第八章 決戦

 クリプトン軍が移動を始めた。民族大移動のような大がかりな行動に、決戦の舞台となるアントラ平原は激しく震動した。その地鳴りは五キロメートル離れたあたしたちのキャンプにも伝わり、最終決戦を目前に控えたあたしたちは戦慄を覚えた。

 「いよいよだな……」

 隣で一緒にクリプトン軍の様子を見ていた谷山くんが呟いた。さすがの谷山くんも十万人の敵に冷や汗を流していた。遠くに見える土煙は、まるで砂嵐のように視野全体に広がっている。

 まもなく日が昇る。右手の地平線が白み、星が次々と消えていく。昨夜の雲は消え、今日は抜けるような青空が広がっていた。

 あたしたちは、ネディナイル軍から少し離れ、クリプトン軍に近寄ってその様子を見ていた。レーダーによる敵の最終的な数は、兵数約十万四千人、銃器類約十万二千、砲門約三千、車両約三万五千。

 「兵の数に対して大砲が少ない。やはり十万の兵で強引に攻め込むつもりだな」

 谷山くんは敵の数値をこう分析した。確かに極端に少ないようね。でも、この数値はある程度予測したものだし、あたしたちの作戦には問題はない。

 「とにかく、お互いに全力を尽くすだけよ」

 まもなく戦闘が始まる。今さら逃げだすことは出来ないし、改めて作戦を練ることもできない。迷いや戸惑いはむしろピンチを招くだけだ。だから精一杯の戦いをするしかない。

 「だが、いいのか、野村?」

 と、急に谷山くんがあたしにこう訊いてきた。いいのかって、彼にしてはずいぶん優しげな台詞ね。いつもと少し雰囲気が違うけど、どうしたんだろう……。

「……なにが?」

 「今日の作戦だ。お前が最前線も最前線に出て戦うって言うんだろ。この状況ならそれで間違いはないが、お前一人に負担がかかりすぎる。十万人を相手にするんだぜ、どうするんだ」

 「どうするったって、最大出力でレーザーを撃ち続けるつもりよ。一発当たり五十人倒せると考えて、二千回撃てば終わりじゃない、大丈夫よ」

 「単純計算で済む問題じゃないだろ。敵だって馬鹿じゃない、お前の対抗策くらい用意してる筈だ。へたをすればお前の命すら危ういぞ」

 「あたしの命? 何言ってるのよ、谷山くん」

 どうしたの、いったい。今までそんな気遣いをしたこともないのに、突然そんなことを言いだすなんて変じゃない。それにあたしの命だなんて、ロボットのあたしに対する台詞じゃない。

「……何が」

 「だって、どうしてあたしの命が危ないなんて言うの? 谷山くんがそんなことを言うなんて」

 「おかしいか?」

 きっと冗談よ、そう思って軽く受け流そうとしたあたしだけど、谷山くんの表情にふざけた色は見えなかった。

 「え……?」

 「おかしいか、お前を心配するのは」

 「え……、い、いや、おかしくはないけど……」

 なんなの……? 谷山くんは真剣な眼差しであたしに迫ってくる。おかしくはないけど、でも、谷山くんの態度はいつもとどこか違う。常にあたしの前方を突っ走ってた姿は、今の彼にはまったくなかった。

と、谷山くんは一転して視線を外し大きくため息を突いてこう呟いた。

「……やめた。無駄なことを言ったな、バカだ」

 「え、あの……、谷山くん?」

 「気にするな」

 気にするなったって気にするわよ。何だか不機嫌そうな声だし、何か悪いことしたかな……。

 「あ、あの……。ごめんなさい」

 「謝るな、俺が惨めになる」

 は?

 「無駄話はやめだ。作戦通り、なるべく近距離戦に持ち込むようにする。お前は先頭を切ってレーザーを打ち込み、後は砲弾迎撃に専念する」

 「あ、はい……」

 「じゃ、俺は戻るぞ」

 そう言って、谷山くんは自分の持ち場に戻ろうと離れた。その別れ際に、ぼそっと、言葉を漏らしたのだ。

 「気をつけろよ」

 あたしは驚いて振り返ったけれど、彼は足早に走り去ってしまった。いったいどうしたのよ、あの人。絶対おかしいわ。

 気をつけろよ。

 でも、嬉しくないことはない。滅多なことでは死ぬことのないあたしに、それでも言ってくれたのは、本当に嬉しかった。それが谷山くんであったことも。

 対十万人。何が起こるかわからない。あたし自身が死ななくても、味方が全滅するという事態は十分起こりうる。今日の戦いは、むしろあたしの力がなくてはならない。あたしが全力で守らなければならないのだ。全力で。

 東の地平線に、朝日の閃光が広がった。日が昇る。

 あたしは後ろを振り向き、軍へ戻るために歩きだした。前を見ると、四千人の味方一人一人の足元から、長い影が伸びていく。戦いを前にした戦士の、勇猛な息吹があたしに、強くぶつけられる。

 軍の決戦の機運は最高潮に達していた。あたしは、開戦を宣言するために、声を振り立てた。

 「あたしたちの祖国を侵略者から取り戻すために、立ち上がれ、ネディナイルの勇者たちよ!!」

 うおおおおっ!!

 激しい雄叫びが上がった。天に突き上げた剣が朝日を反射し、光の中にあたしたちが包まれた錯覚を覚えた。

 クリプトン軍へ振り返る。敵は五百メートルの距離を置いて対峙した。

 第一級戦闘モード。左手のレーザー光線銃にエネルギーが蓄積されていく。瞳の画面に照準が表示され、あたしはそれを固定した。

 そのとき、アントラ平原が震動した。

 クリプトン軍から土煙が沸き立つ。

 そして、あたしは、オレンジ色の光線を放った。

 戦闘の火蓋は、切って落とされた。


        ☆        ☆


 レーザー光線は百人近くをなぎ倒し、味方の一斉砲撃で数十人が倒れた。けれど、それは敵のほんの一部でしかなかった。今までの戦いのようにはいかない、この最初の攻撃でその思いは確信できた。

一方のクリプトン軍は飛び道具を使わなかった。それまでのように重火重兵器を前面にした物量的攻撃ではなく、歩兵をただひたすら突進させてきたのだ。まったく無策に、猛然と。

 あたしたちは迫ってくる人の群れに、レーザーと砲弾を撃ち込んでいった。先頭にいる敵はことごとく倒れていくのだけれど、後から後から押し寄せてくるから、まったく埒が明かない。

 これは本当に効果的な戦法だわ。これだけ人数に物を言わせれば、あたしたちは手が出せない。これまでのように砲撃中心だったら、あたしの全方位レーザー砲で十分対応できたのに、これでは力負けしてしまう。

どうすればいい? このまま待ってて、白兵戦に持ち込めるだろうか。いや、そうしたらこの勢いに押されてしまうわ。撤退もできない。それこそ敵の思うつぼよ。おそらく敵に背中を向けたら砲弾が降り注がれるに違いない。それに、敵の前進の勢いを考えれば、撤退後の戦いはすべてあたしたちが後手に回ることになる。

 としたら、進む方向は前だ。

 みんなの剣の腕に賭けよう。それしかない。

 あたしは後ろを向いて、声を張り上げた。

 「全軍、突撃!!」

 味方から威勢のいい呼号がし、一斉に剣を抜く音が響いた。あたしはクリプトン軍に振り向き、レーザーを放って炎の幕を作り上げた。この幕で敵の進路をふさぎ、あたしたちはそこから抜け出してきた敵兵を倒す。同時に敵の真っ只中に飛び込んでいくという寸法なのだ。

 あたしを先頭にみんなはクリプトン軍へと飛び込んでいった。案の定、炎によって勢いを失ったクリプトン軍兵は、刃の恰好の餌食になっていた。敵より剣術の優れたネディナイルの勇敢な戦士たちはどんどん前へと進んでいく。

 あたしは左手のレーザー砲を撃ち続けた。ネディアの市街戦のとき、人が密集した場所ではレーザー砲は使えないということで、ハンドレーザー銃を使っていた。あのときはなるべくなら敵を殺さないで、街を壊さないで、と気を付けていたのだけれど、今は状況が違っている。ハンドレーザー銃では十万人を相手にすることは出来ない。最大出力でレーザー砲を撃たなければ追いつかないのだ。

 でも、それにも限界はある。

 戦闘が始まって二十分、発射回数も百二十回を突破すると、さすがに息が切れてきた。あたしは空気を燃料にしているのだ。レーザーのエネルギーを作るには普段の三倍の燃料を要する。それが連続使用ならなおさら必要なのだ。

 今までの戦闘でも、こんなにまで酷使したことはない。今のところ支障などは発生してないけれど、いつ起きても不思議じゃない使い方をしているのは否めない。

 あっ、……と、危ない。

 気を抜いた瞬間、レーザーの威力が落ちてしまった。改めて撃ちなおす。しっかりしてないとまた威力が落ちてしまいそう。

 レーダーを開く。敵の数は、まだ一万人も減っていなかった。


        ☆        ☆


 戦闘が始まって三十分。

 レーダーに、何かが引っ掛かってきた。

 クリプトン軍にレーザーを放って、あたしはその物体を分析してみた。

 何か、気になったのだ。妙な不安があたしを包み込んだ。

 北北東の方角から、時速約百二十キロメートルで南へ、つまりこのアントラ平原へ移動している。

 おそらく、飛行機だ、これは。物体の形はレーダーではわからないけれど、この金属は空を飛んでいる。この世界に巡航ミサイルのような高度なものはない。飛行経路が放物線を描いていないからロケットなどの兵器でもない。とすれば考えられるのは飛行機しかない。

そういえば、この世界にやって来て、飛行機ってはじめて見たわ。ネディナイルにないのは当然として、クリプトン帝国が使ってなかったのは今になって思えば不思議よね。でも逆に、はじめて登場する飛行機には重要な何かがあるように思える。

 その飛行機はやがて六十キロメートルラインを越えた。

 と、突然、コンピュータからレッドサインが発せられた。

え、な、なに? この飛行機に何かあるの?

 六十キロメートルラインを越えたら詳しい分析が出来る。あたしはその飛行機を調べた。

 すると、気になる物質の反応が出たのだ。

 ウラン。

 アクチノイド元素の一つで放射性元素。化学反応性が強くて、とくに同位体のウラン235などは連鎖的核分裂反応を起こす。これが第二次世界大戦末期、広島と長崎に落とされた原子爆弾の原料となっている。通常ウラン235は天然ウラン中の0.7パーセントしか存在しないけれど、原爆の燃料とするためにそれを九十三パーセント以上に濃縮する。これがわずか十キログラムの量で原爆が一つ出来る。

 その飛行機に積まれてあるのは、まさに濃縮されたウラン十九キログラムだった。

 あたしを覆っていた不安が、いよいよ本物になってきた。クリプトン帝国軍は、原爆を使うつもりなんだわ。でも、もし使うとして、ここにいる十万人のクリプトン兵はどうするつもりなんだろう。飛行機はあと二十分ほどで到着する。でも、これだけの人数を二十分で最低五キロメートル移動させるなんて出来るわけがない。

 まさか……、一緒に殺してしまうの……?

 いや、クリプトン軍ならやりかねない。今までだって人の命を何とも思ってないことをしてきたんだから。それに、思い出した、クリプトン兵のほとんどは占領地から徴兵した人ばかり。奴隷同然だから、見殺しにしてもいいってことなのかも。

 これは絶対だわ。クリプトン軍は核を使ってくる!

 「撤退よ! ネディナイル軍は大至急撤退して!!」

 あたしは周りの味方に叫んだ。すると、剣を振るっていた人達は、みんな驚いてあたしを見た。

 「サヤカ様、今、何と」

 「いいから、退却するのよ!! 敵が核を使うの!」

 「カク?」

 側にいた男の人は核という言葉にピンときてないようだった。あ、そうか、誰も核兵器なんて知らないんだ。

 「とにかく、この場にいちゃいけないの。最低五キロメートル、ここから離れて」

 「しかし、我が軍は優勢ですよ。どうして撤退しなければならないんですか」

「クリプトン軍が最終兵器を使うの、危険なのよ! あたしたちだけでなく、クリプトン軍にも被害が出るくらい強力な爆弾なの! だから、早く退却するのよ!」

 「……わかりました」

 まだ理解はしてなかったみたいだけど、あたしの気持ちは伝わったようだった。男の人は撤退の命令を伝えていった。その間、あたしは撤退を安全に進めるために残って、クリプトン軍にレーザーを浴びせていった。

 あたしは限界ぎりぎりまでここにいて大丈夫なんだ。全力で走れば五キロメートルくらい三十秒でいける。ただ気になるのは、原爆の被害の大きさ。広島型の二倍弱のウランの量が、はたしてその影響を五キロメートル以内に収めるかどうか。しかも、ここは広島や長崎と違って何の障害物もない平原。そのパワーは満遍なく全域に及ぶだろう。

キャンプからは一キロメートル弱ほど前へ進んでいた。周りにいた味方はほとんど後退していったけど、少し離れたところでは、まだ戦っている人が数人いた。中に、ジェグルさんもいる。退却命令が伝わってないんだろうか。三方を敵が囲っているから、伝えられなかったのかもしれない。

「ジェグルさん、早く退却してください!」

 その敵を排除して、あたしはジェグルさんに駆け寄って指令を伝えると、彼もやはりさっきと同じ反応をした。

 「なぜ退却しなければならないんだ」

 「危険なんです。早く退却しなければ、ここにいる味方も敵も死んでしまうほどの爆弾が降ってくるんです!」

 ジェグルさんも理解はしてくれなかった。でも察しのいい彼は、あたしの焦った様子から事態が切迫しているのを読み取ってくれ、後退し始めた。

 「君はどうするんだ!」

 「あたしは残って追撃を防ぎます」

 「だが、一人では……!」

 「大丈夫です。あたしは絶対死にませんから。とにかく、ジェグルさんは早く後退してください! それから、キャンプに残っている人達も! お願いします!」

ジェグルさんに背中を向け、あたしはレーザーを撃ち続けた。

 「無茶するんじゃないよ!」

 ジェグルさんはそう叫んで走り去っていった。

 レーダーを開く。戦場にはまだ百人近い味方が残っていた。どうしてなの。あれだけ情報伝達は確実にと教えてきたのに、まったく身についてないじゃない。もちろん退却するタイミングがなくなってしまったところもあるけれど、やや優勢のこの戦いに酔っている隊もあった。

 いちいちあたしが出向いて伝えていくのは手間がかかりすぎるし、殿を請け負った意味がない。けれど、このまま戦って核爆発に巻き込まれても困る。仕方がない、あたしは弾む息を何とか抑えつつレーザーを撃ち続け、残っている小隊一つ一つに命令を伝えていった。

 残り三小隊となったとき、飛行機は三十キロメートルラインを越え、レッドサインはいよいよ強くなっていった。

 「野村、なにがあったってんだ、どうして退却なんだ!?」

 なのに、谷山くんが敵の刃をかいくぐってあたしのところへやって来たのだ。ああ、もう、どうして素直に従ってくれないのよ!

 「なにしてるの!? 退却って言ったのに、どうして戻ってくるのよ!」

「だからどうして退却なんだと聞いてるんだ!」

「核よ! クリプトン軍が原爆を使おうとしてるの!」

 谷山くんは核という言葉に、ひどく驚いた様子だった。谷山くんには核がどんなに危険なものか、十分わかっているはずだ。

 「谷山くんも早くさがって。最低でも五キロメートルは離れて」

 「だが、お前は!?」

 「あたしは残るわ。大丈夫だって、五キロメートルくらいあたしが走ればすぐだから」

 「しかし……!」

 そのとき、付近で女性の悲鳴が聞こえてきた。女性……? どうしてこんなとこで女性の声が聞こえるの? 味方で戦闘に参加している女性はいないし、クリプトン軍にも見たことがない。

 と、悲鳴の上がったほうには、とんでもない人の姿があったのだ。

 「お、大倉さん!?」

 信じられないけれど、大倉さんがキャンプを離れ、あたしの側まで来ていたのだ。大倉さんは一人のクリプトン兵に切られ、地面にうずくまっていた。その男は続けて彼女に切りつけようとしている。あたしはレーザーをそのクリプトン兵に撃ち込んだ。敵は激しく燃え上がって消えた。

 「何を考えてるの、大倉さん! こんなところにどうして来たのよ!」

 大倉さんに駆け寄ると、あたしはすぐにこう咎めた。右腕に切り傷があったけれどごく浅い。大した怪我ではなくて良かったけど、無茶よ、殺し合いの真っ只中に丸腰でやってくるなんて。

 「あなた、死ぬつもりじゃないでしょうね!」

 が、逆に大倉さんはあたしに向かってこう叫んだ。

 「え?」

 「ねえ、死ぬつもりなの!?」

 な、なにを言ってるの、大倉さんは。怒っているような表情で、でもいつもと違う真剣な瞳であたしに喰ってかかる。なんだか変だわ。

 「わたしは、あなたに死ねなんて一言も言ってないわよ! どうして死ぬなんて考えるの」

 「ち、ちょっと待ってよ。あたし、死ぬなんて言ってないじゃない!」

 「今日の戦い方を見ればわかるわ、最前線に出て戦って、いざとなったら自爆でもするんじゃないの!?」

 ……どう考えたらそういう想像が出来るんだろう。冗談で言ってるんじゃないことは大倉さんの目を見ればわかるけど、あたしが自爆なんてするわけないじゃない。

 「あたし、そんなことしないから、大倉さんはすぐに離れて。ここにいちゃ、危なすぎるわ」

 「本当に死ぬつもりじゃないの!?」

 「絶対そんなこと考えないわ!」

 大倉さん、しつこすぎる。あたしが死なないって言ってるんだからそれでいいじゃない。

 「とにかく、急いでここから離れるのよ。いい、大倉さん、急がないと核爆発に巻き込まれるわ」

 「……核!?」

 やはり大倉さんも核と聞いて顔をこわばらせた。当然よね、核の驚異はあたしたちの常識以上のものになっているのだから。

 「谷山くん、大倉さんをお願い」

 これ以上時間を浪費できない。谷山くんに大倉さんのことをお願いしよう。と思ったら、大倉さんはまだ話そうとした。

 「ちょっと待って、あなたに言わなければいけないことがあるのよ!」

 急いでいるって言ってるのに、わかってよ!

 「お願いよ、大倉さん。あなたの命のことを思って言ってるの、早く逃げて」

 「一言ぐらい言わせなさいよ! わたし、昨日のことを……」

 大倉さんの台詞は途中で遮られた。前方からクリプトン兵があわせて八人、雄叫びを上げながらあたしたちに迫ってきたのだ。

 慌ててあたしはレーザー砲を発射した。谷山くんも剣を抜いて攻撃する。けれども、気づくのが遅すぎた。あたしと谷山くんで三人づつ倒せたけれど、残り二人は間に合わなかった。

 「大倉さん!」

 一人があたしを抜け、大倉さんに切りかかった。レーザー砲を向けようとする。けれど。

 ダメだ、大倉さんに当たる!

 一瞬ためらった。大倉さんがターゲットに近づきすぎてる。


 敵の刃が大倉さんに振り下ろされた。


 谷山くんが敵に切りかかった。


 間に合わない!




 剣先が大倉さんのおなかに潜った。




☆ ☆


 「大倉さん! 大倉さん!!」

 大倉さんを斬りつけた敵兵は、谷山くんの手によって沈められた。

 あたしは倒れた彼女を抱きかかえた。お腹からドクドクと血が溢れ出て、彼女の服は真っ赤に染まってしまっていた。

 「大倉さん!!」

 息はまだあったけれど、もう絶え絶えになっている。

 いや!! ダメよ、大倉さんまで死んじゃ!!

 「……の、……、野、村さん」

 大倉さんは弱々しく目を開け、あたしを見つめた。でも、もう目の焦点はあっていない。

 「ごめん、ごめんなさい! 大倉さん! すぐにみんなのところに連れていくから!!」

 「……野村、さん、……ごめんな、さい」

 震える唇をようやく動かしながら、大倉さんは、あたしに謝った……!

 「……え!?」

 「ごめんなさい……、わたし……、間違っていたのよ、わかっているわ……、……ごめんなさい」

 「大倉さん! しっかりしてよ!」

 大倉さんの顔から赤みが失われていった。瞼が次第に閉じられていく。もう言葉もかすれていた。

 「大倉さん! ダメよ! 死んじゃダメ!!」

 必死に叫ぶ。死んじゃダメ!! お願い、死なないで!!

 次の瞬間。

 大倉さんの全身から力が抜けた。急にズシッと重くなる。

 息が、止まった。

 「いやあああああっ!!」

 すべてのパワーが声に集まったような気がした。

 目の前で、こんな目前で、仲間が殺されるなんて……、仲間が死ぬなんて……!

 大倉さんまで死んで……、あたし、守れなかった。守れなかった!!

 彼女の体がどんどん冷たくなる。と。

 急に、体が軽くなっていった。

 手にズッシリとかかっていた彼女の重みがなくなっていく。それも、尋常でない速さで。

 そして、さらに。

 大倉さんの体が透けてきたのだ。

 何が起こっているんだろう。

 わからない。

 大倉さんの姿はやがて、空気となり、跡形もなく消えた。

 …………。

 そんな……! どういうこと!?

 「消え……、た?」

 谷山くんの絶句した表情が目に入る。あたしも、消えてしまった大倉さんの体のあとを呆然と見ていた。

 消えた……!? どうして? 何故? なんで消えるの?

 どの数値を見てもその場所に大倉さんがいた形跡はまったくなくなっていた。なくなって――でも、そんなわけないじゃない。大倉さんは確かにここにいたのよ! 息絶えて、消えてしまうなんてそんな非常識なことがあっていいわけないじゃない!

 「谷山くん!」

 何が何だか訳がわからなくなって谷山くんに振り返ったけれど、彼だって答えられるもんじゃないことはすぐにわかってしまった。彼もやはり同じように大倉さんが消えた空間を見張っていたから。

 あたしたちの周りから、味方はおろか、敵の姿も減ってきていた。レーダーを見ると、飛行機はもう二十キロメートルにまで迫っていた。

 これから逃げても、間に合わないだろう。あと二分ほどでたどり着く。二分間ではそう遠くまではいけない。

 「……ひとつだけ方法があるな、大倉が消えた理由を知る方法が」

 谷山くんが呟いた。あたしは彼を見た。

 「大倉は死んで消えた。俺たちも死ねば……」

 「でも、谷山くん……!」

 「間に合わないだろ、今更」

 今更――。そう、間に合わなくなってしまった。谷山くんの場合、どうあっても……。

「……ごめんなさい」

 「どうして謝るんだよ」

 「だって、あたしが谷山くんを巻き込んでしまったようなものだから……」

 「関係ないだろ。お前のせいじゃない」

 風が吹き始めた。地面の土埃が流されていく。舞い上がった埃で周りは茶色い霧に包まれているようだった。

 「……むしろ、お前を危険に導いたのは俺かもしれない」

 ……え?

 「俺がお前をけしかけたようなもんだからな、そうでなければ、お前は助かったかもしれない」

 「な……、何言ってるの」

 どうしたの、谷山くん。戦闘前のあの口調がまた戻ってきている。死ぬってわかって、気でも触れたんじゃないでしょうね。

 「どうしたのよ、谷山くん。戦いの前にも、あなたらしくないことを言うし、今だって」

 「おかしいかよ」

 「おかしいわよ、急に変わるんだもの」

 そりゃ、谷山くんの目を見れば冗談でないのはわかるけど、おかしいものはおかしいわ。

 「俺はお前のことを考えてこそ言ってんだ、悪いかよ」

 「別に悪くはないけど……、でも」

 「でも、何だよ」

 「でも、やっぱりおかしいわよ」

 「どこが」

 「どこって言われても」

 台詞の投げ合いが続いたあとで、谷山くんは思いっきり深くため息を吐いた。

 「……まったく鈍い奴だよな。俺もバカだと思うぜ、こんな奴を好きになるなんてな」

 ……!

 「あ……、あ、あの、今、なんて?」

 なんて言ったの? そう谷山くんに訊こうとしたその時、飛行機の襲来を告げるプロペラの轟音が響いてきた。

 「……来たか」

 あたしを見ていた谷山くんはその音の方向へ顔を逸らした。その頬が少し赤らんでいたような気がしたけれど、追求しないで、あたしも飛行機の姿を追った。

 空にかかる筋雲の下を、一機の飛行機が飛んでいた。

 少し大きめのセスナ機で、両翼にいつか見たクリプトン帝国の国旗の模様が描かれていた。そして、本体の腹部には黒いラグビーボール形の物体があった。ウラン235の反応は、まさにその物体から出ている。

 やがて真上に達した飛行機は、機体からその物体――原爆を切り離した。

 高度二千メートルからの自由落下。原爆は着実に重力に引かれていた。千メートルを切る。

 「じゃあな」

 谷山くんがあたしにこう言った。


瞬間。


周囲は光に包まれた。


音が消え、色が消え、形が消え、そして。


谷山くんが気化した。


姿が消えた。


 あたしの体を覆っている皮膚が気化した。


 まだセンサーが生きていた。


 超高温の風が襲いかかってきた。


 体が飛ばされた。


 四肢が溶けた。


 胴が溶けた。


 そして。


 あたしは、消えた。

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