p6 子別れ・子は鎹(かすがい)
これは古典落語の演目の一つで、真面目な久蔵と違って、廓遊びで呆けた男の話である。
神田堅大工町に住む大工の熊五郎、腕はいいのだが、惜しい事に名代のウワバミで、しかも酒乱というからタチが悪い。その日も、数日振りにベロベロになって帰ってきて、戻ってくるなり訳のわからない言い訳ばかり。
かみさんのお光が黙って聞いているものだから、だんだん図に乗って、こともあろうに女郎の惚気話まで始めてしまった。これでかみさんも堪忍袋の緒が切れ、壮絶な夫婦げんかの末、「もう愛想もこそも尽き果てた」と、せがれの亀吉を連れて家を出てしまった。
仲人の大家さん、「そのうち眼が覚めるだろう」と思っていたが、懲りぬ熊さん、お光を離縁し、年季が明けたなじみの女郎を引き入れてしまう。しかし…、昔の人はうまいことを言ったもので、『手に取るな、やはり野に置け、蓮華草』。
吉原にいたときは美人に見えたが、化粧を落とすとまるで違った顔に様変わり。おまけに一切の家事はやらず、朝から酒を飲んで寝てばかり…という女だった。唖然となった熊さんは、女をたたき出そうと考えるが、その前に、女の方から「こんな貧乏臭い所はイヤ」と、男を作って出て行ってしまった。
それから三年の月日が経った。
あの日以来、眼が覚めたのか、熊さん、酒を断ち、一生懸命になって働いた。元々腕が良いこともあり、段々信用もついて、なんとか身を持ち直していった。八月のある日、出入り先の番頭さんに「木口を見に」と乞われ、熊さんは番頭さんと一緒に木材の選定をしに木場へと出かけて行く。
その途中、とある街角に差し掛かったとき…「オヤ」といち早く気がついた番頭さんが熊さんをうながす。
「あっ!ありゃあうちの亀です!」
三年前、自分の過ちで放り出してしまったわが子が友達と遊んでいる。番頭さんに時間をもらい、熊さんは亀吉に声をかけた。
「お父っつぁんじゃないか!」
話を聞くと、あれ以来、お光は女の身とて決まった仕事もなく、炭屋の二階に間借りして、近所の仕立物をしながら、再婚話に耳も貸さず、母子二人でつましく暮らしている様子である。
面目ない思いでいっぱいになった熊さんは、せがれに五十銭の小遣いをやって、「明日、もう一度会って鰻をご馳走する」と約束し、別れ際に、「俺と会った事は、おっかぁーには内緒にしろよ」と告げて、去った。
一方、家に帰った亀吉は、もらった五十銭を母親に見つかり、厳しい詰問を受けることになった。
親父との『男の約束』、亀吉は本当のことが言えず、「知らないおじさんに貰った」とごまかすが、もの堅い母親は聞き入れようとしない。とうとう思いつめてしまい、夫と別れた時の『形見』である金槌を振り上げ、「貧乏はしていても、おっかさんはおまえにひもじい思いはさせていない…。これでぶてば、おとっつあんが叱るのと同じだよ。さ、どこから盗ってきたか言わないか」
泣いて叱るものだから、亀吉は隠しきれず、父親に会ったことを白状してしまう。
それを聞いたお光、『ぐうたら亭主が真面目になった』ことを知り、こちらも嬉しさを隠しきれないが、やはり、まだよりを戻すのははばかられる。その代わり、翌日、亀吉に精一杯の晴れ着を着せて送り出してやる。が、自分もいても立ってもいられず、そっと後から鰻屋の店先へ…。
「お光…さん」
「お久しぶりでございます」
「本当だな」
相撲の取り組みみたいに見詰め合ったまま、お互いに動こうとしない。とうとしびれを切らした亀吉が、「もう一度一緒に暮らそう…そう言いたいんだろう?仲直りしておくれよ」。それがきっかけで、ようやく二人は話し出す。
「昔から、『子は鎹』と言うが本当だな」
「えぇー、あんた」
しみじみとなる夫婦に、横で見ていた亀吉が一言こう言った。
「『子は鎹(かすがい)』…か。道理で、おいらの事、トンカチで打つって言ったんだ」。
鎹は大工が使う、大きな木材をつなぐためのカギ型の金具で、打ち込むのに金槌を使う。『かすがいを打つ』という慣用句もあり、人の縁をつなぎ止める意味である。
子が夫婦の仲を取り持った、一応はめでたし、めでたしの物語である。
言葉は知ってはいたが、「かすがい」がどんな物かは初めて知った次第である。
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