第6話

3月上旬

仙台・青葉山にある大きな家

ティントーン♪


家政婦(インターホン越しに)「あ、ゆいかさんですね、スミさ〜ん!」

セコムが解除になり、大きな門の右隅にある扉のロックが外れる。


玄関までゆいかが歩いて行くと、ゆいかの祖母、スミが扉を開けた。

スミ「まあ〜ゆいかちゃん!待ってたわよ〜!」

ゆ「おばあちゃん!久しぶり〜」

スミ「疲れたでしょ〜、さあ、こっちへいらっしゃい」

ゆいかはスミに手を引かれ、リビングに向かう。


湯川スミは、ゆいかの母方の祖母で年齢は今年で88になる。足腰も達者で頭もしっかりしており、生花や俳句など、趣味も多い。夫(ゆいかの祖父)は5年前に他界し、今はこのお屋敷にゆいかの伯父夫婦と同居している。

ゆいかの母方の祖父は仙台で運送会社を興し、財を成した。子どもは上に男1人、下に女1人で、その女の子、清美がゆいかの母だ。

会社の経営は現在、ゆいかの伯父夫婦が行っている。

ゆいかの伯父夫婦は仕事に忙しく、ほとんど家にはいない。伯父夫婦の子供は2人いるが、一人はドイツで就職・結婚し、もう一人は米国に留学中だ。

そのため、スミは家にいるあいだ、住み込みで働いている家政婦と過ごすことが多い。

スミはゆいかと離れて暮らしているが、優しく人懐っこいゆいかのことを、非常に可愛がっている。

ゆいかにとっても、スミは祖父母のうち唯一の存命者のため、とても大切にしている。

今回、ゆいかは笠間カントリーの姉妹ゴルフ場・グランド仙台との会合の為仙台に出張しており、その帰りにスミのもとへ立ち寄った。


ゆ「おばあちゃん、仙台はだいぶ寒いわね」

スミ「そうなのよ〜今年の冬は寒くて雪もたくさん降ったわ。だからあまりお買い物に行けなくて、おばあちゃん退屈しちゃったのよ」

ゆ「仙台も雪多かったのね」

スミ「あら、茨城も雪降ったの?」

ゆ「そうなの〜2回ドカ雪が降ったわ。おかげでゴルフ場が閉鎖になった日が多くて」

スミ「あらあら、大変ね〜」

ゆ「仙台に来る道も、けっこう雪積もってたわ」

スミ「え!ゆいかちゃん、茨城から仙台まで車で来たの⁉︎」

ゆ「うん、そのほうが面倒くさくないから」

スミ「あらあら、そしたら今日は本当にお疲れね〜。ママ・パパには車で仙台行くって言ったの〜?」

ゆ「言ってない〜一緒に住んでるわけじゃないから」

スミ「あらあら、悪い子ねえ〜」


しばしの会話を終え、2人は出かける支度をする。

ゆ(鏡を見ているスミの肩に手を置き)「おばあちゃん、ピンクのジャケット似合ってるね」

スミ「あら、ありがとう」

ゆ「これ、していかない?この前、おばあちゃんの為に作ったの、七宝焼のブローチ」

スミ「あら〜きれいね〜」

スミは左胸前に、ゆいかのブローチを付ける。

スミ「どう?」

ゆ「おばあちゃん、似合う〜」

ゆいかがスミに渡したのは、先日登山サークルの網代と作ったものだ。


ゆいかとスミの2人は、ゆいかの車で藤崎百貨店へと向かう。

スミ「あ〜、ゆいかちゃんの運転する車に乗るの、初めてだわ〜」

ゆ「おばあちゃん安心して、私安全運転だから」

スミ「ゆいかちゃんが危ない運転するわけないわよね」

ゆ「そうよ〜」


約10分で、車は藤崎に着いた。

ゆ「おばあちゃん、今日藤崎ですることは?」

スミ「ええとね、お直しをお願いしてた着物と新調したスーツの受け取り、デパ地下でお買い物。そしてお彼岸が近いからお花屋さんも行かないと」

ゆ「いちばん上の階にあるのは?」

スミ「着物売り場ね」

ゆ「じゃあ着物売り場から行きましょう」


7階、着物売り場で

スミ「こんにちは、湯川です」

店員「湯川さん、お待ちしていました」(ゆいかに視線を送る)

スミ「あ、孫です。昨日茨城から来て、お買い物手伝ってもらってるの」

ゆ「いつも祖母がお世話になってます」

店員「いえいえ、湯川さんには長年ご贔屓にしていただいて…すごくお綺麗なお孫さんですね」

スミ「うふふ」


その後、スーツの受け取り、デパ地下・花屋での買い物を済ませ、駐車場へと歩いている。

スミ「ゆいかちゃん助かるわ〜、みんな持ってもらっちゃって〜」

ゆ「なんてことないわよ〜これくらい。毎日仕事でゴルフクラブ担いでるから」

スミ「ありがとう〜」

ゆ「ところでおばあちゃん、今は藤崎の外商の人来てないの?」

スミ「おじいちゃんが亡くなるまでは来てもらってたけど、今は私から買い物に行くようにしてるわ。その方がたくさん歩いて、健康にもいいから」

ゆ「誰と行くの?」

スミ「1人でも行くし、習い事のお友達や、会社の人とも行くことがあるわ」

ゆ「その会社の人って、男の人?」

スミ「うん…そう♡」

ゆ「やるじゃんおばあちゃん」

スミ「30代のけっこうかっこいい人だから、嬉しいわよね」

ゆ「おばあちゃん、若〜い」

スミ「ウフフ」


2人は荷物を車に降ろしたあと、広瀬通りにあるスミ行きつけの洋食店で昼食をとる。


時計の針は2時を指していた。

ゆ「おばあちゃん。まだ時間があるわ。どこか行きたいところある?」

スミ「そうねえ〜久しぶりに海が見たいわね」

ゆ「それじゃあ、松島行こうか?」

スミ「いいわね、行きましょう」


ゆいかは車を走らせる。


スミ「ゆいかちゃん、彼とは順調なの?」

ゆ「うん、すごくうまく行ってるわ。こないだも千葉から茨城まで来てくれたの」

スミ「こないだお写真見せてもらったけど、すごくかっこいい人じゃない」

ゆ「へへ、ありがとう」

スミ「ゆいかちゃん、今年でいくつ?」

ゆ「もうすぐ28よ」

スミ「結婚も考える歳ね」

ゆ「そうねえ〜」

スミ「ゆいかちゃん、早く結婚してー、私生きてるあいだにあなたの花嫁姿見たいわ〜」

ゆ「おばあちゃん、まだまだ大丈夫よ〜。私の結婚があと10年先でも元気だろうから」

スミ「やめて〜ゆいかちゃん」

ゆ「そういえば、美代お姉ちゃん(ゆいかの従姉妹)の結婚式どうだった?おばあちゃんもドイツまで行って参加したんでしょ?」

スミ「うん、ミュンヘンまで行ったわ。会場はいい教会だったけど、向こうの結婚式って質素なのね。披露宴が無くて、結婚式後、近くの食堂で親族同士お食事して終わりだったの」

ゆ「へえ〜、でもおばあちゃん英語話せるから、美代姉ちゃんの親族の人たちとも話盛り上がったでしょう?」

スミ「少しね。泰介と秀美さんはドイツ語も話せるから、何かたくさん話してたわよ」

ゆ「へええ〜!おじさんとおばさん、ドイツ語話せるんだあ」

スミ「美代ちゃんがトビアス君と付き合い始めてから、一生懸命勉強し始めたのよ。あの2人、頭がいいから吸収力あるのよね〜」

ゆ「すごーい、でも、うちのお母さんもいろいろ勉強してるから、おじさんに似てるのかな?」


ゆいかはスミの手をとり、松島海岸を散策する。喫茶店でケーキを食べ、青葉山のスミ宅へ車で戻る。


久々の外出で疲れたのか、スミは助手席でスヤスヤと寝ている。

「ゆいかちゃん、早く結婚してー」

スミのこの言葉が、ずしんとゆいかにのしかかる。

大好きなおばあちゃんが、ゆいかの結婚を望んでいる中、ゆいかは既婚者のあきらと不倫関係に溺れている。このことをもしスミが知ったら、どれほど落胆するだろうか……。明日にでも、たけひこに求婚をしよう…。

……いやいや、あきらとの関係も終わりにはできない。たけひこには無い大人らしさ、包容力、それが無ければ、ゆいかは精神バランスを保つことができない。

ゆいかはハンドルを握りながら、一人、苦悩の表情を浮かべる。それと同時に目頭が熱くなってきた。


車が仙台市街に入ったところで、スミが目を覚ました。

横を見ると、ゆいかの頬に一筋の涙が!


スミ「…ゆいかちゃん!どうしたの⁉︎なんで泣いてるの⁉︎」

ゆ「あ、ごめん…ちょっとコンタクトが合わないみたいで…家着いたら、すぐにとるね…」

スミ「ああ、おばあちゃんびっくりしたわよ〜」

ゆ「心配かけてごめん」


この日、ゆいかはスミ宅に宿泊する。

伯父夫婦は山形に泊まりで出かけており、今夜はゆいかとスミの2人で過ごす。


午後9時半、風呂から出てきたゆいか

ゆ「おばあちゃん…明日朝早いからもう寝るね…」

スミ「あらそう、じゃあ私も寝ようかしら」

ゆ「一緒に上に行こう」

2階に行くと、たくさんの扉が。

スミ宅はとにかく広く、2階だけでも部屋が8つもある。

ゆ「おばあちゃん…私の部屋どれだっけ…?」

スミ「ああっ、ゆいかちゃんの部屋はここ。この黄色い木目の扉のところよ」

ゆ「あ、ありがとう。それじゃあおやすみ〜」

スミ「おやすみ」

ギイイイイ〜バタン。お屋敷の扉は分厚く、開け閉めの音にも重厚感がある。


ゆいかは壁にかかった姿鏡を見る。

ゆ「メガネに寝巻姿、そんなにいいかなあ〜」

ゆいかは今日、たけひこが興奮した日と同じメガネ・ネグリジェを身につけている。正直言って、ゆいかはこの姿に自信が無い

ゆ「あきらさんと今度会うとき、この格好してみようかなあ〜」


ゆいかはメガネをはずし、ベッドに横になった。スマホでたけひことあきらの写真を交互に見る。

ゆ「たけちゃん、あきらさん、たけちゃん、あきらさん。ウフフ、どっちとも好き」ゆいかの小声が弾む。

先ほどの涙で、苦悩する気持ちは一旦流れたようだ。ただ、明日も爽やかな気持ちのままでいられるだろうか?

いいや、明日のことは明日、笑顔でいられるなら笑顔、涙を流すなら流す。明日の自分に任せよう。


ゆいかは電気を消し、眠りについた。


つづく

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