【公式恋愛パロ】「狂犬と暴力的な彼女~キス&ステイ~」(2)【雷門×チカ】



「――もう、しばらく、ここには来ねえわ」


 チカは、冷たい瞳でそう言うと、話はそれで終わりだとばかりに、乱雑らんざつ靴音くつおとを立てて、立ち去った。


 

 学校で、何度か話しかけようとしたが、チカは取り合わなかった。


 やがて、校門でまちぶせていると、やっと、俺と話す気になったらしく、一緒に下校することになった。



 下校途中、コンクリの壁にもたれ、チカが言う。


 

「オレのお袋は、交通事故で死んだんだけどよ」


――親父が、女作りやがって、家に引き込んだんだ。


……それで、家に、オレの居場所なくて。


 

「なれなれしい女もキライだったし、いっそ男でも作って、親父のきもを冷やしてやりたい、そう思ったんだ」


――なのに。


「あいつは、変わらなかった。千夏ちなつも年頃だからな、自由に遊べよ……って」

 

 チカは、靴の先を見おろしながら、続けた。


「だからオレは、手当たり次第に、男と付き合った。朝帰りのフリまでした。でも、全部、無駄だった。あいつはオレのことなんて、みてない。オレのことなんて、もうどうでもいいんだ」

 

「チカ……」

 

「これでわかったろ、オレが最低の女だって。いつでもふっていいぜ。別に、慣れてるし」


 チカの瞳は、濡れていなかったが、その体はひどく、小さくみえた。



 噛み締められた唇。小さく震える体。

 涙を忘れるぐらいに、諦めきってしまったのか。


 怒りと、それ以上に育ってしまった、はち切れんばかりの痛みが、チカの小さな胸を、どれだけ圧迫してきたのだろう。


 チカはきっと、母親のことが好きだったのだろう。

 だから、簡単に鞍替くらがえした、父親のことが許せなかった。


 それに、チカは「新しい女」と言った。「新しい母親」ではなく。

 その新しい家族は、チカにとっては、異物だったのだろう。


 父親は、フォローも、なにもしなかったのか。

 その女も、家族になる努力を、しなかったのか。


 事実はわからない。だが、同じことだ。チカはこんなにも、苦しんでいる。

 だから、手当り次第に付き合ったのも、軽い気持ちじゃなかったのだろう。


 最低だと、わかっていた。それでも、もう、どうしようもなかった。


 きっと、チカは、わかってほしかったのだ。

 自分がどれだけ、心細い思いをしたのか。裏切られた気持ちになったのか。


 それを、父親に思い知らせたかった。

 気を引きたかった。しかって欲しかった。愛されていると、実感したかった。


……それなのに、現実は。



――ああ、と息を吐いた。

……まもりたい。


この、虚勢きょせいをはって、強がってばかりの、強くて弱いこいつを、俺の手で、救い出してやりたい。


俺は、チカを抱き締めた。


チカの体が、驚いたようにねる。

 

「辛かったんだな」

 

「――さびしかったんだな」


「……ちが……」 


「俺は、お前に、愛想あいそつかしたりしねえから。ワガママも、言ってくれていい」


――だから、思いっきり泣けよ。

 

「……ら……」


――らいもん、とチカは、涙をこぼした。


 抱擁ほうようを解くと、チカは可愛い顔を、くしゃくしゃにして、泣いていた。

 

 そのまぶたに、キスを落とした。


 そして、いやいやをするように、首を振ったチカの唇に噛みついて、優しく、その舌を吸った。


 チカは、しばらく抵抗していたが、俺が手首をつかみ、壁に押し付けると、おとなしくなった。

 

 涙目のまま、はあ、はあ、とチカが息をする。


 もう、どちらの呼吸かわからなくなって、気がつけば、俺の手は、チカのシャツの下に伸びていた。




「うわー、チカじゃん」

「何、新しい男ぉ?」

 

「次はいつフるわけ?」

「お楽しみ中ですかー」

 

 下卑げびた声たちが降ってきたのは、そんな時だった。

 

 それは、見覚えのあるやつらだった。

 

「――あ、こいつ雷門じゃん。轟中とどろきちゅうの」

 

「不良の女は不良かよ、趣味わりー!」

 

 ひゃははは! 声高々に笑う男たちに、俺は逆上し、チカを背後へとやった。

 

「てめえら……」


「ああ~ん? なんでちゅか~? <轟中のワイルドパピー>くうん??」


 野性的な子犬<ワイルドパピー>。その名には、覚えがあった。

 

 ヤンキーそのものの外見だった俺は、中学入学当初、おそれられていた。


 だが、女に対する免疫めんえきのなさから、告白してきた女に真っ赤になり、以来俺は、「見た目は狼、中身は子犬のチェリーボーイ」とうわさされた。


 居場所をなくした俺は、中学を転々とした。

 高校でも、相変わらず、うまくなじめず、問題ばかり起こしていた。


 遠くに引っ越し、あの頃の同級生からは、距離を置いたつもりだった。

 もう二度と会うこともない。そう思っていたが、甘すぎたのか。


 

「パピーくぅん、ちょうどいいや、その女貸してくれねえ?」

 

「そうそう。おれらが、お前の分まで、たっぷり可愛がってやるからさあ!」

 

「~~なんっ……」

 

 立ち上がりかけたチカを、俺はせいした。


「逃げろ。俺は、こいつらを片付けてから行く。お前は、安全な場所まで避難ひなんしてろ」

 

「――雷門……!!」

 

 チカは、まゆをつりあげた。

 

「……チカ。俺がこいつらに負けるとおもうか? お前はただ、俺を信じていればいい。言うことが聞けるな? チカ」


 チカは、なおも不満そうにしていたが、やがて、こくり、とうなずくと、まっすぐ後ろに、けだした。


「あ……っおいコラ! 逃げてんじゃねえぞ!!」

 

 追いかけようとした男の腕を、俺はつかんだ。

 

「お前の相手は、俺だ」

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