第13話 急なトラブルで

(小金目線)



 さほどよろしくない寝起きではあったが、いつも通りの自分を演じようと心の中で念じる。1秒、2秒、3秒…。何秒か続けるうちに、冷静な自分を取り戻してきた。よし、今日も大丈夫だろう。


 

「早く行かないと…」



 急いで家を出て、最寄り駅の大崎駅まで向かう。なぜ急いでいるかというと、今日は待ちに待った郊外HRの日。朝8時30分に新宿駅集合となっており、普段とは違う電車を使わなくてはいけない。



「新宿までなら、山手線よりも埼京線使う方が早そうだな…。でもこの時間、新宿へ向かう電車は混んでるんだよな」



 ぶつぶつ言いながらも、大崎駅に到着。この時間なら、集合時間の15分前には着きそうだな。よしっ、順調順調。



「Suicaに千円ぐらいチャージしておけば、行きも帰りも大丈夫だろう…うん?」



 券売機に千円を入れてSuicaをチャージし、改札口の方へ行く。すると、見覚えのある人物が改札機を挟んで反対側にいるのを見つけた。

 とりあえず改札の中に入ってみると、その人物の今の様子が詳しく目に飛び込んでくる。…なんか今にも泣きそうな顔してオロオロしてるんだけど。



「あれは、たしか…」



「どうしよう…」



「…」



「…あっ」



 少し食い入るように見過ぎたか、その女子がこちらに顔を向けてきた。そして、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。

 …同じクラスだしな。ここは挨拶だけでもしておこう。うん、そうしよう。



「がっちゃん…」



「よっ。また後でな」



「ま、待って!」



 颯爽と彼女の横を通り過ぎようとしたら、がしっと腕を掴まれる。これはまさか…、何かトラブったかんじか?

 初めは力強かったが、段々と弱々しく腕を掴んでくるのは、同じ一年B組のクラスメイトの繭村だった。目に涙を溜めているのが、見ただけで分かる。



「どうした?電車もうすぐ来るぞ」



「電車…そうだよね、もう来ちゃうよね。もう間に合わない!」



「えっ、まじで何かあったのか?」



 繭村は顔を両手で覆っていた。パニクっているのか、どうしようどうしようと呟いている。

 会社員や学生服を着た人達が、俺たちの傍を抜けていく。改札機付近では通行人の邪魔になると思い、とりあえず人通りの少ない柱側に俺は繭村を移動させた。



「ここなら、邪魔にならないな」



「うん…」



「それで、何があったんだ?」



「Suica無くしたの…」



「なんだ。それぐらいなら、新宿着いたときに窓口の人に言えばなんとかして貰えるぞ?新宿までの電車料金は払うけどな」



「…財布、家に忘れたの」



「おお…まじか」



 Suicaを大崎駅来るまでに無くして、財布も家に忘れた繭村。繭村の最寄り駅は知らないが、そこでSuicaにチャージでもする作業があれば、早い段階で財布を家に忘れたことに気付けたのだろうが。

 確かに、こうなった時ってどうするんだ…?親や友達にここまで来てもらって、お金を借りるのがベストなんだろうが…



「親に連絡したのか?」



「…お父さんもお母さんも、仕事で家にいない」



「じゃあ、お前の友達の向井さんや峰に連絡して、ここまで来て貰う。そして、切符代だけでも借りるとか」     


「…あの2人、もう新宿に着いたって」  



 くっ、あの2人もう着いたのかよ。ていうか、どうせなら3人で一緒に新宿へ向かえよ。お前らいつも仲良しじゃん。そしたら、今回の事も早急に解決できたのに。



「がっちゃん…どうしよう?」



 繭村が不安げな眼差しでこちらを見てくる。彼女の目からもう、涙の粒が零れ落ちそうだ。

 スマホで時間を確認すると、繭村の話を聞いてから10分が経っていた。まずいな…早く電車に乗らないと遅刻してしまう。



「まぁ、いいや」



「…」



「じゃあ、俺が貸すよ」



「…へ?」



 へ?…ってなんだよ…。何目を丸くしてんだ。



「今から向井さんや峰を待っても間に合わないからな。俺が金出すから、とりあえず新宿に着いたら窓口の人に事情を説明しに行くぞ」



「えっ、いいの…?」



 繭村は上目遣いになりながらも、そう言った。涙で濡れた瞳、弱々しい声、いつも元気そうな彼女とは真逆な姿に、なんとかしなければという、見捨てられない気持ちとなった。



「ああ。…まぁ、お金は後で返せよ」



 冗談混じりに、少しおどけた感じで言う。顔面蒼白というか、この世の終わりみたいな表情を繭村はしていたから、少しでも元気付けてあげたかったのかもしれない。

 駅の電光掲示板を見ると、埼京線の電車が後一分後にホームへ到着するようだ。これはダッシュで行かねば。



「これを逃したらまずいな。繭村早く行くぞ」



「う、うん。…その」



「なんだ?」



「…ありがとうがっちゃん」



 繭村の手を引きながら、埼京線のホームまで向かう。背後から聞こえてきたありがとうの言葉が、ただむず痒かった。

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