第4話


1月12日、夜11時

遅めの年始休暇を取っているゆいかは、大井町の実家にいた。

ゆいかの兄・秀明もちょうど帰省しており、久しぶりの一家団らんの時を過ごす。

4人の共通の趣味、ゴルフの話題でちょうど盛り上がっている。

兄「へえ~ゆいか、茨城に行ってからだいぶゴルフがうまくなったんだなあ」

ゆ「そう、毎日ゴルフ場にいて時間があるときは2、3ホールぐらい練習してるから」

父「学生の頃は100切りなんて夢のまた夢、って感じだったけどなあ…スコアカードみたら10、11、8…みたいな感じだったもんなあ」

ゆ「お父さんいっつもその話するんだからあ~」

一同「はははははは」

ゆ「あ…じゃあ私、そろそろ寝るね。明日出かけるから。おやすみなさい」

父母「ああ、おやすみ」


ゆいかは2階にある自室に行き、あきらへ電話をかける。

ゆいかからあきらに電話をかけるのは珍しいが、どうしても確認し、伝えたいことがあったからだ。


あ「もしもし、ゆいか?」

ゆ「ごめんなさい夜遅く」

あ「大丈夫だよ…どうしたの?」

ゆ「あなたの声が聴きたくて…」

あ「はは、嬉しいな。そんなこと言ってくれるの、君だけだよ」

二人はしばし、他愛のない会話を続ける。


そして、ゆいかは切り出す。

ゆ「ところであきらさん…岩永さゆりさんって人知ってる?」

あ「………」

電話の向こうのあきらは押し黙った。


数分の沈黙を経て…

あ「おれの初恋の人だ…どうして君が知っているの?」

ゆ「会社の先輩で、前、私がいた部署で一緒だったの。あなたが前話してくれた初恋の人と経歴があまりにも似てたから、もしかして、と思って…」

あ「…そうなのかあ。今は元気にしているかい?」

ゆいかは、ぐっと唇を噛み締める。そして、おもむろに語る。


ゆ「……去年、白血病で亡くなったの」


ガタン!ゆいかの電話口から、あきらのスマホが落ちる音が聞こえた。

そして、あきらの嗚咽が聞こえる。

ゆ「あきらさん…電話切るわね」

ゆいかはそう言い残し、電話を切った。


翌日

昼11時頃、ゆいかは出かける支度をしている。

黒のコート・ジャケットにグレーのパンツ、黒のパンプスに黒の手提げカバンと、いつになく地味な格好に身を包む。

そして、向かった先は…

東京・港区にある墓地。

ゆいかは菊の花束と線香を持ち、ゆっくりとした足取りで墓地内を歩く。

そして、墓地の隅にある墓の前で立ち止まる。

「岩永家之墓」横型の大きな墓には、力強い書体で刻まれている。

「岩永さん…お久しぶりです…」

ゆいかはそう呟くと、目に涙を浮かべる。

岩永さゆりは、ゆいかより6歳上で、前に所属していた部署の先輩だ。カナダ・トロント生まれの帰国子女で、身長170cm以上の抜群のスタイルを持つ才色兼備の女性だった。ゆいかは岩永に憧れていて、仕事・話し方・所作を真似ていた。

そんな、誰もが憧れ慕う岩永だったが、おととし夏に白血病を発症し、懸命の治療を続けていたが、昨年9月に33歳の若さでこの世を去った。

M社で岩永を知るものは皆、悲嘆に暮れた。ゆいかもそのうちの一人だ。

ゆいかが岩永の墓を訪れるのは、彼女の葬儀があった昨年9月以来だ。

岩永の墓に水をかけ丁寧に磨く。花瓶に菊花を挿し、線香に火をつける。

そして、1分間にも及ぶ長い合掌。

岩永の無念さを思うと、涙がとめどなく溢れてくる。

ゆ「ねえどうして神様、なんで岩永さんを連れてっちゃうの…」涙声でつぶやく。


そこへひとりの女性が

「あの…大澤さん?」

ゆ「あ、お母様…」

ゆいかに話しかけたのは、岩永さゆりの母、智子だ。

ゆいかと智子はさゆりが亡くなって以来、度々連絡をとっていた。

ゆ「遅めの年始休暇をもらったので、さゆりさんにご挨拶にお伺いしました」

智子「ありがとうございます。きっとさゆりも喜んでいることでしょう…

私はまだ、さゆりが亡くなった現実を受け入れられず、こうしてお墓に毎日来ているんです。ここに来るとさゆりに会えるような気がして…」智子は涙ぐむ。

ゆ「お母様…さぞ、お辛いことでしょう」

しばしの沈黙ののち…

ゆ「私にできることといえば、お話をお聞きすることぐらいですが…それでよければ、また連絡下さい」

智子「…ありがとうございます、大澤さん」

ゆいかは智子に一礼し、墓を去った。


「それにしても、あきらさんと岩永さんが昔付き合ってたなんて、驚きよね」

ゆいかは、そうつぶやく。


その夜、ゆいかとあきらは再び電話で話す。

あ「ゆいか、きのうは伝えてくれてありがとう。君もおれに言うの辛かっただろう」

ゆ「ううん…」

あ「今度一緒に、さゆりの墓参りに行こうか?」

ゆ「うん、そうね。岩永さんもきっと喜ぶと思うわ」

あ「ゆいか、念のため言うけど…」

ゆ「なに?」

あ「今好きなのは、ゆいか、君だよ」

ゆ「…ありがとう、あきらさん」

あ「今日は短いけれど、これで切るね。おやすみなさい」

ゆ「うん、おやすみ」


ゆいかはあきらの言葉の端々に、岩永への愛情を感じていた。ただ、それでも「今好きなのは、ゆいか」そう伝えてくれたあきらの温かさに嬉しさを感じた。



それから3日後

水戸駅前のイタリアンレストランにて

一同「かんぱ〜い!」

ゆ「久しぶりねえーみんな」

千葉「4人集まるのは、夏に男体山に登った以来よね〜」

大島「そんなになるかなあ〜?」

網代「それぞれではたまに会うてたけどなあ〜」


今日の集まりは、ゆいかが入っている登山の社会人サークルで知り合った4人の女子会だ。網代ほのかは、ゆいかより5歳上で水戸駅前の英会話教室の受け付けをしている。大島えり・千葉しおりはゆいかより2歳下で、常陽銀行の行員だ。網代は出身は京都で、昨年春に水戸にやってきた。大島・千葉は水戸生まれ水戸育ち、出身大学も茨城大学の、根っからの茨城人だ。

皆、年齢はバラバラだが、趣味で集まった仲間の為、さん・ちゃん付けはするものの、会話は終始タメ口だ。


網代(以下ほ)「正月にうちな、筑波山行って初日の出見てん」

ゆ「えー、どんな感じだった?」

ほ「めっちゃ人いてはったわあー、頂上には展望台があんねんけどな、人の鈴なりになってて、前に歩くんもしんどかったわあ〜」

大島(以下え)「筑波山の初日の出ってそんなに混んでるのね〜」

ほ「みんな最後に山行ったんいつー?」

ゆ「登山じゃないけど、私、しおりちゃんと先月、猪苗代にスノボ行ってきたの」

千葉(以下し)「今年雪多くて、12月でもパウダースノーだったよねー」


時間が過ぎるにつれ、趣味の話から恋バナに…

え「ほのかさん、中山さんとは…」

ほ「ああー、なんやかんや言うて順調よ。筑波山行ったんもかずくんとやし」

中山かずしは、網代の彼氏だ。4人がいる登山サークルのメンバーで、網代より3歳年下だ。

し「ほのかさんと中山さん、本当にお似合いだと思う。早く結婚しちゃえばいいのに〜笑」

ほ「自分、えらい簡単に言うなあ〜笑まあうちも今年で33やし、本気で考えてるけどな。ところで、えりちゃん、しおりちゃんの常陽コンビはどうなん?恋人いてるん?」

え「私は…何も…今募集中でー」

ほ「あ、そうなん?ほな、紹介したろかー?」

え「えー、ほのかさんどんな人?」

ほ「うちの英会話教室、独身男性めっちゃいてはるでー、20代から40代まで。それに外人の先生にも1人もんのいてはんねんで」

え「えー、先生めっちゃ気になるー‼︎何人?年は〜?」

ゆ「えりちゃん、食いつきすぎ〜笑」

ほ(スマホの写真を見せながら)「ほら、この人。アメリカ人で名前はマシュー、歳は今年で30やで。この間彼女と別れた言うて、えらい落ち込んどったなあ〜」

え「ほのかさん…めっちゃタイプー、私、英会話始める!笑」

し「まあ、なんて不純な動機」

ほ「せやけど、そういう動機で英会話始める人もけっこういてはんねんで。外人のねーちゃんナンパしたいー、とか、この前知り合うた外人イケメンと英語で会話したいーとか笑 3月まで入会金無料やから、えりちゃん、マジで考えてな!」

え「うん!」

ゆ「しおりちゃんは…あれから、どうだった?」

ほ「あれからって…ゆいかちゃん、何?」

え「えー、あたしも知らな〜い」

し「もう〜ゆいかさん私に話振らないでよ〜」

ほ「話振られたら話すんが、この会のルールやで、しおりちゃん!」

し「私…内原支店に移ってから好きな人がいて…5歳上の人なんだけど、クリスマスについに告白したの」

ゆ「んで、で⁉︎」

し「…言ってくれたの、YESって‼︎」

ゆほえ「きゃー!やったじゃん、しおり」

し「ウフフ」


え「さあて…真打の時間がやってまいりました。モテ女、大澤ゆいかさんの」

し「お話の時間です」

ゆ「…んもう…こないだ話さなきゃよかったわ笑」

ゆいかは前回網代・大島・千葉と集まり飲んだとき、酔いに任せてあきらとたけひことの関係をポロっと言ってしまったのだ。その話に女子3人は食いつかないわけはなく…


ほ「今の気持ちはどっちなん?水戸?松戸?」(水戸はあきら、松戸はたけひこのこと)

ゆ「正直、揺れ動いてるわ。動いてもしょうがないんだけどね、水戸は既婚者だし…。でも、本当にどっちもすきで…」

え「ゆいかさんってきれいなだけじゃなくて」

し「性格も完璧だから」

え・し「もてちゃうのかしらねえ〜フフフ!」


夜9時半、一次会はお開きになり、ゆいかは網代と2人、駅近くのバーで飲んでいた。

ほ「うちには少しだけわかるで、ゆいかちゃんの揺れ動く気持ち…」

ゆ「本当に今、自分がわからなくなっちゃって…水戸も松戸も好きなんて、2人に失礼極まりないし、自分勝手よね」

ほ「ううん、そんなことない。ゆいかちゃんは、ほんっまに純粋なだけや。だからこそ、本気で2人を好きになり、心の中で深く悩んどるんと違う?」

ゆ(うっすら涙を浮かべ)「ほのかさん!」

ゆいかは網代の腿に顔を押し込み、すすり泣いている。

ほ「泣いて、悩んでええんやで。すぐに結論を出す必要は無い。納得するまで、悩んだらええねん」

ゆ「ほのかさん〜…」

ほ「常陽コンビがゆいかちゃんを茶化すのは、まだ2人が自分みたいな大人になってへんからや、自分は大人の階段をちょうど登っとる途中なんや」

ゆ「あの2人のこと、嫌いなわけじゃないの。すごくいい子たちよ」

ほ「自分、ほんま性格ええなあ〜、うち尊敬するで…」


外は雪がちらつき始めている。

水戸駅前、網代との別れ際…

ほ「ゆいかちゃん、あんまり悩まんでな。また会おう」

ゆ「ほのかさん、話聴いてくれてありがとう〜〜」

ほ「ほな、また」

ゆ「バイバ〜イ!」


いつにも増してたくさん飲んだゆいか。

おぼつかない足取りで、改札へ向かい歩く。


すると…

「ゆいか!」背後から彼女を呼ぶ声が

驚いて振り返ると…なんとそこには、たけひこがいるではないか⁉︎


ゆ「た、たけちゃん⁉︎ どうしてここに…」


つづく

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