第5話:幸せの扉
さあ、幸せの扉を開こう。
要するに蓋を開けよう。
おっと、気をつけて。
蓋の裏に、キュウリや肉が張りついていないか?
もし、張りついていたら箸で丁寧にとってあげなくてはいけない。
指でつまんで食べたりしてはダメだ。
なぜかって?
だって、まだ「いただきます」を言っていないじゃないか!
いつでも基本は大事だ。
疎かにしてはいけないな。
さあ、蓋を開けると、そこには鮮やかな具材が幸せの時を待っている。
半透明の不健康そうな白さを見せる「もやし」は、所狭しとクネクネと喜びのダンスを踊っている。
鮮やかなたんぽぽ色の「錦糸卵」は、柔らかそうな体を寄せ合って愛を語らっている。
食欲をそそる焼き色を見せる「チャーシュー」は、まるで重鎮のような貫禄で落ちついた雰囲気を醸している。
織部やマラカイトグリーンカラーの細く切られた「キュウリ」は、みずみずしさを奏でて並んでいる。
蛍光系の朱を見せる「紅生姜」は、ひと一番鮮やかにその場を飾っている。
そして、まるで王者と言わんばかりなのが、半分に切られた「ゆで卵」。錦糸卵と「卵」でかぶっているのに、その存在感は揺るぎない。
今はそんな具材を思い浮かべて欲しい。
鮮やかな緑、黄、赤……ああ、信号機でさえ嫉妬する、そのカラフルさ。
いやいや。この具材はまだ完成されていない。
まずは、そっと、まるで生まれたばかりの赤児を抱きかかえるかのような慎重さで、具材の載った皿をそっと持ちあげ、横に退避させておこう。
「しばらくそこで待っててくれよ、ベイビー」
そう声をかけてやるのもいいだろう。
そして麺の上に載っているスープとカラシを取りだす。
保護用のシートがあったらそれもとろう。
ほら、顔をだした。
真の主人公のおでましだ。
固唾を呑みこんで見よ、そして刮目せよ!
青き衣をまとった少女が、まちがっておりたっちゃいそうな、金色の野がそこには見える……私にも見えるぞ! 中華麺!
ああ。
興奮しすぎだぞ。
落ちつきなさい。
興奮しすぎては、これからの作業に支障が出る。
これだから、(冷し中華)童貞は困る。
まずは深呼吸をして、カラシの封印を解こう。
え? 辛いものは苦手だって?
ふっ……。だから、いつまで経っても(冷し中華)童貞なんだ。
そんなことではそのうち、略して「冷し童貞」と呼ばれてしまうぞ。
カラシは【冷し中華】にとって、必要不可欠な要素なんだ。
カラシを入れない【冷し中華】なんて、クリ○プを入れないコーヒー、萌えキャラのいない萌えアニメ、水素の抜けた水素水みたいなもなんだ。
……ああ、最後のはどっちでもいいか。
さて。
本来のお薦めは、カラシは溶かさずに麺に少しずつ塗りながら食べる方法だ。
この方がカラシ本来の刺激と香りを楽しめる。
しかし、いかんせん、添付されているカラシは量が少ない。
ここは涙を呑んで、溶かすことにする。
効率よく溶かすために、まずはカラシを五芒星の頂点を描くように麺の上に塗るといいだろう。
……え? なぜ五芒星なのかって?
ああ、それは特に意味がない。
さあ。
次はとうとう……とうとう最大の山場だ。
まるで最初から最後までクライマックスだぜ的なノリで書いてきたが、本当の戦いはここから始まるのだ。
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