エピローグ
店を出た俺たちは、しばらく無言で歩いた。
大通りまでの路地は人通りも少なく、特に興味を惹く店も無かった。
何か話したいのに、上手く言葉にならない。
もどかしいキモチで俺は、小さく頭を振った。
その時、急に天音の歩調が止まった。
躓くように俺も止まる。
「天音、どうした……」
真横から奴の顔を覗き込んだ俺は、不意に心臓を掴まれたような感覚に襲われて、再び言葉を失った。
天音の頬に、幾筋もの涙が伝っていたからだ。
急に泣き出したコイツに狼狽えながらも、とりあえず奴の腕を掴んで道の端に寄った。
「俺、また何かしちまった?」
気付かないうちにまた傷つけちまったんじゃないか?
不安が押し寄せてくる。
しかし、天音は右手でそっと溢れ続ける涙を拭いながら、照れたように俺を見た。
「俺、本当に嬉しいんだ」
「え?」
「オマエが俺の場所を好きになってくれて。俺と一緒に歌おうって」
「…………」
天音、泣くなよ。
俺は困り果ててしまう。
こんな時、どうしたらいいか分からないんだよ。
「ありがとう。俺、貫に出会えて本当に良かった」
「俺が言いたいと思ってたこと、全部言っちまうなよな」
わざとからかうように笑いながら、俺は天音の肩を叩いた。
ハハッと天音も笑う。
泣き笑いしている奴を見ながら、これから先コイツが流す涙は、こんな風に嬉し涙であってほしいと思った。
もう悲しい涙は流すなよ?
「こんな俺でもいいのなら、ずっとオマエと一緒にいるから」
俺の言葉に、天音は何度も頷いた。
誰かに必要とされて、誰かを大切にする。
もしかしたら、そんなことは当たり前なのかもしれない。
だけど俺は初めて気が付いた。
たったそれだけのことを、自分はずっと求めていたんだ。
「おい、天音。いい加減泣き止めよ。ったく、俺、腹減ったよ」
俺たちの真横を、通行人がチラチラと見ながら通り過ぎる。
「あ、そうか。真治さんのところではコーヒーしか飲んでないもんな。俺も腹減ってきた」
涙をゴシゴシと右袖でこすって、天音はようやく落ち着いたようだ。
さて、どこに食いに行こう?
正直、コイツがハラヘリの時は、オシャレな場所では用が足せない。
やっぱファミレスか。
考えあぐねている先に、奴が口を開いた。
「貫、何食いたい?俺、ラーメンがいいな。この近くに小汚いけど美味い店があるんだ」
ラーメン、と聞いただけで唾液が口いっぱいに充満した。
天音のお薦めなら、きっとホントに美味いだろう。
それにしてもコイツ、ラーメン何杯食うつもりなんだろうな。
考えただけで腹がはち切れそうな量を想像して、俺は思わずプッと吹き出した。
「そこ、そこにしよう!早く連れてってくれよ」
俺は天音の腕を掴んで、グイグイ引っ張った。
驚いたような顔の天音は次の瞬間、満面の笑みを弾けさせる。
「違うよ、こっちだ!」
逆の方向に引っ張っていたらしい俺の腕をグッと掴む。
「わっ、あっぶねぇ!」
思いがけず強い力で引っ張り返された俺はバランスを崩しそうになりながら、かろうじて天音についていく。
そんな俺をチラッと振り返って、天音は笑いながら駆け出した。
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