第15話 好きなもの
(小金目線)
瀬川先生からの点呼が終わり、パーキングエリアの時間などの説明が口頭で伝えられると、バスがゆっくりと動き出した。行き先は栃木。運転手さんも長旅になるので大変だろう。
それにしてもなんだか緊張してくるな…。いや、高校最初のイベントであることもそうだし、何より隣には…。
「…」
「うん?」
チラリと一瞥すると、小首を傾げている桜さん。思わず可愛い!と叫んでしまうレベル。
桜さんが隣にいる。そんな毎日が、毎日続けばいいな。あっ、毎日二回言っちゃった。テヘペロ☆
しかし、これはチャンスだ。普段学校ではなかなか二人きりで話すことできない。このバスという空間を使って、桜さんともっと仲良くなりたい。そして、彼女が俺のこと好きになってくれたら万々歳だ!
「桜さん!」
とりあえず、ここは会話を楽しもう。ガツガツといっても困らせるだけだからな。彼女に拒絶されたら立ち直れないし。
「…」
「えっ、あれ?桜さん聞こえてます?」
桜さんからの反応が返ってこない。じっと外の風景を眺めている。
…まさか、無視されたのか?佐藤が筆記用具忘れたときにさりげなくシャーペンとか貸していたあの優しい桜さんに限って?いや、彼女を疑ってはいけない。きっと聞こえなかっただけだろう。そうだろう。
「桜さん!」
「…」
「さ、桜さん?」
「…」
「…ふぅ」
もう泣きそうだった。ここまでくると、完全に無視されていることになるはずだ。
俺は彼女の機嫌を損ねることを、例えばしただろうか…。ああ、いつも話し掛けているのが駄目なのか。
「この世界は残酷だ…」
ポツリと言葉を零すと、窓の方に体を傾けていた桜さんが急にこちらを振り向いた。
「あっ、何か言ってたかな?」
「さ、桜さん!」
桜さんが反応してくれた。それだけで先ほどまでの悲しみが吹き飛んでいく。この気持ちを表すなら、大好きという言葉になるのだろう。なんだそれ、俺キモイな。
ん?よく見ると、桜さんの耳に何か付いているような…これはイヤホンか?
「何か聞いてたの?」
「うん。音楽聞いてた」
俺の質問に、桜さんはちゃんと返してくれた。挨拶とかではなくて、今日初めて会話できたことに嬉しさがこみ上げてくる。
「へー。クラシックとかそういうの?」
桜さんは吹奏楽部だからな。モーツァルトとかバッハの曲聞いてそうだ。
ていうか、俺もクラシックは最近ハマっている。なぜかって?彼女の好きなものを好きになれば、会話のときに盛り上がること間違いなしだと考えたからだ。ついにそのときがきたんだな!
「ううん。違うよ」
…違うのかよ。ああ、TSUTAYAで借りないで、タワレコで新品のモーツァルト全集とか買った俺の努力が…。
少しだけ後悔していると、桜さんが続けて口を開いた。
「Mr.Childrenの聞いてるよ」
「ミスターチルドレン…?あっ、ミスチルか」
Mr.Childrenは知っていた。なんかすごい有名な音楽グループという認識だけだが。よくコマーシャルの音楽にも使われていたような。ポカリとか。
「そうそう!ミスチル!」
俺がミスチルと言うと、桜さんの声がいつもよりも大きくなった。なんだ
なんだ?何が起きたんだ?
「私今ね、『フェイク』聞いてるんだけど、すっごいカッコ良くて」
「フェイク?どんな歌だっけ」
「虚しさを抱えて夢をぶら下げ二階建ての明日へとtakeoff~♪ってかんじかな?」
おそらくサビの部分なのだろうが、桜さんが口ずさんでくれた。
こんなに無邪気に笑う彼女の姿は初めて見たので、正直ビックリしていた。何より、俺に教えてくれるために歌ってくれたそのフレーズが、桜さんの歌声が頭の中でリフレインして思考がフリーズ。…何を言っているんだろうか俺は。
「…」
「小金くん?」
「…あっ、悪い悪い。桜さんってミスチル好きなんだ?」
「うん、大好き」
大好き…大好き…。
やばい、俺に言った訳ではなくてミスチルに言ったはずなんだけど、これはやばい。なんか心臓ドキドキしてきたよ…このままだと爆発しちゃうよ?
「そ、そうなんだ。だ、大好きなのか」
「うん。あっ、聞いてみる?」
すると、桜さんが片方のイヤホンを俺に差し出してきた。
…これは、俺に聞いてみてってことなのか?てか、一つのイヤホンを一緒に使うって、よく電車の中にいるカップルがやることなんではないか?というか、これさっきまで桜さん使ってたよな…。やばいこのまま思考してると変態になってしまう。
「…」
「また固まってるけど…大丈夫?バス酔いしたの?」
「い、いや、なんでもないぞ。…ありがとう」
桜さんからイヤホンを受け取って左耳に付ける。このイヤホンは桜さんのではなくて…そう!小沢。小沢のやつと思い込む。うむ、何も感じないし緊張しないな。
何の曲かは分からないが、ミスチルの桜井さんの歌声が流れてきた。
ああ、今までよく聞いたことはなかったけど、すごい優しい歌声だな。
「…」
「…」
チラリと横を見ると、桜さんは目をつぶっていた。本当にミスチルが好きなんだな。どこか顔も綻んでいる気がする。
高速に乗ったのだろうかバスの振動は緩やかで、周りの話し声もイヤホンから流れる音楽でシャットアウトされていた。
なんだか眠りそうだ…。瞼が閉じようとしたとき、ある曲が頭にスッと入ってきた。
「…あっ」
「小金くん、この曲知ってるの?」
俺の出した声が聞こえていたらしく、桜さんがそう尋ねてきた。
「知らない…。なんて曲?」
「これはね、『花の匂い』って曲だよ」
「そうなんだ…。もう一回、聞いてもいい?」
「うん。いいよ」
もう一度、花の匂いという曲が流れてくる。
この曲を聞いているとなぜか、小さい頃の思い出が蘇ってきていた…
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