第8話

「ねえ、ママ?パパ、何時にお迎えに行くの?」


待ちきれない様子で、娘が尋ねてくる。

退院の日、幼稚園を休んで一緒にお迎えに行こうか、と話した美香子に満面の笑みで抱きついてきた娘。

この子なりに寂しかったのだ。

もう少ししたらね、と微笑みながら答える。


「ママ、あたしアイスが食べたい。お迎えに出るまでに、いいでしょう?」


こんな我儘も、今日は穏やかに許せる。

でも、アイスクリームの買い置きは無いわ……。


「じゃあ、ちょっとコンビニに買いに行こうか」


以前の美香子なら、絶対に出ない言葉だ。

娘はたいそう喜んで、早速玄関に飛んで行って靴を履く。

コンビニまでの道中も、娘はいつになくおしゃべりだ。

以前は心の中で「うるさい」と毒づいていた美香子だったが、今は純粋に娘の話に耳を傾けられる。

コンビニのアイスクリームコーナーには、所狭しとたくさんの種類のアイスクリームが並べられている。

娘は目を輝かせて、一生懸命選んでいる。

美香子はふと「期間限定」の文字に目が留まった。

2、3種類の中に、「ストロベリーミルフィーユ」という商品がある。

ストロベリーのアイスクリームとホワイトチョコレートが幾重にも層になっているらしい。

美香子はそのカップを手に取った。

それを見た娘も、それがいいと言う。

ふたつ目を手に取って、会計する。

小さな袋に入れてもらったアイスクリームを大事そうに持って、早く帰ろうと急ぐ娘につられて美香子も小走りになる。

自然に笑みがこぼれて、ふたりは子犬のようにはしゃぎながら家に向かった。

靴を脱ぐのももどかしく、娘は転がるようにリビングに入っていく。


「早く食べようよ、ママ」


娘は早速カップの蓋を開けている。

美香子も蓋を開けようとして手を止めた。


「どうしたの?食べないの?ママ」


すでにスプーンを突っ込んで、まだ固いアイスクリームを一生懸命ほじくりながら娘が尋ねる。


「ええ、ママは、また今度」


美香子はフッと笑って、そのカップを冷凍庫の奥底に仕舞い込んだ。

今日は、夫の大好物のコロッケを作ろう。

そうだ、迎えに行く前にもう一度、丁寧に床を拭いておこう。

久しぶりに帰ってくるあの人のために。

美香子は今度は頷き笑って、バケツに水を溜めながら腕まくりをした。

その顔は今までのどの美香子よりも輝きを放っていた。

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-18℃ 積田 夕 @taro1999

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