p9 居残り佐平次
今までは遊女の話であったが、これは男の話である。
年齢に関わりなく、妓楼で働く男の奉公人のことを「若い衆」といい、特に廻し方(二階廻し)と呼ばれるものは、遊女が客を迎える座敷がある二階の全般を取り仕切る役目で、遊女と客の間に立って座敷の設定や宴会の世話などをしたりする。その一方で、うるさい客や悪酔いした客をなだめすかしたり、わがままを言う遊女をおだてたり、泣き落としたりしなければならない。才覚があり、気働きができる人間でなければ、とても務まらない仕事とされた。佐平次はこれを仕事とする男であった。
右を向いても左を向いても貧乏人が集まったとある長屋。その輪にいた佐平次が「品川に繰り出そう」と言い出した。金もないのにどうやって?と思いながらも一同、品川へ。 一泊して後、佐平次は「実は肺の病を罹って医者から転地療養を勧められていたんだ。ここは海の風も気持ちよい。だから残るよ」と言い出し、他の仲間を帰してしまった。
その後、若い衆に「勘定はさっきの仲間が持ってくる」といい、居続けた。催促にも「勘定、勘定って、煩いんだ。実に感情に来ちゃうよ。大丈夫だよ、きっとあいつらは来るよ」とごまかし、その翌日も居続けた。しびれを切らした若い衆が問い詰めると、「あいつらなんて知らないよ」「金?持ってないよ」と開き直る。店の帳場は騒然。佐平次、少しも堪えた様子もなく、みずから店の布団部屋にもぐり込んでしまった。
やがて夜が来て店は忙しくなり、店は『この居残り』どころではなくなった。佐平次、頃合を見計らい、(勝手に)客の座敷に上がりこみ、「どうも居残りです。醤油持ってきました」「居残りがなんで接待してんだよ・・ってやけに甘いな、このしたじ(醤油)」「そりゃあ、蕎麦のつゆですから」「おいおい・・・」 などと、自分から客をあしらい始め、謡、幇間踊りなど客の接待を始めた。それが玄人はだしであり、しかも若い衆より上手かったから、客から「居残りはまだか」と指名がくる始末。帳場は良しとしたが、我慢がならないのは若い衆。
「勘定はいらない。あいつに出て行ってもらおう」となった。店主も若い衆の手前、佐平次を呼び出し「勘定はもういいから帰れ」と言った。佐平次、その折に店主から「働き賃の方が多い」と、金や煙草をせびり、貰っていく始末。
後をついて行けと命じられた若い衆に、「てめえんとこの店主はいい奴だがばかだ。あれじゃ先、はやんないよ。お前も鞍替えを考えとくんだな。覚えておけ、俺の名は遊郭の居残りを仕事にしている佐平次ってんだ、ガハハハ・・・」と捨て台詞を残して去って行った。 若い衆は急いで店主にこれを報告する。すべてを知り、激怒する店主。「ひどいやつだ。あたしの事をおこわにかけやがった」 そこで、若い衆が一言。「旦那の頭がごま塩ですから・・・」
「おこわ」とは「お恐」と書き、計略にかけて人を騙す意味もある。ごま塩をかけて食べるのは「おこわ・強飯」である。
『幕末太陽伝』という映画があるが、この『品川心中』と『居残り佐平次』を下地に脚本された遊女屋のあれこれを描いた面白い映画である。川島雄三監督、フランキー堺主演、昭和32年(1957年)封切られた。石原裕次郎(高杉晋作)の珍しい髷姿も見られる。貸本屋の金蔵に小沢昭一、お染めが左幸子で抱腹絶倒の演技を見せている。50年前の時代劇映画であるにもかかわらず、平成11年(1999年)にキネマ旬報が行った『オールタイムベスト100日本映画編』は5位に入賞するなど、日本映画史上最高傑作の一つに挙げられている。YOUチューブ動画で見られることを付け加えておく。
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