニクーパーの鍵をわたす。



ゆ(運転席に座り)「わあー懐かしい〜ロンドンにいたころ、友達のミニちゃんよく運転させてもらってたの」

た「あそうかあ、ゆいかイギリスに留学してたんだよなあ」

ゆ「勉強なんて何一つしなかったから、留学というより遊学だけどね」

た「うまい!座布団一枚!」

ゆ「もうーたけちゃん。じゃあ行くわね」

2人を乗せたミニクーパーは国道51号を快走する。



♪君の青い車で海へ行こう、おいてきた何かを見に行こう〜



ゆいかはミニクーパーの幌を全開にし、スピッツの青い車をかける。



二人はほどなくして大洗に着いた。



春霞かかる穏やかな晴天。

浜辺にはさざなみが寄せ来て、その静かな波音が心地良い。



2人は水族館・アウトレット・タワーに立ち寄り、ゆいかの運転で海沿いの道を北へと進んでいる。



た「ゆいかの運転も慣れたもんだね」

ゆ「こっちじゃ毎日運転するから。でもいいわね、ミニちゃんのこのエンジン音。この、無理なく加速する感じ」

直線道路に差し掛かり、ゆいかはアクセルを踏み込む。メーターは時速90kmを指す。

た「おおお、ちょっとスピード出しすぎ」

ゆ「あらごめんなさい…たけちゃん、ちょっと高速乗ってもいい?」

た「いいよ」



車内のBGMをスピッツからsuperflyに変え、ミニクーパーは高速へ。



stand up monster 上空へ 道なき道を 切り開くとき〜‼︎♪



熱いビートに合わせ、ゆいかのアクセルの踏み込みも強くなり、ミニクーパーは時速130kmで疾走する。



ゆ「う〜ヒャッハー‼︎最高!」

た「ゆいか、高速だと人変わるな笑」

ゆ「高速は飛ばしてナンボよ〜さあミニちゃん行け〜‼︎」

ゆいかはハイテンションのまま、一旦笠間の自宅に戻る。



ゆ「はあ〜汗かいちゃった。車の中あったかいから」

た「本当だあ」(タオルでゆいかの汗を拭く)

ゆ「ありがと、ちょっとシャワー浴びるね」

た「ああ、浴びておいで」



十数分後、ゆいかは買ったばかりのマリンブルーのネグリジェを着て、たけひこの元に現れた。

ゆいかはピアノの前に座り

ゆ「たけちゃん、最近練習してる曲なの。聴いて」

タンタンタンタンタンタンタタタン♪

ゆいかが引き始めたのは、村下孝蔵の踊り子。

ゆ「答えを出さずに、いつまでも〜暮らせない、バス通り 裏の路地〜ゆきどまり〜の恋だ〜から〜♪」

ゆいかは弾き語りを始めた。

ゆ「駆け引きだけの愛は〜見えなくなあってゆ〜く〜♪…」



た(拍手)「ゆいか、さすが。うまい。この曲、おれのお父さんが好きなんだ。いい曲だよね」

ゆ「うふ、他にもいくつか弾いていいかしら」

戦場のメリークリスマス、時代、瞳を閉じて、アヴェマリア、そして最後にもう一度踊り子…ゆいかは5曲を弾き終えた。

あ〜っ…久しぶりの連続演奏を終え、ゆいかは恍惚の表情を浮かべる。

「踊り子、いい歌ね…」

揺れ動く乙女心を唄ったその歌詞は、今のゆいかの気持ちそのものだ。

後ろを振り返ると



「かあ〜、かあ〜」

ゆ「もう、たけちゃん、聴いてなかったのね」

たけひこはゆいかのベッドで、昼寝をしていた。



夜7時、桜山公園にて。

鮮やかにライトアップされた夜桜は、昼間の顔とは違ういささか妖艶な姿を魅せる。そう、ゆいかのような姿を。

手をつなぎ歩く、ゆいかとたけひこ。

ゆ「わあ〜きれいね〜」

た「これは見事だ」

人の出も東京ほどではなく、余裕を持って桜を楽しむことができる。

ぐるりと公園を一周したところで、2人はベンチに座る。



ゆ「たけちゃん…」ゆいかはたけひこの右肩に寄りかかる。

視線をたけひこの顔に向けると…神妙な顔つきをしている。

ゆ「どうしたのたけちゃん、思い悩んだような顔して」

た「あのさ、ゆいか」

ゆ「何?」

た「おれたち、付き合って4年になるじゃん」

ゆ「そうね…そんなになるかしら…」

た「ゆいか……おれと結婚してくれないか?」

ゆ「…たけちゃん…」



つづく

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