第8話 隣同士
(小金目線)
各々男女のグループがくっ付き、校外HRの班決めも終わった。その余韻でか班ごとにガヤガヤと騒いでいる。
勿論、俺は遠いところを見ていた。なぜかって?ふっ、桜さんと同じ班になれなかったからさ…。
「来年は一緒の班になりたいな…」
「来年も同じクラスになれるとは限らないけどね」
俺の独り言が聞こえたようで、すかさず佐藤のツッコミが入ってくる。
くっ、少しぐらい夢見たっていいじゃないか。俺の頭の中ではもう、三年間桜さんとは同じクラスなんだぞ
そんなことを考えていると、担任の瀬川先生が黒板に何かを書き始めた。
…なになに。バスの席決めだって!?
「ば、バスの座席かー。ふ、ふーん。バスの座席かー」
近くで、繭村がそんなことを呟いている。チラチラとこちらを見てくるのは、俺の隣に誰も来ないことを心配してるのだろう。
「…」
「バスねー。へ、へー。二人組作ったほうが、い、いいのかなー?」
「繭村」
「ううぇえ!?」
「…なんちゅー声出してんだよ」
「な、なんでもないから!それで…なに?」
机と机の間にいる繭村。それと向かい合うように、俺が一歩距離を詰める。繭村の顔が朱色に帯びていく。
俺はそっと口を開いた。
「桜さんの隣になりたいんだけど…、なんか良い方法ない?」
「…え?」
「いや、桜さんの隣の席に」
「は?」
なんだか雲行きが怪しいぞ。繭村の表情が強張っていく。
「…」
「お、怒ってるん?」
「怒ってないから。早く桜さんのところに行って告白すればいいじゃん!」
「おいおい。告白なんてほとんど毎日してるぜ。照れるだろうが」
「照れてんじゃないし!」
すると、繭村のグーパンチが俺の右肩にヒットする。
それほど痛くないけど、少し痛い。
「…わかったよ。ちょっと桜さんのところに行ってくるわ」
「…うん」
俺がそう言うと、後ろから元気のない繭村の声が聞こえた。
いきなり怒ったり暗くなったりどうしたのだろうか。なんか変な食べ物で食べたのか、きっとそうだろう。
「さ、桜さん」
俺は教室の中央付近にいた桜さんの近くに行き、そして声を掛けた。周りに桜さん達の班のメンバーがじろじろとこちらを見てくるが気にしない。
「あっ、小金くん」
「どうも。今大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
「よかった。それでさ…」
心臓がどくんと跳ねる。脳裏には、桜さんに断られるビジョンしか浮かんでこない。
まずい…変な緊張してきた。不思議そうに桜さんは俺の顔眺めてるし…、ここは行くしかない。
「…桜さん」
「うん」
「…」
「うん?」
「結婚しよう」
「…………………………え?」
「あっ、ごめん。思わず口が滑ったわ」
「そ、そうだよね。間違えて言っちゃったんだよね」
あぶね…。なんとか言い間違いで済ますことができたようだ。俺が口走ったときの桜さんの顔見たかおい。きょとんとした顔してたぜ。これはまだ早かったな。
「えーっとだな、言いたいことはですね…」
「…また、付き合ってとか言うの?」
「ち、違うぞ。今日は違うから。ほんとにほんと」
慌てて弁解をする俺。周りのクラスメイトから、「顔がいいからってダメだろ…」みたいなヒソヒソ声が飛んでくる。
くっ、どんどん俺の印象が落ちていくぜ。桜さんもちょっと、不安げな顔してるしよ。
「今日は真面目な話なんだ」
「じゃあ、いつもはふざけてるんだね」
「いや、いつも本気だぞ」
俺はきりっと目に力を込めて、キメ顔を作る。
「うわぁ…」
小さな声で何か聞こえてきたが気にしない。ドン引きされたようだけど、桜さんの顔を見ない。
「話というのは…バスの座席のことなんだけど」
「あっ、それならもう決まってるよ」
「えっ、座席決まってるの?」
「うん、さっき決めたの」
…終わった。本日二度目の終了宣言が出た。班決めの時と同じように、俺と桜さんはまた一緒にはなれないようだ。こんなことあっていいのだろうか…、あっていいんだろうな。
「そうか、わかったわ…。お幸せに!」
俺は涙ながらに、この場をあとにしようと駆け出した。もう気分は悲劇のヒロインだった。
だが、急に右の袖に重みがかかる。気になって振り向いてみると、桜さんの姿がそこにはあった。
「小金くん」
桜さんが俺の制服の袖をちょこんと摘まんでいた。ちょこんと摘まんでいた。大事なことなので二回言った。
彼女のその仕草に大きなダメージ。頭の中はもう真っ白な状態。
「…」
「小金くん?」
「…はっ。な、なんだ?」
「決まったと言っても、私は一番前の席にしようと思うんだ」
一番前?バスで?人気ないところをなぜ?
頭の中ははてなマークでいっぱいになった。
「ああ。友達が一番前にしようと言ったのか。なるほどね」
「ううん。私一人で座ろうと思うの」
「一人って…、どうして一人なんだ?」
理由が分からなくて尋ねると、桜さんは寂しそうに笑った。これはあれだ。初めて会ったときと同じやつだ。
「私ね…」
「お、おう」
「私…まだクラスに馴染めていないし、それほど仲良い人もいないから、だったら一人の方がいいと思って」
「えっ、班の他の女子二人は?」
「その二人が隣同士で座るんだって」
桜さんが寂しい顔をしていたのは、これが原因だったのか。まだ友人が少なくて、バスの席隣になってくれる人が見つからないと。同じ斑のメンバーに気を使わせたくもないし、それなら私は前に行くから…ということなのだろう。
…なんて優しい人なんだ。俺は感動したよ!
「桜さん!」
俺は黒板の前に行った。あらかじめ、瀬川先生がバスの座席表を黒板に書いてくれていたから。
右手にチョークを持ち、皆が何が起きるのかと見守っている中で、俺はバスの一番前の席に自分の名前を書いた。
「俺の隣に来てよ!」
「…」
桜さんの方に振り返って言う。みんな目を点にしているが、彼女にだけ伝わればいい。
「…」
桜さんも始めは状況を掴めないのか、ポカーンとした顔をしていた。だが、口元に手を持っていくとクスリと笑って、、、
「…小金くん」
「お、おう」
「そこ、バスの運転手の席だよ」
「…えっ?あっ、まじか」
そう言われて黒板の方を見ると、俺が書いた場所は明らかに運転手のところだった。
…何やってるんだ俺は。あんなに堂々と言ったのに、これじゃ笑いものだ。ほら、小沢は腹抱えて笑ってるし、佐藤は顔抑えて笑い堪えてるぜ。
「…穴があったら隠れたい」
居たたまれなくなってきたようで、顔も熱くなってきた。
早く終わらせようと運転手のところではなく一番前の席へ書き換えていると…隣に人の温かみを感じた。
「…私もここにするね?」
小さな声が耳に飛び込む。横を見ると、桜さんがいた。
黒板の前で、ちょうど横並びになるように立つ俺と桜さん。桜さんが書いた場所は、俺の名前の隣だった。
小金の隣にある桜という文字を見て、そのときの感想はずばり…
「なんか、夫婦みたいだな…ふふっ」
「うわぁ…」
「ほ、本気じゃないから。冗談だよ冗談。はっはー…」
桜・小金…素晴らしいな。ええ、素晴らしい。俺はクラスの皆が見ていないところで、黒板のこの部分だけを写真で撮った。
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