第三章 秘密
なんて、なんて表現したらいいんだろう。まったく、ほんっとうにまったく思いがけない、夢でも見ているような、信じられない、そんな言葉しか思いつかない。それくらい劇的な再会!! あたしは一瞬自分の目を、まさかそんなはずはないのだけれど、思わず見えている光景を疑ってしまったのだ。けれど、どんなに目を凝らしても、確かにそこには、あゆみちゃん、祐子、菊池くん、そして佐藤くんの四人が、いる! ど、どうして、何でここにいるの!? という疑問と、言葉では言い尽くせないくらいの喜びが、同時にあたしたちを覆い尽くして、何を言えばいいのか、何をすればいいのか、でも次の瞬間にはみんながお互いに駆け寄ってきた。
「さやか!」
「あゆみちゃん! 祐子!」
「舞ちゃん!」
あゆみちゃんと祐子と舞ちゃんとあたしは、お互いに抱き合って、舞ちゃんが泣きだすと同時にあゆみちゃんと祐子も大粒の涙を流して泣きはじめた。駆け寄った菊池くんも目を潤ませ、大倉さんは床に倒れるようにして座り込み、泣きだした。
言葉なんて、そうよ、必要ないわ。こんなことを、どうやって表現すればいいの。これほどまでに嬉しい出来事を、『嬉しい』という言葉だけで表現するなんてとてもできない。この気持ちを形容するにはとても足りないのよ。
だって! まさかこんなところで、こんな形で再会を果たせるなんて、夢にも思ってなかったんだもん! もう、あゆみちゃんとも祐子とも、会うことは出来ない、まして、他のクラスメイトになんてとても思えなかった。いや、再開できるってことを考える事自体、思いつかないわ。この世界には、あたしたち四人しかいないって信じ込んでいたんだもん、どうして他にも誰かいるかもしれない、なんて考えることが出来るだろう。
だから、嬉しさだってこんなに大きなものになった。かつて経験したことのないくらい大きな大きな喜びに。
舞ちゃんたちはしばらくの間泣き続けた。時間にすれば、だいたい七、八分くらいたってからだろうか、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるあたしたちに呼びかける声があった。
「よかったのう。やはり、仲間の者であったか」
嗄れた男性の声が聞こえてくる。振り向くと、奥に座っていたおじいさん――ダルトス様が優しく微笑んで、あたしたちを見つめていた。
「門番の話で、ミンキの連れてきた子どもらと特徴が似ておったのでな」
ミンキって……、ああ、さっきジェグルさんと門番さんが話していた人のことか。あ、そうか、そのとき話に出た『変な子ども』って、あゆみちゃんたちの事だったんだ。
「さて、聞いたところでは、そなたたちは、自分がどこからどのようにしてこの地にやって来たのか、わからないそうだの」
ダルトス様は、優しい笑みを浮かべたままこう尋ねてきた。
「はい」
「尋ねるが、そなたたちはクリプトン帝国と何か関係はあるまいな」
また、クリプトン帝国……。あたしたちってそんなにクリプトン人に似ているんだろうか。
笑顔のままのダルトス様は、じっとあたしたちを見つめていた。とくに追求しようって感じじゃない。だけど、クリプトン帝国に敏感なのは、この質問で理解できる。普通、客人に向かって、こんな質問を吹っ掛けるなんてしないと思う。
「まったく関係ありません。クリプトン帝国なんて国だって知りませんでした」
あたしがはっきりと質問に答えると、ダルトス様は三回ゆっくりと頷いて、それからまたあたしたちを注視した。笑みは消えていない。これってどう解釈したらいいんだろう。
だって、ダルトス様はあたしたちを疑っている感じじゃないし、意味なく見つめているわけでもない。ダルトス様の視線はあたしたちの瞳に注がれている。瞳が見えないほど細い目から注がれる視線は、なんとも力強く、でも温かくて優しく包み込むような感じがした。見えない瞳が、とてつもなく大きく見える気がした。
やがて、ダルトス様はあたしたちから視線をそらした。
「みな、良い瞳を持っておる。常に柔和な光が輝いている。そなたたちの優しい心がよくわかった。このような状況で大したもてなしは出来ぬが、みなを客人として迎え入れよう」
「あ……、はい、ありがとうございます」
なんだか、よくわからなかったけれど、つまりあたしたちがこの街にいることが認められたって事なんだろうな。
「わが家に一つ開いている部屋がある。宿はそこを提供しよう。今後はジェグルが世話を見てくれよう。ここをわが家のように思ってくつろいでくれ。では、ジェグル、後は頼んだぞ」
「はい、ダルトス様」
ダルトス様は、その隣にいたダルトス夫人と護衛の人に支えてもらいながら立ち上がり、奥へと引き上げていった。ジェグルさんは二人に頭を下げて、あたしたちに歩み寄ってきた。
「よかったな、みんな。ダルトス様はすっかり君たちを信用してくれたみたいだよ」
「はい、ありがとうございます」
もうあゆみちゃんも祐子も舞ちゃんも泣いてはいなかった。
「でも、君たちまでこの世界に来ていただなんて、思いもしなかったよ」
こぼれんばかりの笑顔の菊池くんの目の淵にも涙がにじんでいる。
「ほんと。それで、さやかたちは、何か知っているの? 帰る方法とか」
と、あゆみちゃんが尋ねると、あたしたちは表情を沈ませてしまった。多分、訊かれる質問だろうとは思っていたけれど、あたしたちだってそれを訊きたかったのだ。
あゆみちゃんたちにはあたしたちの表情が答えになってしまった。このあと、少しでもヒントになるものがあれば、と思ってお互いに今までの状況を交換しあった。でも、期待は見事に裏切られた。
結局分かったのは、あゆみちゃんたちとあたしたちは、ほとんど同じ行動をしていた、ということなのだ。気がつくと、辺り一帯草ばかりの広大な平原の真っ只中。途方に暮れてさまよい歩いていたところを、ミンキさんに拾われた。だから、どうしてこの世界にいたのか、なんて、到底わかるわけがないし、戻る方法なんてヒントのかけらすらない有り様なのだ。
あの感動的な再会の場面とはうってかわって、重苦しい雰囲気が包み込んだ。何か手掛かりが得られると思っていたのに、実際にはそうでなかったのだから、浮かれ気分では当然いられない。
「ジェグル!」
なんて暗く沈んでいると、さっきダルトス様が出ていった入り口から、走ってくる女の人がいた。笑顔に涙を浮かべながら、手を広げ、ジェグルさんに飛び込んで抱きついた。
「ジェグル! よかったわ、無事で……!」
抱き留めたジェグルさんは、何だか照れているみたい。ジェグルさんの恋人なのかな、この女の人。
「ミンキ様、困りますよ。みんなの前で……。まいったな……」
と、ジェグルさん。そうか、この人がさっきから名前の出ているミンキさんなんだ。
年は、十六、七くらいかな。少しやせ気味って感じで、体全体がバランスのとれたプロポーションをしている。ジェグルさんは活発すぎて困るって話してたようだけど、たしかにそんな気配があるような気もする。でもとっても温かみのあるって言うか、無邪気な子どもって感じがあるから、男っぽい活発さとは違う。腰まである、オレンジ色に近い色をしたストレートの髪。褐色の肌だけど、ジェグルさんに比べてわずかに薄い。あたしたちの色と同じくらいかな。ジェグルさんたちと同じ白い貫頭衣を着ているけど、腰の紐が赤いリボンみたいなものだし、宝石のネックレスやイヤリングもつけてるし、服の裾がスカートみたいに手を加えられていたりしているところを見ると、普通の一般庶民ではなさそう。
「え? あ、ごめんなさい、だってジェグルさんが帰ってきたと聞いて、わたくし、いてもたってもいられなくなったもので……」
ジェグルさんに言われてようやくあたしたちの存在を気づいたみたいで、顔を赤らめて言い訳を言った。あは、なんだか、可愛い。
「あ、ああ、自己紹介が遅れましたわね。わたくし、ミンキ・レック・ノルエストです。よろしく」
ミンキさんの自己紹介に答えて、彼女に初対面のあたしたち四人が自己紹介し、あゆみちゃんたち四人とジェグルさんもお互いに交わした。
「とりあえず、旅の疲れを取ろうじゃないか。これから君たちの部屋に案内しよう。それから食事をして、ゆっくり休むといいよ」
紹介が終わって、ジェグルさんはこう提案した。そうしたら、大倉さんが不満そうな声を上げた。
「ねえ、ジェグルさん。もしかして、わたしたち、男子と一緒の部屋になるんじゃないでしょうね」
「そうだよ」
「イヤよ、男子と一緒の部屋なんて!」
「大丈夫だよ。部屋は八人くらいだったら十分な広さがあるから」
「広さが問題じゃないわ。わたし、女なのよ! わかるでしょ、言いたいことくらい」
まあ、ね、そりゃ、わからないでもないけど……。
「大倉さん、勝手なこと言わないでよ。仮にも居候なんだよ、あたしたち」
「でも、沢村さん、居候だって文句を言う権利くらいあるわ。あなただって、男子と一緒の部屋で寝るなんて、イヤだと思わない?」
「そりゃ、時と場合によるわよ。大倉さんのはわがままだと思うわ」
「とにかく、わたしはイヤよ、絶対に」
もう、この人はTPOを全然考えない人よね、いい加減にしてほしいわ。居候するあたしたちなのに文句言うなんて、それはやっぱり図々しいよ。礼儀ってもんよね。こんなときくらいわがままは控えて欲しい。
「くだらんことを気にする奴だな。誰もお前なんかに何かしようだなんて思わねえよ」
谷山くんが割って入ってくる。また、なにもこんなときに、人の神経を逆撫でするようなことを言わなくてもいいのに。
「くだらないこと? ふん、あなたのような無神経な人には、わからないわよね」
「ああ、わからんな。お前のような、わがままでばかな意地を張るすっとぼけた奴の考えが、俺にわかるわけがねえだろ」
「な、何ですって! よくも言ったわね!」
「ああ、何度でも言ってやるさ、わがままなガキ」
あー、もう、こんなときくらいケンカはやめてよ! と、その二人のあいだに、ミンキさんが入ってきた。
「いいわ、女の子はわたくしの部屋にしましょう」
「えっ、本当に!?」
ミンキさんの提案は大倉さんには嬉しいものだったけれど、うーん、大倉さんに合わせてくれるのは、どうも申し訳ない。
「良いのですか、ミンキ様」
「ええ、わたくしは構わないわ。オオクラさん、だったかしら。あなたもこれでいいかしら?」
「ええ、もちろんよ」
大倉さんはすっかり図に乗ってしまっている。ま、これで大がかりなケンカにならずに済んだのは確かだ。谷山くんは渋い顔をして大倉さんの増長ぶりを見ている。でもねえ、これから先のことを思うと、谷山くんの気持ちもわかるわ。大倉さんに振り回されないようにしなくちゃ。
そんなことを思いながら、あたしたちはジェグルさんとミンキさんの案内についていった。
☆ ☆
後からジェグルさんに聞いた話によると、ミンキさんはダルトス様の孫娘ということだ。両親は、共に小さいころに亡くされていて、今はダルトス様と一緒に暮らしている。
ダルトス様は、言ってみれば町長さんといった感じの地位の人なんだそうだ。ただ、ここには選挙制度がないから、この地位は世襲制らしい。そういうことで、ダルトス様には他に子どもも孫もいないし、ミンキさんが跡取り候補になっているんだって。
ミンキさんの部屋は、とっても広かった。十二畳くらいはあるかな。日が暮れてしまったから暗くて中はよく見えないんだけれど、板敷きでテーブルと椅子が数脚あった。灯は、行灯みたいな、油を芯に吸い上げて灯すタイプのもので、電灯に慣れきったあたしたちには、とてつもなく暗い。広いうえに暗いから、ミンキさんがちょっと用事があって出ていってあたしたちだけ残されてしまったら、どうしようもなく不安になってしまったのだった。
テーブルを囲んで座り、ただじっとテーブルの上の灯を見つづける。それ以外に何もすることがないし、何かする気分にもならなかった。みんなもそうみたい、誰も言葉を交わそうとしなかった。
「本当に戻れると思う、わたしたち……?」
そうあゆみちゃんが呟いたけれど、とくに誰かに宛てて言った言葉じゃない。でも、それはあたしたちの誰もが思っていたこと。大倉さんがリアクションを起こした。
「今更無理よ、戻れないわ、二度と」
「どうしてそう言い切れるのよ」
あゆみちゃんが聞き返した。でも、なんとも力がない。
「どうしようもないでしょ。なんにもわからなくて、なんにもできなくて。思うんだけど、もうそういうこと考えるのはやめにしない?」
「どうしてよ」
思わずあたしは声を出してしまった。どうしてそんなことを言いだすのよ。昨日もそう言って谷山くんにひどく叱られたって言うのに。
「だって、野村さん、何かいい考えでもあるって言うの? ないでしょ? あなたは昨日、可能性を一つも考えずにダメだなんて言ったら、何も始まらないって言ったわね」
う、うん、そう言ったけど……。だからなんだって言うの。
「それは、そうでしょうよ。でも、野村さん、今でもそれを強く言えるかしら?」
「そ、それは……。でも、あのときよりは可能性が……」
「どう違うって言うの? 結果から見れば、あのときはジェグルさんが来てくれたから命拾いしたけれど、それは単に死なずに済んだってだけのことだわ。元の世界に戻れるかどうかっていう問題は解決されてないのよ」
「だからこそ、考えてるんじゃない」
「だから、考えつかないんでしょ? 野村さん、何かいい考えでもあるわけ?」
「……ない」
反論できない。でも、言わせてもらえば、この世界の実態もわからないし、身動きもとれないあたしたちって、まるで地図もヒントもないロールプレイングゲームをやっているようなものなんだから。それでなにか考えを浮かべようなんて方が無理なのよ。
「どうせ助からないのなら、じたばたと考えるのはよしましょうって言ってるのよ」
「だって、それじゃ……!」
「そうね、そのとおりだわ」
と、急にあゆみちゃんが予想外な言葉を放った。ち、ちょっと、あゆみちゃんまでなんて事を言いだすのよ!
「あ、いや、別に大倉さんに賛成だって言ってるんじゃないわ。ただ、確かにこのまま頭を抱えて真剣に考えても、ムダだなって思ったのよ」
「どういうこと、あゆみちゃん?」
「あのね、つまり『待てば海路の日和あり』ってことよ。わたしたちの今の状態だったら、たぶん、名案なんて出てこない。だけど、いつまでもそうだとは限らないわ。少しずつでも情報を集めて、それから考えたほうがいいんじゃない? ね、そうでしょ?」
そうか、そうよね。今の何もない状態から、あーでもないこーでもないって考えあぐねても、何も思いつくわけがない。それより、少しずつでもヒントを見つけ出して謎を解いていくほうが、確かに確実だわ。
「……あなたたちがそう思うんなら、そうすればいいわ。わたしは、考えないことにするから」
大倉さんは、そういってテーブルに突っ伏した。まったく、協調性がないんだから。
「でも、早く帰りたい……」
舞ちゃんの呟きが、耳に入った。それは、舞ちゃんでなくても、あたしも、そしてみんなもそう思っているに違いなかった。
☆ ☆
あたしたちがこの部屋に案内されて、すでに四十分がたとうとしていた。確かジェグルさんは、食事の用意が出来たら呼びに来るって言っていたと思ったんだけど、まだ来ない。どうしたんだろう。まだ出来てないのかな?
さっきからあゆみちゃんのお腹が鳴っているのが聞こえていた。その音以外何も聞こえないから、目立ってしまって、あゆみちゃんは頬を赤らめてうつむいている。でも、お腹がすいているのは何もあゆみちゃんだけじゃなくて、祐子も舞ちゃんも大倉さんも空腹を我慢しているのが見てわかった。あたしはとくに食べる必要はないからどうってことはないんだけど。
「遅いね、ジェグルさん」
あたしがみんなに声をかけても、返ってくるのは生返事だけ。本当に、ジェグルさん、どうしちゃったんだろう。
と、そこへ菊池くんが大きなカゴを抱えて部屋へやってきた。
「おおい、食べ物を持ってきたぞ」
カゴの中には山盛りの果物が入っていた。真っ赤に熟れたリンゴみたいな果物。あゆみちゃんたちの瞳が一斉に輝きだした。
床にカゴを置くとすぐに四人は手に取って食べはじめた。あたしも、食べないと逆に怪しまれるから一つだけ手に取った。
「この果物、どうしたの?」
あたしは、一緒になって食べていた菊池くんにこう尋ねた。
「ああ、いくら待っても食事の知らせが来ないから、僕たちのほうから行ったんだよ。台所らしいところに行ったら誰もいなかったから、とりあえずかごのなかに積んであったこれを持ってきたんだ」
「いいのかな、勝手に食べちゃって……」
「構うことはないわ。お腹が減ってんだからしょうがないでしょ」
横から大倉さんが口を出してくる。でも、一言くらい断ってきたほうがいいと思うけどなあ。だって、これじゃ泥棒じゃない。
「これ、谷山くんと佐藤くんには持っていったの?」
「ああ、もうあげてるよ、心配ない」
「そう」
あたしが会話を交わしてからは、みんなは黙々と食べつづけた。特にあゆみちゃんは六つも食べて、満足げに笑顔を見せていた。
十五分ほどで、カゴの中にあった三十個ほどの果物は、すっかりなくなってしまった。
で、お腹が満足してしまったら、とくに何かしなければならないこともないし、こんな状況でお喋りする気分じゃないし、かといってテレビもマンガもゲームもあるはずないし、あたしたちはすごく暇を持て余していた。菊池くんは食べおわると男子の部屋へ帰っていっちゃった。
ぼーっとしていると、次第に寝息が聞こえてきた。見ると、大倉さんとあゆみちゃんと舞ちゃんが床に眠り込んでいた。祐子はまだ眠っていない。あゆみちゃんの側に座って手遊びをしている。
ますます暇になっちゃったな……。祐子は友達ではあるけど、進んで話をしたことはなかった、お互いに。とくに話題もないし。それにあたしたちがお喋りしたせいで三人を起こしちゃいけない。
外へでも出てみようかな。ふと、そう思いついた。ま、構わないわよね、別に。
「祐子、ちょっと散歩してきていい?」
祐子は手遊びをやめて顔を上げた。
「うん、いいよ」
「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくるね」
いってらっしゃい、と祐子は軽く手を振った。
☆ ☆
ミンキさんの部屋を出て、お庭が一望できる廊下を歩く。といってもお庭は暗くて良く見えなかった。
あたしは廊下を進んでいった。板敷きの廊下は、あたしが一足踏むたびにギシッと軋む。そう、まるでお寺みたいな感じ。小学校のときに一度、京都の清水寺に行ったことがある。あのときに踏みしめた廊下もこんな感じだった。
外に出てみようかな。街の様子とかもっと見てみたいし。あたしは、夕方あゆみちゃんたちに再会したあの部屋を通り抜けて、外へ出た。
大通りを歩いていると、風に乗っておいしそうな匂いが漂ってきた。風はどの方向からとも特定できないようなそよ風だったけど、周りを見ると、家々から温かい明かりが漏れて、明るい声も聞こえてきた。
なんだか、寂しくなってきた。やだな、こんな光景を見たら、無性に元の世界が恋しくなってくる。
元の世界――本当に、どうしたら戻れるんだろう。いつまでもこんな世界にいるわけには行かない。あたしたちはみんなで必ず元の世界に戻らなきゃ。でも、その方法が全然わからない。どうしたらいいんだろう。
「野村さん、どうしたんだい、こんなところで?」
と、突然声をかけられて、あたしは驚いて振り返った。後ろには、ジェグルさんの姿があった。
「悪かったね、さっきは。食事の連絡をすることができなくて。ダルトス様と話をしていたら、時間がかかってしまったんだ」
「いえ。あたしたちこそ、勝手に果物をもらっちゃって、すいません」
あたしはジェグルさんとダルトス様の家へ戻ることにした。その間、ジェグルさんはクリプトン軍との戦いのことについて話してくれた。
「状況は、ほとんど僕らに勝ち目がないようになっているんだよ。だけど、だからと言って、降参するわけには行かない。勝つためには、このアルフェスだけの力じゃ無理なんだ。ネディナイルのすべての人間が手を結んで戦わなければならないんだ」
が、ネディナイルの総人口を合わせてもクリプトン軍の総数と互角の人数にしかならないんだそうだ。もちろん、ネディナイルの総人口だから小さな子どもやお年寄りも含まれている。そんな人達まで戦うことは出来ないから、実質、クリプトン軍のほうが優位にあるということだ。それに、昨日見たあのクリプトン軍を見ればどんなに数が多くても武装で負けているのは明白だった。
「時々不安にはなるよ。僕たちが勝つためには、もう奇跡が起こるしかないんじゃないかってね。が、そうはいかない。何があっても戦わなければならない。だから、ダルトス様に、ネディナイルのすべての人々と戦うことを提案したんだけど……」
「どうしたんですか?」
ジェグルさんは浮かない顔をした。
「土地に対するしがらみが強すぎるんだ。先祖の代から住みつづけたこの土地を離れることは出来ないんだよ。そんなことを言っている場合じゃないのに」
「……つまり、ダルトス様は反対したんですね」
「ああ、そうなんだ」
ジェグルさんはそういって大きなため息をついた。
きっとジェグルさんは自分の意見に自信を持っていたんだろう。それを拒否されたんだから、心理的ショックは大きかったに違いない。
たぶん、奇跡が起こらないと勝てないと思う。誰が考えてもそうなるだろう。じゃ、その奇跡ってどんなこと?
奇跡は、この戦力の格差が一瞬にして逆転すること。ひいき目に見ても負ける戦争に勝てる戦力を手に入れること。それはすぐにでも手に入れられること。
「ジェグルさん、あたし……」
と、そう言いかけて、あたしは言葉を押さえた。いま、あたしは何を言おうとしたんだろう。勝てる戦力、それはあたしに他ならないんだけど、それを言うわけにはいかない。絶対に言うことは出来ない。なのに、いま、あたしは何を考えて、何を言おうとしたんだろう。
「……どうしたんだい?」
あたしが口をつぐんでしまったので、ジェグルさんは不思議そうな顔をしている。ごまかさなくちゃ。
「えっと、その、ごめんなさい、何を言うか忘れてしまって……」
ああ、なんて苦しい言い訳なんだろ。ジェグルさんはますます不思議そうな表情になっている。
と、そのとき。大声をあげて馬を走らせる人が街に入ってきた。やがてジェグルさんの側へたどり着いて、馬にまたがった男の人はこう叫んだ。
「ジェグルさん、敵がまもなくネディナイル川を越えてアルフェスに到達します!」
「なに!? それは南から来た軍か?」
ジェグルさんは驚いた様子で聞き返すと、男の人は大きくかぶりを振った。
「北からの軍です!」
「北? まだ別の部隊があったのか!?」
悔しそうな声を発して、ジェグルさんはすぐに男の人に指示を出した。
「至急臨戦態勢を整えてくれ。たいまつをたき、堀の水を増やすんだ」
男の人は返事をして馬を走らせた。
「サヤカ、ぼくたちはダルトス様の家へ戻るんだ。急ぐぞ」
「あ、は、はい」
大変なことになってしまった。どうなるんだろう、これから。やっぱり戦争になるんだろうな。あたしは、不安な、そして鬱な気分になりながら、走っていくジェグルさんについていった。
☆ ☆
それまで静かだった街は、一転して騒然となった。たいまつと武器を持った男の人たちが駆け回り、怒鳴り声が四方から聞こえてくる。
ジェグルさんはダルトス様たちと緊急の会議を始めるということで、あたしをみんなのいる部屋に送ってくれるとすぐに去っていった。
部屋には、男子三人の姿もあった。一か所に固まっていたほうがいい、と菊池くんとあゆみちゃんが判断したんだそうだ。
「……どうなっちゃうんだろうね」
あゆみちゃんは窓枠に手をついて外の景色を眺めながら、そうつぶやいた。クリプトン軍がやって来ることは、みんな一様に驚いていたけれど、パニックにはならなかった。大倉さんはまだ寝ていたし、男子はそういう心配は必要ないと思っていたから。でも、佐藤くんの無反応には不安を禁じえなかった。
「僕たちも運が悪いよ。ただでさえこんなひどい状況なのに、厄介事は時と場所を選ばないんだからな」
菊池くんはそういって大きく息をついた。彼の座っているすぐ横では、大倉さんがまだ寝息を立てている。まったく、こんなときによく眠っていられるわね、なんてさっきまで考えていたけれど、でもこの人の場合はこれでいいんだわ。また昨日のように暴れられたら困る。
「どうなっちゃうんだろうね、あたしたち」
再びあゆみちゃんが言葉を漏らした。彼女はなにか思いついたように振り返ってあたしたちにこう言った。
「ねえ、あたしたちも何かやらない?」
「何かって、何を?」
菊池くんが聞き返す。
「街の人たちはああしてクリプトン軍を迎え撃つ準備をしてるのに、あたしたちは何もすることがないでしょ?」
「だって、それはミンキさんがここから出ないで待っててって言ったからでしょ? あたしたちはお客様だからって」
「そう、それなのよ、さやか。あたしたち、お客様だからってここでじっとしてていいと思う? 自分の命が懸かっているのに、なにもしないでいるなんて出来ない」
あゆみちゃんの言ったことに、誰も答えなかった。街の騒音が部屋に流れ込んでくる。
そりゃ、あゆみちゃんの言う通りだとは思う。ここに何もしないでいるより、少しでも街の人たちに役立てば、そのほうがいいに決まっている。この戦争は、街の人たちだけの問題じゃない、すでにあたしたちも係わっているのだから。
「だけど……」
と、沈黙のなかで祐子が言った。
「現実問題、私たちは何も手伝えないと思うんだけど。私たちには、経験がないことだから……」
「僕も西村さんの意見に賛成だな。かえって足手まといになるだけじゃないか?」
「そう? だって、菊池くん、人手は多ければ多いほどいいんでしょ? あたしたちだってやり方さえ教えてもらえば……」
「お前ら、平和だな」
谷山くんがあゆみちゃんの言葉を遮って言った。
「いま俺たちがおかれている状況を本気で考えたことがあるのか?」
座って壁に背をもたれ、立てた片膝に手を乗せている谷山くん。いったい、何が言いたいんだろ、少し苛々している感じ。
「クリプトン軍の力は、全員知っているはずだ。そして、ここの連中の力もな。それを較べりゃわかるだろ」
谷山くんは全員の顔を見渡し、軽く息を吐くと再び続けた。
「さっき見てきたが、ここの戦力も昨日のテルルとかいう連中のとそう大差ない。ま、ここのほうが上だが、クリプトン軍には到底かなわない。砲撃を喰らえば三十分ともたねえな」
そのことはあたしは知っていた。さっきジェグルさんと話していたから。でも、他のみんなの表情には、サッと緊張の色が走った。ある程度は想像できたことだろうけど、改めて知らされると今までの考えが楽観的だったことに気付いたようだった。
「これだけ言えばわかるだろ。俺たちも、手伝うだのと悠長なことを言っている余裕はねえんだ」
誰も、口を挟もうとしなかった。だって、反論しようがない。今あたしたちには、まさに生命的危機が間近にまで接近しているのよ。クリプトン軍は昨日見たとおり残虐極まりない組織だし、この街にも容赦なく攻撃してくるだろう。そうなれば、男子はもちろん、女の子だって殺されるか連れていかれるか、どうなるかわかったもんじゃない。
あたしは、その光景を想像して身震いした。そうなるわけにはいかないわ。あたしたちはみんなで無事に二十一世紀の日本に戻らなければならないのだ。こんなところで死ぬわけには、どうしてもさせられない。
「どうする、委員長さんよ。ま、俺たちの取るべき方向は一つしかないがな」
「方向って?」
菊池くんは谷山くんに身を乗り出して尋ねた。その方向というのを、あたしも聞いてみたい。
「その方向ってのは……」
「今すぐ、ここから逃げるのよ」
お、大倉さん!?
今まで眠っていると思っていた大倉さんがそういって起き上がった。やばいな、よりによってこんなときに起きてくるなんて。
「大倉さん、今までの話……」
「聞いていたわよ、少し前からね」
じゃあ、クリプトン軍が接近していることは知っているんだ。よかった、どうやら彼女は昨日みたいなパニックは起こしてないらしい。
「で、わたしたちとしては、やっぱりこの街から早く脱出して安全な場所へ避難すべきだと思うわ」
「でも、どうやって? どこへどうやって逃げるのよ」
「それは簡単だわ、沢村さん。この街には馬車のような乗り物がいくつかあったわ。それでクリプトン軍から離れる方向へ逃げればいいのよ」
「馬車を盗むの?」
いくらなんでも、それはあんまりじゃないだろうか。
「そうよ。こんな非常時にいいも悪いもないわ。自分の身は自分で……」
「ダメだな」
と、谷山くんが強い口調で大倉さんの言葉を切った。うそお、驚いた。あの谷山くんがこの意見に反対するなんて、思ってもみなかった。
「あら、谷山孝一、あなたが一番に賛成すると思っていたけれど?」
「ケッ、バカにするな。お前みたいに、身の回りの状況も把握できてねえ奴と一緒にすんじゃねえよ」
「何ですって!」
「教えてやろうか。確かに馬車を盗めばこの場は切り抜けられる。だがな、ここは島なんだよ。広い平原を見ているから見間違うかもしれんが、せいぜい九州程度だ。アルフェスはその南部に位置する。逃げる場所なんて有りはしねえんだよ!」
島国……。そういえば。
そうよ、昨日ジェグルさんが言ってた。このネディナイル国は大きな島にある国だって。で、一方クリプトン帝国は大陸の大国。その国が、この島国を侵略しているのだ。谷山くんは続けて、さっき散歩をしながら仕入れてきた、この国の地理について話してくれた。
この島は、北方に大陸、南方に大海という位置にある。言ってみれば大陸の出島みたいな感じ。島の西部に低い丘陵地帯があって、その先にニオブ半島がある。北部から東部は大陸に面していて内海を形成している。その東部は山岳が連なり、海岸はリアス式になっているため、大きな集落はない。中央部から南部はネディナイル川を中心に大きな平原を作り上げていて、とくに川の河口付近はデルタ地帯となっている。島の南方には、トクエ、セイセ、ミルトの三つの小さな島があって集落もある。それより南は広大な海原。大陸も島もまったくないそうだ。
これって、まさに袋のネズミの状態じゃない。北から攻めてくるクリプトン帝国。南に逃げても、その先に逃げ場はないのだ。
「だったら、あなたの考えている方法はどういうことなのよ!」
衝撃をうけて悔しさ一杯の大倉さんが反撃を試み、谷山くんは鋭い睨みとともに答えた。
「俺たちが、武器を取って戦うんだ」
あたしたちが、戦う?
「そうだろ。自分の身は自分で守ると言ったのは大倉だ。逃げて無駄なら、自ら戦うしかねえだろ。俺が言っているのは、ここまで危機に陥っているのなら、逃げるだの手伝うだのと弱腰なことを言うより、俺たちが立ち上がって戦うしかないってことだ」
「だけど、私たちが武器なんか手に取っても、人は殺せないわ。できるわけが」
「出来ないなら、死ぬだけだ、大倉」
谷山くんは大倉さんに冷たく言い放った。確かに彼の言うとおりかもしれない。戦場では、頼れる人間は自分一人だけなのだから。
だけど、それは。
「あたしたちは、戦った経験も知識もないのよ。それで敵と戦うなんて無茶よ。すぐに殺られるだけよ」
あたしがこう言うと、谷山くんは改めて気付いたように、全員の顔を見回した。あたしたちの中には、谷山くんや菊池くん――彼は、小学校のときから剣道をしている――みたいに、ある程度心得のある人もいるけど、あとは――とくに舞ちゃんや大倉さん、祐子のような、とても格闘技とは縁の遠い人もいるのだ。
それに、平和の湯船にとっぷり浸っていたあたしたちが、いざこんな実戦に出向いても、命を粗末にするだけよ。
谷山くんは、深くため息をついて、呟くように言った。
「そうだな。ということは、俺たちはどうしても死ぬ運命にあるわけだ」
☆ ☆
死ぬかもしれない。
そんな空気があたしたちを包み込んでいた。死ぬかもしれない。
もう、助かる方法はないんだろうか。
みんな、それを考えているのかな。じっと、黙ったまま。どこを見ているともわからない鈍い瞳は、誰も結論を導き出していないんだろうと思う。
だけど。
案外、もう結論に達しているのかもしれない。もう、どうしようもない。それが正解だろう。戦争を知らない人間が、戦争をすることは出来ない。そして、二十一世紀、科学文明の頂点にいたあたしたち、なのに、その科学を活かすことさえ出来ない。あたしたちの立場は、アルフェスの人たちと同等、あるいはそれ以下かもしれないのだ。
部屋のなかの雰囲気は、沈むところまで沈んでいた。絶望の色が濃くなった中、多分、あたしだけ、一つの生き残る道を考えていた。
結局、あたしが出ていくしかないんだろうか。
昨日、ラーグに襲われたとき、そして、今朝のテルルのクリプトン軍野営襲撃のとき、あたしが手を下していれば、すぐに片が付いただろう。あたしの兵器の実際の威力をこの目で見たことはないけれど、確実にクリプトン軍より上だ。テルルのことも、彼らを助けるには十分すぎる戦力を持っていたのだ。
今回も、あたしの力をもってすれば、クリプトン軍を撃退することはすぐに済むだろう。
でも。頭のなかの議論は、再び袋小路のなかに戻っていく。
秘密。
あたしがもっとも恐れているのは、秘密の露顕なのだ。あたしがアンドロイドであることがバレることは、今までの舞ちゃんたちに対するあたしの立場を崩すことになる。いや、それどころか、二度と舞ちゃんたちと共にいることが出来なくなるかもしれないのだ。クリプトン帝国よりも大きな戦力を備えているあたしは、すべての人々にとっても脅威の存在になる。
秘密を守ること、街の人たちや舞ちゃんたちを守ること。この二つを天秤にかければ、どっちが重要なことかは、一目瞭然。人命が尊いのは身に沁みてわかっている。
にもかかわらず悩み続けるのは、どうしてなんだろう。自分のことなのに、妙に客観的なことを思う。だけど、どうしてなんだろう。
友達を失いたくないからかもしれない。そうなることが寂しいからかもしれない。それとも、別の理由からなのだろうか。
三年間、あたしは体のなかにある全機能を使ったことがない。
そのことから、なのだろうか。
☆ ☆
「みんな、そろっているかい?」
しばらくして、ジェグルさんが戻ってきた。すでに木製の鎧を着込んでいる。
「みんなはこれから避難所に行ってもらう」
ん、と? 何だかそわそわしているようなジェグルさんの口調。
「どうかしたんですか? もうクリプトン軍がたどり着いたんですか?」
気になって、あたしはジェグルさんに訊いてみた。ジェグルさんは首を振った。
「いや、まだここからは見えていないが……。おそらく、夜明けにでも戦闘になるだろう」
あと、十時間くらい? ということは、今夜半から明日の未明には陣取るって事ね。あるいは、そのまま夜襲ってことも考えられる。
「だから、街の食糧庫を避難所にして、女子どもを避難させているんだ」
「あの、どうしても行かなくちゃいけませんか?」
と、あゆみちゃんが急に、ジェグルさんに進み出ていった。
「あの、あたし、何かお手伝いしたいんです。ううん、あたしもこの戦争に勝ちたい。なにかさせてください!」
このあゆみちゃんの申し出には、ジェグルさんもあたしたちも驚いた。あゆみちゃんはまださっきのことを考えていたんだ。だけど、やっぱりあたしたちには無理よ、邪魔になるだけだわ。
「そう思ってくれる気持ちはうれしいよ。だけど、君にはとても危険すぎる」
「あたし、自分の身は自分で守りたいんです。街のみんなが戦争を準備をして、戦おうとしているのに、あたしが避難してじっとしているなんて出来ません」
「沢村さんには無理だよ」
菊池くんがこう言って止めようとしたけれど、あゆみちゃんは聞き入れなかった。
「決めつけないでよ、菊池くん。あたしだってやればできるわ。さっき谷山くんが言ったこと、とってもわかった。あたしがあたしのことを守ろうとするのは、間違ってなんかいない。だから、ジェグルさん、どうかあたしにも何かやらせてください」
「サワムラさん、気持ちは嬉しいけど」
なおも食い下がろうとするあゆみちゃんに、ジェグルさんは厳しい面持ちで言った。
「君はまだ子どもだ、まして、女の子だ。戦争はそんなに甘いものじゃない。素人に動きまわられたら、逆に邪魔になるんだよ」
「だけど……!」
「いいかい、本当に自分で自分の身を守りたければ、それは自分の出来る範囲でやるんだ。避難所に行っても仕事はある。そこでだって自分を守ることは出来るんだ」
自分の身は自分で。さっき谷山くんが言っていたことだけど、ジェグルさんのは少しニュアンスが違うみたい。自分の身は――というより、自分のやるべきことをやる、という感じ。立ち上がれ、とか、戦え、ってことじゃない。
「サワナラさん、君は、こんなことを言われるのは不本意かもしれない。だけど、わがままを言っているときではないことも、わかって欲しいんだ」
「……ええ」
あゆみちゃんはさっきの強気な態度が消えて、しゅんとなってしまった。
「わかってくれるね、サワムラさん」
「……はい! ごめんなさい、少し考えが浅かったですね」
パッと、今度は一転して笑顔を見せた。あゆみちゃんの性格の良さはここにあるのよね。クヨクヨしない、前向きな姿勢。でも、よかった。これ以上食い下がっていったらどうしようかと思ったけれど。
自分のやるべきこと。あたしは何をすべきなんだろう。自分の能力を発揮して、みんなを守るべきなんだろうか。それとも、あたしは出ないほうがいい……? あるいは、あたしが出ることによって逆の効果が発生する……? いずれにせよ、リスクを伴っていることは確かだ。そしてそれは、舞ちゃんたちを裏切ることにもなる……。
そうすると。再びさっきの思考が蘇ってくる。ああ、どうしてなのかな。どうして悩むんだろう。
結論は、一つしかないのに……。
☆ ☆
「大丈夫なんですか?」
あれからあたしたちは、素直に避難所となっている食糧庫へ入った。ダルトス様の家の裏手にあって、大きなレンガ造りの建物。この街の建物で、石造りのものははじめて見た。確かに頑丈そうには見えるけれど、触ってみた感触が何とも軽くて、砲撃に耐えられるかどうかは不安を隠せなかった。 その避難所の入り口の前で、あたしと舞ちゃん、あゆみちゃん、祐子は、ジェグルさんと話をしていた。街の戦争準備はほぼ終わり、警戒体制のまま待機ということになっている。
「大丈夫って、ニシムラさん?」
「……その、クリプトン軍に勝てる見込みはあるんですか?」
祐子は、弱々しくもズバリ核心を尋ねた。これは、誰もが訊いてみたいことだ。
ジェグルさんは、優しく微笑んで言った。
「大丈夫さ。敵は、おそらく砲撃を中心に攻撃してくるだろうけど、接近戦には弱いんだ。剣の腕ならこっちが上だ。必ずクリプトン軍に勝ってみせるさ」
「本当ですか?」
「ああ、もちろん」
ウソだ。
他の三人はジェグルさんの言葉を信用して安心したようだけど、あたしはそれが十分すぎるくらいウソだとわかった。剣の腕については本当かもしれないけれど、剣と銃では当然後者のほうが有利なのだ。それに、砲撃中心のクリプトン軍にどこまで接近できるかは問題だと思う。テルルの二の舞になることは、容易に想像できた。
だけど、かといって、本当のことを言うわけにもいかないのだ。いくら負け戦になることが確実になったとしても、それを不用意に話してしまえば、それこそクリプトン軍の思うつぼになってしまう。パニックで自滅なんてさせられない。
「もう夜も遅い。みんな、中で少しでも眠っておくんだ」
ジェグルさんに言われ、あたし以外の三人は建物に入っていった。あたしは、何となくその場に残った。何となく……、ジェグルさんの瞳を見つめながら。どうしよう。言うべきか、言わざるべきか。
あゆみちゃんのようだけど、あたしも次第にじっとしていられなくなってきた。自分の身は自分で、とジェグルさんは言った。だけど、それはあたしには当てはまらないのよ。あたしは、自分を守れない。いや、そんなことは許されない。あたしは他のみんなを助けるために作られたのだから。
だから……。
「あの、ジェグルさん」
背を向けて去ろうとしていたジェグルさんを、あたしは呼び止めた。
「ん、何だい?」
「あ、あの……、えっと」
ところが。いざ話そうとして、あたしは、何を言っていいのか、わからなくなってしまった。どうしよう。こんなときに、また迷ってしまうなんて……。
「あの……、あたし……」
ジェグルさんは不思議そうな表情であたしを見ている。ああ、どうしよう。
「あたし、実は……」
「ジェグルさん、ちょっといいですか!」
遠くから、ジェグルさんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうした!」
「ダルトス様や評議衆を交えて会議を開くそうです。もう大半が集まってます。お急ぎください」
「わかった、すぐ行く」
そう返事をして、彼はあたしに振り返った。
「ゴメン、邪魔が入ったね。続けてくれるかな」
「……いえ、もういいんです」
さっきまでの高揚が消え去っていた。不思議。秘密を打ち明けようとした気持ちは、そっくり秘密を固く守ろうとする気持ちに入れ代わっていた。その余りの変化に、さらに高揚は抑えられた。
「あ、そう……」
ジェグルさんも少し拍子抜けだったみたい。
「本当にいいのかい?」
「はい、ごめんなさい」
「……だったらいいんだけど。でも、ノムラさん」
少し屈んで、あたしと目線を合わせた。
「何か言わなければならないことがあるなら、早めに言ったほうがいいよ。今は言わなくても構わないかもしれないけど、気が向いたら、話してくれるね」
「……はい」
「じゃあ、僕は行くからね」
そういって、彼はたいまつを片手に去っていった。
うん、たぶん。あたしはジェグルさんが今言った言葉を繰り返した。少し気が晴れたかもしれない。たぶん、すぐにでも話さなきゃいけないことよ、これは。だけど、いつか話せると思う。話さなきゃいけないと思う。
「……どうしたの?」
避難所のなかの、あたしたちに割り当てられた場所に戻ると、舞ちゃんが心配そうにあたしの帰りを待っていた。
「ううん、ちょっとね、何でもない」
軽く首を振った。と、あたしたちの場所には、舞ちゃんと一緒にノキくんたちが座っていた。
「あれ、この子たち……」
「うん、ノキくん、謝りにきたのよ」
シュンとしているノキくん。謝るって、あたしたちに?
「ごめんなさい」
「え……、だって、何もノキくんが悪いわけじゃないのに……」
「でも、僕が勘違いしたことだし、お母さんが行ってこいって……」
ノキくんは視線を左側に向けた。その先にいた若くてきれいな婦人が軽く会釈をした。あたしたちも会釈を返す。ああ、あの人がノキくんのお母さんなんだ。
ま、まあ、謝るなって言うのも変だし、でもやっぱりノキくんが悪いんじゃないし……。
「あたしたちも、あんなひどいことを言って……、ごめんね、ノキくん」
「うんっ」
ノキくんの表情がパッと明るくなった。ヤンモちゃんとウレくんもつられるように笑顔を見せる。きゃあ、かわいい。ほんと、ほっぺからこぼれ落ちそうな笑顔。
こんな笑顔が子どもから出てくるなんて、この町は本当に平和だったのね。文化は遅れてても、精神的にすごく豊かだったに違いない。けど。
明日の朝、すべてが逆転するかもしれない。
そう思うと、この笑顔が悲しいものに見えてくる。もしかしたら、これが最後の笑顔かもしれない。最悪の場合は……。いや、考えるのはよそう。こんなことを考えちゃいけない。だけど。
明日の朝、すべてが逆転するかもしれない。
明日の朝、すべてが……。
☆ ☆
それからしばらくノキくんたちと楽しく話をしていると、消灯の時間になった。屋内を照らしていた灯が消されていく。あたしたちも、ノキくんたちと別れて横になった。
「さやか」
隣に寝ている舞ちゃんのささやき声が聞こえた。
「ん……、なに、舞ちゃん」
「怖くて眠れない……。ねえ、本当に大丈夫だと思う? ジェグルさんはそう言ってたけれど、わたしにはとても信じられないの」
なんだ、舞ちゃんも気づいてたの。
「あたしも、信じられないわ。だけど、今は信じなきゃ」
「……さやか」
「今は信じなきゃ。例えジェグルさんの言ったことがウソだったとしても、どうにもならないでしょ? 心配しないで、きっと大丈夫よ。信じていれば、何とかなるって」
「……うん」
舞ちゃんの手が、あたしの体に触れる。あたしは彼女の手を握った。暗闇で彼女の顔は見えないけれど、手の暖かさが、少しは安心しているように思えた。
「今は信じて寝ようよ。明日は早いんだから」
「うん」
いざとなったら、あたしが守ってあげるから……。
心の中で言う。守るべきはあたしじゃなくて、舞ちゃんやあゆみちゃんたち、そしてアルフェスの人々。いざとなったら、あたしが守ってあげなくちゃいけない。
あたしが守ってあげなくちゃいけない。
☆ ☆
ズズーン。
遠くのほうで、地響きが聞こえた。その音で避難所にいた人たちが目を覚ました。
攻撃? ずいぶん遠くから聞こえてきたけど……。
天窓から、青い光が差し込んでいた。まもなく夜が明けるころ。あたし、いつのまにか、眠ってたんだ。ほんの一瞬した時間がたっていないような気分。
「さやか、始まったの?」
あたしに擦り寄りながら、舞ちゃんが心配そうに聞いてくる。
「みたいね」
ズズーン。
再び、地面が震えた。さっきより近づいている感じがする。建物の外も中でも、人の動きが慌ただしくなってきた。
いよいよだわ。
砲撃の音は、村を囲っている塀の向こう側から聞こえているよう。そして、だんだん大きくなってきていた。砲撃で一気につぶそうとしているのか、それともまだ威嚇の段階なのか……。
なんにしたって、今は建物の中にいるから、外の様子は全然わからない。味方はどこまで反撃できているのか、敵兵の数は。ここからでは把握できない。
ズドーンッ。
ますます街に近づいているみたい。砲撃は、十五秒に一回の間隔で発射されている。
「……怖い」
舞ちゃんのあたしの右腕にしがみついている力もだんだん強くなってきた。大倉さんも、なぜかあたしに近寄ってきた。あゆみちゃんも、祐子を抱き寄せる。
一方、谷山くんは動きたくてウズウズしているようだ。拳を強く握って、今にも飛び出していきそう。菊池くんは落ちついているようだけど、爆発音が響きわたるたびに体を震わせている。佐藤くんは不思議と落ちつきはらっている。
いよいよって時になったら。あたしは舞ちゃんの肩を抱き寄せながら思った。いよいよって時になったら、あたしはみんなを守らなくちゃいけない。外の様子はわからないけれど、何となく緊張してくる。なるべくならあたしが出ていくようなことにはなって欲しくないんだけど……。
ドドーンッ!
一際大きい爆発音。同時に、たくさんの悲鳴が内外から。
「さやか!」
舞ちゃんもさらにしがみついてくる。
ドドーンッ、ドーン。
さらに二発。天井から土やほこりが降ってくる。
「ち、ちょっと、本当に大丈夫なの!?」
大倉さんの叫びが聞こえる。あゆみちゃんも祐子も悲鳴を上げつづけている。
再び外に耳を傾ける。たくさんの男の人の声と、金属同士のぶつかり合う音が聞こえる。もしかして、白兵戦になっているの? そんな、まだ戦闘が始まって二十分もたってないじゃない。
「俺は、外に出る!」
ふいに、谷山くんが立ち上がった。手には、どこから持ち出したのか、短いナイフが握られていた。
「谷山くん、待って、今外に出たら!」
あたしは、谷山くんを止めようとした。
「この中にいても同じだ! おそらく外はもう、クリプトン軍兵でいっぱいだ」
「だからって、わざわざ殺されに行くようなものよ!」
「どのみち死ぬんだよ!」
そういうと、谷山くんは出口に向かって走りだした!!
「谷山くん、待って!」
あたしは舞ちゃんを体から離して、谷山くんを追いかけた。いま彼を死なすわけにはいかない。あたしたちは、みんなで帰らなくちゃいけないんだから!
谷山くんはすぐに出口の扉にたどり着き、扉の閂を外そうとした。お願い、もう少し待って! と。
ドンッ! ドンッ!
外から扉を強く叩く音がした。
「て、敵か?」
谷山くんは扉から少し離れた。あたしも足を止める。鉄製の扉は内側に向かって大きな丸みを作っている。ど、どういうこと? もう外は全滅したの!?
「扉を押さえろ! 突破されるぞ!」
谷山くんが叫び声を上げた。近くにいた十代の男の人や若い女の人が扉を押さえにかかる。だけど間に合わないわ。扉は外からの大きな力に完全に負けている。太くて頑丈な閂もひびが入って、とてももちそうにない。
あたしが出るしかない。
結論は出た。目をつむって、あたしは、体の機能を統括するコンピューターから指令を出した。
第二級戦闘モード。エネルギー充填のため、大きく息を吸う。
左手の中に装備してあるレーザー光線銃に、エネルギーがたまった。発射のタイミングは、突破された瞬間。
閂が、大きな音をたてて折れた。同時に。
「谷山くん、避けて!」
左手から、巨大な光が放たれた。
☆ ☆
扉の外にいた、十二人のクリプトン兵が、一瞬にして黒こげになって倒れた。あたしの周りから、音が消えた。シーン、という、耳に痛い音だけが、空気を振動させていた。そして、あたしに向けられる、強い視線。
一方、あたしの瞳は、シュウシュウと煙が立ちのぼる死体を見つめていた。
この、感覚……。頭の中で、何かが弾け飛んだ。この感覚……、どうしてだろう、体で覚えていた。レーザー光線銃の発射による、反作用の衝撃の強さから、左腕の中から砲筒が出てくる、そのモーターの動きやシステムの連動、電子の伝わる感覚まで、頭でなく、体が覚えていたのだ。
覚えていなかったのは、レーザー光線の威力だけ……。
快感、不安、恐怖……、不思議な雰囲気があたしを支配する。
「野村、お前……」
動きの止まった世界から、谷山くんの声が聞こえた。その声であたしの体の呪縛が解けた。
「怪我はない、谷山くん?」
熱で大きく歪んだ扉の側に倒れていた谷山くんのところへ駆け寄る。彼はゆっくりと体を起こした。よかった、光線の巻き添えを喰わなくて。
でも。谷山くんの瞳には、あたしは映っていなかった。
「お前、いったい……」
左手。光線銃の砲筒だけに視線があった。
「……ごめんなさい。今は説明できない」
「説明って……」
「……ごめんなさい」
そのとき、視界の隅で動くものが。かろうじて光線の直撃を受けなかったクリプトン軍の兵士が、あたしを銃で狙っていた。
瞬間。
バシュッ!
自然に体が動き、前より出力を抑えたレーザーを撃った。抑えているとはいえ、その威力はその兵士の命を奪うのに充分すぎた。兵士は溶けかかったピストルを握ったまま倒れ、そして動かなくなった。
「お前、ロボットなのか」
谷山くんの声、低い、驚きと恐怖が入り交じった。
「ごめんなさい。今は説明している暇はないの……」
あたしはそれだけ言うと、屋外へ出た。とにかく、こうなった以上、今は目前の敵にだけ集中しよう。今更後には引けない。それに。
「さやか!」
背後から舞ちゃんの声が届いた。けど、振り返らない。できないわ。今は、忘れなきゃ。でないと、あたし、この場から一歩も動けなくなる。
ごめんね、舞ちゃん……!
ダルトス様の家を横切り、大通りを表門へと向かうことにする。が、ダルトス様の家を出てすぐに戦場はあった。何十人ものクリプトン兵が味方と剣を交えている。倒れている人を見るとクリプトン兵の姿は遥かに少ない。とても優勢とは言えなかった。
瞳の画面に照準が現れる。左のレーザーエネルギーを絞り、クリプトン兵のみに命中するようにして。
バシュ、バシュ、バシュ!
直線の大通りに三本の光線が走った。街の人は、レーザーで焼かれた何人かの敵兵士の姿を見て、いったい何が起こったのかわからない風に惚けている。
「みんな、避難所まで下がってください! 早く!」
あたしは叫びながらさらにレーザーを撃っていった。でもレーザーの威力が大きすぎて、危なく味方に当たりそうになる。最小にまでしているのに、ここではあまり使えないわ。外のいるクリプトン軍の本体を叩きに行こう。
あたしは敵を倒しながら門にたどり着いた。門は爆撃のせいでほとんど原型をとどめていなかった。
その付近で剣を振っている味方がいた。
ジェグルさん!
彼一人で五人の敵と切り結んでいる。ジェグルさんは積極的に攻めているけど、如何せん数で負けていた。
「ジェグルさん!」
あたしはその五人にレーザーを撃った。倒れたのを確認すると、あたしはジェグルさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか、ジェグルさん」
彼の体には数カ所切り傷があった。だけど、致命傷はないみたい。
「ああ、ありがとう。だけど、君……」
「話は後でします。それより、避難所へ下がってください。途中を援護します」
「しかし、君は」
「あたしは、敵の本体を叩きます」
「むちゃな、君一人では……」
「出来ます。任せてください」
ジェグルさんは驚きの目であたしを見た。けれど、すぐに答えてくれた。
「どういうことかわからないが……。だけど、君は出来るんだね」
「はい」
「よし。頼んだ」
立ち上がったジェグルさんは避難所へ駆けていった。あたしはジェグルさんを追っていくクリプトン兵にレーザーを浴びせる。ジェグルさんの姿はやがて建物の陰に消えていった。
後ろに向き返る。破壊された門の瓦礫を乗り越えて、あたしは街の外に出た。
約五百メートル先に、クリプトン軍の軍勢が見えた。
いよいよ、ね。
大きく息を吸った。エネルギーが全身にみなぎってくる。高まる緊張。懐かしさと、初めての感覚を噛みしめる。
あたしは、命令を下した。初めての、いや、四年ぶりの命令を。
第一級戦闘モード。電子の流れが全身に伝わった。
☆ ☆
レーダーを全開にした。このレーダーで半径九十キロメートルの物体を感知できる。その中で、約五百メートル先のクリプトン軍にだけ焦点を絞った。
反応から。兵数、約四千二百。車両、千七百。瞳に見える映像をズームアップしてみる。うん、勘定はほぼ合っているようね。でも、これを相手にするとなると、少々厄介になりそう。
ズーム画面に見える兵士の顔には、笑みが浮かんでいた。この人達は、わかってないんだろうか。自分たちがはたして何をやっているのかを。多くの人を殺して、その土地を奪い、自分たちのものにしようとしている。
テルルの人々のことを思い出す。そう、わかってないからあんな酷いことが平気で出来るんだわ。ネディナイルの人々がどんなに苦しみ、悲しんでいるのかわかっていない。だから、あんなに笑っていられる。
だったら、教えてあげるしかない。
左手のレーザー光線銃を、クリプトン軍の車両(戦車らしきものもあるけれど、主に運搬車が多い)に向けた。出力最大、人になるべく当てないように、あれだけを爆破すれば、充分威嚇になると思う。
銃のエネルギーは、極大に達していた。充分に照準を絞り込む。
ヂュン!
今までとは比べ物にならないくらい巨大なオレンジ色の光が、クリプトン軍の車両を貫いた。そこまでは予想どおりだったけれど、そこから、オレンジ色が、まるで風船が膨らむように、一気に周りを包み込んだ。
ドバーンッ!!
光は、大爆発を起こした。そして、爆風が突風のようにあたしを吹き抜けていった。
そ、そんな……。こんなに威力が強いの!?
さっき、避難所でこの銃を放ったときより、遥かに威力が大きい。同じ兵器で、モードが一級と二級でこんなに威力が違うなんて。
レーダーを見ると、兵は三千四百、車両は五百まで減っていた。威嚇のつもりだったのに。
クリプトン軍のほうで、動きが慌ただしくなる。退却するんだろうか。そう期待してしまう。もうこれ以上人命を奪うことは出来ないわ。このままここから去ってくれれば、嬉しいんだけど……。
でも、その期待も虚しく、クリプトン軍は大砲撃をしかけてきた。発射弾数四十、しかも、拡散して街全体に向かっている。
あたしは、平面レーダーを立体レーダーに切り換えた。あたしを中心にした立体空間での物体の位置が表示される。次いで、瞬間的に飛んでくる四十個の砲弾の速度と移動ベクトルを割り出した。
同時に両肩から全方位レーザー砲を出した。そして、宙にある砲弾に向けて、自動発射する。光線は扇を描いて空に放たれた。
ズドドドーンッ!
全弾命中。空中で爆発した砲弾の破片が、バラバラと降ってくる。
クリプトン軍に、明らかに動揺が起こった。それはそうだろう。これまで全戦全勝の軍隊が、圧倒的な力を見せつけられ、はじめて敗北しようとしているのだから。あるいは、この状況が把握できてないから、動揺しているのかもしれない。
指揮系統の乱れが見られた。一部の小隊は退却を始めているのに、発砲したり突入する隊もあった。
飛んでくる銃弾、砲弾を、あたしの位置に達する前に全て撃ち落とした。その一方で、威嚇のために、エネルギーを極小に絞ってクリプトン兵の足元にレーザーを撃った。
さすがにこうなるとクリプトン兵も負けを認めたようだった。敵はまったく散り散りになって退いていった。その姿は、今までに見たことのないくらい滑稽なもので、威厳などかけらもなかった。
追撃は、いらないだろう。あたしはモードを非戦闘に戻した。表に出ていた兵器をしまい、呼吸を整えた。
涼しげな朝の風が、あたしの左から右へと流れた。火薬の臭いと砂ぼこりを洗い流すように。
と。
大歓声が、背後から上がった。
☆ ☆
突然のことに、あたしは反射的に戦闘モードに切り換えようとした。けれど、その歓声はアルフェスの人々のものだった。振り返ると、門の瓦礫を乗り越えて、人々があたしへ駆け寄ってくる。
「クリプトン帝国に勝ったぞ!」
「オレたちは助かったんだ!」
「アルフェスの、いや、ネディナイルの救世主だ!」
口々に喜びの気持ちを叫ぶみんなは、あたしをぐるりと囲んでいった。
何が起こったのか、わからなかった。だけど……、よかった。無事に助けることが出来たのね。そして、あたしのことを、恐れていない。あたしの力に恐怖を覚えてしまうかと思ってたんだけど、こんなに喜ばれるなんて、思ってもみなかった。
「サヤカ!」
群集の中からかきわけるようにして、ジェグルさんが抱きついてきた。さっきの悲壮な表情とは打って変わって、顔からこぼれ落ちそうなほどの歓喜の表情をしていた。
「ありがとう! 君のおかげだよ、街が救われたのは!」
「ジェグルさん、傷のほうは大丈夫ですか」
「ああ。だけど、それもこれも、君が不思議な力でクリプトン帝国を倒したおかげさ! まさにアルフェスの、ネディナイルの救世主だよ!」
救世主。
ちょっと大げさかもしれない、この言葉は。だって、あたしが守ったのはアルフェスだけだし、それにあたしなんてそんなものに値しないわよ。
でも、言われて嬉しくないこともない。それより、みんなが助かってくれただけでも、とってもよかった。みんな……、あ。
ふと、周りを見回した。あたしを押しつぶそうと企んでいるんじゃないかと思わせるくらいの勢いであたしを囲む人たちの中に、気になる人たちの姿がなかった。舞ちゃん、あゆみちゃん、祐子、大倉さん、谷山くん、菊池くん、佐藤くん。誰一人として、群集の中にいなかった。
どうしたんだろう。どうしていないの?
と疑問に思った瞬間、あたしは人垣をかき分けて、街のほうへ進みだした。不安があたしを襲っていた。誰か怪我をしているんじゃないか、なんてものではない。谷山くんが見せた、あたしへの恐怖の目。不安が駆り立てられる。
非戦闘モードでは力が制限されている。あたしの行く手を遮る人垣をおしわけ、もみくちゃにされながらも、ようやく抜け出せた。
あたしの目に、舞ちゃんたちの姿が映った。
群集から大きく間を置いて、七人は固まって、あたしをじっと見つめている。
見つめて――その瞳に、温か味は感じられなかった。冷たい、視線。
「みんな……」
足が止まった。近寄ることが出来なかった。なぜって……、明らかに、彼らに敵意ともとれる雰囲気があったから。
不安が的中してしまった。いや、もともとわかっていたはずだった。舞ちゃんたちの反応は、まったく予想どおりといっていいのだ。
わかっていたはずなのに……。こうなることは、初めからわかっていた。なのに、どうしてこんなにショックが大きいんだろう。
「舞ちゃん……」
その名を口にする。と、舞ちゃんはおびえる小さな子どものように、あゆみちゃんの陰に隠れた。
舞ちゃん……!!
それは。それはあまりにもひどい拒絶だった。完全に信頼されていた友情関係のピリオド。あたしの思考は、止まってしまった。もっとも恐れていたことが、現実になってしまった。何も考えられない。
舞ちゃん……。
街の人たちが、再びあたしを囲んでいった。舞ちゃんの姿がその人々の向こうに消えていく。あたしは、人々の押される力に抵抗することもできず、木の葉のように揺れていた。
東の地平線から、太陽が顔をのぞかせた。
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