第26話
「デタラメな試合しやがって」
インターバル。
観客席で試合を見守るプロボクサーの三人のうちの一人、一堂が毒づいた。
まぁ、あれはなぁ……。
世界チャンピオンである里崎は一堂の表情から気持ちを汲み取って苦笑し、弘樹のフォローをした。
「あれはな、確かに。だが、どうやら復活したらしいぜ」
「だとしたら、あのタイ人にはもう勝機はありませんよ」
さらに、柴田が続いた。
山中は現在、すでにカメラマンとしての仕事のために、リング付近に居座り、カメラを構えている。ここにいるのは三人だけで、彼らは、ボクサーとして試合の展開について自身の見解について述べていた。
「わからんぜ。パンチが当たればタイ人にだってチャンスはある」
「お前のようなパンチ力があれば別だがなぁ……。今、戦績どのくらいだっけ?」
「5戦5勝5KOっす。アイツとの試合以外、全て1ラウンドKOっすよ」
「おっ。あれからまた勝ったのか」
「そうっすよ。ワンパンで終了っす」
「ふん。雑魚相手に何粋がってやがる」
「あぁ!?」
一堂の反応に、柴田は冷めた風に受け答えた。
「当たったもん勝ちなんて戦法、上で通用するわけねぇじゃねぇか」
一堂が激昂しかけていたので、里崎が手で一堂を制し、代わりに言葉を繋げた。
「でも、対策はしてるんだろ?」
誰もが弘樹と戦ったときの想定だ。柴田は上と言ったが、それはプライドが刺激されただけだろうと、里崎には思えた。証拠に、柴田もまた、一堂と同じ顔をしていたからだ。
タイミングを殺がれた一堂が、素直に話をした。
「えぇ。地道なトレーニングばっかりっすけどね」
「それしかないわな」
「なら、オメーは追い込むことができるのか?」
柴田だ。
リングに目を向け、会話を続けている。
おそらく、実戦を想像しているのだろう。
里崎は弘樹とのスパーリングの日々を思い出した。
あの左は確かにやっかいだった。里崎でさえ驚いたのだ。この二人では対応しきれないのも当たり前の話だった。さらにそこからリズムを作られ、流れを押し戻そうと応戦すると、計ったかのごとく、お手本のような右ストレートがカウンターで伸びてくるのだ。計算された試合展開。まるで二人は、手の平の上で踊らされているような気分だったに違いない。
しかし一堂は自信を持って答えた。
「できる」
「ほう」
「ボディで足を止めてもいい」
「なるほどな。常套手段だ」
「俺のパンチならすぐに足も止まるはずだ」
一堂と柴田が語り合う。
「あのタイ人も何発か当てていたな」
「そうだ。そうすりゃぁ打ち合いに持っていける」
「そうかもしれん。インファイトが勝機か」
「そうだ」
インファイトか……。
里崎の脳裏に、スパーリングでフックにカウンターを上手く合わせられた経験が浮かび上がった。
あいつ、俺とスパーしまくってるから、インファイトにもかなり強くなってるんだよなぁ……。技術も盗みまくられてるっていうか、まぁ、世界チャンピオンとスパーしてるんだから当然なんだけどよ。
里崎は、しかしスパーのことを話さず、二人の会話を見守ることにした。
「オメー、その距離でダウン奪われてたじゃねぇか」
「あれは……! いや、まぁ、そうなんだけどよ。そこは気合と根性で乗り切るしかねぇ」
「気合と根性って、オメー。それでアイツに通用するのか?」
「わからん!」
「だろうな」
「あのタイ人がどこまでやるかだ」
「強いよな」
「あぁ、強い。だが」
「相手が悪い」
「そうだ」
里崎も無言で頷いた。
あのタイ人も、見た限りA級レベルだ。コンビネーションも上手く、果敢なファイトを見せてくれている。ここにいる二人といい勝負をすることだろう。一堂とは荒々しいラフファイトを、柴田とは見ごたえのある攻防を。二人ともそれがわかっていると里崎は感じているのだが、しかし、二人はそれでも「相手が悪い」と言い切った。里崎もそれには同感だった。
なんで3敗もしてんだか。あんなところで余所見するようなヤツだからだろうが、いや、もう、本当。あぁ、もったいねぇ。
「お前ならどうする?」
一堂の質問だ。
柴田は吟味したあと、一言だけ答えた。
「読みあいだな。裏をかく」
「だな」
「しかし、今はこのタイ人だ」
「まぁな。どうするか」
「ことごとくアイツに裏をかかれている。読みあいでは完全にアイツが勝っている。一発に賭けるしかない」
「そうだな。俺と同じようにするしかねぇ」
「ボディか」
「ボディだ。たとえ、ポイント決着でも。対抗策はそれしかない」
「だが四回戦だ」
「あぁ、4Rしかない。残り9分」
「詰んだか?」
「俺は勝った!」
「ラッキーパンチかよ」
「当たりゃぁいいんだよ、当たれば」
「しかし、たらればで勝てるコンディションじゃないぞ、今日のアイツは」
「気合と根性だ」
「それで勝てるのか?」
「わからん!」
「だろうな」
ゴングが鳴った。
「はじまったぞ」
里崎は、仲が良いのか悪いのかわからない、熱く語り合う二人に声をかけたのだった。
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