第2話
プアーン、カタタンカタタン
ゆいかの乗った特急ときわは、軽快な走行音を立てながら田園地帯を駆け抜ける。
ゆいかはコーヒーを飲みながら、愛読する村上龍の短編集を紐解いている。
「まもなく柏〜柏〜、東武野田線はお乗り換えです」
ふと車窓に目をやると、柏そごうのクリスマスツリーを模したイルミネーションが目に入る。
ゆ「もう年末…今年もあと1週間で終わりね」
思い返せば、今年はゆいかにとって色々あった1年だった。4月に笠間に引っ越し、ゴルフ場勤務というこれまでに経験の無い新しい仕事を行なっている。それと同時に、あきらとの仲が深まる今日この頃…
ゆ「たけちゃんとあきらさん、どっちが本当に好きなんだろう…」
今週末のゆいかの上京は、恋人のたけひこと会うためだ。今日はこれからゆいかの両親を交え、4人で食事をする。
たけひことの交際は3年に及び、互いの両親にもたびたび会うほど、関係は進んでいる。それだからこそ、ゆいかの胸中は複雑だ。
ゆいかの携帯に、父からのラインが入る
「ゆいかすまん、今日の食事スタートを1時間遅らせてもらえないか?午後の診察が長引いてしまって」
ゆ「あら、お父さん珍しいわね。いつも時間通りに病院閉めるのに」
ゆいかの父は東京・大井町で開業医を営んでいる。ゆいかの祖父の代から50年以上続く医院で、地元での評判はすごく高い。ゆいかの母はそこで看護師として働いている。
ゆいかは両親の到着が遅れる旨を、たけひこにラインした。
すると、たけひこからすぐに返信が
「ああー、よかった!おれも20分くらい遅れそう」
ゆ「もう、たけちゃんはいつもの通りね」
気が付けば列車は、終点品川駅の目の前まで来ていた。
5時半ごろ、天王洲アイル駅
たけひこ(以下た)「ゆいか!」
ゆ「たけちゃん!」
た「ごめんごめん、待った?」
ゆ「運が良かったわよ、お父さん達が遅れてて〜本当に〜」
た「ごめん、何着て行くかなかなか決められなくて」
ゆ「もう〜相変わらずね。でも、迷った甲斐あってセンスいいわよ」
た「ありがとう、ゆいかも白いコート似合ってるよ」
ゆ「あら、ありがと」
身長183cmのたけひこは、俳優の福士蒼汰に似た長身イケメンで、ゆいかとはとてもお似合いだ。歳はゆいかのほうが1歳上で、そのせいか、いつも2人で会うときは、ゆいかがリードする。
たけひこの無邪気で素直なところがゆいかは好きだが、時間にルーズで言いたいことを包み隠さず何でも言ってしまうところがある。
6時すぎ…
ゆいか父(以下父)「お、いたいた。おーい、ゆいか!」
ゆ「あ、お父さん、お母さん!」
た「お久しぶりです」
ゆいか母(以下母)「遅れてごめんなさい、さあ行きましょう」
4人は駅に隣接する、ホテルカナリーのフレンチレストラン、ル・キュイジーヌに入る。
母「2人とも元気そうね〜ゆいか、茨城は相変わらず楽しい?」
ゆ「うん、みんないい人で楽しく仕事してる」
父「笠間カントリーで2回ゴルフさせてもらったけど、あそこの社長さん、すごくキリッとしたいい紳士だよなあ」
母「鹿賀丈史に似てるわよね」
ゆ「あー、言われてみれば。毎日一緒にいるからわからなかったけど」
た「かが、たけし…?」
ゆ「えー、たけちゃん鹿賀丈史知らないの?ほら、料理の鉄人とかタイムショックの司会してた人」
た「え、ごめん、ちょっとわからないや、でも笠間カントリーの社長確かにかっこいいよね」
父「ハハハ、さあ、たけひこくん、ゆいか、どのコースでもいいから選んでくれ」
ゆ「じゃあ私は本日のおすすめセットで」
た「僕は…地中海セットで」
父「清美は?」
母「そうねえ〜……私はリヨンセットで」
父(手を挙げ、ウェイターに合図をする)
ウェイター「お決まりでございましょうか?」
父「はい。地中海セット一つ、それとリヨンセット一つ、そして本日のおすすめセット二つで」
ウェイター「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」
父「今日ソムリエの木村さんいらっしゃいますか」
ウェイター「はい、おります。お呼びいたしましょうか?」
父「お願いします」
程なくして
木村「大澤様、ご指名いただきありがとうございます」
父「お久しぶりです、木村さん」
木村「いつもご来店いただきありがとうございます。先ほど皆様がご注文されたメニューをきいてまいりました」
父「皆バラバラのメニューなんですが…おすすめの赤と白を一本ずつ」
木村「かしこまりました。それでは、こちらはいかがでしょうか?」
木村はボルドーの赤ワインと、白のモーゼルワインを取り出した。
木村「こちらは2005年産、ボルドー・シャトーモワゼのピノノワールです。一見ピノノワールとは思えないほどのしっかりとした味わいが特徴で、ブラックベリーのアロマが効いています。ご注文いただいたメニューの中だと、仔牛のフォアグラ添え南仏風、ムール貝・カキのニーズ風煮込み等によく合います。
白ですが、モーゼルワインの中でも辛口にあたるもので、すっきりした味わいが特徴です。魚料理だけでなく、肉料理にも幅広く合わせられるワインです」
父「うん…では、この2本をいただきます」
木村「ありがとうございます。少々お待ちください」
た「…お父さん、僕ソムリエさんのいるレストランは初めてですよ」
父「うちもたまにしかここには来ないけどね。今日はクリスマスだから。 木村さんはここが開店して以来ずっといるソムリエさんで、勧めるワインは必ず美味しいから、いつも選んでもらっているんだよ」
母「この人はね、ワイン大好きで、わざわざ貸し倉庫借りてそこにワイン保管してるのよ」
た「本当ですか⁉︎ 今コレクションはどれくらいなんですか?」
父「そうだなあ〜60本くらいかなあ〜」
た「ええ〜っっ⁉︎そんなに」
ゆ「お父さん、いっそのことワインセラーうちに作っちゃえばいいのに〜」
父「ゆいか〜うちにはそんな場所も…」
母「お金もありません!」
父「……ずいぶんキッパリ言うなあ〜笑」
大澤家は2代続く医者一家(ゆいかの兄も医者、現在市川の病院で勤務)で、資産も相応額あるが、家計を預かる母・清美は非常に手堅く、子供の教育費・ゴルフ以外の出費には厳しい。
た「お父さん、もし貸し倉庫が手狭であれば、弊社にご用命を…」
父「ハハハ、たけひこくんもなかなか商売上手だな」
そんな和やかな会話を交わしながら、約3時間、大澤一家とたけひことの食事会はゆっくりと進んだ。
父「じゃあな君たち、気をつけて帰るんだぞ」
た「お父さんお母さん、今日は本当にありがとうございました」
母「またいつでも大井町へいらっしゃい」
この日、ゆいかはホテルカナリーにたけひこと宿泊する。
2人は、ホテルにはすぐ入らず、この界隈をそぞろ歩いていた。
ゆ「ふう〜だいぶ飲んだわ〜ちょっと夜風に吹かれて体を冷まさないと」
た「あんなに飲んだのに、ゆいかは全然変わらないよなあ〜」
ゆ「さすがにワイン1本半は、けっこう体にくるわ〜でもね、私ワイン大好きで飲み始めたら止まらないの〜」
ゆいかは日本酒だけでなく、ワインもいける口だが、たけひこは下戸で、お酒がほとんど飲めない。
30分ほど歩き、ゆいかの酔いも醒めてきた。
た「ゆいか、年末年始は仕事?」
ゆ「うん…12月29日から1月4日まで7連勤。その代わり1月10日から17日まで休みだわ」
た「それは大変だね…年末年始ってけっこう人来るの?」
ゆ「まだ私いたことないからわからないけど…社長が言うには、書き入れ時みたいよ」
た「そうなんだあ…
ところでさ、ゆいかのお父さんお母さん、おれたちに早く結婚してほしいのかなあ?」
ゆ「それはどうかしら?私には直接は何も言わないわ。お母さんはたまに、たけひこくん、イケメンでいい人ねって言うけど」
た「ははは…おれの両親は、けっこううるさいんだ。早くしろー、ゆいかちゃんみたいないい人はいないからーって、会うたんびに言われるよ。そして、おれ自身も、できるだけ早くしたいと思ってる。ゆいかの気持ちはどうかな?」
ゆ「わたしは…正直、もう少し先でいいかな…」
た「そうかあ…」たけひこの表情が、少し曇った。
ゆ「…誤解しないで、たけちゃんのことがどうこうって訳じゃないのよ。ただ、今仕事が面白いし、独身の時間をもうしばらく楽しみたい、そういう気持ちなのよ」
た「うん、その気持ちはわかるよ。
まあ、また時間をおいて話そう、結婚のことは」
ゆ「そうね」
深夜12時、ホテルカナリーの一室で
たけひこの長身にゆいかが包まれるようにして抱かれる。
ゆいかのしなやかな体躯を右へ左へ、たけひこの長い指がなぞり、その指が動くたび、ゆいかは感じて声をあげる。
ゆ「あ、ああっ…」
頭から肩、腕から手指、ところどころにキスを重ね、胸へ
ゆ「あ〜っ、あん、う〜んっ」
た「ゆいか…君は美しい…」
ゆ「たけちゃん…」ゆいかはたけひこの口元を人差し指と中指でそっとなぞる。
ゆいかの指がたけひこから離れると、たけひこは顔をゆいかに近づけ、二人の唇が重なる。
接吻は熱く、たおやかに、数分にわたり続く…。
長い長い前戯を経て、二人の興奮は最高潮に達した。
そして…
ゆ「あ…あん、たけちゃ、あ、ああん、あん、うん、気持ちいい〜‼︎」
ワインから醒めたゆいかは再び、愛欲という美酒に酔いしれる。たけひこもその酒だけは、ゆいかと同じペースで嗜めるようだ。
濃密な
翌日夕方、茨城に帰る特急の中で、ゆいかは物思いにふけていた。
「たけちゃん、早く結婚してほしいんだなあ。たけちゃんのこと、私大好きだし、夜もうまい人だから何も文句無いけれど…あきらさんの包容力あふれる安心感も、今の私には必要なのよね。あーバカバカ、あきらさんは既婚者よ、私何考えてるのかしら……でも、私好きよ、あきらさんもたけちゃんも」
右へ左へ揺れ動く乙女心、まるでそれをあらわすかのように、列車は小刻みに揺れ、ゆいかの住む笠間に向けてひた走る。
つづく
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