第14話 心臓バクバク

(小金目線)



 電車の中は非常に混雑していて、立っているのもやっとだった。人と人の間に挟まれる、まさにサンドイッチ状態。暑苦しくて、電車が揺れるとその方向に向かって乗客も倒れてくるので辛い。この時間はちょうど通勤ラッシュなのか…将来俺もこの電車に乗って会社へ行くのかな。

 それに、繭村と一緒に乗り込んだためか彼女との距離が自ずと近くなる。電車に乗り込もうとしたときには既に電車の中はぎゅうぎゅう詰めで、無理やり入ったら二人して扉の付近で押しつぶされてれしまった。二人して扉にペタッと顔をつける状態。なんだこの状況、ウケるな。



「うわぁ!」



「…痛い」



「…ごめん」



 ガタンッと電車が一時停止。すると、その勢いでか俺の方にもたれ掛かかってくる繭村。なんか肘がお腹に入ったんだけど。



「…今どこ?」



「さっき渋谷だったから…もうすぐ新宿じゃん?」



 そう答えとき、少しだけ動揺した。あまりに彼女との近い距離に心臓バクバク。というかほとんど密着状態、繭村の吐息が首元に当たってこそばゆい。



「…」



「…」



 再び動き出す電車。だが、密着してるせいか繭村のふくよかな部分がちょっとお腹の辺りに押し付けられて困る。彼女の香水なのかシャンプーなのかはわからないけどいい匂いとか困る。柔らかい部分がまた形を変えてとか…


  

「…」



「やっと着いた!…って、がっちゃんどうしたの?」



「…いや、森の中に入って瞑想をする妄想をしていただけだ」



「意味わかんないんだけど…」



 ああ…ほんと危なかった。無自覚にくっ付いてくるものだから、煩悩を払うのにかなりの神経を使った。これ、俺じゃなかったら好きになっちゃうレベルだな。

 新宿駅に着いた俺と繭村は、まず窓口に行って繭村がSuicaを落としたことを説明した。とりあえず、落とし物として処理されるらしいが名前も何も書いてないからな。戻ってくる確率は低いだろう。

 


「乗車駅はどちらからですか?」



 窓口の駅員に、繭村は尋ねられる。



「西船橋です」



「西船橋って…えっ、お前千葉から来たの!?」



「そんなにビックリすること!?」



 まさかの事実だった。繭村が千葉県民だとは思いもしない。

 そうか…けっこう遠くから毎日学校に通っていたんだな。これからはもう少し優しくしようと、この時は思った。



×     ×     ×


 その後、新宿駅東口を出て歩いていくと、何台ものバスが駐車しているのを発見。

 そして、一台のバスの横で堂々と腕組みをして立っている人物も発見。

 あれはまさか…。



「お前らおっそいわ!」



 担任の瀬川先生でした。今日も角刈りがキマッテますね。



「何分待たせとんねん!集合時間五分オーバーやぞ!」

   


「あっ、すいませんでした…」



「すいません…」



 先生の前で頭を下げる俺と繭村。ほんとだ。腕時計を見ると8時35分になってる。くっ、ギリギリ間に合う電車に乗ったはずなのに。

 すると、俺と繭村が先生に怒られている様子を、既にバスの中にいるクラスメイトたちが窓から顔を出して眺めていた。

 おい、見せ物じゃねぇぞ。あと小沢。お前が爆笑してるのは覚えたからな。



「お前ら危ないから顔出すなや!」



 今度は先生はバスの方に向かって注意している。おお…先生朝から忙しいですね。



「…まぁ、もうすぐバス出なはるから、はよ乗りぃ」



「あっ、はい」  



 相変わらず微妙な関西弁で先生は話してくるが、なんとか許されたようだ。…ふぅ、危ない。後で反省文書かされるとかあったら嫌だからな。



「…ここでこけんなよ」



「こけないし!」



 そう声を掛けながら繭村とともにバスの中に入ると、なぜだかクラスのヤツらがニヤニヤした顔してこっちを見ている気が…



「…佐藤。これはどういうことだ」



 一番前の席にいた佐藤に問いただす。ちなみに、バスの一番前の席は俺と桜さん、通路を挟んで佐藤と小沢になっている。



「何が?」



「いや、何もないんならそれでいんだ」



「がっちゃんおはよー」



 すると、佐藤の横から小沢が顔を出してきた。



「お前はあとで覚えとけよ」



「なんで!?俺なんかした!?」



「さっき思いっきり笑ってたじゃねーか。小金の心は傷ついたのです」



「早く座れや!」



 いつの間に背後にいたのか、瀬川先生に頭をはたかれる。優しくしてくれたのか、あまり痛くなかった。

 しかし、頭をはたかれたせいか、周りからどっと笑い声が上がってるのだが…ま、まさか!?



「さ、桜さん…」



「…」



「桜さん?」



「…ふふっ」



 右を見ると、桜さんが口元に手を当てて笑っていた。おお、可愛い…。その笑顔見ただけで遅刻したことも忘れそうだよ。

 それに桜さんは制服姿ではなく私服。シンプルな白のトップスにデニムパンツ。初めて見た彼女の私服姿に、俺の心はもう釘付けだった。



「…」



「あっ、えっ…」



「…はっ。ごめん隣失礼するわ」



 じーっと見過ぎていたせいで、桜さん戸惑っていたな。まずい、朝っぱらから好感度下げるのは良くない。

 窓側の席に桜さんは座っていたので隣の席に腰を下ろす。ふぅ…やっと座れた。

 ふと桜さんの方に顔を向けると、彼女もこちら側を向いていたらしく目があって…。



「小金くん、おはよう」



「…おはよう、桜さん」



 ニコッとした顔で挨拶されただけなのに、胸のドキドキが止まらなかった。

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