すきだもん


 ソータローがまぶたを開くと、そこにあったのは、ぷっくりとした小さな手だった。


 (えっ……?)

 

 自分の手の表裏を、じっくり見る。

 やけに汗ばんだ手のひらと、肉付きの良い手の甲。

 

 それに、服の袖もおかしい。明らかに、自分が着ていた学ランの袖ではない。

 

 (ピンク色の、服……?)

 

 手から順に、腕、肩、そして胸を見下ろす。

 

 (うわっ! なんだよ、この格好……!)

 

 上半身をピンク色のスモックが覆い、下半身には紺色のヒラヒラした布……スカートを履いていた。右膝は少し擦りむいており、両足は可愛いウサギが描かれた靴に収まっている。

 

 (こんな格好……。これじゃあ、まるで……)

 

 頭の後ろで、縛られている感覚が二ヶ所ある。両手で恐る恐るさわってみると、球体のような物がそれぞれ2つずつあって、それらに付随しているゴムが、髪を縛っていることが分かった。

 

 (なっ、なんで、俺の髪が……)


 冷静になろうとして、辺りを見回す。

 まず目に入ったのは、レンタ君だ。

 さっきまで見下ろしていたレンタ君の顔は、現在の自分の目線と、同じ高さにあった。彼は不思議そうに、自分の着ている青いスモックを、ペタペタと触っている。

 

 その奥で、自分のスカートの裾をつまみ上げたり、長い髪を掴んだりしているのは、ヒナミだ。自分の視点からは表情がよく見えなかったが、おそらく彼女も困惑しているのだろう。

 

 そして振り返ると、後ろにあったのは黒い柱……違う、足だ。嫌な予感がしつつも、ゆっくりとその足の頂上を見上げる。威圧感がする程の高さだったが、そのてっぺんにあったのは……。


 (俺だ……!)


 鏡に映った時に見る、いつもの自分の顔が、そこにあった。その自分の顔も、こちらをじっと見つめ返している。

 

 4人に少しの間、沈黙が流れた。

 

 ピンク色のスモックを着た女の子は、学ランに青いエプロンをした男子中学生と、見つめ合っている。その隣で、青いスモックを着た男の子は、セーラー服にピンク色のエプロンをした女子中学生と、見つめ合っている。


 最初に口を開いたのは、園児の女の子だった。

 

 「おれ……?」

 

 女の子は、自分の出した声にびっくりして、慌てて口を塞いだ。

 

 「セアラ……?」

 

 男子中学生も、目の前の女の子に質問した。

 

 「わたし……?」

 

 男の子も続いて、目の前の女子中学生に問いかける。

 

 「俺……?」

 

 女子中学生は、目の前の男の子に聞き返した。

 4人はまだ、うまく状況が飲み込めていないようだ。

 

 「ひなみっ……! おれ、そーたろー……だよな……?」

 

 女の子は女子中学生に尋ねたが、質問に答えたのは男の子だった。

 

 「な、なにいってるの、せあらちゃん。あなたは、せあらちゃんよ?」

 

 その言葉に、男子中学生が反応した。

 

 「違うよっ! セアラは私だよ、レンタ君っ」

 

 さらに、女子中学生がそれに応える。

 

 「レンタは俺だよっ! お兄さん先生っ!」

 

 4人はそれぞれお互いの顔を見て、言った。

 

 「おれが、せあらちゃん……?」

 「わたしが、れんたくん……?」

 「セアラが、お兄さん先生……?」

 「俺が、お姉さん先生……?」


 

 「はーい。じゃあそろそろ、フズリナ保育園に帰りますよー!」

 

 遠くの方で、ミクモ先生が園児達を呼んでいる。

 

 「いっ、行かなきゃ……!」

 

 聞き慣れたミクモ先生の声を聞いて、女子中学生が走り出した。心の方の人格であるレンタ君は、かなり混乱していた。

 

 「まって、れんたくんっ! わたしのからだをかえしてっ!」

 

 男の子が、女の口調で叫びながら、後を追う。しかし、足が短すぎて差は開く一方だ。

 

 「セアラ達も行こ? お兄さん先生」

 

 男子中学生が、手を差し伸べる。精神は泣き虫セアラのハズなのに、やけに落ち着いていた。

 

 「だっ、だめだよ、せあらちゃん! おれたちのからだを、もとにもどさないとっ」

 

 女の子は、喚くような声で反対した。端からだと、子供がわがままを言っているように聞こえる。

 

 「じゃあ、セアラ一人で行くもんっ。バイバイ、お兄さん先生」

 

 そう言うと、男子中学生は大きな歩幅で、歩き出した。

 

 「うわっ、ま、まってぇ!!」

 

 女の子はその少し後ろを、小さな足で必死に走った。


 

 帰り道。

 フズリナ保育園の園児達が、一列になって歩いているその横を、中学3年生のお兄さん先生やお姉さん先生が、安全を確認しながら歩いている。

 

 ソータローは、行きと同じようにセアラと手を繋いで、保育園までの道を歩いていた。ただ、ソータローにとっては、行きは「繋いで」いたのに、帰りは「繋がれて」いる気持ちだった。

 

 「せあらちゃん、すこし……あるくの……はやいよっ……」 

 「えへへ。お兄さん先生が、セアラになってる」

 「せあらちゃんは、もとにもどりたく、ないの?」

 「うーん……。今は戻りたくない」

 「どうして……?」

 「セアラねっ、『せんせい』になりたかったの! それにねっ、セアラ、お兄さん先生のこと、好きだもんっ」

 「……!」

 

 ストレートな好意に、思わず黙り込む。

 しかし、ソータローはセアラの体を、受け入れることなどできない。

 

 (セアラちゃんはこう言ってるけど、なんとか元に戻る方法を考えないと。4人でまた、あの神社に行くことが出来れば……)


 

 その列の後ろの方では、ヒナミとレンタが、手を繋いで歩いている。

 

 「お、お姉さん先生っ! 俺、ど、どうすりゃいいの?」

 

 女子中学生が、手を繋いでいる男の子に話しかける。普段は元気でやんちゃなレンタも、この状況では流石に不安なようだ。

 

 「おちついて、れんたくん。もとにもどるほうほうが、きっとあるはずだからっ……」

 「この、女の格好とか、恥ずかしいしっ……!」

 「れ、れんたくんっ! すかぁと、まくっちゃだめよ! てをはなしてっ!」

 

 男の子が慌てて止めに入ると、女子中学生は素直に、手を自分のスカートから離した。

 

 「おれ、『お姉さん先生ともっと遊びたい』って、お願いしただけなのに……」

 「……」

 

 ヒナミは、レンタにかける言葉がみつからず、黙り込んでしまった。

 

 (レンタ君のためにも、ソータロー達と相談して、元に戻る方法を考えてあげないと……)

 

 さっきまでイタズラを仕掛けていた女子中学生の姿になってしまった、レンタの不安げな顔を、ヒナミは見ていることしかできなかった。

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