第3話

ロマンスはゴルフから 第3話


ブーーン。 あきらの携帯が鳴る。

ゆいかからのラインだ。

「あきらさん、風邪ひいて熱があるの。もし来られるようだったら来られない?」

今日は3連休最初の土曜日。あきらは出かける支度をした。

あきら(以下あ)「さよ、ちょっと出かけてくる」

さよ「どこ行ってくるの?」

あ「タイヤ交換してくる、来週お客さんとの会合で、郡山まで行かないといけないから」

さよ「うん、いってらっしゃい」


1月上旬、時間は午前11時。

水戸市内は快晴だが気温は低く、からっ風も吹きすさび、時折小雪が舞う。

こんな天気が年末年始からずっと続いている。

ゆいかは2日前まで7日連勤だと言っていたから、この寒さで体力を奪われ、風邪をひいてしまったのだろう。


車を走らせてすぐ、あきらは近くのドラッグストアに入り、ゆいかに電話をかけた。


プルルルル、プルルルル…

ゆいかは電話に出ない。

すると、すぐにラインの返信が。

「ごめん、声が出なくて。どうしたの?」

あきらは返信する。

あ「今水戸のドラッグストアなんだけど、何か買うものある?」

ゆ「冷えピタ買ってきてくれる?」

あ「わかった。もう少し待っててね」


30分後、笠間のゆいか宅

「…ゴホゴホゴホ」ゆいかは立つのもままならないようで、玄関まで登山用の杖をついて出てきた。

あ「ゆいか、無理するな。寝てて」

あきらはゆいかをおぶい、ベッドに寝かせる。

小さいゆいかの顔は、マスクとメガネで半分以上隠れているが、顔色は青白く、体調が最悪なのがよくわかる。

そして、ひっきりなしに咳が出て、すらっとした体を震わせる。

ゆいかはリビングにある新品のマスクを手に取り、あきらにそれを付けるよう促す。

あ「ああ」

あきらはゆいかから渡されたマスクをつけ、買ってきた冷えピタをゆいかの額に貼る。

あ「すごい熱だな…、熱計った?」

ゆ(頷き、あきらの手の平に「39℃」と書く)

あ「そんなに⁉︎それじゃあ、食欲も無い?」

ゆ(腕でバツ印を作る)

あ「そしたら、しばらく寝てたほうがいいな」

ゆ(こくりと頷く)

あ「苦しいだろうから、マスク外すよ。あと、メガネもね」

マスクとメガネを外すと、青白い頬、紫色の唇、充血した白目が現れる。いつも元気一杯なゆいかの、こんなに顔色が悪い姿を見るのは初めてだ。

「こんなゆいかも、艶っぽくて美人だな」あきらは不覚にも、そう感じてしまった。

あきらはゆいかの咳を和らげようと、パジャマの上着を脱がせ、喉元に咳止めの軟膏を塗った。


3時間後…ゆいかが目を覚ました。

あ「ゆいか…起きたか?」

ゆ(頷き、マスクが入った箱を指差す)

あ「ああ、はい」

ゆ(私にマスクをかけて、と身振り手振りであらわす)

あ「もう〜、甘えん坊だなあ〜」

あきらはやさしく、ゆいかの顔にマスクをつけると、ゆいかの目が笑った。

あ「メガネは?」

ゆ(首を横に振る)

あ「じゃあ、ここ置いとくね」メガネをこたつの上に置く。

あきらが頭をなで、マスク越しに軽くキスをすると、さらに目を細めて笑っている。

あ「咳、少し治まったね」

ゆ「あきら…コホコホ」あきらが薬を塗ってくれたから、と言いたいが、声が出ない。

あ「ああ、無理して喋らなくていいから…お粥でも食べるか?」

そう言うとゆいかは少し考え、持っているスマホにこう書いた。

「キッチンにあるコーンスープ飲みたい」

あ「ああ、コーンスープ。ちょっと待っててね」

あきらはコーンスープをお湯で溶かし、ゆいかに渡す。

あ「はい、お待たせ」

ゆいかはカップに入ったコーンスープを指差し、飲ませて、と身振りであらわす。

あ「えっ⁉︎ ほんっとに甘えん坊さんだなあ、まあひどい風邪ひいてるからしかたないな。んじゃ、マスク下ろして…えっ、おれがするの?しょうがないなあ〜」

あきらははゆっくりと、ゆいかのマスクを下ろす。その唇はプルルとふるえ、嬉しそうだ。

あ「フーフーフー、はい、あ〜ん」

ゆいかは口を小さく開け、スープを飲む。少し熱かったのか、一瞬表情が曇ったが、すぐに笑顔に戻った。

あ「おいしい?」

ゆ(軽く頷く)

こんなやりとりを10回以上繰り返し、ゆいかはゆっくりコーンスープを飲み干した。

そして、再び眠りにつく。


しばらくして

あ「ん…ああ、おれも寝てたか…」

気づいたら、あきらもゆいかのベッドの下で、うたた寝をしていた。

ゆいかはベッドで寝息を立てて寝ている。

あ「マスク、つけっぱなしじゃないか…」

あきらはゆいかのマスクを下にずらす。

それと同時に、ゆいかも目を覚ました。

あ「ああごめん、起こしちゃったか」

ゆいかは、ん〜、と体を伸ばし、マスクを口元まで戻す。

そして枕元のスマホを手に取り、こう書いてあきらに見せる(以下のゆいかの会話すべて)

「もう5時、奥さんに怪しまれない?」

あ「あ、ああ…そろそろ帰らないとな」

ゆ「今日なんて言い訳して家出てきたの?」

あ「タイヤ交換してくる、って」

ゆ「長いタイヤ交換ね笑」

あ「フフ、そうだな」

ゆ「あきらさん、来てくれてありがとう。少し熱下がったみたい」

あ(ゆいかの額に手を触れ)「そうだな…ちょっと測ってみるか」

ピピピピッ…37.6℃

あ「下がってきたな…まだふらふらする?」

ゆ(首を横に振る)

あ「食欲はある?」

ゆ(右手の親指と人さし指で、「少し」のジェスチャーをする)

あ「お粥作っていこうか?」

ゆ(笑顔で頷く)


20分後

あ「ゆいか、お粥できたよ。少し食べてく?」

ゆ(小声で)「あとで」

あ「そうかあ、じゃあコンロに置いておくね。

あきらはお粥の入った鍋をコンロに戻し、帰り支度を始める。


あ「早く喉良くなるといいね」

ゆ(マスクの唇あたりを指差し、キスをせがむ)

あ「ハハハ」

2人はマスク越しに、1分間の熱いキスを交わす。


あ「じゃあな、ゆいか」

ゆ(マスクをずらし、小声で)「またね」

バタン


コホッコホッ


ゆいかの咳の音が誰もいないアパートの一室に響く。

「あきらさんがいないと、また悪くなっちゃう気がする…」幼子のような甘えたことを思いながら、再びゆいかはベッドの中に身を滑り込ませる。


夕方5時半すぎ、正月明けの日暮れは早く、辺りは一面の闇に包まれていた。


あ「さあて、さよに何て言い訳するかな…」

家への帰路、妻への弁明を考えながら、あきらは青のBMを走らせる。


翌日

ガチャッ

仕事を終えたゆいかが帰宅する。

あきらの看病のおかげか、彼女の体調は回復し、普段通り仕事に出かけられるようになった。

「こほっこほっ」

とはいうもののまだ病み上がり、時折咳が出るゆいかは、マスクを一日中つけており、自宅でもはずさずにいた。

部屋着に着替え、一人静かにアメイジンググレイスをピアノで弾く。

幼少の頃からゆいかはピアノを習っており、その腕前は確かなもので、中学の頃品川区のコンクールで金賞を受賞したことがあるほどだ。

ゆいかにとってピアノはゴルフと同じくらい大切にしている趣味だ。今は習いはしないものの、実家から持ってきたピアノをこうして毎日、少しの時間弾いている。ゆいかにとって心休まる時間だ。


夢中になり旋律を奏でる彼女の姿

それは殊に麗しく、顔を半分マスクに覆われていることで、神秘さも感じられる。


ゆいかは2ヶ月前、あきらから聞いた初恋の話を、不意に思い出した。

そして、小声でつぶやく。

「あの人に、似てるかも…」



つづく

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