第11話 近づきたい距離

(小金目線)



 桜さんと一緒にショッピングモールを出る。出口へ向かう間、ずっと心臓がドキドキしていた。2人っきりになれることなんて今までほとんどなかったし、それに学校とは違う場所というのもあっただろう。

 同じ学校の制服を着た男女がショッピングモールを歩く…。周りから見たらカップルだと思われてるのだろうか。なんだそれ、また緊張してきたわ。



「ありがとうございましたー」



「うおっ!!?…あっ、どうも」



 ショッピングモールを出たところで、車の誘導を行っていた警備員らしき人に声をかけられる。いきなり横から声が飛んできたのでビックリした。

 桜さんは警備員の人に向かって小さく会釈していたな。そのときに、俺のビビった顔を見て、小さく笑ってたのが印象的だった。



「…」



「…」



 お互い、口を閉じたまま前を向いていた。何か話すきっかけがあればいいのだろうが、頭に浮かばない。いつも学校で喋ってるような変なことも言えない。



「…」



「…」



「外…」



 すると、桜さんが口を開いた。外は暗くなってきたので、街灯の明かりが彼女の影を作り出している。



「寒くなってきたね」



 そう言って、俺の方に顔を向けてきた。

 微笑んだような表情は、彼女なりの気遣いか。



「そうだな…。もう夜だし」

  


 ありきたりのことしか言えない。面白いことを口に出して場を盛り上げるようなことができない自分が、どこかもどかしい。



「うん…」



「…」



 また無言の時間が出来てしまった。このままだと、つまらない人って思われそうだ。二人でいる時間を苦痛に思われても嫌だ。

 俺はずっと半歩後ろを歩いていたが、桜さんの隣に行った。



「あっ」



「えっ」



 あっ、という声が聞こえてきたので思わず桜さんの方を見た。

 彼女はいきなり隣に来た俺を見て目を少し大きくしていたが…



「ふふっ」



 彼女が発するどこか嬉しそうな笑い声が、そのときは幸せに感じられた。

 


×     ×     ×



 その後は何を話していたかよく分からない。気がつけば俺と桜さん、笑顔で歩いていた。たぶん誕生日とか、好きな食べ物、休みの日は何をしてるかなど話していたと思う。



「郊外HR楽しみだな」

 


「そうだね。…あっ、家だ」



 そう言って、桜さんは顔を斜め右に向けていた。

 あの五階建てぐらいのマンションかな…。そんな予想をしていたら、そこのマンションをすーっと通過して。

 桜さんはピタリと足を止めた。



「ここが私の家」



 桜さんが指差した先には、二階建てのアパートがあった。建物全体は横長で、廊下の電球はところどころ切れている。明かりに少し照らされた部分の壁は、真綺麗とは言えず、少し薄汚れていて色褪せているような印象を持った。 



「ここが…桜さんの家か」



「うん。…なんか変かな?」



 桜さんは尋ねてきた。作ったような笑顔を浮かべながら。

 おそらく、俺の反応が遅かったことや、無表情のままアパートを眺めていたのがまずかったのか。

 


「変じゃないぞ。ただ、桜さんは一軒家なのかなって、勝手にイメージしてたから」



「うーん。それはよく言われる。みんなビックリするんだよね」



 そこで桜さんはアパートの石段を一歩上がる。そして、くるりと体の向きを変えた。当然俺と向かい合う形となり、今まで少し下を向いていた視線が彼女を見上げる形になっていた。

 …おそらくここで、お別れということなんだろう。  

  


「じゃあ、ここで…」



「ああ」



 桜さんは口元を少し上げた微笑んだ表情を作り、そして胸の前で手を振っていた。

 俺も小さく振り返すと、それを確認してから桜さんは背中を向けた。

 


「…」



 彼女が部屋の中に入るまで、見守っている。たぶんこれだけのことしかできない。一緒に二人で帰り道を歩き、桜さんを家まで無事届けることができただけで大きな前進と言えるかもしれない。

 だけども自分は…、もっと先へ進みたくなった。



「…桜さんあの!」



 聞こえて欲しかった。耳に届いて欲しかった。

 今まさに家の鍵をドアノブに差し込もうとした桜さんだったが、チラリと俺の方に顔を向けた。



「小金くん…?」



 ちゃんと彼女には届いてくれていたようなので、俺は少しホットしながらも次の言葉を口に出した。



「連絡先…交換しない?」



「…」



 心臓が秒針よりも早く進んでるのではないかというぐらい、バクバクいっている。心臓の音が聞こえるってこういうことを言うんだろうな。

 彼女の反応が怖くて、それでも少し期待して見逃せなくなっていると、桜さんはにこりと微笑んで。



「…うん、良いよ」



 そう言って、こちらの方に向かってくる桜さん。石段を降りて、ピタリと自分の目の前で止まる。

 お互い携帯を取り出して連絡先を交換するのだが、先ほどよりも近い距離で会話する声音のせいか、まともに顔を見れなかった。

 思わず視線を逸らしてしまうも、地面にできた俺と桜さんの影が、寄り添うように映って見えたことに一番心臓を高鳴らせていた…。

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