第2話

冷蔵庫の中身はいつもチェックしているが、こうして全部出してみると、意外に入れっぱなしで忘れていたものもある。

100均で買ったトレーに種類別に分けて冷蔵庫に保管しているが、トレーの隅っこに使い古しの片栗粉の袋を見つけた時、明日からはもっと徹底して管理しなければ……といきり立った。

空っぽになった冷蔵庫の中は一見綺麗に見えるが、濡れ布巾で拭ってやると薄(うっす)ら黒ずんだ汚れが付いてくる。

ボトル類を立てておくサイドボックスの中には、アイスコーヒーのボトルの跡と思われる黒い輪染みがついていた。

美香子はこんなヘマはしない。

冬でもアイスコーヒーを好む夫が、注ぎ口から垂れているのにも気づかずにしまったのだろう。

それとも、気がついていながら面倒臭くてそのまましまったのか。

夫なら後者かもしれない。

手を突っ込んで丁寧に拭く。

いつついたのか、その汚れは固まっていてなかなか取れない。

次第にイライラしながら、美香子は強めに擦った。

こんな些細なことで、と思うけれど自分を押さえることが難しい。

大雑把な夫が新婚当初に自分に言い放った言葉を思い出しては、その怒りは沸点を越える。

こんなどす黒い感情を内に秘めているとは、夫も娘も気づいていないだろう。

完璧な妻、完璧な母親、いつも笑顔で過ごしながら、主婦の仕事を愉しんでいると思っているだろうし、実際そうしてきた。

こんな時、美香子はいつも冷凍庫の奥底に眠っているものを取り出す。

その小さなカップには、「期間限定」という文字と、レモンのイラストが描いてある。

それを見ながら、レモンシャーベッドとバニラが混ざった、甘酸っぱい味を想像する。

想像するだけで、食べない。

融けてしまわないうちに、再び冷凍庫の奥底に仕舞い込む。

それだけで、美香子の怒りはスッと静まっていくのだった。

2年前、当時4歳だった娘がアイスクリームの買い置きが無くなった時、泣きわめいてアイスクリームを食べたがったのをオレンジジュースでごまかした。

そのあと目を離した隙に、娘は冷凍庫を漁ってこのカップを見つけた。

ママ、アイスあるじゃない!とカップを突き付けてきた娘を、美香子は思わずひっぱたいてしまった。

その時の形相がよほど恐ろしかったのだろう。

それ以来娘は絶対に勝手に冷凍庫を漁る真似はしなくなった。

どうして手を挙げるほどに激高してしまったのか。

その理由も分かっている。

そして、なぜそのカップが8年前からずっと我が家の冷凍庫の底に眠っているのか、それをどうして食べずにいるのか、すべての理由は美香子の中で静かに息を潜めている。


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