第六章 戦争の悲劇
前にも言ったけれど、あたしのレーダーの限界範囲は半径九十キロメートル。その範囲内の生体と金属の所在がわかる。詳しい仕組みは知らないんだけど、その生体がどんな生物かも判別できるようになっている。さすがに人種まではわからないけれど。
なぜ今更こんなことを思ったのかというと、今、現れているレーダー反応が余りにも変だったから。変――こんなことってどう考えても変よ。だって、けさの戦闘で、三万人の敵兵が退却していったのよ。あれからまだ半日しかたっていない。なのにこんなことってあり得ないわよ。
「だから、何人なんだ。言わねえとわからんだろ!」
谷山くんが怒鳴ってきた。ああ、そうだった、あたし一人で考えてたってどうしようもなかったわ。
「驚かないでよ。……五百六十三人」
「……」
人数を聞いた谷山くんは、案の定絶句してしまった。
あたしたちはカルマへの進軍の準備を整え、出発しようとしていた。その前にカルマの敵の数を確かめておこうと、こうしてレーダーを拡げていたのだ。
「どういうことだい、サヤカ。罠なんだろうか?」
あたしの隣に座っていたジェグルさんが訊いた。あたしたち指令本部のメンバーは、王宮前広場の一角に集まっていた。いつの間にか谷山くんも加わっている。そのメンバーみんなが、一斉にあたしに注目した。
「待って、急に訊かれてもわからないわよ」
「野村、カルマの周辺――レーダー範囲のぎりぎりの位置にも反応はないのか?」
「ないわ。でも、ここからカルマまでは七十六キロメートルあるんだけど、レーダーはカルマの向こうの十四キロメートルしかとらえてないから、はっきり断言は出来ない」
谷山くんも腕を組んで考え込んだ。六百人の命を預かっているのだから、安易に結論を出すことは出来ない。でも、これだけのデータでは答えを出しかねるのも確かだった。人種まではわからないから、この反応ではクリプトン人でないかもしれないし……。
「タニヤマ、どう思う?」
ジェグルさんが谷山くんに訊いた。谷山くんはしばらくして立ち上がった。
「行くしかないだろ、これじゃ」
「しかし、むざむざ危険にさらされるようだったら、むしろここにとどまったほうが……」
本部メンバーで一番若い男の人が反論したけど、谷山くんは強く言い返した。
「戦争をやってんだ、俺たちは。危険だのと今更言うな」
「だが、本当に罠だったらどうするんだ」
また別の人が言った。それを弁護するかのように、ジェグルさんが続く。
「タニヤマには、何か考えがあるんだろう? 教えてくれないか?」
「俺は、もっと楽観的に見ていいと思う」
楽観的? どういうこと?
「カルマにいる人数は少ない、それも半日で三万人がいなくなった。故に、罠は仕掛けられていない思われる。周囲にも不穏な動きはない。となれば、考えられるのは一つだろ。クリプトン軍はカルマから撤退した」
集まっていた人々が、一瞬沈黙してしまう。それは、確かに真先に思いついたことだけど、でも、すぐに却下した考え方だった。だって、これだけじゃ根拠として弱いと思う。けど、これ以上の考えは思いつかない。結局のところ、これしかないのだ。
「いずれにせよ、カルマにいる人間は五百六十人だ。今のところ、これ以上増えることはない」
「それに、その人間は僕たちの仲間かもしれない。つまり、クリプトン軍に捕虜にされていた者たちだよ」
ジェグルさんも谷山くんの楽観論に賛同したよう。
「もしそうなら、いいことだわ。あたしも谷山くんの意見に賛成。敵だとしても五百人余りだったら簡単だしね。それにカルマで物資が補給できると思うから、予定通り、カルマへは行くことにしましょう」
あたしがこう言うと、司令部メンバーはみんな容認してくれた。
「じゃ、すぐに出発します。それぞれ持ち場に戻って」
みんなは一斉に立ち上がり、散っていった。谷山くんも鉄砲隊に戻った。あたしとジェグルさんは馬に跨がり、隊の先頭に立った。
真っ赤になって溶けてしまいそうな夕日が、背後の地平線に沈もうとしていた。
☆ ☆
夜の行軍とはいえ、道はクリプトン軍が撤退していったあとだから逆に歩きやすかった。何十台もの車やキャタピラーなどが通ったことで、道が広く整地されてしまったからだ。カルマまでの道のりは、丘陵地帯を登ったり降りたりする。標高差は最大で二百メートルくらいだから、そんなに大変なことではない。
午前四時頃だろうか、丘陵地帯の出口を思わせる長い下り坂が現れた。ナイトサーチで見るとその麓に集落を見つけた。ネディアほど大きくはないが、高い城壁に守られている。あれがカルマだ。海岸に面し、良港があって、昔は南海の島々を結ぶ交通の要所だったそうだ。今、港には一隻の船もない。クリプトン帝国の侵略により、ネディナイルの産業は全て消滅してしまったのだ。
あたしたちは麓まで下り、カルマまで八百メートルのところまで接近した。
「警戒している様子はないな……」
カルマの様子を伺っていたジェグルさんは、こう呟いた。カルマは、まったく闇の中だった。明かりもなく、人影もない。もちろん、レーダーにはカルマの中に五百六十三人いることになっている。
「サヤカ、どうする?」
「とくに変わった様子もないですし……、先にあたしが行ってみます」
「ならば、僕も一緒に行こう」
腰の剣の柄を握って、ジェグルさんは言った。
「危ないかもしれないですよ」
「だが、カルマの街並みに詳しいものがいなければサヤカも大変だろう」
そんなことはないんだけど。でも、ジェグルさんもあたしを心配して言ってくれているのだから、一緒に来てもらうことにした。彼の剣の腕なら、足手まといにはならない。
「じゃ、お願いします」
☆ ☆
カルマの入り口の門は、施錠されていなかった。扉をそっと開け、中を覗いてみたが、やはり人の気配はなかった。
レーダーを拡げ、カルマの中の五百六十人の位置を確認する。カルマの街のほぼ真ん中辺りに、数人ずつのグループが散らばっている。それぞれに動きはない。眠っているのか、それとも、何かを仕掛けてくるのか。
「カルマの街は中央の広場を中心にして放射線状に道が広がっているんだ。真ん中辺りといったら、その広場になる」
道は遥かにまっすぐと延びていた。その先に広場のようなものが見える。中央に高さ三メートルくらいのポールが立っている。ズームで見ると、何か装飾がされていた。それがどういうものをかたどっているのかは良くわからない。
あたしたちは、ゆっくりと進んでいった。
音を消して歩いているその足元を、風が吹き抜ける。そんなに強い風じゃない。軽い塵や細かい砂が流される程度。
乾いた冷たい夜の風が、地面で渦を作り、街の建物をかすめ、木々を揺する。人の気配はないのに、遠くからざわめきが聞こえてくる。闇の中を何かが走り回り、扉が悲鳴を上げている。
不思議な感覚。耳に聞こえる音は、データのまったく無い音。その発生源を特定できない音。機械では判別できない音。
でも、あたしには聞こえる。それが不思議だった。何の音かはわからない。でも、あたしには聞こえる。
「サヤカ、どうかしたのかい」
後ろにいたジェグルさんが訊いてくる。いつのまにか、あたしの歩みが止まっていた。
「ごめんなさい、なんでもないです」
こんなことを考えている場合じゃなかったわ。あたしは頭を振ってふたたび歩きだした。
やがて、広場にたどり着く。学校のグラウンドが二つくらい入るような広さで、ジェグルさんの言うとおり、真ん中に立つと広場に通じる全てのとおりを見渡すことができた。
「レーダーではあの建物の地下にいるようになってます」
「行ってみよう」
広場に面したその建物は、たいして特徴のない、藁葺き屋根の家だった。あたしはハンドレーザー銃を取り出し、その家に入った。
入ってすぐが台所のようで、さらに奥へ行くとテーブルのある居間にたどり着いた。見回して、右手に扉を見つける。後ろのジェグルさんに合図をして、その扉を開けた。思ったとおり、その向こうには地下へ続く階段があった。
レーザー銃を構えながら階段を降りる。石垣を組んだ壁や天井から、雫がポトポトと落ちてくる。湿気が通路の中に充満していた。明かりがまったくないから、ナイトビジョンで様子を探りながら先に進んでいく。二十段降りて、ようやく床に着いた。人が一人しか通れない幅の通路を、さらに左右に曲がりながら奥へと進む。と、通路は鉄の扉に遮られて行き止まりになっていた。生体反応はこの先だ。
「誰かいるの?」
声をかけて、中の人を確認する。と、少し間を置いて、かすれた声が返ってきた。
「……だ、誰だ」
「アルフェスのジェグルというものだ。君らは、カルマの者か?」
後ろにいたジェグルさんが答えてくれる。中の人は、やっと声を絞り出すように返事をした。
「そ、そうだ。早く、助けてくれ……」
「わかったわ、待って、すぐに」
そう答えて、あたしは第一級戦闘モードに切り換えた。こうしたほうが扉を力任せに開けられる。鉄の扉の把手に手をあて、一気に引いた。ガンッ、と大きな音をたてて、扉は蝶番ごとはずれた。
中には合わせて三十七人いた。八畳くらいの広さの中にはとくに設備はなく、むせるくらいの湿気がこもっていた。その劣悪な環境の中に、十才くらいの女の子から六十を過ぎたおじいさんまでがいた。
「大丈夫ですか?」
傍にいたおじいさんに声を掛ける。どうやらこの人がさっきの声の人らしい。
「……もう三日も閉じ込められて、何も食べてないんだ」
「クリプトン軍がやったの?」
「ああ。私たちは労働力にならない役立たずだからといってな。し、しかし、クリプトンはどうなったんだ? 君たちはどうして……?」
「あたしたちは、ネディナイルを救うために立ち上がった、ネディナイル国の軍です。とにかく、みなさん、地上へ出ましょう。クリプトン軍はカルマから退却して、もう安全ですから」
部屋にいた人みんなから、喜びと安心のどよめきが起きた。
☆ ☆
その後、数カ所にいたカルマの人々を助け出した。衰弱している人もいたけれど、ほとんど無事で、あたしたちは胸を撫で下ろした。
結局、クリプトン軍はカルマから撤退したのだ。ネディア戦のあと、一度カルマに立ち寄り、すぐに撤退を始めたらしい。ネディアでの被害はやはり相当なものだったに違いない。日が昇ってから街を調べてみると、食料や弾薬がそのまま残されていたのだ。大体、カルマの人を捕虜として連れて行くなり殺してしまうなりしていないのも普通じゃないし(今回はそんなことをしていなくて良かったけど)。きっと大慌てで退却していったのだろう。
あたしたちは、カルマで二日間休息を取ることにした。アルフェスで戦闘を始めて一週間、休息と言えるものはそれほど無かったから、とくにアルフェスの人達に疲労がたまっているようだった。
その日の午後、カルマの人の訓練が終わって街の中を歩いていると、偶然舞ちゃんと出会った。まあ、休憩中だし、今まで忙しくて話もできなかったっていうことで、散歩がてら話をしていた。
中央広場へ行ってみると、なにか、きれいな音色が聞こえてきた。
「さやか、この音、クラリネットに似てる」
舞ちゃんが、耳を澄ましながら言った。吹奏楽部でクラリネットを吹いている舞ちゃんが言うんだから、その音に似ているんだろう。
広場を見回して、その音の発生源を探した。広場のほぼ中央に、ミンキさんとヤンモちゃんがいた。楽器を吹いているのはミンキさんだ。
「ミンキさん、その楽器、何て言うんですか?」
あたしがこう訊くと、ミンキさんは楽器から口を離した。見た感じも、クラリネットに似ていた。
「クルーナって言いますの。わたくしのおじいさま(注・ダルトス様のことね)からもらったものですのよ。おじいさまもひいおじいさまから受け継いだものだって言ってましたわ」
「ほら、さやか、やっぱりクラリネットそっくりよ。形もそうだけど、リードもキーも同じ造りをしてる」
舞ちゃんはクルーナを覗き込みながら、興奮した声を出した。そんな様子を見て、ミンキさんは舞ちゃんにクルーナを差し出した。
「どうぞ、手に取ってよくご覧になって」
「ありがとうございます」
手にした舞ちゃんは、キーに指を置いてみた。
「ちょっと位置がずれてるけど、やっぱり一緒よ、さやか。何だか、凄く不思議……」
あたしは、舞ちゃんと一緒に吹奏楽部の入部説明会に行ったことを思い出した。あのときも、楽器を見ていた舞ちゃんは少し興奮していた。よほど音楽――とくに楽器演奏が好きなのかな。
「あの……、少し吹いてみていいですか?」
興奮した舞ちゃんにいつものはにかみは見られなかった。舞ちゃんの申し出にミンキさんは快く承知し、舞ちゃんはクルーナを口に含んだ。
息を吹き込むとクルーナは音を発した。確かに、舞ちゃんの吹くクラリネットのような音だ。舞ちゃんは調子に乗って、音階を昇り降りした。
「指遣いも音階も、ほとんど一緒だわ。さやか、不思議だと思わない? あたしたちの世界とは違うはずなのに、楽器が同じだなんて」
「……そうね、そう言われてみれば……」
でも、楽器の発達過程が偶然一緒だったってことも考えられる。基本コンセプトが一緒だったら、使うのは五本の指を持つ人間なんだし、同じものができてしかるべきだと思う。
舞ちゃんは、今度は曲を吹きはじめた。この前の定期演奏会のときのものだ。『春の猟犬』ていうタイトルだったと思う。その名のとおり、長く冷たい冬が過ぎ去り、待ちに待った春がやって来て、お花が咲き乱れる原っぱを、猟犬が喜び走り回っている、といった感じの曲なのだ。
「上手ですわ。どうしてこんなに上手に吹けるんですの? わたくしなんて半年も練習したのに」
ミンキさんも感心して舞ちゃんを見ている。舞ちゃんだってすぐに吹けたわけじゃないけどね。でも、この地域に一台しかない楽器が吹けるんだから、凄いことなのかもしれない。
曲は“主題”の部分だけで終わった。舞ちゃんは照れながらクルーナを返した。
「すいません、調子に乗って……」
「いいえ、マイさん、とっても上手でしたわ」
クルーナを受け取る。ちょうどそのとき、遠くからミンキさんを呼ぶ声が聞こえた。
「ごめんなさい、これで失礼しますわ。マイさん、また曲を聞かせてくださいね」
そう言って、ミンキさんは去っていった。ヤンモちゃんもミンキさんの後についていった。
「ほんと、舞ちゃんって音楽が好きなのね」
あたしがこういうと、舞ちゃんはまた頬を染めてうつむいた。
「ずいぶん楽しそうね、お二人さん」
と、あたしたちの後ろから、こんな声が聞こえてきた。
「というより、一人とひとつと言ったほうがいいかしら。人間でないものを一人とは呼べないわよね」
振り返る。そこには、大倉さんが、敵意のある視線を投げかけていた。そしてその後ろにはあゆみちゃん、祐子の姿もあった。
☆ ☆
「面白いものね、ロボットでも音楽がわかるの?」
厭味な口調で、いやらしく笑みを浮かべながら言う。その大倉さんの表情に、以前のような、あたしに対する恐怖のものはなかった。
「かなり高性能なロボットなのね。笑ったり怒ったりできるんだから。でも、わたしはあなたが涙を流しているところを見たことがないわ。ここまで完璧な性能なのに、涙の機能がないなんてね。戦争をするロボットに涙は必要ないのかしら」
「……何が言いたいの、大倉さん」
大倉さんの敵意は、また別のものだ。明らかにイジワルの部類に入る。こんなねちねちした言い方は、大倉さんの得意とするところだ。
「戦闘用ロボットは、人間が戦うってことをまったく考慮に入れてないってことよ」
「どういうこと?」
「これだけ言ってわからないの? あなたって本当に戦争するだけのロボットのようね!」
口調が荒くなった。
「あなたの無茶な作戦でどれだけの人が傷ついたかわかってるの!? 死人もたくさん出たわ。二日間休息だ、なんて言われても、わたしたちには一時間の休憩もないのよ! よくそれで救世主なんて言っていられるわね!」
あたしが言ってるんじゃない。でも、言い返せなかった。大倉さんの言っていることは間違っていない。負傷者がたくさん出たのはあたしの作戦ミスのせいでもあるし、訓練不足のためだ。
「殺人兵器にこんなことを言ってもわからないかしら? 所詮機械の固まりには心なんてあるはずないものね」
「そんな……、あたしだって責任を感じてるわ。でも、仕方ないじゃない。これは戦争なのよ。クリプトン軍はあたしたちの数百倍はある軍隊なのよ! どうしたって負傷者は出ちゃうのよ。無理言わないでよ」
「どうしてあなた一人で戦わないの?」
立て続けに大倉さんは言った。
「あなた一人で十分なんじゃないの? それだけの力があるんだもの、クリプトン軍なんて赤子の手をひねるようなものでしょ。わざわざわたしたちに戦わせなくてもいいじゃないの」
「無理よ。あたし一人じゃ、万単位の相手に対抗できないわ」
「出来ないことはないはずよ。だって、あなたは死なないんだもの」
「機械にだって限界はあるわ。無茶をすれば壊れるのよ! 無敵って訳じゃないんだから」
「無茶をしてでもクリプトン帝国を倒せば、あたしたちは誰も死なないで済むのよ、あなた一人の犠牲でね」
……!
もう、何も言い返せなかった。大倉さんははっきりとあたしに死ねって言ったのだ。これ以上、もう言い返す言葉もない。
「あなただって本望でしょ。誰一人として死なないんだから。間違ったことは言ってないはずよ、救世主なんだから当然ね」
本気で言ってるのだろうか。大倉さんの眼は、何か挑戦的に輝いている。挑戦的――あたしに何か期待している。何か、言わせたいんだわ。
「何とか言ってみなさいよ。しゃべることが出来なくなったの? ロボットのくせにたいしたことないわね!」
「いい加減にしたら、大倉さん」
何にも言えないあたしをなぶり続ける大倉さんに、そのとき、別の声が投げかけられた。大倉さんの後ろにいたあゆみちゃんだった。
大倉さんは驚いた様子で振り向いた。
「意外だわ、沢村さん。あなた、野村さんと縁を切ったとばかり思っていたけど」
あゆみちゃんは大倉さんをきつく睨み付けていた。それはアルフェスであたしに向けられたものと一緒だった。その後ろにいる祐子は、やっぱり同じようにオドオドしている様子だった。
「そうよ。人間世界に土足で入り込んだ機械人形のことなんて知らないわ、勝手に誤解しないでよ。あたしは、あんたの言っていることにすごく腹が立つの」
あたしを一切見ないで、あゆみちゃんは吐き捨てるように言った。わかっているとはいえ、このきつい言葉には傷ついてしまった。機械人形だなんて、ひどい言われ様だ。
「わたしの言っていることが間違っているとでも言うの?」
「そうよ。自分勝手すぎるのよ、あんたの考え方って。野村さん一人に任せて、自分だけでも助かろうなんて、ムシが良すぎるんじゃない? それに、あんたが忙しく仕事をしているところって、あたし見たことないわ」
大倉さんは返答に詰まってしまった。ぎりぎりと歯噛みをして、あゆみちゃんを睨む。
「個人的な憎しみでみんなの命だの平和な世界だのと言って欲しくないわ。前から、そうやっていかにも自分に正義があるように言って、あたしムカムカしてたのよ」
「……あなただって、そうやってでしゃばって、いい子ぶるじゃない。長いものに巻かれることだけが正しいと思ってるんでしょうけど、間違っていることに正義はないのよ!」
二人のにらみ合いが激しくなった。どうしたらいいんだろう。あたしのせいで二人が喧嘩になったんだったら、何とかしなくちゃ。
でも、そんなことをする余裕は、まったく無くなってしまった。急にレーダーが、異常な熱源を探知したのだ。
たとえば、焚き火をしてるとかだったら問題はないんだけど、発生源は、弾薬庫の中。しかも、熱量はどんどん大きくなっている。
生体反応を見たら、弾薬庫の付近には二十人ほど人がいた。その中に、菊池くんと佐藤くんの反応もあった。菊池くんは弾薬庫の中、佐藤くんはそこから少し離れたところにいた。
「あの、あたし、ちょっと行かなくちゃいけなくなったんだけど……」
こう言ったのは、まずかったかもしれない。大倉さんはすぐに反応してきた。
「まだ話は終わってないわよ、逃げるの!?」
「ち、違うわ! 弾薬庫が危ないのよ。すぐに行かないと大変なことに……!」
「そんなこと言って、見苦しいわよ!!」
大倉さんがあたしに言い返した、そのとき。
ズズズーンッ!!
重々しく地響きがして、弾薬庫から火柱が立ちのぼった。
☆ ☆
瞬間、レーダーから七人の生体反応が消えた。
七人――その中に、その中に、菊池くんの反応が……! あたしは、すぐに弾薬庫へ走った。
菊池くんの反応が消えた。消えた、ということは、死んだ、ということ。いや、でも、……死んだ? どれだけあたしの情報が正確であっても、信じられない。信じられない!
あっと言う間に弾薬庫の前に着いた。
弾薬庫は見上げるほどの炎が包み隠していた。その赤い世界の中に、生体反応はない。
いや、そんなことはない。そんなはずはないわよ。この中にきっと助けを求めている人がいるに違いない、菊池くんがいるに違いない!
火の中だって平気のはず。あたしはためらうことなく炎の中に突っ込もうとした。
「バカ! 死ぬつもりか!!」
谷山くんが腕を掴んであたしを止めた。
「放して! 菊池くんがこの中にいるのよ!!」
「菊池が中にいたのか!?」
「そうよ! 早く助けないと!」
谷山くんはあたしの腕を強く引っ張って、弾薬庫から離した。
「もう無理だ、この火じゃ助からねえ」
「でも!」
「レーダーには反応がないんだろ!」
――レーダーには反応がないんだろ!
谷山くんの言葉が頭の中で響いた。レーダーに映っていた菊池くんの反応は、消えたんだ。今も反応はない。
あたしは地面にへたり込んだ。
炎の帯は、まったく衰える気配も見せないではためき続けていた。真っ赤に染まった景色を、何も考えないで眺める。
しばらくして、舞ちゃんたちがやってきた。
「何があったの、さやか。ねえ、さやかってば」
揺り動かす舞ちゃんに、あたしはようやく返事をした。
「……菊池くんが、この中にいたの……。舞ちゃん、反応が消えちゃったの……」
舞ちゃんは、眼を見開いて息を呑んだ。その後ろにいたあゆみちゃんも祐子も大倉さんも、立ち尽くしてしまう。
「いつまでボーッとしてるんだ、野村。消火活動の指揮をとれ」
谷山くんがあたしに声を掛ける。でも、何にも答えが浮かんでこない。
「なにやってんだ、責任者のお前がそんなことでどうすんだ」
「……菊池くんが死んじゃったのよ」
「しかたねえだろ、事故だ」
「でも……」
「後悔より先にすることがあるだろ! 菊池のことを考えるな、今現在のことを考えろ!」
谷山くんの言っていることはわかる。でも、死んじゃったのよ! みんなで元の世界に戻ろうって言ってたのに、死んじゃったのよ!
弾薬庫の異変に気づいたときに、すぐ駆けつけていれば、こんなことにならなくて済んだかもしれないのよ。間に合わなかった、わかっていたのに。
あたしは、ノロノロと立ち上がった。もう火は大方消えている。ジェグルさんを中心にして消火したおかげで、大火にはならなかった。
真っ黒の地面、燻る柱の跡、原形を止めていない燃えかす。建物は跡形もなく焼け落ちた。
無駄だとわかっていながらも、レーダーを拡げた。反応はなかった――。
「おそらく、クリプトン軍の仕掛けた時限発火装置が原因だろうな。野村が感知した熱源がそうだ」
現場検証の結果、谷山くんはこういう結論を導き出した。といっても、どこが火元で、なぜ発火したか、などはわかってない。あたしが感じた熱源が主な理由だ。
「……もっと早くあたしがわかってれば、こんなひどいことには……」
「言うな。後悔したところで解決できるわけじゃない」
「……うん」
もう陽は西の地平線に半分沈みかけている。あたしは指令本部のメンバーとこの事件について話し合い、でも、たいした対策は決まらなかった。危険性を考えれば、どこに行ってもクリプトン軍が罠を仕掛けている可能性はぬぐえない。しかもそれを回避する力があたしたちには不足しているのだから、いつどこで事故が起きても不思議ではないのだ。とにかく、常に注意するしかない。
会議はすぐに終了し、あたしと谷山くんがそのまま建物の中に残っている。三十分以上黙ったまま、あたしはボーッとしていた。何も考えられなかった。いろんなことが思い浮かんだ。
そう、いちばんショックだったのは、菊池くんが死んだのに、『涙』が出なかったことだった。大倉さんの言うとおり、あたしは涙を流すことは出来ない。もともと涙腺なんて無いのだから。悲しい、という感情は知っているのに、それを表現することが出来ないのだ。あたしが思っていることは、いくら言葉で言っても信憑性がない。態度に出てないから。それが悲しかった。
そして、今、こうしてあたしはボーッとしている。これもショックだった。菊池くんが死んだのに、あたしはボーッとしている。こんなことって、ありなんだろうか。たった二時間のあいだに、菊池くんの死はもう過去になっている。あたしは、ボーッとしている。菊池くんの死が、もう何十年も前のように感じている。
「身近な奴が死んで、混乱してんだ。今までお前の身近な人間が死ぬって事を体験してないからだ」
谷山くんはそんな経験がある、と言っていた。小学校のとき、親しくしていた友達が車に轢かれたって。
不思議と悲しくなかったって。涙すら出てこなかったって。もう昔からいないって感じたって。
何か後悔したところで、生き返ることはないんだ。死ぬって事は、仕方がないことだ。そう言って、谷山くんは外へ出ていった。
そうなんだろうか。あたしは、谷山くんみたいな考え方はわからない。あたしが悲しくないのは、あたし自身の問題だと思う。悲しい、という感情は、戦闘用ロボットには必要のないものだから。
しばらくして、あたしも宿舎に帰ることにした。すっかり辺りも暗くなって、一番星が輝いていた。
通りの角を曲がる、と、そこに、大倉さんがいた。
大倉さんは木の箱の上に座って、足をぶらぶらとさせていた。西の空の赤い光を背にして、重いシルエットを作りだしていた。
あたしが近寄ると、すぐに大倉さんは気がついた。夕闇に映えた大倉さんの表情は、一瞬にして憎しみの形相に変わった。
「あなたが殺したのよ」
その声は、地の底から響いてくるようだった。
「あたしじゃない……」
「あなたが殺したのよ! あなたがいなければ、こんなことにはならなかったんだわ」
「違うわ! あれはあたしがやったんじゃないし、あたしがいるいないは関係ないわ」
「あなたがいなければ、こんな世界に来なくて済んだんだわ」
大倉さんは木箱から降り、あたしのほうに向いた。
「あなたなんでしょ、こんな世界にあたしたちを連れてきたのは」
「……どうして? 違うわよ、そんなわけないじゃない」
「みんなあなたが悪いのよ! あなたのせいでこんなことに……!」
言葉が詰まる。大倉さんは強く拳を握りしめて、そのまま振り返ると走り去っていった。
「あたしじゃない! 誤解よ!!」
たまらず、あたしはこう叫んだ。大倉さんに届いたかどうかは不安だけど……。
☆ ☆
翌日、カルマの東に位置するビスマスという街から、援軍がやって来た。総勢約八百人。男性が大半を占めていて、頼もしい戦力になってくれそうだった。
今日も一日休息となってはいたけれど、指令本部の面々は朝から作戦会議を開いていた。今後の行軍予定と、クリプトン軍の状況などについて。
ビスマスの人々の情報では、ネディナイル島の東海岸にはクリプトン軍の戦火はあまり及んでないそうだ。というのは、東海岸の地形はリアス式になっていて、歩くことさえ難しい崖が多く、だからクリプトン軍もやって来ることは出来ない。でも、東海岸山脈の西側――つまり内陸側からはクリプトン軍は進攻をしている。このままいけばビスマスも戦火にさらされることになっただろう。
「あたしたちは、カルマから北へ向かいます。北部山地を越えて、アルフェス街道をリーマ平原へ抜けていきます。で、クリプトン軍のネディナイル侵略の拠点と言われているトートを叩く。それでクリプトン軍の統率が崩れて、撃退も容易になると思われます」
このあたしの意見には異論はなかった。といっても、味方の数はまだ千九百人だから、撃退も何もないんだけど、どうなっても前へ進んでいくしか方法はない。
話し合いはまだまだ続くので、昼休憩をはさむことにした。
あたしはとくに食べる必要もないから、広場で日向ぼっこでもしていることにした。雨期はまだまだ先らしく、今日も青空が広がっていた。
本部の建物を出て、表通りに出る、と、そのとおりを挟んだ向かい側に、祐子がいた。
祐子はあたしの姿を見つけると、少しおどおどしながらも近寄ってきた。
「さ、さやか……。あの、ちょっと、話があるんだけど……」
偶然通りかかった、なんて感じじゃないのは確かだ。あたしが出てくるのを待ってたんだわ。
祐子があたしに直接話しかけてくるなんて、(例え今あたしの立場がみんなに避けられるものでなくても)すごく珍しいことだ。中学に入って知り合って以来、こんなことは数えるくらいしかない。
「あの、あたし、に?」
「ここだとちょっと……、どこか場所を変えない?」
周りを気にしていた。何かあったのかな。
「じゃあ、この中で」
あたしが指令本部の建物を指さすと、祐子は小さく頷いた。
☆ ☆
「……とってもおせっかいなことかもしれないけど」
まず、祐子はこう言った。言って、少し間を置いて、続けた。
「あの……、でも、これはわたしが勝手に思ったことなんだけど……」
「祐子は、あたしのことはいいの? ずっとあゆみちゃんといるから、あたしのことを……」
祐子はすぐに大きく頭を左右に振った。
「ううん、わたしはあゆみとは違うわ。さやかは今までと同じだと思うし、わたしも変わらない。……で、話はあゆみのことなんだけど……」
まずは一安心といったところだろうか。祐子もあたしのことを理解してくれていた。でも、祐子だけこうしてあたしに会いに来るところを見ると、あゆみちゃんはやっぱり違うんだわ。
「昨日、あゆみがさやかに言ったこと……、その、つまり、機械人形が云々ってこと、あれはあゆみが本当に思っていることじゃないの」
ところが、祐子は予想外のことを言った。
「……それって、どういうこと?」
「その……、あゆみもわたしと同じで、さやかが今までと一緒だって気づいているはずなの。でも、あゆみは、単に人間でないものがいつの間にか日常に入り込んでいることにこだわっているんだと思うの」
「あたしが、日常に存在すべきでない、エイリアンだってこと?」
「そうじゃないの。なんていうか……、もっと単純に、ただその事実を忘れることが出来ないんだと思うの」
あたしがロボットだということを忘れることが出来ない、ということだろうか。大倉さんみたいに、憎しみや敵対心はないんだろうか。まだ、あゆみちゃんに関してはわからない点が多い。
「さやかと仲直りしようって、あゆみに何度か言ってみたんだけど、まだわからないって……。わたしは、あゆみともさやかとも、いつまでも友達でいたいの。あゆみには、もっと仲直りしようって言い続けるから、だから、さやか、あゆみのこと、嫌いにならないで」
祐子は、眼に涙を溜めながら、あたしに言った。
「あゆみのこと、嫌いにならないでね。お願い」
「うん。それはもちろんよ。あたしはみんなのことを嫌いになるなんて、一度だって思ったことはないわ」
いつも話すことが少ないから、こんなに感情的になった祐子を見るのははじめてだった。陽のあゆみちゃんに、陰の祐子。よくそう言われていたけれど、でも、祐子はこんなに積極的で、あゆみちゃんのことをこんなに思っている。
「……ごめんなさい、変なこと言って。もう行かなくちゃ、休憩時間が終わるから」
「救護班って、そんなに忙しいの?」
「人手が足りなくなってるの。けがをする人が多くなって、手当が追いつかないの。でも、救護班に回せる人は、もういないんでしょ?」
十四才から五十才までの男性が戦闘に参加している。残った人で救護班と食料班に分けているから、人員整理の余裕はない。
「ごめん、あたしが無茶な作戦を立ててるから、これからもけが人が多くなるかもしれないわ」
「大倉さんの言うことは、気にしないほうがいいと思う。あの人、さやかに意地悪をしているだけなの」
そうでしょうね……。
「もう行くね。ありがとう、さやか」
軽く手を振って、祐子は足早に外へ出ていった。
☆ ☆
カルマ四日目の朝、あたしたちは北へ向かう準備を整えて、出発した。最初は、アルフェスの北七十キロメートルの地点に広がる、リーマ平原を目指す。そこまでの行程は約二日。
リーマ平原では、東海岸中部にいた人々と合流することになっている。昨夜遅く、そこの使者がやって来たのだ。総勢約二千人の人々は、あたしたちより一日ほど遅れてリーマ平原に到着する。あたしたちと合わせれば、約四千人に達する。戦力も少しは向上するに違いない。
カルマを後にし、カルマの北にある丘陵地を越え、まず一日目はその丘陵地の上でキャンプを張った。
翌二日目、丘陵を下りて、遥かに広い平原を東海岸の人々と落ち合う地点に向かった。
ところが、間もなくリーマ平原の区域に入ろうとしたとき。
「リーマ平原に軍がいるわ」
あたしのレーダーが、そこにいる約七千のクリプトン軍を探知したのだ。
「いやに少ないな……。偵察部隊か何かだろうか」
隊の先導をしているジェグルさんは、その数に不信を抱いた。でも、これはたしかにクリプトン軍だ。以前探知したものと同じ金属反応がある。間違いはないはずだ。
「どうします?」
「戦わないに越したことはないが……」
「でも、ここで東海岸の人と合流する約束だから、行かないわけにはいきませんよね。敵は一万人だし、向こうが仕掛けて来ない限り、そのままにしておきましょうか」
戦力を無駄に使わず、温存しなければならない。あたしたちはクリプトン軍と約五キロメートルの間を置いて、キャンプを張った。
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日は暮れ、夜になっても、クリプトン軍の動きに変化はなかった。あたしたちは向こうに気づかれないように火を焚かないで、警戒体制を取っている。一方の敵は、まだあたしたちに気づいていないのか、夜闇の中に赤々と灯をともしている。
「とりあえず、今日はこれで休みましょ。動きがあるとしたら、明日以降になると思います」
「そうだね、次の戦いのためにも体力を温存しておかなくては」
まだまだ戦いは続く。ここで気を張って体力を消耗したんじゃ、この先大変になってしまう。
あたしを含め、二十人で警戒することにした。あたしは寝なくても大抵平気だし、あたしのレーダーが警戒に一番役に立つ。
あたしがなぜ寝るか。これは人間の生理現象と一緒なんだけど、寝ているあいだに記憶メモリーの中にある情報を整理するのだ。つまり、要らない記憶、必要性の薄い記憶、細かい記憶などは、寝ているあいだに消去したりあるいはダイジェストを作成したりする。記憶する容量には限界があるから、この作業はとても大切だ。毎日のことを細かく覚えていたら、メモリーがパンクしてしまう。
そして、その作業の過程で、その一部を一度見て重要性を確認することがある。これが夢なのだ。その内容は、不連続に現れるから、正確な流れは見えない。ただ、事実に則した内容であることには間違いはない。
一日寝ていなくても、メモリーには十分に空きがあるから、問題はない。夜もかなり更けてきたころだろうか。そう思い続けながら、でも、何故か、あたしは眠ってしまったのだった。
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☆ ☆
目が覚めた。
あたし、いつの間にか寝ちゃったんだ。時間が一時間進んでいる。
頭を大きく振る。どうしてなんだろ、また嫌な夢を見てしまった。何でこうも度々昔のことを夢に見るんだろう。しかも、また覚えてないんだから始末が悪い。
と、レーダーに異変が生じているのに気がついた。さっきまで動きの無かったクリプトン軍が、今、あたしたちのほうへ移動をしている。あと、二キロメートル。
あたしは、監視のためにいた物見櫓から下りて、指令本部のテントに駆け込んだ。仮眠中のジェグルさんを揺り起こす。
「クリプトン軍が動きだしてます。予定通り、戦車部隊を全面において、攻撃体制を取ってください」
ジェグルさんはすぐに行動を開始した。全軍には、明かりは灯さないよう注意をしている。敵にあたしたちの動きを気づかれないためだ。
もともと準備をしていたから、十分後には攻撃体制を整えることが出来た。敵はあたしたちがこうして待ち受けているなんて夢にも思ってないだろうから、十分不意を突くことが出来るはずだ。
「この暗さだから、目標はこうして定めます。まず、あたしがレーザー砲で第一弾を放ちます。みんなはその方向に向かって一斉に発砲する。あたしの狙いは確実だから、多少ずれてても当たるはずです。基本的に戦車部隊と鉄砲隊が攻撃してください。下手に白兵戦をやったら、敵も味方もわからなくなってしまうから」
あたしは各小隊長を集めて、とにかく時間がないから、要点だけを簡潔に説明した。
「敵は前に較べたら武装も弱いし数も少ないです。が、昨日の事故もありますし、油断しないでください。では、健闘を祈ります」
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一発目のレーザーは、敵の集団のど真ん中に命中し、その後の砲撃もその場所に集中したから、それで勝負はついた。おそらく夜襲をかけようとしたに違いないクリプトン軍は、逆に不意を突かれた恰好になった。
攻撃は二十分に及んだ。敵も反撃はしてきたものの不発に終わり、二千七百人が撤退していった。味方の損害はゼロ。誇れる数だ。
ところが、翌朝のこと。
「え!? あゆみちゃんとノキくんがいない!?」
太陽がようやくその姿のすべてを現したころ、舞ちゃんと祐子があたしのテントに駆け込んできた。
「昨夜からいないの! 祐子ちゃんと一緒にキャンプの中もまわりも隅々まで捜したんだけど……」
「昨夜って、具体的にはいつから?」
「私は、昨夜は会ってないの。祐子ちゃんがたぶん最後に会っていると思うんだけど、時間まではわからないって」
目を潤ませながら、祐子は大きく頷いた。いつもきれいな黒髪が今は振り乱れている。
あたしも昨夜は会っていない。いつもいる場所が違うから、最近なかなか会えなかった。実際、最後に会ったのはカルマにいたときだ。
「レーダーで見てみるわ」
さっそくあたしは、レーダーであゆみちゃんを捜した。
が。
体が一瞬弾かれたような気がした。
そ、そんな……、うそでしょ……。
レーダーにはあゆみちゃんもノキくんも映らなかった。
半径九十キロメートル。まさか、二人の足で半日足らずのあいだにこの範囲から出るはずはない。レーダーには昨夜の撤退していったクリプトン軍も映っている。けど、あゆみちゃんとノキくんの姿がない。
「さやか、どうしたの。まさか……」
舞ちゃんが心配そうに訊いてくる。なんて答えればいいんだろう。このデータが正しいのは前例のとおりだ。としたら……。
「……舞ちゃん、祐子」
首を振ってみせる。それだけで、十分答えになった。
祐子の体が揺れた。
「祐子ちゃん!」
あわてて舞ちゃんが祐子を抱き留めた。祐子はショックのあまり気を失ったんだわ。
祐子をあたしの寝袋に横たわらせた。面倒を舞ちゃんに任せ、あたしは救護班へ行った。救護班では、アルフェスの人達がノキくんがいないって事で大騒ぎになっていた。
あたしが姿を現すや否や、心配をあらわにしたお母さんたちがすがるようにやって来た。
「サヤカ様、ノキとアユミさんが……!」
「知ってます。二人を最後に見た人はいませんか? きっと二人は一緒にどこかへ行ったんだと思うんです」
しばらくして一人だけ名乗り出てきた。ヤンモちゃんだった。
「昨夜の戦いの前だったんだけど、ノキが、一人でクリプトン軍をやっつけてやるって言ってたの。で、アユミさんがノキと一緒にいて、無理だからやめなさいって言ってた。後は知らない」
ハキハキと答えてくれたけれど、ヤンモちゃんもノキくんがいないことで、やはり動揺しているようだった。
でも、どうやらあゆみちゃんたちがどこに行ったか想像がついてきた。ノキくんは以前からクリプトン帝国を強く敵視していたし、戦闘にも自ら志願してきたこともある。もちろん、まだ八才だから参加はさせなかったけれど。あゆみちゃんは、ノキくんが一人でクリプトン軍の陣営に乗り込んでいくのを止めにいったんだわ。そして、おそらく、その途中で夜襲をしかけようとしていたクリプトン軍に見つかった……。
そう! 寝てしまってたのよ、あたしは!!
無意識にも、寝てしまってたんだ、二人がキャンプから出ていったときに!! どうしてあのとき、寝てしまったんだろう。起きていれば、レーダーですぐにでもわかったのよ。
あゆみちゃんとノキくんは殺されたんだろうか、それすらわからない。戦いのときにはすでにレーダーには映ってなかったように思う。後悔の波が激しく打ち寄せてくる。あのとき、あたしが起きていれば……!
捜索はしなかった。亡骸でも、と思ったけれど、そんな余裕もなく、東海岸の人々がやって来て、あたしたちはクリプトン軍の本拠地、トートへ出発することになったのだ。合流軍の人の情報によると、どうやらクリプトン軍の兵力はトートに集結しつつあるらしい。早く移動しなければならなかった。
あなたが殺したのよ!
大倉さんには会わなかったけれど、でも、菊池くんが死んだときに投げつけられた言葉がリフレインしてくる。
今回も、あたしのミスだった。あなたが殺したのよ! そう言われてもしかたがない。
谷山くんは、そんなことまで気を回す必要はない、と言っていた。軍の最高司令官が一人死ぬたびに動揺してどうするんだ、と。でも、そんなことを言っていたら、あたしは本当に冷酷なロボットになってしまう。
ジェグルさんも同様のことを言っていた。ただ、悲しむ前に動かなければ、今度は全滅してしまうのだから、とも言われた。確かに、あたしはたくさんのネディナイルの人々を引き連れている。全滅するわけにはいかない。
トートまでは三日の行程。山はなく、なだらかな平原と二つの川を越え、北西へ進んでいく。
祐子は、高熱を出して寝込んでしまった。
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