ロマンスはゴルフから

あんにょん

第1話

チュンチュンチュン

11月中旬、或る土曜日の早朝。

友部駅南口には、雀のさえずりだけが響きわたる。

ゆいか(以下ゆ)「はああ〜寒い!まだ15分前、来てないわよね。それにしても、まだ11月だというのに…朝は冷えるわね」

大澤ゆいかは都内の大手不動産企業・M社に勤務していたが、ゴルフの実力を買われ、今年春に茨城・笠間にあるM社系列のゴルフ場に異動。キャディーおよびフロントスタッフを務めている。

仕事は楽しく、ゴルフの腕にもさらに磨きがかかり、スコアもコンスタントに90を切れるようになった。仕事場以外でも、友人が何人もでき充実した日々を過ごしている。

ただ、東京で生まれ育ったゆいかにとって、茨城の朝の寒さが唯一の不満だった。

ゆ「ああ〜っ、芯から冷えるわ〜さむさむ!」

美人のゆいかには無論、恋人もいる。M社に同期入社した、小峰たけひこだ。たけひこは六本木の本社に勤務しており、ゆいかとは中距離恋愛だ。月1,2回のペースで、東京・茨城両方で会っている。


ただ、今日ゆいかが待っているのは、たけひこではない。


ゆ「あ、あきらさんの車だわ、あきらさん!」

あきら(以下あ)「やあ、ゆいか、久しぶり!」

青色のBMWから出てきたのは…三条あきら。

あ「だいぶ早く着いたんだなあ〜手がキンキンに冷えてるよ」

ゆ「電車が早めに着いちゃったから〜、今朝は冷えるわね、水戸も寒い?」

あ「ああ、今シーズン初めてフロントガラスに霜取りスプレーかけたよ」

三条あきらとは…そう、ゆいかの不倫相手だ。

電気関連の商社に勤めており、ゆいかとは2年前に一緒にゴルフをしたことをきっかけに知り合う。当初はゆいかの同僚を交え、定期的にゴルフをする程度の仲だったが、昨年にあきらが初任地山形から水戸へ赴任、今年春にゆいかが笠間に赴任したのをきっかけに急接近。あきらは既婚者であり、ゆいかもたけひこと交際しているにもかかわらず、二人は逢い引きを重ねるようになった。

今回2人は、北茨城でゴルフ・温泉旅行をしに行くのだ。

ゆ「あきらさん、磯原カントリーって私初めてだわ。どんなコースなのかしら?」

あ「眼下に海が見えて、眺めがすごくいいところだよ。ただ、グリーンのアンジュレーションがきつくて難しい。前回おれまわったとき118も叩いちゃったよ。まあ、90切りの君には簡単なコースだろうけどなあ〜」

ゆ「そんなプレッシャーかけないでよ〜、まあ118はありえないけどね笑」

あ「おまえ、言ったなあ〜笑」

2人の様子はまるで、純愛を育む高校生カップルのようだ。端から見たら何の背徳感も感じられない。

ゆ「私たち、出逢って2年になるのね」

あ「…もう、そんなになるのかー」

ゆ「そうよ〜五十嵐さん・柴田さんと私たち、あの4人で最初にゴルフしたの、もう2年も前よ」

あ「ああ、その出逢いが無かったら、君とも会えなかったんだなあ、そう思うと…」

ゆ「五十嵐さんに感謝ね」

あ「そうだなあ〜」

五十嵐・柴田はゆいかの同僚で、そのうち、五十嵐はあきらの大学の同級生だ。

車は1時間もしないうちに、磯原カントリーに到着した。


午後3時半、秋の日は釣瓶落としという言葉の通り、空は早くも夕暮れに差し掛かってきた。

2人は18ホールを回りきり、海岸沿いの温泉宿へ車を走らせる。

あ「ゆいか、君はやっぱりすごいな!83ってなかなか見ないスコアだぞ!」

ゆ「へっへ〜、今までのベストスコア♡

お母さんにラインしちゃおう〜」

あ「おいおい、大丈夫か?誰と回ったの?なんて言われたら…」

ゆ「いいのよ〜もう私一人暮らししてるんだから〜。会社のゴルフ場で、とでも言っておけば」

あ「フフ、一瞬今、君のことが小悪魔に見えた」

ゆ「ちょっと〜小悪魔って何〜⁉︎、確かにたまに言われるけど〜笑」

あ「やっぱりかあ〜この小悪魔〜」

ゆ「言ったわねえ〜この、年寄り〜笑」

あ「うっせえ〜まだおれ32だ〜笑」

ゆ「…えっ…そうだっけ…38くらいじゃなかったっけ?」

あ「…おいおい笑、マジで言うなよ。おれ五十嵐と同級生だぞ」

ゆ「ああ〜…あきらさん、大人びて見えるから笑」

あ「弱っちゃったなあ〜そんなこと言われると笑」


海を臨む温泉宿にて…

2人は卓上にずらりと並んだ海の幸を堪能しながら、地酒を嗜む。

ゆ「わあ、このお酒おいしい。ぐいぐいいっちゃいそう」

あ「ははは、ゆいかは酒が強いからなあ」

ゆ「あきらさん、もう真っ赤笑。このお酒、北茨城の地酒なのね〜」

あ「海の幸とよく合うなあ」

食卓には北茨城の地酒・天心抄の四合瓶が2本。いずれも空で、どちらも4分の3は、ゆいかが空けた。


夕食のあとは、二人きりで…

ゆ「わあ〜、すごいすごい。海が一望できるじゃない!」

あ「この個室の露天風呂が、ここの名物なんだよ…」


しばしの沈黙のあと…

あ「ゆいか、やっぱり、君はきれいだな…」

ゆ「…もう、いきなり…照れるわ。あきらさんも体、鍛えてるのね。」

あ「君と出逢ってからさ」

ゆ「あら… ところで、私たち…」

あ「なんだい?」

ゆ「あの、その…これで、いいのかしらね?これで…やっぱり、あなたの奥様に申し訳なくて…」

あきらはしばらく沈黙した。

そして、ゆっくりと語り出した。


あ「……確かに、出逢ったのが遅かった。5年早く君に出逢えたらって、何度も思ったよ。そもそも、5年前に逢えなかったってことは…おれたちに、結婚するという意味での縁は無かったんだな…」

ゆ「縁は無かったなんて…身も蓋もないわね…(涙目)」

あ「ちょっと、最後まで聞いて……あのさあ、縁って結婚のことだけを指すのかなあ?」

ゆ「…えっ?」

あ「おれはそうは思わない。こうして、同じときを、しかも2人きりで過ごせるのも、結婚に匹敵するほどの縁だと思う。僕は君に、それくらい強い縁を感じている」

ゆ「でも、それじゃあ…やっぱり奥様に申し訳なくて」

あ「僕たちの関係って、プラトニックなものじゃないか。お互い、最後の一歩までは踏み込んでいない。それは、お互いに悲しませてはならない相手がいるから、本能が無意識のうちに、気持ちにブレーキをかけている、そう思うんだ、僕は。」

ゆ「うん…」

あ「だから、ブレーキのかかった今のプラトニックな状態、それを保っていればいいんじゃないかな?」

ゆ「……それで、いいのよね、それで…私、あなたがいなかったら今生きていけない…プラトニックのままでいいわ…」

あ「おれも、ゆいかのことが必要だ」

2人の会話が佳境に入るにつれて、夜も更けてゆく。


翌日夕方、帰りの車中で

ゆ「ねえ、あきらさん」

あ「うーん?」

ゆ「わたしもあなたも、仕事も伴侶もいて充実してるのに、どうしてこうやって不倫してしまってるのかしらね…?」

あ「……君の理由はわからないけれど、僕は単純に…結婚後、君のような素晴らしい人に出逢い、惚れてしまったからだよ」

ゆ「あら……」

あ「たまにしか会わないけれど、会えたときに君のいいところがいくつも見つかり、惚れていった。それが積み重なり、単なる友達としては見られなくなっていった…そんな感じかな」

ゆ「あなたが今まで付き合った人って、幸せだったと思うわ、こんな惚れた理由を淀みなく話してくれるんだもの」

あ「そんなにいないよ。初恋の人、今の嫁、そして君くらいかなあ」

ゆ「…嘘ついてもわかるわよ〜」

あ「本当さあ、本気で惚れたのは今言った3人しかいない」

ゆ「あきらさんの初恋の人ってどんな人?」

あ「君には話せないよ」

ゆ「えー、なんで?知りたい〜」

あ「……しょうがないなあ〜」

あきらは、ゆっくりと語り出す。


あ「4つ上の帰国子女、当時上智の学生だったんだ」

ゆ「へえ〜、それはあきらさんがいくつの時の話?」

あ「16歳の頃かな?」

ゆ「てことは…、16のときに20歳の女性⁉︎ え、家庭教師とか?」

あ「うん、ある国際交流イベントで知り合って、英語を教わってたんだ」

ゆ「それで…英語以外のことも教わっちゃったの?」

あ「君〜いやらしい言い方だなあ、まあその通りなんだけど」

ゆ「で、別れは…?」

あ「トロントの大学に編入学するから帰ると言われて、トロントに行った。もうそれきり、何の音沙汰もなし、自然消滅さ」

ゆ「……あきらさんが大人びてる理由、少しわかった気がする。そんな形で初恋が終わってしまったら、私狂い死ぬと思う」

あ「まあ、不登校になった時期もあったけどね…まわりの友達や先生に恵まれ、短期間で復学できたけど」

ゆ「その人と私、どっちのほうが好き?」

あ「もちろん君さ」

ゆ「フフ、よかった。その人、今もまったく行方知らずなの?」

あ「今はどこにいるかわからない。ただ、今から5年くらい前、突然連絡よこしたな、謝りに行きたいって」

ゆ「へええ〜!随分奇特な人ね、で、会ったの?」

あ「うん、わざわざ山形まで謝りに来た、少し観光して、喫茶店でお茶して帰ってったよ」

ゆ「あきらさんの前から姿を消したこと、よっぽど悔やんでたのね、その人」

あ「うん、だと思う」

ゆ「あきらさん、罪な人ね」

あ「えっ⁉︎」

ゆ「あ、なんでもないなんでもない」

あ「おれが罪な人って、どういうこと?」

ゆ「誤解しないでね、きっと初恋の人は、あきらさんの元を離れてから再び姿を現わすまで、一瞬たりともあなたのことを忘れなかったはずよ。そんな思いにさせたあきらさん、相当魅力があって、その上罪作りね、って思っちゃったの、私」

あ「君も相当な妄想力の持ち主だな」

ゆ「でも、多分合ってるはず」

あ「そうなのかな?」


長い時間かけて癒した過去の傷を引き剥がすな、心の中ではそう思ったあきらだが、同時になぜゆいかはあきらの過去にそこまで興味を持ったのだろう?

そんな疑問も沸いた。


薄暮の常陸路を、青のBMがひた走る。


つづく


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