お茶会(少年Aの動揺/いったい何者なんだ)
何故だ。どうしてこんなところに自分は居るのだ。
藍は生徒たちの眼が無くなってから真理の腕を払うことはできた。だが、代わりに逃げられないようにしっかりと手をつながれたために、大人しくするしかなかった。
連れて来られた場所があまりにも予想外で、藍は思わず眼前の真理と高級感漂う建築物との間で忙しなく視線を行き来させる。
「親が過保護でねぇ、前は兄と一緒に住んでいたんだよ」
苦笑いを浮かべながら真理は手慣れた動きでカードキーとパネルを操作した。それにより前に立つだけでは開かない分厚い自動ドアを開く。
ということは、ここは本当に真理の家。足が沈むほどの厚みがあるカーペットの感触に呆然としていた藍は、真理に手を引かれるままエントランスを抜けエレベーターに乗った。
不快な浮遊感を感じることなく目的の階に到着する。一階と変わらず雲の上だと錯覚してしまう廊下を歩いていき、同じ扉が並ぶ中、一つの前で真理が立ち止まった。
借りてきた猫のような藍は先導する手を離されたことにより歩みを止め、読み取り部分にカードキーを滑らせて恭しく扉を開ける真理をただ眺める。
麻痺した思考能力でも入室を促されていることに気がついた藍は、初めて自分の意志で恐る恐る玄関に足を踏み入れた。次いで真理も中に入って扉を閉め、廊下にスリッパを2組並べる。
ローファーからそちらに履き替えて廊下に立った真理は、どうすればいいのかわからなくて棒立ちの藍の手を再び握った。
見知らぬ世界に放り込まれた心細さに苛まれる藍は、真理に導かれるままリビングに案内されてその広さにますます萎縮する。
「適当に座ってて、紅茶でいいかな?」
鞄をソファに置いてカウンターキッチンに入った真理は訊ねた。こくこくと無駄に頷く藍を真理はくすくす笑いながら見たあと、コンロでお湯を沸かし始める。
ここは男子学生が一人暮らしをしていると思えないほど綺麗に整頓されていた。
本当に一人暮らしなのか信じられない藍は、落ち着かない様子できょろきょろと室内に危険がないかを確認する。その様子は本当に猫のようだった。
一通り安全を確認した藍は座り心地がよさそうなソファがあるにも関わらず、綺麗に磨かれたフローリングの上に座り込む。ひんやりとした感触が心地好く、詰めていた息を少し吐き出すことができた。しかしどうにもこうにも落ち着きようがない。
「おや……どうかした?」
真理の微かな笑い声と共に紅茶が運ばれてきた。彼も倣ってフローリングに座り、ローテーブルにポットとグラスを乗せたトレーを置く。
「あまり畏まらなくていいよ。淋しい男の一人暮らしだから」
ポットの陰に置いてあった砂時計の砂が落ち切ると、真理はグラスに氷を入れてポットから香しい湯気を漂わせて紅茶を注いだ。
氷が小さな破裂音を立てて上昇していく様と、昨日人を殴りつけた割には綺麗な指先をじっと見つめる。
「はい、暑かったから喉が渇いたでしょう?」
「……ありがとう」
無理矢理連れて来られたことに対して文句を云ったり、何を考えているのだと問い詰めたかった。それに、昨日のお礼も云わなければならない。
それなのにいい香りに絆されてグラスを受け取った。その行動だけで真理は今までの嘘臭い笑い方ではなく本当に嬉しそうな笑顔を向けてくるから。
藍はますます真理のことがわからなくなる。不安を紛らわせるために琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
刹那、豊かな香りが鼻腔を突き抜けていった。身体から無駄な力が抜けて少し楽になり、ほっと息を吐く。
「……美味しい」
本当は味わって飲むものだとわかっていてる。それでも馴れない状況に興奮して熱を持っていたのか、緊張からなのか。喉は渇きを覚えていたようで、大して時間もかからず一杯飲み干してしまった。
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