第七章 涙の未来

 砂漠地帯の鋭い日差しは、このビル街の谷間にまでは届いていない。迷路のように入り組んだ通路は、ひんやりとしていて、妙に湿っぽい。砂漠の真ん中にある都市とは思えない湿っぽさだ。

 この通路の奥に、反乱分子のアジトがある。政府情報部の内偵活動の結果、ようやく発見したのだ。連中は、この戦争が無意味なものだと言っている。祖国のことを、領土拡張だけを目的とした帝国主義と罵り、敵国との平和的共存を図ろうと主張しているのだ。

 そんなことが出来るわけがないではないか。敵国は、私たちがどんなに和平を打診しても無視し、まったく一方的に攻撃をしかけてくるのだ。そういう奴らのほうが、時代の流れに反したファシズム体制のもと、周辺各国へ帝国主義的侵略をやっている。だからこそ、我々は祖国を守るために戦わなければならない。それが未来の平和な世をつくるための唯一の方法だということに、なぜ気づかないのだろうか。

 もはや、説得の余地はない。今回の任務は、連中の抹殺にある。同じ国民を殺めるのはいい気がしないが、仕方がない。悪性の思想を消し去り、国内の秩序を守るためだ。

 最後の角を曲がる。その先に、湿気を十分吸い込み、重々しい色をした木の扉が現れる。ここがアジトだ。レーダーで中の様子を探る。わずか百五十平方メートルの狭いスペースに二十人が密集している。情報では、今日は特別の会合が行われているはずだ。

 目標からの距離を二十メートル取り、左手のレーザー砲を取り出す。

 出力を抑える。この狭さでフルパワーは危険すぎる。都市の破壊が目的ではないのだから。が、なまじ弱くすると苦痛が長引くだけだ。痛みを与えないで一瞬で片づけてあげよう。

 だが、この心配りは受け入れられなかった。

 銃口を向けたそのとき、扉が開き、中から二十代後半の男性が出てきたのだ。男は、中の人間に二言三言冗談らしきことを言い、笑いながらこちらに向き直した。

 その男の笑みが、刹那、凍りついた。

 瞳が大きく開かれ、顔面に冷や汗が吹き出る。猛烈な恐怖に襲われているのだろう。震えて役に立たない足を引きずり、アジトの中に転がり込んだ。

 「き、機動憲兵だ!!」

 これ以上時間を置くわけにはいかなくなった。すぐにレーザーを射出する。オレンジの光はさっきの男を貫通し、その向こうの壁に当たり、火の手が上がった。

 続けて五回発射し、紅蓮の炎が一帯を包んだ。中にいた反逆者たちの悲鳴が聞こえてくる。戦場でもよく耳にした音。あまり心地よいものではないが、これで平和な世が訪れるのなら、これも素晴らしいハーモニーに感じる。

 炎の中から、何人かが飛び出てくる。その一人一人にレーザーを打ち込んだ。

 最後の一人が現れる。もう他に生存者はいなかった。これで、最後。

 銃口を向けると、最後の一人は怖じて地面にへたり込んだ。ずいぶん若い女の子、十四くらいだろうか。

 照準を合わせる。少女の顔が大きくモニターに映し出される。その映った顔は、どこか懐かしいものがあった。

 少女が、怯えきった表情のまま、口を開いた。

 「……た、助けて……、さやか……」

 !

 ま、舞ちゃん!!

 次の瞬間、あたしは引き金を引いてしまった。


     ☆      ☆


 ……なんて夢を見たんだろう。

 テントの中。まだ外は暗い。あたしは荒い息づかいで、体を起こした。

 今、あたしは、トートまであと半日という地点の野営地にいる。三日間の行程はみんなにはやはりきついものがあり、今夜は日が暮れると同時に就寝となった。

 額を押さえる。余りにもひどい夢の内容に、呼吸はまったく静まろうとしなかった。今回の夢は、前とは違い、鮮明に覚えていた。夢の内容はあたしの記憶メモリーの事実に基づいているが、真実を表してはいない。とはいえ、なんて夢を見たんだろう。あたしが舞ちゃんにレーザー銃を向けるなんて……。

 どんなことがあったって、あたしが舞ちゃんを殺そうとすることは絶対ないと宣言できる。舞ちゃんに限らず、ネディナイルのみんなもそう。でも、今見た夢は、その宣言を信用のないものにしてしまうわ。過去、あたしはこうしてたくさんの人々を殺してきたんだと思うと。

 『あなたが殺したのよ』

 大倉さんの鋭い一言がまた響いてくる。菊池くんとあゆみちゃんは絶対にあたしが殺したわけじゃない。けど、あたしは今までたくさんの人を殺してきたんだわ。この世界に来てからだって、クリプトン軍をもう何万人も殺してる。これからも、そうしていくだろう。

 だって、そうしなければ、逆にあたしたちネディナイル軍が全滅してしまうのだから。泥沼だわ。戻れない一方通行の吊り橋。前へ進むか、みんなで谷に落ちるか、どちらかしかない。

 戦闘用に生まれたロボット。あたしは、そのためだけに生み出されたロボット。そのためだけに……。だったら、どうして今ここにいるんだろう。どうして日本に来て、どうして舞ちゃんと出会ったんだろう。人間の人生に運命というものがあるのなら、あたしは運命というものにすら見守ってもらえないのだろうか。存在自体を否定されているんだろうか。どうして、あたしをみんなに引き合わせたんだろう。

 あたし、どうしてこの世にいるんだろう。

 どうして作られたんだろう。

 いっそ、心なんてなければよかったのに。

 いっそ、機械だけなら……。


     ☆      ☆


 トートは、もう目と鼻の先にあった。地形を見て、トートの南にある丘の上に陣を張り、夕刻前に戦闘を開始できるよう準備を整える。

 クリプトン軍のネディナイル侵略拠点であるトート。かつては、ネディナイル国北部の商業地帯として発展していたが、クリプトン軍が入城してからは、その中央にあるシンボルタワーの上にクリプトン帝国の国旗がはためき、その賑わいもなくなってしまった。

 レーダーで確認した敵の人数は、約四万五千人だった。

 「少ないんじゃないのか? ネディアに攻め込んできたときは六万人いたんだ」

 作戦会議の中でジェグルさんが言った。確かに、予想より数が少なすぎた。カルマのこともあるし、用心しなければいけない。

 「レーダーで見る限り、人の動きに変化はありませんでした。金属反応を見ても、多少多く反応があったけど、特別変わったものではないと思います」

 「ただ、その報告だと、クリプトン軍はもともとこの人数だけ、あるいは一部撤退した、という結論になってしまう。これは危険な結論だと思うが……」

 ジェグルさんの慎重論には、賛同が多かった。

 「だが、慎重にするにも、俺たちの力じゃどうしようもないだろ。今は四万人だ、それを倒すしかない」

 この谷山くんの意見も支持を得た。

 「それでも人数の格差はあります。今回は、白兵戦に持ち込みたいと思います。おそらくクリプトン軍は砲撃中心の戦術に出るでしょう。だから、その懐にもぐり込んで内部から叩くと、案外脆く崩れます」

 作戦会議はあたしの提案どおりに進めることを決定して終わった。戦闘開始はこの三時間後。準備はほとんど整っている。敵方の動きは激しくない。まだあたしたちに気づいてないのだろうか、それとも、問題視されてないのかもしれない。だいたい、これだけの人数で敵の本拠地に攻め入るなんて、常識的な軍人なら誰も想像しないわ。

 でもあたしたちはここまできたんだ。もう引き下がれない。いや、戦わないわけにはいかない。戦わなければあたしたちは全滅してしまうんだから。

 あたしは、救護班のテントへ向かった。戦いの前に、祐子の様態を確かめておこうと思って。あゆみちゃんが行方不明になってもう三日経つけれど、祐子の熱は一向に下がろうとしなかった。三十九度もあって、これ以上長く続くと危ないかもしれない。

 テントでは、舞ちゃんが祐子の看病を手伝っていた。

 「舞ちゃん、どう、祐子の様子は?」

 「あ、さやか。少し熱が下がったみたいよ。呼吸も苦しそうじゃなくなったし。でも、まだ目を覚まさないの」

 あたしは祐子の顔を覗き込んだ。昨日よりは苦痛の表情が薄れて、異様な赤さも消えていた。息はまだ少し荒いものの、ずいぶん弱まっている。意識が戻ってないとはいえ、少しは安心できるだろう。

 「熱が下がれば、大丈夫よ。もう峠は越したって事ね」

 「よかった。じゃあ、私、食糧班に戻るね」

 「ありがとう、忙しいのに祐子の面倒を見させて」

 舞ちゃんはあたしに振り返り、首を横に小さく振って言った。

 「ううん。私も祐子ちゃんのことが心配だったから、苦に感じてはなかったわ。食糧班も人手不足だけど、今更仕方がないもの」

 「うん、ごめんなさい」

 「さやかが謝らなくても……。こういう事態だもの、誰が指導者をやったって、同じことになるわ。さやか、大倉さんの言うことを気にしすぎてるんじゃないの?」

 そう、それは指摘されなくても十分わかっている。でも。

 「大倉さんの言うことは全部間違っているわけじゃないから」

 「さやかは間違ってないわ。それはみんなが認めていることよ。だって、戦わなければみんな死んじゃうもの。戦っていれば怪我をする人だって出てくるわ。当然のことよ。だから、気にしないで、さやかの思うとおりにすべきよ」

 優しい口調で舞ちゃんはあたしを励ましてくれた。舞ちゃんがそういってくれるのが、いちばんうれしい。

 「がんばってね、さやか」

 「うん、ありがと」

 あたしには、守らなければならないものがある。改めて、そう認識できた。ネディナイルのみんな、大倉さん、祐子、谷山くん、そして、舞ちゃん。守っていかなければならない。舞ちゃんの微笑みが、勇気づけてくれた。

 戦闘開始まであと一時間。太陽は西に傾きつつあった。


     ☆      ☆


 トートの周りの地形は起伏があり、近づくのは容易だった。太陽が四十五度に傾いた時点で、あたしたちは戦闘を開始した。まずはトートの至近距離まで近づく。

 当然、トートのクリプトン軍はあたしたちの行動に気づき、トートの城壁の上から発砲してくる。でも、まだ射程距離には入ってないから、平気だった。

 「戦車隊、砲撃開始! 目標はトートの入り口!」

 あたしの号令と同時に、二十四台の戦車が火を吹いた。東海岸の人の中に機械に詳しい人がいて、砲身に多少手を入れている。砲弾はクリプトン軍のより遠くに届き、見事トート入り口の門を全壊させた。

 「突撃!」

 間髪をいれず、全軍をトートの中へ攻め込ませた。あたしのレーザー砲と鉄砲隊の援護で、城壁上の敵兵を倒し、進路を作っていく。

 次々とトートの入り口にたどり着く。中からの敵の銃弾をかいくぐり、レーザーと強力手榴弾で対抗していく。

 ただ、どうしても数に差がありすぎるから、中にわずか五メートル入ったところで、止まってしまった。

 「フルパワーでいくわよ! 全員、爆発に備えて!」

 狙いを、いちばん敵が集中しているところに合わせる。その向こうには、弾薬庫らしき反応がある。うまい具合に誘爆させてみよう。

 オレンジの光線は一直線に弾薬庫に向かって進んだ。途中にいた約百七十人の生体反応が消える。そして。

 ズズーンッ!

 三百メートル先の弾薬庫から火の手が上がる。周辺にいた人を巻き込み、物凄い爆風があたしたちにまで襲いかかった。でも、あたしたちは物陰に隠れていたため、被害はない。

 敵に動揺の空気が広がる。

 「敵は動揺してるわ! ネディナイルの勇敢な兵士たち、祖国を我が手に取り戻すために、立ち上がれ!」

 一斉に鬨の声が上がる。武器を高く持ち上げ、激しい闘争心を表し、口々に叫ぶ。

 いい雰囲気だわ。みんなの士気は最高潮に達してる。

 「突撃!」

 ひるんだクリプトン兵に対し、あたしたちは剣をかざして突進した。剣術に関しては、ネディナイルの人のほうが勝っている。敵味方入り乱れて戦うから、クリプトン軍も発砲することが出来ないでいた。予想どおりだわ。火器に頼りすぎているクリプトン軍のことだから、こういう戦い方をすれば、必ずいい結果が得られると思った。数の問題はあたしのレーザー砲でカバーしていけばいい。

 一時間経過したときには、クリプトン軍は最初の三分の二にまで減っていた。その敵の表情には焦りの色が見えている。

 あたしはレーザーを次々と撃ちながら、敵の司令官を捜していた。ネディアのときのように、将校クラスの人は制服が飾りたてられている筈だ。その司令官を倒せば、今回の戦いに終止符がうたれるに違いない。

 敵もおそらくそう思っていることだろう。さっきからあたしとジェグルさんが集中的に狙われているような感じがする。けれど、そう簡単にやられるあたしたちじゃない。ジェグルさんは剣を盛んに振り回し、襲いかかってくる敵をなぎ倒している。あたしだって負けてはいない。

 そうこうしていると、トート中央のシンボルタワーの中腹のテラスに、司令官らしき人の姿を見つけた。あれだわ、捜していたターゲットは。立派な黒い制服に身を包み、濃い口髭と胸板の大きさが威厳を表している。あれがクリプトン帝国ネディナイル侵略軍の総司令官なんだろうか。そういう風格がある。

 レーザー砲の銃口をターゲットに向ける。パワーは中位。多少シンボルタワーに被害が出るけど、倒壊したりはしないだろう。これが当たれば、司令官と側にいる兵士、同じフロアにいる人を含めてすべて炎に包まれる。

 照準を合わせているあいだ、その司令官の唇に冷笑が浮かんでいた。まだ自分たちの勝利をもくろんでいるんだろうか。もうすぐ燃えてしまうというのに。

 ためらうことなく、あたしはレーザーを発射した。

 と、そのとき。

 タワーの向こう側から、煙を吐きながら何かが飛び上がった。

 レーザーは司令官に命中した。それを確認して、すぐに今飛び出していったものを追った。

 ロ、ロケット弾!?

 小型でそれ程飛距離も威力もないものだけれど、紛れもなくロケット弾だ。その目標は、

 ネディナイル軍の陣。舞ちゃんたちのいるところだ!!

 全方位レーザー砲を出す。解析を始めるけれど、ロケット弾は百五十発もあって、しかもベクトルがみんなバラバラなんで、処理に手間取ってしまう。それでも三秒後には解析も終わり、全方位レーザーを放った。数が多すぎて、二回連続で放たないといけない。

 百五十発を滞空中にすべて撃ち落とした。と思った。

 ところが。

 一発だけ、外れている!

 その一発は、確実にネディナイル軍陣地のど真ん中に落下していた。

 慌てて、レーザー砲を放った。

 お願い、間に合って!

 祈りを込めたオレンジの光線は、でも地面まであと五メートルという至近高度でロケット弾の胴体を貫いた。

 陣地の中から、煙が上がった。

 レーダーの中から、三人の反応が消えた。

 そ、そんな……! こんなことって……!!

 体が凍ってしまった。

 その三人の反応は。

 ダルトス様夫妻。

 そして。

 祐子だった。


     ☆      ☆


 戦いは終わった。

 クリプトン軍は、負け犬同然に撤退していった。

 でも、あたしにとって、この勝利は苦いものとなった。

 どうしてこうなるんだろう。

 この結末は、あまりにも酷すぎた。

 レーザー光線は確実にロケット弾を貫いていた。

 が、高さ五メートルで爆発すれば、ほとんど着弾したも同然だった。爆心地にあった救護班のテントは、木っ端みじんになり、遺体の発見も何もできなかった。負傷者も多数でたが、ロケット弾が接近しているのを見て逃げだした人が多く、致命傷には至っていない。

 ダルトス様夫妻は老体のため素早い行動が出来ないでテントに残されてしまった。そして祐子もまだ昏睡状態で……。

 戦争なんだから仕方がない。そう言ってしまえば簡単だけど、でもあたしの責任は免れない。メカの性能の限界といっても、言い訳にはならない。どんなことをしてでもあたしはみんなを守らなければいけない。なのに、あたしは……!

 「まったくそのとおりだわ。西村さんのこともあなたの責任よ。まったく、役たたずのロボットね!」

 その日の夜のこと、自分のテントで沈んでいたあたしに、大倉さんが殴り込んできた。まくし立てる大倉さんに、あたしは何も言い返せないでいた。そんな気力もなかった。大倉さんの言うことはもっともだし、その責任は痛感している。でも、あたしの思考は、そこから先には進めないでいた。こんなことじゃいけないのはわかってはいるけれど、今は何も考えられない。ただ、黙って大倉さんの怒鳴り声を聞いているだけだった。

 「黙ってれば済むとでも思っているの!? ちゃんと答えてみなさいよ。あなたのような、争いの原因がいるから、戦争はいつまで立っても終わらないのよ。少しは戦争に巻き込まれているわたしたちのことも考えたらどう? みんなあなたみたいに機械で出来ているわけじゃないのよ」

 「まだそんなことを言ってんのか、大倉いつみ。くだらねえ平和主義を言い張るのもいい加減にしろ」

 惚けていたせいか、いつの間にかテントの中に谷山くんの姿があった。その後ろには、舞ちゃんもいる。

 「谷山孝一、あなたにも責任があるのよ。あなたがネディナイルの人々をけしかけなければ、こんな戦争にならずに済んだんだわ」

 「じゃあなにか、あのままクリプトン帝国にやられてればよかったってのかよ」

 「もっと違う方法があったんじゃないかって言っただけよ。でも、ここの指導者たちは好戦的な人ばかりだから、言うだけ無駄かもしれないわね」

 「お前の間抜けな提案じゃ、誰も聞きはしねえぜ」

 落ち込むあたしをよそに、二人は言い争いを始めてしまった。その二人とは別に、舞ちゃんはあたしの側に座って、あたしを慰めてくれた。

 「さやか、元気だして。仕方なかったわ、祐子ちゃんが死んじゃったのは。さやかのせいじゃない」

 「でも、あたしのミスだったのよ、あれは」

 「撃ち落とすのは無理だったんでしょ。だったら、違うわよ。不可能なことをミスだなんていうことはないわ」

 そう思えるなら、あたしだって気は楽になれる。あれはあたしのせいじゃないって言えるかもしれない。だけど、やっぱりあたしのせいなのよ。みんなを守ることがあたしの責任なのに、戦いに夢中になるあまり、撃墜するのが遅れてしまったんだから。

 あたしって、好戦的なんだろうか。好んで戦っているのかな。そうかもしれない。元々戦うために作られたんだから。

 けど、そうあって欲しくない。戦いは悲劇を生むだけなんだから、戦いたくない。出来れば、戦いたくない……。でも今は出来ないのよ。あたしが戦わなければ、ネディナイルの人達はどうなるの? あたしが、戦うのは嫌いだからって、戦わなければ、誰がネディナイルを守るの? 今は戦わなければいけない。みんなを守るためにも。

 にもかかわらず、あたしは守りきれてない。菊池くんもあゆみちゃんも祐子も、あたしのミスで死なせてしまった……。

 ……堂々巡りの思考。どうすればいいんだろう。あたし、どうすれば……。

 谷山くんと大倉さんの言い争いはエスカレートしていった。

 「戦いたいあなたのことだから、どうせわたしたちのことなんて考えてないんでしょ。自分だけ戦争ごっこやって楽しんで、わたしたちはその犠牲になるのよ」

 「平和主義の次は被害妄想か! いいか、俺が本当に戦争を楽しむなら、誰がネディナイル軍の味方につくかよ。この戦争は遊びじゃねえんだ。けが人も死人も出るに決まってんだろ!」

 「そうやって戦いたくもないわたしたちは巻き込まれていくのよ。そんなに戦いたいのなら、あなたと野村さんだけでやればいいじゃない!」

 「お前、全然今の状況が分かってないな。敵は万単位でいるんだ、二人で出来るかよ」

 「できないわけないでしょ! 野村さんはロボットなのよ、戦争をするためのね。レーザー砲一発で何百人も殺せるじゃない。そうやって何発も撃てばあっと言う間よ。わざわざわたしたちが手を汚さなくても、野村さんがやれば……」

 「やめて!!」

 思わず、あたしは叫んでいた。『レーザー砲一発で何百人も殺せるじゃない』。大倉さんの言った言葉が余りにも深くあたしの胸を貫いた。その通りよ、間違ってはいない。でも、あたしは、あたしは……!

 「好きでやってるんじゃない! 好き好んで人殺しをやってるんじゃないのよ! 出来ることなら、戦争なんてしたくないわ。戦いたくない! でも、出来ないじゃない! 戦いたくもないのに戦わされて、守らなきゃいけないのに守りきれないで、これ以上あたしに何を要求してくるの!? もうやめて! これ以上何もできない、したくない! いっそ、コンピュータの中から心の機能を消しちゃってよ! 心なんてなければ、いくらだって戦ってあげるから!」

 何を言ってるのか、あたし自身全くわかっていない。思いつくかぎりの言葉で叫び、はっとした表情の三人を置いて、あたしはテントから飛び出していった。


     ☆      ☆


 気づくと、祐子たちの亡くなった現場の前に立っていた。あれからもう五時間経っている。日は沈み、すっかり闇があたりを包んでいる。空は満天の星空、ではなかった。今日は雲が出ていて、星が見え隠れしている。

 救護班のテントがあった場所は、地面が黒く焦げ、テントの布が千切れ千切れになって散らばっていた。

 あたしはその場に腰を下ろした。

 祐子はあゆみちゃんが行方不明になってその悲しみのあまり熱を出し、そして爆死してしまった。舞ちゃんもあゆみちゃんと祐子が死んで、悲しい思いをしている。谷山くんもきっとそう、大倉さんだってそうだろう。いや、ネディナイルで他に死んだ人に関しても、ネディナイルのみんな、悲しんでいるに違いない。

 こんなに悲しい思いをして、どうして戦わなければいけないの? 答えは簡単、侵略軍であるクリプトン軍をネディナイルから追い出し、平和な世の中を取り戻すため。そのためにはどんなに悲しいことでも耐えていくしかない。

 でも、考えてみれば、平和を手に入れるには、数多くの犠牲が必要、ということにならないだろうか。

 数多くの戦乱、数多くの犠牲、数多くの悲しみの上に、平和な世界が築かれる。それは、おそらくどんな世界でも。第二次世界大戦で世界中が戦火に曝された後、ファシズムは倒れ、平和の光が世界を照らした。フランスの市民革命も旧体制の処刑で成立している。今、平和国家である日本だって、現憲法を成立させるために、旧体制支持派の血が流されている。

 結局平和なんて、人の血が流れなければ生まれないものなんだ。そう言ってもいい。でも、それでいいかと言われれば、あたしは違うと言いたい。平和が人の血によって生まれるとすれば、戦争は人類の宿命になってしまう。そんなことはない、宿命だなんて考えたら、それこそ二度と平和な世界を手にすることは出来ないわ。

 そして、戦うことが宿命だったらあたしはその宿命の延長線上に生まれたことになる。あたしが生まれたのは人類の宿命のため? その宿命を現実に表すためのきっかけなの?

 それって……、あまりにも哀しいわ。あたしがいるために戦争が起こる。あたしがいるだけで人の血が流される。あたしがいるだけで多くの悲劇が生まれる……。

 あたし、どうしてこの世にいるんだろう。

 ゆうべの夢のことを思い出した。そのときの疑問が、再び頭の中に浮かび上がる。

 どうして生まれたんだろう。偶然、それとも、なにか訳があってだろうか。宿命の火に油を注ぐため、火薬を放り込むため。炎を消すため、ではないだろう。そのためにたくさんの武器を内蔵するわけがない。やっぱり、悲劇を一層増やしていくため、だろうね、きっと。

 哀しい、余りにも。

 膝を抱え、頭を埋めて丸くなる。じっとしていると、肌に風を感じた。この世界に来てから何度も、こうやって風を感じている。どこにいるのかもわからず、不安にさせた最初の夜の風。アルフェスに着いた日の夜、明かりのともった家から温かい料理の匂いを運んできた風。ロボットだということがばれて沈んでいるときに現れた舞ちゃんと一緒にあたしを包み込んだ風。ネディナイルの王を射殺したクリプトン軍を一掃したとき、立ちのぼる煙を流した風。カルマに到着した夜、静まった街の中で感じた風。

 どうしてだろう。風って、なにか心を落ちつかせてくれる。心が休まる感じがする。今日の風には少し湿り気がある。でも、気分の悪い風じゃない。少しひんやりとして、でも、何か温かくて。こんな気分は、決して数値じゃ表せない。

 あたしは今、感じ取れている。

 不思議ね。ロボットのくせに、なんてファジーな感覚をしてるんだろう。数値で表せない感覚なんて、機械にしてみればまったく得体の知れないものなのに。

 『でも、君には心がある。それだけで十分だよ。それ以上でもそれ以下でもないだろ』。

 ネディアへ向かっていたときに、ジェグルさんが言っていた言葉が、ふと思い出された。あのとき、 ジェグルさんはあたしのことを人間と変わりないと言って、あたしはそれに反論した。とてもそんなことが思えるはずもなかった。レーザー砲を放ち、強大なパワーで敵をなぎ倒す人間なんて、いるはずがない。

 あたしには心がある。それは今は認めることが出来る。でも、そのためにこんな辛い思いをするのなら、いっそなかったほうがよかったのかもしれない。

 「さやか」

 しばらくたって、舞ちゃんの声が後ろから聞こえてきた。あたしは答えなかった。

 「大丈夫、さやか?」

 あたしの隣に腰を下ろし、顔を覗き込んでくる。

 「さやか……? どうしたの?」

 「もういや、あたし……」

 うつむいたまま、あたしはこう呟いた。本当に思わずこぼれた言葉だった。舞ちゃんにこういうつもりはなかったのに、気がついたら、あたしは舞ちゃんに、さっきまで思っていた気持ちを全部話していた。

 「舞ちゃんはどう思っているの? クリプトン帝国と戦って、菊池くんやあゆみちゃんや祐子やネディナイルのみんなが死んでいって、どうしてこんなにまで悲しい思いをしなくちゃいけないの?」

 「それは……」

 あたしは舞ちゃんがあたしの意見に賛同してくれるのを期待していた。期待――ううん、舞ちゃんのことだもの、きっと同感って言ってくれるわ。

 「それは、悲しいわ。だけど、戦争だもの、仕方ないじゃない。クリプトン帝国を倒してネディナイルに平和が戻るんなら、私は戦い続けるべきだと思う」

 でも、舞ちゃんは期待に反した答えを返した。

 「死んでしまったみんなのためにも、ここで負けるわけにはいかないと思う。そうじゃなきゃ、みんなの死は無駄になるわ。クリプトン帝国に勝つには、さやかの力が必要よ。だから……」

 「まだ戦わなきゃいけないの?」

 もう何が何だかわからなくなってきた。舞ちゃんもあたしに戦えって言うの? もう何もしたくないのに……!

 「まだ戦うの? もう、いやよ、あたし」

 「だって、ネディナイルのみんなはどうするの? さやかが戦ってくれなくちゃ、負けてしまうわ」

 「……戦闘兵器になれって言うの、舞ちゃん? もういやなのよ、人が死ぬところなんて見たくない。何もしたくないの。あたしのせいでたくさんの人が悲しむのよ。あたしのせいでたくさんの人が死ぬのよ!」

 「仕方ないでしょ! 戦争してて犠牲者が出ないほうがおかしいじゃない」

 あたしは顔を上げ、舞ちゃんの瞳をにらんだ。

 「だから戦いたくないのよ! これ以上あたしのせいで犠牲になる人が出るなんて、耐えられない! もうあたしには出来ないわ……」

 「さやかのせいで犠牲になるんじゃないわ、そうでしょ? クリプトン帝国の攻撃で犠牲が出るんじゃない。だからこそ、クリプトン帝国をやっつけなくちゃいけないんでしょ?」

 「舞ちゃんの言ってることはクリプトン帝国の主義と一緒よ。だからこそ、殺し合いを繰り返すの? 殺し合いに理由づけなんて必要ない、人殺しには違いないんだもの。舞ちゃんはそれでもあたしに人殺しをしろって言うの!?」

 支離滅裂なことを言っているのはわかっていたが、口が自然に動いている。そして、あたしは勢いでこんな暴言を吐いてしまうのだ。

 「どうしてもあたしが戦わなきゃいけないなら、みんな死んじゃえばいいのよ! そうしたら、誰も悲しまないわ! あたしも人殺しをしなくて済むじゃない!」

 とたんに、頬に激しい痛みを感じた。パンッ、という音が聞こえるのと同時に。目の端に涙を溜め、舞ちゃんはあたしの頬をはたいた手を引いた。

 「どうしてそんなことを言うの!! みんな死んじゃえばいいなんて、どうしてそんなことが言えるのよ!!」

 激しい息づかいで舞ちゃんは叫んだ。あたしは、叩かれた頬のことも忘れて、舞ちゃんを見つめた。こんな舞ちゃんを見るのは、はじめてだった。

 「私だって戦争なんてしたくないわよ! どうすればいいの!? どこにも逃げられないのよ! 菊池くんもあゆみちゃんも祐子ちゃんも死んで、次は私かも知れないって思ったら、とっても怖いわ! 死にたくないの! だから、耐えなきゃいけないのよ! 悲しむ前に耐えて生き続けなくちゃいけないのよ!」

 感情の叫び声だった。舞ちゃんの心の中に蓄積された様々なストレスの爆発だった。声のトーンが跳ね上がり、きれいな舞ちゃんの声ではなくなっていたけれど、その叫びは、あたしの耳に届いた。

 舞ちゃんは激しく泣きはじめた。


     ☆      ☆


 あたしの体にすがりついて泣き続ける舞ちゃんの頭を撫でながら、きっかけとなったあたしの発言を後悔していた。

 舞ちゃんは、かなり無理をしていたのだ。多くの人が傷つき、亡くなっていくにつれ、舞ちゃんの仕事の量は増えていく。それこそ、あゆみちゃんたちが亡くなったことを悲しむ余裕すらなく。

 そして、今まで舞ちゃんは疲れた素振りを見せなかった。だからあたしも気づかなかった。誰にもその心の中の辛い部分を見せなかったのだ。舞ちゃんの悪い性格の一つ、それは昔から同じだったはずなのに、あたしは気づいていなかった。

 「……ごめんね、舞ちゃん」

 そんな舞ちゃんに、あたしはいちばん辛いことを言ってしまった。

 「……ごめんね、舞ちゃん」

 舞ちゃんは急にあたしの胸から顔を上げ、激しく頭を左右に振った。

 「いいの。私こそ、ごめんなさい。さやかだって、指導者の責任とか戦争とかでいろいろ悩んでいるもの。でも、約束して。もう、あんなひどいことは言わないって」

 「もちろんよ、約束する」

 あのときの興奮は、今のあたしにはなかった。舞ちゃんの涙が静めてくれたんだと思う。あの台詞は、まったくの言葉の勢いというか、心の制御が出来ていなかった。

 「戦いたくないって言うのは本音なの。でも、舞ちゃんの言うとおりよ、やっぱり戦い続けなきゃいけないんだわ。みんなが耐えているのに、あたしだけが逃げるわけにはいかないし、戦いに決着をつけなくちゃいけないわ。最後まできっちりと」

 「……うん」

 舞ちゃんは溜まっていた涙をぬぐって、今まで見た中で最上級の笑顔を見せてくれた。それは、あたしに十分な勇気を与えてくれたような気がした。

 と、頬に水滴が落ちてきた。空を見上げると、稲妻が一閃走り、雨粒が振ってきた。

 「テントに戻ろう、舞ちゃん」

 手を取り、あたしたちは小走りにテントに戻った。もう逃げない、舞ちゃんのこの手の

 温もりを守り通してみせる、そう心に誓いながら……。


     ☆      ☆


 雨は、夜のあいだ、激しく降った。どうやら雨期が間近までせまっているようだ。朝には、すっかり晴れ上がったけれど、今後の進軍に新たな不安材料が増えた形になった。

 早朝、ネディナイル島北西のニオブ半島からの使者がやって来た。あと二日で援軍が到着するという。そのため、あたしたちは二日間この地に留まることになった。

 援軍は約千六百人いる。これを合わせれば、ネディナイル軍は総勢約四千人に達する。アルフェスを出発したときの五倍の数だ。

 しかし、あたしのレーダーはそんな数をあっさりと越えるクリプトン軍の動きを捕らえていた。

 トートの北東約四十キロメートル、アントラ平原と呼ばれる場所に、六万五千の大軍団が集結しているのだ。数はまだまだ増えている。おそらく、敵はここを最後の戦場にしようと考えているんだろう。戦略的に、技術で上回ることが出来なければ、数で勝負するしかない。その点、クリプトン軍は万単位で集めることが出来るわけだから、あたしたちより勝っているのだ。一方あたしたちは、数の勝負より技術力で勝ろうとしている。が、良く考えれば、お互いに勝てる最良の方法を選んでいるのだから、これは明らかに矛盾しているのだ。故事のとおり、最強の矛と最強の楯は、両立しない。

 でも、あたしたちは最強の楯にはなりえないのだ。場所は何の障害物もない平原、数は約十六倍。あたしたちの実力からすれば、これは長距離戦に持ち込んだほうがいいわ。なにせ数の差が大きすぎて、ヘタに敵の陣営にもぐり込むことが出来ないし、あたし自身六万を越えてしまったら簡単に処理が出来ない。隠れる場所もないんだから、あたしたちは一点に固まって陣を組み、集中して飛んでくる敵の砲弾をあたしが撃ち落とす、という作戦を取ることにした。

 作戦会議をやりながら、また一方では、トートの中を探り、クリプトン軍の残していった火器や弾薬、非常食などを回収して回った。カルマのときのように、トラップなどに気をつけていたけれど、どうやら今回は何もしかけてはいなかったようだ。

 増援を待つ間、おそらく決戦となるであろう次の戦いに全力を尽くせるよう、準備しておかなくてはならない。そういうことで、援軍合流までの二日間は、休息する余裕もなく、緊張したまま過ごすこととなった。緊張したまま――とくに、あたしと大倉さんは。

 いつかはこうなると自分でもわかっていたけれど、二日目の夕方、ついにあたしは大倉さんと衝突してしまった。

 「あなたは指導者として失格だわ。むざむざ全滅する道を選ぶなんて、わたしたちの気持ちなんて全然考えてないんでしょ」

 最初にしかけてきたのは、大倉さんだった。いつだって、最初は大倉さんなのだ。わざわざあたしのテントまでやってきて、こんな台詞を吐くんだから、あたしを挑発しているとしか思えない。

 「他に方法がないんだもの、仕方がないじゃない」

 「そうかしら。戦う事の外に考えつかないだけじゃないの? どうせあなたは死なないものね、どんな無茶をしても平気なんでしょ。だったら、あなた一人でしなさいよ。そんなにわたしたちを殺したいの?」

 「物理的に無理なのはあなただって知ってるじゃない! あたし一人で出来るくらいならしてるわ」

 「じゃ、どうしてしないのよ!」

 「出来ないって言ってるでしょ!」

 「はん、またそう言って逃げるの。あなた一体何様のつもりなの!? 人が死ぬことを、機械が故障することのように考えてるんじゃないの!?」

 「そんな、違う!」

 「どうだか。どうせ本気でネディナイルを救おうなんて、思ってないんでしょ。戦争を楽しんでいるだけじゃないの? 西村さんにしたって、わざとミサイルを撃ち落とさなかったのよ、きっと」

 ぱあんっ!

 空に突き抜けるような音が響いた。

 あたしの右手が、大倉さんの頬をはたいたのだ。

 「何をするのよ!」

 ぱあんっ!

 すぐに大倉さんの平手が返ってくる。

 「言って悪いこともあるわ!」

 ぱあんっ!

 あたしもすぐに反撃する。

 「事実を言っただけよ!」

 ぱあんっ!

 「いい加減なことを言わないでよ!」

 ぱあんっ!

 「自分の胸に聞いてみなさいよ!」

 ぱあんっ!

 「大倉さんこそ聞いてみたら!」

 ぱあんっ!

 「なんですって!!」

 大倉さんはあたしの襟首を掴んで押し倒した。あたしだって負けないで大倉さんの上に馬乗りになろうともがく。そうはさせじと大倉さんは爪を立ててあたしを引っかいた。あたしも大倉さんの髪を引っ張る。

 もう何がなんだかわからなくなってきた。とにかくあたしは、わざとロケット弾を落としたと言った大倉さんに腹を立てていただけで、こんなことになろうとは思ってなかったのだ。

 わざと――。いくら大倉さんであっても、そう思われたことが一番悲しかった。それほどまで信用されてないことが悔しかった。

 でも、そう思われても仕方ないってこともわかってるのよ。あたしは、そう思われざるをえないことをしてきている。わざとみんなを死にさらしている。わざと――。でもどうしようもない。結局こんな諦めにも近い答えにたどり着いてしまうのよ。戦争は仕方のないこと。でも事実そうなのだから。でもその答えは逃げでしかないのだから。

 しばらくもみ合っていると、周りに人が集まってきた。舞ちゃんもやって来て止めようとしたけれど、大倉さんはまったく聞こえてないようだったし、あたしもそれどころじゃなかった。

 またしばらくして、谷山くんがやって来た。

 「なにやってんだ、バカヤロウ!!」

 そう怒鳴って、大倉さんとあたしの頭を思いっきり小突いた。

 「何をするのよ、谷山孝一!」

 頭を押さえながら大倉さんが谷山くんに食ってかかる。

 「何じゃねえ! おまえらそろってバカヤロウだって言ってんだ!」

 「わたしはこのロボットに責任をとれって言ってるのよ! 邪魔しないで!」

 「それでお前らは喧嘩してたってのかよ。大倉、野村が何をしたってんだ」

 「この殺人兵器が西村さんたちを殺したって言ってるのよ。本気でわたしたちを助けようなんて思ってないんだわ!」

 「そんなことないわよ!!」

 あたしが大倉さんに言い返すと、谷山くんはあたしを強く睨み付けた。その迫力に押され、あたしは黙り込んだ。

 谷山くんはおとなしくなったあたしを確認すると、大倉さんと向き合い、こう言った。

 「大倉、だったら、何故野村はお前を殺さなかったんだ」

 「……え?」

 「今の喧嘩で、どうしてお前を殺さなかったのかって言ったんだ。野村が本当に殺人兵器なら、喧嘩なんて出来るわけはない。レーザー一発で終わりだ。だが、野村は撃たなかった。それどころか、お前と殴りあったんだぜ。野村が人を殺すだけのロボットだという証拠がどこにある。偏見だけで人を見るんじゃねえ!」

 「そうよ!」

 と、谷山くんにつづいて舞ちゃんも大倉さんに言い放った。

 「さやかはいつもみんなのことを考えているわ! 大倉さん、知らないくせに! 何にも知らないくせに、勝手なこと言わないでよ!」

 「……わたしだけが悪者だって言うの?」

 舞ちゃんや谷山くんを鋭い目で睨み付けながら、大倉さんはさらに言い返した。

 「わたしだけが悪いって言うの!? どうしてよ! わたしは本当のことを言ってるだけよ! このロボットが人殺しをしているって言っているだけよ! なのにわたしだけが悪いの!?」

 「本当のことが真実とは限らないんだ、大倉。お前の言っていることは、私怨以外の何者でもねえんだよ」

 「何……!」

 「お前の負けだ、大倉。野村はこのネディナイルの人間を救うために戦っている。だが、それ以前に、俺たちは戦争をしているんだ。死人が出るのは当然だ。責任は誰にもない。それで野村を責めるのは間違っているということだ」

 「……わたしが間違っているのね」

 大倉さんは、涙を流していた。立ち上がって、拳を強く握りしめて、震えていた。

 「でも、わたしは間違ってないわ。そうよ、間違ってないのよ! わたしは……!」

 「大倉さん!」

 大倉さんは囲んでいた野次馬をかき分けて走り去っていった。舞ちゃんが大倉さんを追っていこうとしたけれど、谷山くんが引き止めた。

 「放っておけ。今お前が行っても役に立たねえ。それよりも、野村」

 と、谷山くんはあたしに向き返って、右の掌を大きく振った。

 バシッ!

 激しい衝撃が左の頬に広がった。

 谷山くんがあたしを殴ったとわかるのに時間がかかった。

 「お前はいったい何をしてるんだ。それがリーダーのすることかよ」

 「……でも、大倉さんの言ったことは……」

 「感情に走るなと言ってるだろ。もっと冷静に判断しろ。お前がそんなことだと、ここにいる誰もがお前を信用してくれないぞ。わかってんのか?」

 言われてみて、あたしは集まっている人々の目に、なにか不安げな雰囲気が漂っているような気がした。

 「……はい、ごめんなさい」

 弱々しく謝ると、谷山くんは舌打ちして去っていった。


        ☆        ☆


 日が落ちてからニオブ軍の使者が再びやって来た。予定よりも少し早めの今夜半すぎに到着するとのことだった。

 一方クリプトン軍の集結もどうやら終わったようだった。レーダーに示されたクリプトン軍の数は、九万七千人。アントラ平原の三分の二を埋め尽くすほどの規模で戦闘の準備を整えている。

 十万人弱VS四千人強。

 結果はあまり考えないようにしよう。二十倍以上の人数の差に戦慄を覚えないではいられない。少なくとも、これまでの戦いとは比べ物にならないくらい悲惨なものになると思う。

 だからあたしは、それぞれの部隊を一つ一つ廻り、今夜は十分に睡眠を取るように声をかけていった。せめて体調は十分に整えて戦争に挑みたい。

 キャンプの外に見張りを置いて、指令本部は本部テントで仮眠を取っていた。本部は、もうすぐ到着するニオブ軍を出迎えるために、それといつでも指示が出せるようにと、二交代で夜間も活動しているのだ。

 あたしはテントを出て散歩をしていた。夜の散歩は、もう習慣になってしまった。涼しい夜風がいい気分転換になるから。空を見上げると、今夜はあのきれいな星空が見えなかった。その所々が厚い、積雲と呼ばれる雲に隠されている。雨を降らせるほど発達はしていないけれど、これがもっとも恐れていた季節の到来を十分に予感させている。

 雨期の戦いというものを経験していないから、実際どういうことになるのかわからないけれど、いつかテレビで見た、第二次世界大戦のときの日本軍のインパール作戦のことが頭に思い浮かんできた。雨期のジャングルの行軍、皆無の物資補給、無茶な作戦、敗退、マラリアの蔓延、白骨街道……。状況は違うにしても、同じ結果を思い描くことはあまりにも容易だった。もちろん、そんな結果にならないよう、何としてでも戦争に決着をつけなければならない。ネディナイルに白骨街道を作らないためにも。

 風はゆっくりと西へ流れていた。雲もそれを追うように西へ向かっていた。風は髪をなびかせ、妙に湿った風が、あたしを、そして舞ちゃんを通りすぎていった。

 食料班のテントの前に、舞ちゃんの姿があった。

 「眠れないの、舞ちゃん?」

 彼女はなびく髪を押さえながら頷いた。何だかどこか物おじしている様子がある。どうしたのかな……。

 「嫌な夢を見たから……」

 「どんな?」

 「……学校中、どこを探してもさやかがいないの」

 あたしが、いない?

 「校舎の中から、体育館も、グラウンドも、隅々まで探しているのに、見つからないの。それで、目が覚めて……」

 「……不思議な夢ね」

 「うん……」

 風は相変わらず流れていた。彼女の肩までの髪が何度も彼女の表情を隠そうとする。

 「でもね、私……、実際そう思ったことがあるの。その……、さやかがいなくなっちゃうって……」

 「あたしが? どうして?」

 どうしていなくなるだなんて思っちゃうの? あたしは、舞ちゃんを見捨てたりなんてしない。舞ちゃんを置いていっちゃうなんて絶対にしないわ。それは神様にだって誓える。

 「どうして、かな。わからない。……でもね、さやかがネディナイルのリーダーとして軍を引っ張るようになってから、どんどんさやかが遠い存在になっていくような気はしてた。会いたくても会えないし……」

 確かに最近は、しょっちゅう会うことは出来なくなった。あたしが忙しいのもそうだけど、舞ちゃんだって食料班の要として活躍しているから、お互いの空き時間が合わないのだ。

 「でも、しかたないもの、それは。わがままは言ってられないもんね」

 舞ちゃんはそう言って微笑んだ。でもやっぱり我慢しているんだ。彼女のくせは治りそうもないようね。もっとわがままになってもいいと思うんだけどな。

 「……多分、明日の戦いが最後になると思うの。そうしたら、舞ちゃんも楽になると思うから」

 「うん、ありがとう。さやかも無理しないでね。なんだか、大倉さんのことを気にしすぎているようだから……」

 夕方の騒動は、今はもう落ちついているけれど、心の中ではかなり引きずっている。それがわかっているから、無理しようとしているのは否めなかった。明日の戦いで最前線に立つ計画を立てたのはそのためだ。あたしの持ちうる力を駆使してみんなを守り通す。これが最後だから、破損や故障くらいは覚悟して……。

 「大丈夫よ、無理なんてしないわ。でも、全力で戦わないと負けちゃうから、少しは無理してしまうかもしれないけどね」

 「頑張ってね」

 「ありがとう、舞ちゃん」

 と、そのとき、見張りを頼んでいた第十四小隊の若い男の人が駆け寄ってきた。

 「サヤカ様、ニオブ軍が到着しました」

 「わかりました。すぐ行きます」

 見張りの男の人は一礼して去っていった。あたしは舞ちゃんに振り返った。

 「じゃあ、あたし、行くから」

 「うん」

 そう言って、あたしは立ち去ろうとした。

 足を一歩踏み出す。と。

 「さやか」

 舞ちゃんが呼び止めた。

 「なに?」

 振り返ったけれど、彼女はあの……、と吃ってしまった。どうしたんだろ。

 「あの……、ごめん、なんでもない」

 なにか言いたそうな感じではあったけれど、彼女はそのまま口をつぐんでしまった。

 「……そう」

 なんだか釈然としないけど、舞ちゃんがいいというのを聞き出すのは止めておくことにしよう。でも……、何が言いたかったのかな……。

 「それじゃ、おやすみ、舞ちゃん」

 「おやすみ、さやか」

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